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ヒップホップの持つ言葉の力とバッド・フェミニストの邂逅『パティ・ケイク$』 by UMMMI.



サンダンス映画祭史上かつてない激しい争奪戦となった『パティ・ケイク$』。主人公パティの魂の叫びをヒップホップ音楽と詩(うた)にのせた圧巻のパフォーマンスは、家族への愛憎や貧困、スターになる夢が絡み合い、あらゆる世代の感動を呼び覚まし怒涛のクライマックスのカタルシスを沸き起こす。本作の魅力を映像作家/映画監督のUMMMI.に改めて語ってもらった。


アタシはロクサーヌ・ゲイの『バッド・フェミニスト』という本がとても好きなのですが、この本に書いてある思想が『パティ・ケイク$』にも通じるところが多くあるなあと思いました。例えば本の中で、著者であるロクサーヌはこう言い切ります。フェミニストは男好きではいけない、ピンク色を好きではいけないなどのステレオタイプなルールが今までは色濃くあったように思うけれど、私は男の人もピンク色も好きだし、ビッチとファックしたぜっていう言葉使いの悪いミソジニー的なヒップホップも大好き。そういう一般的にはフェミニストとしては許されないようなことが好きだけど、それでも自分のことをフェミニストだと思っている。ただ、従来のステレオタイプなフェミストとは言い難いから、自分のことを「バッド・フェミニスト」と名付けるよとこの本の中で言っていて、これはまるで自分のことのようだと思ったんです。アタシも褒められるような人生を送っていないなかで(いつだって失敗と失態をおかしてばかり、気付いたらなぜか間違った選択ばかりしちゃう)女として生きる上で、せめてクソみたいな扱いを受けたくない、という気持ちがあればもう立派にフェミニストって言い切れるんだよっていつも思っています。そして、パティもいい意味でバッド・フェミニストだなと映画を見ていて痛感したんです。


例えばラップバトルしていて、男の人に『お前なんか興味ねえよデブ』と言われても、『いや、そう言ってるけどあのゴミ捨て場でエッチしたよね』と、いい意味で女的に返す、パティはそういうタイプだけど、立派なフェミニストだと思いました。なぜなら、そういう言葉って自分に自信がないと言えないじゃないですか。『私とセックスしたいんでしょ』って、人前で言葉にするのってすごく勇気がいると思うんです。しかも、いわゆる社会的美人とされているスレンダーで金髪ストレートヘアのモテそう女の子ではなく、ダボダボのTシャツを着たチリチリ頭の女の子が言っているその姿を見ていると、本当に心が救われる気分になる。誰だって罵倒されるのは辛い。でもそれを乗り越えてパティが内なる秘めた自信を自分に言い聞かせるかのように言葉を発する、その姿をアタシたち女の子が眼差すという行為がとても重要だと思いました。


音楽、とりわけヒップホップが人生と密接に交差しているということはいろんなシーンに顕著に現れていて、従来の映画でもどれだけヒップホップというジャンルが人生そのものであるか、というのは描かれてきたと思うのですが、マスキュリンな場所から生まれたヒップホップとフェミニズムをここまで明確に繋げている映画は初めて観ました。劇中でフェミニズム思想を掲げているパンクバンドのBIKINI KILLの音楽が使われていることからも、ヒップホップ映画であり、そして何よりもフェミニズム映画であるというのが伝わってきます。それはパティのリリックやフロウからもわかる。パティはラップで汚い言葉を使うけれど、柔らかい方法で、女性であることを認めつつ、女性を讃えるんです。


自分を讃えることってめちゃくちゃ難しいし、自分を愛することもすごく大変。パティはバイトで生活をしていて、母親は借金があって、実家に住んでいる限りそれの返済を手伝わなくてはいけない。状況は最低だけど、最低のまま生きている自分のことを、アンタは最高だよ愛していると日々鏡に映った自分に向かって言葉を発する。ヒップホップというジャンルの、言葉の持つ圧倒的なパワーと、毎日自分のことを愛しているという言葉の魔力が二重にかかっている映画だなと思いました。嘘でもいいから最低の状況も認めて、こんな大人にはなりたくないと思っている酒浸りの母親のこともイヤイヤながら肯定して、まるっと自分を愛する、しかも「言葉で愛する」ということがすごくスペシャルなことだと思いました。


そもそも何かものを作ったり恋に落ちたりするというのが、こんなにも素晴らしく感じてしまうのは、大げさに言ってしまえばある意味で反社会的な行為だなといつもアタシは感じているからです。社会的にはだらしなくても美しいとされていなくても、それを越えて自分の作った作品が人の人生を変えることになったり、美しくないはずのものが美しく見えて心から愛してしまったり、文化や愛は、そういう逆転のできる可能性にあふれた行為だと思っています。太っていても髪の毛チリチリでも美しい。自分を励ますように言っていた、アンタは最高にいい女だよ、という言葉の魔法がいつしか真実になる、『パティ・ケイク$』は、そんな魔力を秘めた映画だと思いました。


UMMMI.
http://www.ummmi.net



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『パティ・ケイク$』OFFICIAL SITE

4月27日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
監督・脚本・オリジナル音楽:ジェレミー・ジャスパー
出演:ダニエル・マクドナルド、ブリジット・エヴァレット、シッダルタ・ダナンジェイ、ママドゥ・アティエ、サー・ンガウジャ、MCライト、キャシー・モリアーティ
提供:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
配給・宣伝:カルチャヴィル×GEM Partners
原題:Patti Cake$/2017年/アメリカ/109分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/PG12/字幕翻訳:田村紀子
(c)2017 Twentieth Century Fox

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