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text by Meisa Fujishiro
photo by Meisa Fujishiro

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#54 砂糖抜き

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 翌日、私は黒糖を一片齧ってみた。精製されるまえの濃い茶色のそれは、私には何の害もなさそうだった。沖縄の人は、白砂糖が沖縄に入ってくる以前は、この黒糖に親しんでいた。もちろん黒糖だけにその理由があるわけではないだろうが、黒糖時代の沖縄の人は長寿で有名であった。そういえば、家で簡単にパンを焼けるホームベイカリーで、白糖の代わりに黒糖を使った食パンを以前は良く焼いていたものだった。家族は白いパンが好きで、黒糖入りを喜ん食べていたのは私くらいだったので、食卓から絶えて久しいが、そろそろ何気なく復活させるのもいいかもしれない。
 子供というのは反応がいい。長男は白糖入りの食べ物を摂った後で、かなり舞い上がる。いわゆるシュガーハイだ。お土産などでいただいた饅頭などを連日せっせと食べ続けると、メンタル的に不安定になり、機嫌の上下が激しくなるようだ。風邪や発熱時には、しばらく白糖入りのものを抜くだけで、回復が早まることを本人も経験的にわかっている。それでもまた白糖を食べ始めるのは、やはり美味しいからだろう。美味しいと毎日食べたくなって、白糖の特徴でもある中毒性に捕まる。そして体調を崩し、また白糖を抜く。長男はそれを繰り返している。
 白糖入りのものが家にないように、こっそり心がけているが、和食や調味料などに入ってくるものは、まあ仕方なしとやはり緩く捉えている。部活の練習後の、アイスクリームはとっても美味しいようだ。緊張が緩んで優しい気持ちになれる。それはある意味、バランスを取ろうとしているのだろう。張り詰めたら次には緩める。それを心身が必要として、アイスクリームを必要とするのなら、まあいいじゃないか、と楽観的な態度で対応している。毎日大福を食べている90歳を越える老人がいる例もあることだし。


 白糖を、いわば健康の敵として生活から排除することは、意識が高く意志が固い人、また目標を設定してそれを遊びのように楽しんで取り組むことが出来る人達にとっては、それほど難しいことではないかもしれない。
 私は、後者なタイプなので、まあ楽しく試める。だが、ストレスを感じてまでやらなくてはいけないことは、砂糖抜きに限らず、世の中にはそれほど無いのではないかとも思う。幸せとは、思いつめないこと、やりつめないこと、の横にふわりとあるのではないか。


 私は食べられないものを見つけようとしているのではなく、それぞれの食べ物との付き合い方について知りたいだけなのだ。なので、これからも私は大福を食べ続けるだろう。どらやきはあまり食べなくなるだろうけど、全く食べないことはない。年に一度しか会わない大切な友人のような付き合いが、食べ物に対してあってもいいと思う。だが、ゆであずき缶よ、君とはお別れが来たようだ。



※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#55」は2018年6月14日(木)アップ予定。
 

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