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text by Shiki Sugawara

“どうしてこうなった?”と考えるあなたへ アメリカの今を描く、マイケル・ムーア監督最新作『華氏119』




本作を監督したマイケル・ムーアという男について。彼はデビュー作『ロジャー&ミー』(1989年)にて、自身の故郷でかつては自動車産業で栄えたが今では“忘れ去られた地”と呼ばれるまで衰退したミシガン州フリントでの貧困層の苦悩を描き、彼らを一掃したGMの会長に何度となくアポなし取材を敢行。『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2003年)では1999年に発生したコロンバイン高校銃乱射事件に焦点を当て、全米ライフル協会会長から銃弾販売を取り扱うスーパーマーケットの売り場まで徹底した銃規制の交渉を行い銃社会アメリカのいびつな姿をあぶりだした。また『華氏911』(2004年)では2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件へのジョージ・W・ブッシュ政権が成した対応を痛烈に批判しブッシュ本人を糾弾した。
つまり、この男はこれまでにたった一人でアメリカという国がはらむ問題に牙を剥き続けてきた。しかし、彼の最新作『華氏119』はムーアがトランプだけを徹底的に批判する映画ではない。むしろ、ムーア自身が支持する民主党の党首たちをもこみ込みにして批判する内容となっている。そして私を含む、本作を単なるトランプ批判映画だと思っていた者、さらに言えば2016年11月9日のトランプ・ショックを愕然と見ていた者、そして未だにどうしてあの男を支持する者が存在するか説明ができない者にこそ向けられた内容なのだ。


サブ1



マイケル・ムーアは、当時アメリカ国内外でも3人ほどしかいなかった、大統領選前からトランプ当選を予言し公言していた者の一人だった。なぜ、彼はトランプ政権の未来を見据えることが出来たのか。
答えは選挙期間中のトランプの動向と、ムーアの過去作を観て事実を重ね合わせると明らかになる。1989年『ロジャー&ミー』でムーアが焦点を当てていた中産階級以下の者たちはトランプ出現まで国から“忘れ去られてた”存在だった。しかし、トランプは選挙期間中彼らを訪れこう言った。「私は、あなたたちを忘れていない。私が救おう」と。一方、ヒラリー・クリントン候補は文字通り彼らを忘れ去り他の地域の票集めに奔走していた。しかし、アメリカ大統領選の投票率がわずか48.62%にしか及ばない事実を利用し、“声なき大衆”を取り込んだトランプの戦略が勝利した結果となった。
かつて忘れ去られた町フリントに生まれ育ち、忘れ去られた人々の立場で徹底して映画を作り続けてきたムーアはこの光景を見てトランプ当選を確信していたのだ。2016年当時では誰も予想していなかったアメリカの現状がムーアにとっては至極当然の結果であったのは、ムーア監督がこれまでに自身の作品を通して描いてきた問題そのものが“伏線”“土壌”となってトランプ大統領という存在を許してしまったからなのである。そしてトランプは人々の結束の代わりに断絶をもたらした。


キャプチャ


しかし、反共和党の立場をとるムーアはトランプが治めるアメリカを憂いているだけではおさまらない。ムーアはインタビューでこう応えている。「私は、この映画で皆さんに“提案”をしている。狂気じみた今の状態をもとに戻すための提案だ」
ムーアの提案とは何か、全てを明らかにするには本作をご覧になっていただくしかない。しかしその提案は直接誰に向けられているか?それは、先ほど同様に彼自身の過去作に見ることが出来る。
コロンバイン高校銃乱射事件を通して銃規制を訴えた『ボウリング・フォー・コロンバイン』から15年後の今年2月。フロリダ州の高校で発生した銃乱射事件をきっかけに、高校生が中心となって約80万人がデモを行い銃規制を訴えた。本作内では、銃規制を訴える高校生たちに取材が敢行されている。2003年当時ムーアが立ち向かっていったこの問題から15年、立ち上がったのは被害者と同世代の彼ら若者たちだ。


キャプチャ


先述の通り、アメリカでは有権者の多くは投票に参加せず無投票の有権者は約1億人にものぼる。そんな中、銃規制に反対するトランプ政権をひっくり返すだけではなく、民主党を改革し国を動かすことができるのは、本作が公開されてから約2カ月後の11月6日に行われるアメリカ中間選挙から晴れて有権者となる彼らの力に他ならならない。ムーアは、この狂気じみた国の未来を彼らの手に委ねたのだ。
しかしムーアの提案は同時に、日本に暮らしている我々にも向けられているものである。投票率が下がることの恐ろしさ、事実を線ではなく点で見ることの恐ろしさがもたらす問題は、トランプ政権下のアメリカだけに留まるものではない。結束から程遠く、断絶が人々にもたらされている現状はここ日本、そして全世界的に見ても同様の現象が起こっているではないか。
アメリカが抱える諸問題はアメリカだけに関わる問題ではない。そして、本作『華氏119』はトランプに牙を剥くだけの映画ではない。マイケル・ムーアという一人の男がアメリカ、そして世界に立ち向かい私たち一人一人に投げかける“提案”だ。



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text Shiki Sugawara

『華氏911』
11月2日(金)TOHOシネマズ シャンテ他にて公開
OFFICIAL SITE


解説:アメリカの銃社会に風穴を開けた「ボウリング・フォー・コロンバイン」や医療問題を取り上げた「シッコ」など、巨大な権力に対してもアポなし突撃取材を敢行するスタイルで知られるドキュメンタリー監督のマイケル・ムーアが、アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプを題材に手がけたドキュメンタリー。タイトルの「華氏119(原題:Fahrenheit 11/9)」は、トランプの大統領当選が確定し、勝利宣言をした2016年11月9日に由来。ムーア監督の代表作であり、当時のジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した「華氏911(Fahrenheit 9/11)」に呼応するものになっている。16年の大統領選の最中からトランプ当選の警告を発していたムーア監督は、トランプ大統領を取材するうちに、どんなスキャンダルが起こってもトランプが大統領の座から降りなくてもすむように仕組まれているということを確信し、トランプ大統領を「悪の天才」と称する。今作では、トランプ・ファミリー崩壊につながるというネタも暴露しながら、トランプを当選させたアメリカ社会にメスを入れる。



キャスト 監督:マイケル・ムーア  出演:ドナルド・トランプ
配給 ギャガ 制作国 アメリカ(2018)(C)2018 Midwestern Films LLC 2018

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