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text by Ryoko Kuwahara

結末のない映画特集:「女性をはじめマイノリティが生きにくい社会の構造やそこで生まれやすい搾取があるという、昔から地続きの問題が続いている」福田和子/Kazuko Fukuda(#なんでないのプロジェクト)



近年、結末をはっきりと描くことなく、オーディエンスがその物語を胸に抱き続けることで完成する映像作品が多く輩出されている。それは共通となる一つのゴールが描かれる時代ではなく、多様な価値観を持つ社会となっていることを象徴するひとつの事象であり、また同時に、結末を与えられないことで各人が導き出した答えやアイデアが、現実社会でそれぞれがアクションを起こす際に呼び水となる機能を果たしているとも言える。
ないものだらけの日本の避妊に疑問を投げかけ、署名活動や厚生労働省への呼びかけを行っている #なんでないのプロジェクト(https://www.nandenaino.com)代表・福田和子。現在はスウェーデンの大学院にて公衆衛生医療政策学を専攻している彼女が、大学生時代に学んだ吉原をはじめとした日本の性産業の歴史を描いた映画作品を通して、2020年にも地続きとなっている問題の根幹を考察する。



ーーまず、2018年5月から始まった「#なんでないのプロジェクト」について、立ち上げのきっかけを教えていただけますか。


福田「今の留学の前に、学部時代にも1年間スウェーデンに留学していたのですが、低用量ピルをもらいに行った際に、日本では聞いたことがなかったような避妊法をたくさん教えてもらったんです。そんなものがあったのかと驚いたし、緊急避妊薬も日本だったら1万円前後かかり、72時間以内には飲まなくてはいけないにもかかわらず病院に行くプロセスが必要で、それが当たり前と思っていたのに、ここでは薬局で千円くらいで売っている。さらに性教育を推進し、支えるスウェーデン性教育協会という大きな団体があって性を取り巻く環境がとても整っているんです。その環境に身を置いてみて、日本では特に若者に対して『自分を守りましょう』『自分を大切に』という教育や言葉がとても多いけど、それをしたくてもできない状況にあるんじゃないかと切実に感じて、自分が今できることをできるだけやってみれたらと思ったのがきっかけです」


――福田さんは「性の健康」には、1,信頼できる情報源、2,避妊具の選択肢、3,情報や選択肢、必要なケアに簡単にアクセスできる環境が必要だとおっしゃっています。日本では全てが極端に狭く、3に至っては調べようとしたら成人向けのアダルトサイトに直結する問題もあります。スウェーデンの環境を大きく違うようですね。


福田「そうですね。子どもにとっての情報は限定されているので、まずは学校での教育がすごく重要です。スウェーデンでは1955年に性教育が義務教育化され、そこから始まって現在では対等なリレーションシップやLGBTについてなど包括的な性教育をするように義務教育で定められていて。日本だと今でも中学3年生の子たちに避妊、中絶という言葉を使っただけでも非難が出てしまうような状況ですが、まずそこが大きく違いますね。
頼れる環境というところでは、英語に訳すと“ユースクリニック”と言われるような13歳から25歳の子が行ける場所があり、実際に避妊具をもらうことができたり、性教育、パートナーとの関係、摂食障害、家族との関係、いじめなど、いろんなことを親に知られることなく無料で産婦人科の先生や臨床心理士、助産師さんなどに相談できるんです。ほとんどの場合学校の授業の中でユースクリニックに行くので、中学生ぐらいの時にはみんながそこに行けばいいという知識、情報を得られるというシステムになっています。スウェーデンの人口は東京より少ないんですが、その人口に対して250カ所のユースクリニックがあるんですね。運営は各自治体がやるので、学校で社会科見学で行くのも自分の自治区のユースクリニック。だからすごく身近なんです。
また、女の子の方がどうしても避妊具などの関係で行きやすい場所になっているので、逆に男の子専用の時間が一部で設けられていたり、 LGBTQの対応トレー二ングを受けた職員がいるクリニックにはロゴがあり、サイトでチェックできるようになっています。全ての若者を取りこぼさないような工夫をしているし、お洒落で落ち着ける場所で、説明もしっかりしています。
やはり親から性のことを話すのはどの国でも難しいもので、そういう場所があるのは非常に役立っていると思います。例えばこちらのドラマを観ていると、子どもに恋人できたから『ちゃんとコンドームとかしなさいね』という話を親がすると、子どもがボソッと『ユースクリニックに行ってるし、大丈夫』ってセリフが出てくるくらいの当たり前の存在なんです。


