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text by Ryoko Kuwahara
photo by Yuki Kasai-Pare

Yuki Kasai-Pare x Lisa Tanimura ”Tokyo Story”

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現在はカナダ・モントリオールを拠点に翻訳者、そしてフォトグラファーとして活躍するYuki Kasai-Pare。学生時代をロンドンの寄宿舎で過ごし、ベルリンでの生活経験を持つライターのLisa Tanimura。海外で時を過ごし、アートやファッション、社会への視点で多くの共通点を持つ彼女たちが東京で出会い、気の向くままに彼の地を歩んだ。その1日の記憶、そして考察。(⇨In English

――1年ごとに帰国されているYukiさんに近年の東京の激変ぶりはどう映っていますか?


Yuki 「昔から東京は見えない枠組みを作るのがすごく上手な街だなと思っていたんです。それがこのところは年々、見える枠組みが増えていっている。区切られた喫煙スペースもそうだし、スペースメイキングが増えているのが面白い。一見どうでもないことだけれどすごいことですよね」


Lisa「確かにね。枠組みと言えば、日本は古い建物をどんどん壊していきますよね。例えばベルリンは未だに昔の建物を当たり前のようにリフォームし続けているけれど、東京は空爆されたこともあって焼け野原になってしまい、一度リセットされてしまった背景がある。だからか、古い建物に対する執着心が薄いんだなと感じます。それは私からしたらとても勿体ないことのように見えて」


Yuki「よく“地震が多い国だから古い建物の劣化がはやい”と言うけれど、建て直すことは可能なのにあえて修復ではなく破壊してまっさらからやり直すのは独特だなと思います。古い建物を恥に感じているところもあるのかな?」


Lisa「ああ。それこそゴールデン街や下北沢の闇市の景色に見えた、まだ貧しい国だった頃の街並みを闇に感じているのかな」


――その時代を知っている世代か、そうじゃないかで認識に差が出そうですね。


Lisa「そうかもしれません。私たちからしたらゴールデン街はレトロでクールだけれど、できた当初に暮らしていた人たちからすると赤線地帯だったわけだから、思い出したくない場所や記憶となっている可能性もありますよね」


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――闇に蓋をする文化だから、というのもあるのかも。


Lisa「ドイツだと、建て替えるというよりは振り返る風潮がある。日本が見せたい自国のイメージは、ステレオタイプな言い方かもしれないけれど“禅”のようなミニマリズム的なものだと思う。日本の住居がこんなにごちゃごちゃしているのは、人が住むスペースが少ないという住環境にバックグラウンドがあるじゃないですか。東京なんて、トップクラスの人口過密都市なわけだし。対して日本人がイメージするアメリカの住環境はLAのだだっ広い庭があるようなところで、やはり住環境が狭いというところにも劣等感がどこかにあるから、ごちゃごちゃ感が恥だと感じてしまっているのかもしれない」


Yuki「かといって別にスペースに憧れているわけでもない。そこが面白い」


Lisa「うん。あと私たちの世代はもうそこまで西洋への憧れはないよね?」


Yuki「そうだね。親世代は本当に憧れが強いから、“なんで東京に住みたいの?住むならアメリカでしょう”しか言わない(笑)」


Lisa「私たちが映画で観るアメリカ人の生活って、実際はトップ1%の人たちの生活なんだよね。現実では貧富の差が凄い。あと映画では未だに白人ばかり出てくるけれど、現実は色々な人種の人が住んでいるし」


Yuki「日本でアメリカのテレビドラマを見て育った私もずっとNY暮らしに憧れてきた者だけど、実際に今NYに住んでる友達なんて東京以上にみんな大変な暮らしをしている。高い家賃を払って川の字になって寝ていたり、すごく狭い空間で生活している。郊外でさえ家賃が急上昇しているし」


Lisa「そうそう。それで引っ越ししまくって、どんどん外側に行くんだよね」


Yuki「gentrificationだね」


Lisa「ロンドンに住んでいた時によく聞いた言葉だ。再開発、というか。本来貧しい人たちが住んでいた地域を新しくトレンディに作り替えて、家賃を上げて元々いた人たちを追い出すこと」


Yuki「そう言えば東京は他の都市に比べてここ数十年家賃が上がってないですよね」


Lisa「ロンドンなんて3カ月ごとに上がっていくし、ベルリンもいまは高い」


Yuki「モントリオールもここ最近ではNYと同じで、若い金持ちのアーティストが工業地域などに移り住んできている。都心からちょっと離れたくらいのところがヒップだとか言って、その辺りに高くて美味しい広々としたミニマリストなコーヒーショップを作る、とかね。その陰で必死に生き残ろうとしてる、主に移民が経営してる商業が追いやられて……。若者たちで集まってデモをしたりはしてるけど、ジェントリフィケーションに歯止めをかけるのは本当に難しい」


Lisa「2040年までに世界の60~70%が都市部に住むことになるだろうという話を聞いたことがある。これからどんどん都市の人口が増えて、その度に破壊と創造が繰り返されていくのかな。いま東京がその狭間にいるのかもしれない。もう正直、これ以上大勢は住めないでしょう。電車もパンパンでインフラが機能しなくなっちゃうよ」


