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text by Ryoko Kuwahara
photo by Takuya Nagata

Interview with Hiroshi Fujiwara about『slumbers』

NeoL_HF001 | Photography :  Takuya Nagata


大きくてふわふわの白い犬が森の中で気持ちよさそうに目を閉じているーーそんな牧歌的なジャケットを纏った、藤原ヒロシの最新アルバム『slumbers』。浮遊するメロウなサウンドと少年のようなヴォーカルが誘うのは、そのジャケットに象徴される夢と現実の狭間に存在する美しい音楽の国。薄い意識が溶けていくうたた寝の、あの幸せな中毒性にも似たこれらの楽曲はどのようにして生まれたのだろうか。

——この数年はフォーキーなライヴのせいかギターに歌というイメージがあったんですけど、アルバムでは打ち込みになっていて驚きました。


HF「今回は全て渡辺シュンスケ(サウンド・プロデューサー、キーボーディスト/Schroeder-Headz)くんに委ねるような感じだったので、基本的に打ち込みになりました。その前(『manners』)も打ち込みだったんですけど、確かにライヴではあまり打ち込みはなかったし、これもライヴはバンドアレンジにする予定なので打ち込みという感じではないですね」


——シュンスケさんとは前作もご一緒されていますよね。


HF「うん。AOEQ(YO-KINGと藤原ヒロシによるユニット)のバンドで入ってくれたのが最初なんですけど、このアルバムで一番良かった点はシュンスケくんを選んだことじゃないでしょうか。まとまったものを聴いて、本当にそう思いました」


——というと?


HF「彼は僕とは全く違うことができて、なおかつ趣味などを共有できるんです。古いことも新しいこともちゃんと理解したうえで、新しいことやアヴァンギャルドも好きだという感じ」


ーーシュンスケさんありきということでしたが、大元はヒロシさんがギターなどで作ってるんですよね。


HF「最初はデラックス盤に入ってるデモバージョンのように、ギターだけでやっていたり、鍵盤だけだったりというものがあって。リズムのパターンはサンプリングで作ったものが多いから、アシスタントと相談して今回はテクノとかKRAFTWERKっぽいバックトラックにしていきました。そうやってできていったものを渡すと、シュンスケくんでガラッと変わってくるという三段階の構成かな。ギターだと楽に作れるから、『manners』まではその特性とマッチしたものが前に出ていたんだけど、今回はギターで作った歌をアカペラで使ってシュンスケくんがアレンジを組んでくれたりして、そこが良かった。思ったよりも全体的にしっかりビートがあるものにもなっていたし。あと、なるべく音楽的なことをなしで作ってみようと思って、サンプリングしたコードだけを弾いて作った曲もあります。それに関しては音楽的には存在しないコードなのでシュンスケくんも戸惑っていたんだけど、ヒップホップ的アプローチというか、そういう感じで作った曲です」


——“WHITE”ですね。オリエンタルというか、インドっぽい印象の曲もありました。


HF「そういう曲を聴かせて、こんな感じにしたいということもあったかもしれない。自分の曲に加えて、最近聴いているものとしてデヴェンドラ・バンハートの2年くらい前に出たアルバムの曲を渡したり」


NeoL_HF002 | Photography : Takuya Nagata



——なるほど。ヒロシさんはパンクやヒップホップ以降、新しい音楽は出てきていないとおっしゃっていましたが、ご自身では新しいものを作ろうという意識ではなく、自分が思い描くものを作れればいいという感じですか?