ユースクリニックは若者向けにウェブサイトも置いていて、国が設置を呼びかけている場所なので、当然トップに出てきます。そこでフィジカルな場所と同じく、セックスに関することからアルコールとの付き合い方、性暴力、LGBTQなど幅広いことが学べ、ヘルプが必要だったらユースクリニックに予約できたり、直接そのクリニックの中の人にオンラインで相談できる機能もついていたり、幅広い分野での信頼できる情報源がネット上でもあるような状況です。
最近は日本でもムーブメントが起こり、ちょっとずつ変わりつつあるかなとも思うんですが、性感染症のことを調べたら性暴力やパートナーとのリレーションシップのことが一緒に出てくるような情報源はまだまだ少ないし 、監修で関わったSexology(https://sexology.life)などができてはいるものの、そもそも性感染症について発信しているサイト自体が頼れるかもわからなくてみんなが必死にググっているような状況だと思うんです。情報量としても軟弱ですし、それで何とか情報を得て、低用量ピルで避妊したいと思っても毎月2千円くらいかかる。高校生や大学生にとっては大きな金額だし、そもそも産婦人科に行くこと自体にスティグマ(差別や偏見)があるから、結果的に行けなかったりして、パートナーができてもきちんとしたケアができずにそのまま性交渉をしている。その中で例えば想定外の妊娠をしたとなったら、高校生では約1/3が学校を辞めていて、毎月のように赤ちゃんが捨てられているという状況。それで責められるのはいつも女性ですが、そのもっと前に性教育だったり、緊急避妊具も含めて避妊具などにアクセスできる場所を作ることが、特に産婦人科に行くスティグマが強い日本では有効だと思うんです。そういう努力は何もなしに、子どもができて育てられなかったら女性が批判されて終わってしまうのはおかしいと感じています」







――スウェーデンでは、小学生の段階で、性の問題だけじゃなくジェンダーやそれによって起きる不平等、相手の尊重という部分からしっかり教えているとか。精神的な側面からフィジカルに繋げる教育は素晴らしいですね。


福田「いきなり身体やセックスのことだけ言われてもびっくりしてしまうのはどの国も同じで、自分たちの中にあるジェンダーバイアスなどに気づいてから学びを深めるプロセスを経ているんですよね。性教育についても、日本で捉えられがちな意味と全く違っていて。いろんな人に話をうかがっているんですが、自分もそうやって教育を受けてユースクリニックスに助けられて生きてきたから、子供にもちゃんとした教育を受けて、助けてもらえる環境がほしいという人が多く、批判みたいなものはあまりありません」


―環境を作る大人の意識がそもそも違うわけですね。福田さんは今スウェーデンで公衆衛生医療政策を学ばれているそうですが、これはどのような学問でしょうか。


福田「公衆衛生というのは、個人の健康に着目するのではなく、もっと大規模の人口に対する健康をどうサポートするかという学問になります。そのなかでも、政策、施策と広いんですけど、私は特に健康の平等性に関する政策やそれらを実現するにはというコースをとっています。これまでにどれだけ、特に性産業の中にいる人たちが政策に左右されてきたかを感じてきて、そういう政策を学びたくて大学は公共政策で卒業し、大学中にスウェーデンに留学したのもそのためでした。そこから、イデオロギーや倫理的な話は人によって価値観も異なり対立もあるけれど健康はどんな状況にある人にとっても揺るぎ無く大事なものだと感じて、医療の政策に興味が湧いて今のコースにたどり着きました。例えば男性は強い、病院にしょっちゅう行くなんて女々しいと思われていることから、男性の方が病院にたどり着くまでに時間がかかってしまうことや、医療器具や薬の治験が男性に対して行われやすく女性が直面し得る違うリスクが発見されづらいなど、いろんな問題があるんですが、ジェンダーに関してだけでなく今はジェネラルに広い視点を学んでいます」








――おっしゃられた通り、その時の政治や施策によって性産業やセクシャルヘルスが左右されてきたというのは今でも続いていることです。遊郭はまさにその影響を大きく受けていたところ。大学時代は遊郭の研究をされていたそうですが、どのような内容だったのでしょうか。