Yuki「なのに本来壊す必要ない建物や居住区を壊して高層ビルを建てて、大手ゼネコンに金を回し……オリンピックなんてその最たるもの。昨日も車で豊洲の選手村の前を通ったんですけれど、“え?こんなところに高層マンションを建てて誰が住むの!?”って驚いた。高層マンションに住むことはステイタスだ、みたいな幻想がある」


Lisa「東京の古き良き街並みを壊すことに対して何故あまり反対運動が起こらないんだろう」


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――海外ではそこに対しての運動が起こって覆されることも多いですよね。


Lisa「日本ではいままでに開発を止められた成功体験がない。マイケル・ムーアの『華氏119』で新しい世代が覆すかもしれないと目を付けたのは面白いですよね。いまは政治的にヤバいことが起こりすぎて諦めている場合じゃない、声を上げないと本当に大変なことになるという意識を皆持ち始めているから、前よりは行動するようになったのかな」


Yuki「でも私たちはバイアスがあるから、そういう人たちで周りを固めてしまっているだけで実際は変わっていないのかもしれない、と考えると怖い。私の周りでも政治や社会的正義に興味を持って、集まって声をあげて、頑張ってる人たちがたくさんいるからこれからの世代で世界は変わる!って安心してしまう。Jodi Deanが指摘したように情報のコミュニケーションが安易になったからこそに安心したら負けだよね。はいシェアした。はい、私の役目は終わった、って(笑)」


Lisa「私たちはリベラルな人で固めてしまっているからね。でも極右も極左も言っている内容が違うだけで結局変わらないんだよね。だからちゃんと話してみたら面白いかもしれない。開発を止められないという具体的なこともそうだけど、さっきの高層マンションの幻想しかり、モノを買うということ自体に何かの力が作用していることを意識しているかどうかを考えた方がいいと思う。自分たちの行動は、権力だとか見えない力によって意思決定させられていることもたくさんあるのに、その事実に気づかないまま、考えないで見たもの聞いたことをそのまま取り込んでしまう人たちがとても多い。Amazonとかで見ていたものがGoogleの検索結果に出てくることに恐怖心しか感じないけど、それを当たり前のように受け止めていると思考が麻痺するんじゃないかな」


Yuki 「私も。でも、それを見て“あっ、これ欲しかったやつ”と思っている自分が一番怖い。それの便利さに一度魅了されてしまって、それで普通に生活できちゃって依存さえしていく自分の怖さ」


Lisa「Amazonのおススメしてくる本、買っちゃうもんねえ」


Yukii「そう~! “わかってるな、おまえ!”って。でも、これはおまえなのか私なのかわからなくなってくる、という……」


Lisa「自分が情報を加えて歯車の一つになっていているからこそ、その状況にそこまでゾっとしない。それが一番怖い」


Yuki「昔だったらあからさまな洗脳だったりプロパガンダだったりしていただろうけれど、テクノロジーと個人との境界線があやふやになってる今では誰による、誰に対する情報なのかに気付くのさえ難しい」


Lisa「政治も気づいたら自分が歯車の一個にされていたということもある。特に若い世代はね」

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Yuki「私が一番怖いのは“意識高い”という言葉。社会的に、政治的に良いことをしようとしている人たちに対してそういうことを言うでしょう。言っている側はたぶん、自分が何もしていないコンプレックスからそういう総称で呼ぶんだろうけれど、その言葉一つで何もしていない自分を肯定してしまうのは怖いし、あれもまた見えない枠組みなんだと思う」


Lisa「そういうことを口に出すことすらも“意識高い”で括られるわけで。“フェミニズム~?こんな朝からそんな話する~?”とか」


Yuki「そういう人たちに対して私はいつもなんて言っていいのかわからなくなる。そうしていると、辛いだけだよって。でも私のおばあちゃん世代の、フェムニズム運動に参加していた人たちから話を聞けば何かわかるかもしれないと思って話を聞いたこともあるんだけれど“考えるのをやめてから辛くなくなった”とか言われてしまって……」


Lisa「私も卒論でフェミニズムについて書いていたんだけれど、知れば知るほどどんどん悲しくなってくる。こんな理不尽な社会構造の中で私一人じゃどうしようもないって感じてしまう」


Yuki「一人でやっていると考えてるから余計に悲しくなるのかもよ。でも他の人と話せば話すほど“自分たちが理解されない一つの塊り”みたいな考え方になるのもまた危ないんだけどね」


Lisa「日本だといろいろなことが極端になりがち。日本に住んでいても複数の文化の中で生きている人がいるにもかかわらず、日本に生まれたからには日本人だみたいな考え方があるよね」


Yuki「うん。この前も日本で仕事をしていて、ずっと日本語で会話をしているのに“え、すごく日本人ですよね?””いやー、やっぱ外人!”って繰り返し言われて。悪気なく冗談のつもりで言ってたんだろうけど、この人にとって”外人”って何なの?と思ってしまった」