HF「50/50かな。他人が聴いた時にどう思うかはわからないけど、自分がトライしたことがないことは自分にとって新しい。ただ本当の意味での、ジャンル的に新しいみたいなものはないとは思います」


——アプローチとしてはまだ色々ある。


HF「自分にとってはね。まだ演歌を歌ったことないから、演歌を歌ったら新しいかもしれないし(笑)」


——そういう意味では、そもそも自分で歌うということも新しかったからチャレンジしたんですよね。


HF「そう。自分で歌ってCDを出して、それをインディーではなくメジャーレーベルから出し続けているのも新しいかなって」


——でももう歌うことも相当やり続けてきて。


HF「そろそろやめますか。次に移動します?」


——(笑)。いや、でも次はなんだろうというのはあります。


HF「ねえ。だから、ないんじゃないですか。僕が若い頃の『DJってなんだろう?』みたいなものはもうない」


——ヒロシさんがリミックスDJの元祖ですもんね。


HF「もしかしたらITみたいのがそうだったんだろうけど、それは傍観者だったから。でも、会社ぐるみでやることだろうと思っていたものがインディペンデントに落ちてくることが結構あるんですよ。僕らにとっては洋服も『洋服なんて自分たちで作れるのか』というところから始まってやっていたし、靴もそうだった。ここ10年くらいのテクノロジーの進化でヒエラルキーの崩壊が顕著になったので、これからも様々なものがインディペンデントに落ちてくるかもしれない。その中でとにかくやってしまおうというパンク的なアプローチもあるけど、もちろん残っている文化の良さもあるんですよ。伝統や職人的良さと斬新さ。それが両方あってもいいのかなって。“WEST”って曲があるんですけど、あれ知ってますか?」


——えっ、知らないです。元の曲があるんですか。


HF「東京に出てきた時、学校もろくに行ってなかったから毎日テレビを観ていて。午前中に絶対流れていたのが、銀座ウエストのCMだったんです。そのCMで使われていた曲がすごく好きで、僕の音楽の原点はここにあるんじゃないかというくらいなんですよ。それでカバーしようと思って調べたら、エリック・サティの“ジムノペディ”なんじゃないかとなったんですけど、いくら探しても同じ楽曲が出てこない。“WEST”は、あのCM曲へのオマージュのような感じです」

——エリック・サティの要素は“DAWN”にもありますよね。


HF「そう。あれも銀座ウエストですね。原宿のパレフランスの地下にウエストがあった頃、たまに行っていたんですよ。とてもいいCMだったと思う」


NeoL_HF003 | Photography : Takuya Nagata


——まさに古き良きものを新しく蘇らせたわけですね。アルバムの話に戻ると、最後の“GINZA”はまたちょっと毛色が違いますが。


HF「あれもシュンスケくんに委ねたアレンジです。元々はAOEQでやろうと思って録っていた曲で、もっとアレンジがモータウンぽかった。外人とLAでレコーディングしてたし。そしたら、YO(-KING)さんがクリスマスっぽい曲だからクリスマスに出せばいいんじゃないのと言ってきたんですよ。その時は歌詞はなかったんですけど、僕は12月の銀座が好きなのでそれを歌詞にして。銀座は酔っ払いばかりいるイメージでほとんど行かないんだけど、12月になると急に日本中の人をどうぞという受け入れる寛容さがあるなと思っていて。それがすごく好きなんです。そしたらシュンスケくんがあんなロマンチックなアレンジをしてしまった。あれは唯一、自分でもちょっと恥ずかしい(笑)」


——(笑)。


HF「アレンジがクリスマスっぽいですよね」


——子どものコーラスも入っているし、完全なるクリスマスソングですよね。あの有無でアルバムの印象が全く違うと思います。


HF「そうかもしれない。それが良かったかどうかの判断は僕にはわからないです。シュンスケくんが決めたと思っています。発売日もあれで決まったから」


——クリスマス前に出さないといけなくなった(笑)。この犬は名前があるんですか?


HF「ないです。スランバー(slumbers/うたた寝)かな。もろ・ただし(漫画家)さんが描いたこの犬をジャケットに使いたくてタイトルを決めました」


——このスランバー犬も含めてクリスマス感があります。


HF「本当? クリスマスって寝てる?」


——子どもが寝ているところに、そっと親がプレゼントを置いていくから。


HF「いいですね、そっとターンテーブルをプレゼントしている感じ。スランバーという言葉も昔から好きなんですよ。中学の時に洋楽ばかり聴いてたので、英語の歌詞でおもしろい言葉をよく拾っていて。それで、ザ・ビートルズの“Golden Slumbers”という曲と出会って、金色のうたた寝ってなんなんだろうと思っていたんです。なんかすごく良い言葉だなと」


