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text by Nao Machida

『ブランカとギター弾き』 長谷井宏紀監督インタビュー

ÉTÉu9


ー子どもたちは完成した作品を観たんですか?


長谷井「観ました。セバスチャンたちと一緒にスラムの路上で観たんですけど、頭から終わりまですごく盛り上がってくれました」


ー劇中に登場するストリートのオネエさんたちも良かったですね。


長谷井「彼女たちはトランスジェンダークラブでオーディションして決めました。1人はすっぽかされてしまって、撮影当日に新しい人が来たんです。本作のキャストにはそういう人が結構いるんですよ。キャスティングでは路上を歩きまくって、背景に映る人やセリフが少ししかない人もたくさん選びました。それなのに当日になると連絡が取れなかったりして、ほぼ全滅。でもスタッフから、『心配ないよ。当日カメラを置いておけば人が寄って来るから、そこでキャスティングして』と言われて。実際にカメラを置くと見物しに人がたくさん集まって、その中から僕が選んで、その場でセリフを練習してもらいました。ほとんどそんな感じです(笑)」


ー初めての長編映画なのに大変ですね。


長谷井「あと、3人のオネエさんのシーンでは愛について叫んでいるおじさんが出てくるのですが、実はフィリピンの俳優のレジェンドなんです。日本で言うところの浅野忠信さんや渡辺謙さんのような(笑)。撮影をしていたら、あの人がたまたま現場で棒立ちしていて、スタッフたちが『レジェンドがいる!』と驚いてました。レジェンドがいるならセリフを言ってもらおうということになって、予算がないのでギャラはポケットマネーから1万円を払って(笑)。僕が書いたセリフはほとんどシカトされましたけど、言っていることは悪いことじゃなかったからOKです。そんなこともあったし、無茶苦茶なことがいっぱいあったので、とにかく波に乗りまくったという感じです」


ーブランカが映画を見ていると、ピーターが「映画の中のことは全部本当なんだ」というシーンが印象的でした。ピーターさん自身もストリートで演奏して暮らしていたそうですが、演技がすごく良かったですよね。タフな生活を送ってきた彼らに脚本上でインスパイアされたことはありますか?


長谷井「今までたくさん旅をしてきた中で、いろんな言葉が自分の中に入っていて、それがいろいろ出てきたんだと思います。本作にはインプロ(即興)で撮ったシーンもあるんです。その場では彼らが何を言っているのかわからないのですが、大体のフローは聞いておいて、編集室に入った段階でエディターに英訳してもらいました。そしたらすごく良いことを言っていたので、そのまま使ったんです」


ーストリートチルドレンを描いた作品と聞くと、どこか辛いイメージが浮かびますが、本作はとても心温まる映画でした。日本で公開するにあたって、日本の観客にはどのようなことを感じ取ってほしいですか?


長谷井「楽に生きよう、と。(ストリートチルドレンというと)”弱者”とか”貧困”というワードがよく出てきますが、僕は彼らがどれだけ優れていて才能があるのか、どれだけユーモアや人とのつながりを大事にしているかという部分をすごく感じてきました。東京にいると、自分自身も閉ざしてしまう部分はいっぱいあります。でも、いわゆる物がある世界や社会を回していかなければならない日常において、どれだけ人とつながれているかというと、なかなかそうもいかないじゃないですか。皆さん忙しいし、家族の問題、恋人の問題、ペットの問題、仕事の問題……いろいろあるわけで。でも、物に支配されていない人々の暮らしは、人とのつながりや愛がほぼすべてを占めているわけです
もちろん、みんな大変だから欲しているものもいっぱいあるけれど、でも物がない分、人や人とのつながりをとても大事にするんです。それはとても豊かなことだと僕は思います。物を持って、ローンを組んで、あれやこれを買って…とやっているのって、本当に豊かなのかな?と思うところがあって。僕はその中で彼らの温かさにすごく助けられてきました。
だからフィリピンに行くのも、何かプレゼントをあげたいから行くというわけではなくて、行くと自分が助けられるんです。それで自分も文房具を持って行ったりしていました。よくかわいそうとか言いますけど、じゃあ車や家や金があればかわいそうじゃないのか、というのがそもそも疑問です。僕はウルグアイのムヒカ元大統領が好きなのですが、『本当の貧乏は終わりのない欲望を抱えている人だ』とおっしゃっていて、本当にそう思います。そこはこういう映画を通してアプローチしていきたいですし、いろんな人に観てもらって、自分が旅を通して見てきたのはこういうことだったと伝えられたらうれしいです」


ÉTÉu7





『ブランカとギター弾き』
シネスイッチ銀座他にて7月29日(土)より全国順次公開
監督・脚本:長谷井宏紀 製作:フラミニオ・ザドラ(ファティ・アキン監督『ソウル・キッチン』) 制作:アヴァ・ヤップ 撮影:大西健之 音楽:アスカ・マツミヤ(スパイク・ジョーンズ監督短編『アイム・ヒア』)、フランシス・デヴェラ 
出演:サイデル・ガブテロ / ピーター・ミラリ / ジョマル・ビスヨ / レイモンド・カマチョ
2015年 /イタリア/ タガログ語 / 77分 / カラー / 5.1ch / DCP /
原題:BLANKA / 日本語字幕:ブレインウッズ/ⓒ2015-ALL Rights Reserved Dorje Film 
HP:transformer.co.jp/m/blanka/ 


長谷井宏紀
岡山県出身 映画監督・写真家。セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DISYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は、東京を拠点に活動中。

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