Lisa「それってどんな意図で言っているのかな。誉め言葉?」


Yuki「自分が思い込んでる日本人像に合わない外見で日本語を話すことにただビックリしているみたいだった。この人には一体どこから説明すればいいんだろうって(笑)。場の空気とか考えちゃう自分が情けなくて仕方なかった。今の自分はこういう経験も傷つかずに一緒に笑ったり、客観的に考えを巡らせられるけど、次のステップはこの気持ちをどうやってスムースに伝えて楽しく意見を交わせられるかだと思う」



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――カテゴライズしたいという気持ちだったのかな。名刺交換の文化もそうだけれど、この人が誰というのが見えないと安心できないというか。


Yuki「日本か外国という枠組みにいないと混乱してしまうのか。あとジェンダーもそうで、“女なの?男なの?どっち!?”ってすぐカテゴライズしたがる感じね(笑)」


Lisa「血に対する執着心が凄い。血統主義なんだよね」


Yuki「日本なんて歴史的に言えば超マルチカルチャーなのに、一切帳消しにして“大和民族!”って言い出したでしょう。純血っていうイデアへの執着心ってもちろん世界中どこにでもあるけど、日本は歴史的に見てもかなり極端。それも含めてたくさんの事を学び直す寛容性がないと何にも変わらないよね」

Lisa「例えばフェミニズムやレイシズムの問題だって、それについて全く知らない悪意なき人たちに急に怒ってもなぜ怒っているのか伝わらないじゃない? そこを理解するのには5ステップくらい経るべき段階があるけどそこが難しくて」


Yuki「そこの5ステップを埋めるのを誰がやればいいのかとなると、もちろんお互い歩み寄ればいいんだけれど、どうしても被差別側に説明の責任を問いがちじゃないですか。でもその説明を“傷つくし労働だから、私はやらない”っていうのもすごくわかるし、でもそれでは状況が変わらないし……」


Lisa「被差別側の人が怒っているときに私は“あなたたちの気持ちもとてもわかるけれど、何も知らずにいる悪意のない人たちの気持ちもわかる”と言ったの」


Yuki「うん、そのどっちもわかる間に立っている人たちが凄く大事になってくると思う。お互いの気持ちがわかる立場の人たち。本当に少数ではあるけれどね」


Lisa「そう、どっちにもわかってもらえる言葉を使って溝を埋めていくことが大事だね」


Yuki「言葉はキーだなあと思う」



Lisa「言葉で言うと、本語で政治やジェンダーの話をするときにカタカナ英語で表されるような外来語が多いのが気になっていて。ベーシックインカムやトランスフォビックのようなカタカナ英語を使ったりしているけれど、日本語でも新たに言葉を作れればいいなと思う」


Yuki「そのまま使うには無理があることがあるよね。なんでか私も自分のセクシュアリティーの話をするときに日本語でクィアって使った事ないかも。もともとは侮辱的な意味で使われていたクィアという言葉を当事者達がその重さから放たれる為に使い出した事を忘れてはならない様に、表現が生まれた文化内の歴史と力の働き方を理解して、尊重しないと意味がない」


Lisa「言語のストラクチャー自体がトランスフォビックだったりするから」


――“女性詞と男性詞はこれからどうなっていくのだろう”という話もありますね。


Yuki「モントリオールでも3年くらい前は、”私のことはsheでもheでもなくtheyと呼んでください”と言っていた人は面倒くさがられてたけど、いまは普通ーというか少なくとも私の周りでは浸透しだしてる。言葉ってビックリするくらいすぐに浸透するんです。使うだけでこんなにも人の心が軽くなるんだって考えると、それは凄く大事なこと」


Lisa「ドイツ語が面白いのは、sheがsieでtheyもsieなの。なんか色々な言語で新しい言葉がこれから生まれていくと思う。ファッション業界でもとにかく白人モデルを使えばいいという風潮に対して言語化されていないから誰もその存在を認識できないんだよね。そこを表す言葉を作りたいし」


Yuki「言葉というのも枠組みで、それも進化していく。だから何気なく使われている言葉を見直して理解して、新しい言葉が必要であれば作って、何よりコミュニケーションしないとね」


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photography Yuki Kasai-Pare
model Lisa Tanimura
text & edit Ryoko Kuwahara


Yuki Kasai-Pare / 葛西パレ有希
宮崎県出身。カナダ、モントリオールのマギル大学、文化人類学部(東アジア文化学)卒業。現在は翻訳者、フォトグラファー、アート ディレクターとして活躍中。
https://www.yuki-kp.com
Instagram @yuki.kp


Lisa Tanimura/谷村リサ
ライター、翻訳家、ブランドマーケティングコンサルタント。中学卒業後、単身イギリス留学する。ボーディングスクールで学んだ後、帰国。早稲田大学国際教養学部卒業後、ベルリン在住を経て、現在は東京在住。ファッション、電子音楽、メディア、フェミニズム専門。
http://neutmagazine.com/Interview-Lisa-Tanimura
Instagram @lisataniz


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