——そんな中学生、めちゃくちゃいいじゃないですか。そうやって自分でおもしろいことを発見していってたんですね。ちなみに前作の歌詞は国際情勢含めて、現実での興味のある物事をキュレーションしているということでしたが、今回もその作り方ですか。


HF「そうですね。今回は自分の歌詞が半分くらいだけど、それでも全体的にわりとリアリティがあって。“LAIKA”は平野紗季子さんが作詞で、リアリティではないけれど僕が書きそうなテーマだし。ちょうどテレビを観ながら曲作りをしているとニュースが流れてきて、これを歌にしてみようと思うこともたまにあって。“WHITE”は黒人に生まれたアルビノの歌だけど、あと3ヶ月アルバム製作が遅かったらロヒンギャの歌もあったと思う。YUKIちゃんの“WALKING MEN”だけは別だけど、他の曲はリアリティはないかもしれないけど、本当にあったことがテーマだったりします」


——YUKIさんにはどういう形でお願いされたんですか。


HF「ある程度完成したトラックを渡して、アルバムの全体図も何も見えてなかったので何も話さず、イチからお願いしました。YUKIちゃんの歌詞がすごく好きで、自分では書けないような恋愛の言葉を送ってくれるのかと思ったらゾンビが来た(笑)」


——(笑)。おまけにはパスポートが付いていますが、これはなぜ?


HF「ビクターからの要望でノートをつけたいということだったので、それならばパスポートにしようと。本当は、ポップアップストアみたいなところで、買った人がその場で写真を撮って、サインを入れて、ラミネートして、スランバー共和国の一員として渡せるようにしたかったんです。そこまではできなかったけど、共和国の入り口として付けています」


——スランバー共和国、平和ですごくいい響き。


HF「うたた寝共和国(笑)」


NeoL_HF004 | Photography : Takuya Nagata


——そういう発想をお聞きしていると、ヒロシさんはロマンティストだと思うんです。でも同時にパンクだからまたおもしろい。


HF「良くも悪くも、中学1年の時に出会ったパンクによって未来のことを考えちゃいけないと思ってしまったので」


——NO FUTUREを背負ってしまったわけですね。


HF「そう。将来の夢とかを語る人のことをバカだと思ってた。その頃に、何になりたいとかも全くなかったし、その日にできることをやるという精神をどこかから知らぬ間に押し付けられました(笑)。だから何かになろうと思って勉強したことがない。おもしろいと思ったことを勉強していくというか。今になって、それこそ物理学でもなんでも、もっと勉強していたら世の中楽しかったんだろうなと思う。見え方がもっと違うだろうし」


——今からでも勉強できるじゃないですか。


HF「今から勉強しても、リーマン予想は解けないですよね」


——リーマン予想やポアンカレ予想を解ける人は、勉強というか、元の頭がちょっと違いますよね。


HF「でもリーマンにしろポアンカレにしろおもしろいのはおもしろい。そういうおもしろさはわかっているほうだと思います。トポロジーやポアンカレとか数学や物理学の難しい言葉が結構好きで。『なにそれ?』という言葉を調べていくと、ポアンカレとかすごくロマンがあるじゃないですか。『その1本で地球のサイズを計るのか』って。そういうのは好きです。そんなことを考えている人もいるのに、裸足でバングラデシュに歩いて行く人もいて、世の中の振り幅はすごいなあと」


——うん。本当にそう思います。


HF「でも本当に勉強したいな」


——数学ですか?


HF「わからないけど、今までやったことがないような勉強をしたい」


——絵も描かれますけど、そういうものではなく?


HF「そこはまだレール上じゃないですか。絵を描いても普通だから、例えば昆虫記とか、ちょっとレールから外れた何か新しいことをしたい。昆虫って大人になればなるほど触れなくなりません?」


——確かに。でも漠然とですが、おもしろい大人は昆虫が好きなイメージがあります。養老孟司さんや宮崎駿さんとか。学びたいという意欲がなくならないのはすごいことだとですが、逆にご自身の講義ではどんなことを教えていらっしゃるんですか。


HF「僕がやっているのはポップカルチャーという授業なんですが、カルチャーとはなにか知っていますか?」


——全くわからないです。


HF「すごく遡るんですけど、人間は元々猿で、進化して人類になっていく。そのプロセスとして僕が子供のときに習っていたのは、猿の頭が良くなってから道具を使うようになって進化していくということだったんですけど、今の考えでは逆で、先に物を使うようになって、手を動かすことによって脳が活性化されていったということらしい。その進化の過程にもいろいろ面白い話があるのは端折りますが、ルーシーという一番最初の類人猿の化石が全身の40%も発見されたことで、いろんなことがわかったんです。顎の形からして、どうやらそこからやっと肉を食べ始め出したそうなんですね。それまでは草食だったので24時間寝るか食べるかしかできてなかったのが、肉を食べることによって、栄養がまわって暇な時間ができ、その時間に何をするかと考えたときに一気に脳が活性化して大きくなるんですよ。そこで第一段階のグルメになったんだけど、その次にどうしたら美味しいものを食べられるかと考えて、ただ木になっているものを食べるよりも、同じものでも工夫を凝らして耕したほうが美味しく食べられると気づいた。そこから耕すことを始め、一気に人間になっていくわけです。耕すという言葉はラテン語で“Colere”で、それがカルチャーの語源に当たると言われていて。つまり、カルチャーという言葉は心を耕すことという意味らしい。服に置き変えると、寒いからあたたかいものを着るというのはライフスタイルで、それを耕して初めてファッションになる。心を耕すものだから機能的とは限らないわけで、ボンテージパンツにしろ、革ジャンにしても、毛皮にしても、そうやって生まれてきた。毛皮の部分をフリースに変えてもあたたかいし、100分の1の値段で買えるけれど、それでも毛皮を着るのはカルチャーなんです。世の中にいろんな服を着ている人がいるのは、みんなそれぞれのカルチャをー持っているから。本来なら心地よく機能的なものを着てさえいればいいんだけど、そうじゃないというのは、やっぱり人間それぞれに心を耕す何かが必要だから。邪魔なものも、たまには心を耕すために必要なんですよ」


——とても良いお話。ファッションにしろ音楽にしろ、ヒロシさんは心を耕すものをたくさん作っているんですね。そういう志があってやっている。


HF「カルチャーというのは完全に免罪符ですからね。心を耕すというとなんでも許されるところがあるから、それで色々悪いことをやっています、というのは嘘ですが(笑)、そこをなんとか自分なりに解釈してやっています」





HF_image

藤原ヒロシ
『slumber』
2017年11月29日(水)発売
(NF Records)
【Deluxe Edition】
デジパック仕様/¥4,200+tax CD(限定盤:通常盤+ボーナストラック)+ オマケ * 2,000セット限定生産
【Standard Edition】
通常パッケージ/¥2,800+tax CD(通常盤:ボーナストラック無し)

amazon
iTunes


SLUBMERS PHOTO EXHIBITION
11月29日(水)—12月12日(火)12:00-19:00
#FR2 Gallery 東京都渋谷区神宮前4-29-8
CDの撮影、デザインを手がけた「mo’design inc.」溝口基樹の写真展示が行われるほか。2000セット限定の『SLUMBERS』デラックスエディション、Tシャツ、ポストカードなども販売。



藤原ヒロシ
80年代よりクラブDJを始め、85年TINNIE PUNXを高木完とともに結成し、日本のヒップホップ黎明期にダイナミックに活動。 90年代からは音楽プロデュース、作曲家、アレンジャーとして活動の幅を広げる。2011年より真心ブラザースの倉持陽一とともにAOEQを結成し新たなバンドスタイルでの演奏活動を行っている。 ワールドワイドなストリートカルチャーの牽引者としての顔も持ちファッションの分野でも若者に絶大な影響力を持つ。


photography Takuya Nagata
interview Ryoko Kuwahara/Takuto Kawakami
edit Ryoko Kuwahara

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