福田「基本的には彼女たちが残した日記や手記などをひたすら読んでいました。明治以降の資料だとわりと残っているんですよ。最初は成人式の衣装で花魁の衣装が格好いいと話題になっているのを親とTVで観ていたところ、ハレの日にどうしてその衣装を着るのかと言われて、実際の花魁の写真を見たら今イメージされるものと全く違っていたんです。そのギャップに驚いて調べ出したら、吉原などの遊廓に関する文献が極端に二分されていて、一つは『男の夢の里』という、苦しみも含めてそれも美しさのうちに入るという感じのもの。もう一つは(日本キリスト教婦人会)矯風会などの、『彼女たちは奴隷である、人権侵害だ』というもの。それらの文献からは彼女たちが実際にどう思っていたかがわからなくて調べを進めていたら、いろんな日記などが出てきたので、それらを読み漁っていました。本当に人によってその場にいることに対する理解が異なっているんです。ある人は川の底に落ちたようでいつかは這い上がりたいと思っているし、自分を売り飛ばした親を恨んでいる人もいる。足を洗えと言われても他にどうやって生きていくのか、外に出たら偏見差別を受けるばかりじゃないかという人もいれば、お金持ちに奉公に出されたものの全く食べ物をもらえなくて家畜の餌を食べたという女の子が遊廓で初めて白いご飯を食べて、私はここに生きる道があると思っていたり。人によって捉え方が本当に異なっていて、一面的な話ではないというのがそこから一番感じたことです。彼女たちの日記を読むうちに、貧困や構造の部分でも学ぶことがたくさんあると思い、大学1、2年の頃は日記を読み伝えるようなワークショップなどをしていました 」


――遊女の方々は平均21歳で亡くなられていたということで、環境や健康の問題が大きくあったと思います。そのようなところも公衆衛生に興味を持つきっかけにもなりましたか。


福田「まさに。よくお参りに行っていた新吉原の総霊塔という遊女の方々が2万人くらいが入ってるお墓があるんですが、おっしゃるように21歳くらいが平均で、なぜ亡くなったかというと、10代からお客さんをとったりしているからそのハードワークというのもありますし、性感染症もありました。当時は末期は脳まで狂わせてしまう梅毒が流行っていましたが、末期になるまでには何年もかかるんです。その前段階で子供が産まれにくくなることもあり女性にとってはもちろん、お客側も『梅毒になってこそ一人前』という認識が当時はありました。妊娠中絶に関しては、10年の年季の中で3回くらい妊娠することが一般的だったようです。そして妊娠すれば基本的には中絶。はじめはひとり必死に階段から落ちてみたり、お腹を叩いたり、冷水に浸かったり。それでダメならあとは、鬼灯火(ほおずき)の根に毒があるのでそれを飲んだり、根や茎で刺したり水銀を使ったり。遊廓を仕切っている“遣手(やりて)”と呼ばれる女性の多くは遊女あがりなので、その遣手さんが堕胎をすることもありました。遊女さんが身ごもった子を“鬼子”、堕胎を“鬼追い”と呼んだ場所もあって、そのようなやり方で子宮が傷ついたり、菌が入ったりして結果的に亡くなる方もたくさんいました。そういうことも日記に残ってたりするんです。
それを読んでいて、もちろん多くのことも変わっているけれど、妊娠したかもと思ったときにまずはお腹を叩いてみてしまうひっ迫した気持ちや、貧困を含めそもそも女性が様々なところで主体的になれない状況、背景など、今と通じるものも感じてしまって。特に、これらを調べ出した7年前に日本でほぼ過去のものになっていた梅毒が、また日本で増えてきている知ったときには、私たちは過去から何を学べたのかと考え込んでしまいました」





――その時代を描いた映像作品をいくつか挙げていただきましたが、『吉原炎上』は5人の遊女の人生を描いた作品。それこそ堕胎の話もありハードワークすぎて体を壊すような話もあります。


福田「史実的にずれているところもあるし、男のロマン、ファンタジーとしても描かれているから、実は入れようか迷いました。それでも個人個人の話としては女性の悔しさなど鬼気迫るものが切実に描かれているかなと感じたので入れました。はじめは大きなお店でも、吉原の中でも環境の劣悪なお店へ、その後さらに場所として位として低かった品川、千住に行ったりという流転も描かれていますよね。最初の“検梅(けんばい)”という医療検査の描写などは、国が遊廓を運営していたとよくわかります。今との世界観との違いもよくわかるので、こういう場所があったことは伝えたいですね。





『櫂』は、宮尾登美子さんという私が一番好きな作家の作品です。大河ドラマ『天璋院篤姫』の原作をはじめ女性の一生を数多く描いてます。『櫂』は宮尾さん自身の家族、生い立ちを書いたもの。宮尾さんは高知の色街の生まれで、父親が芸娼妓紹介業を営む女衒、そして彼女は外腹の子だったんです。主人公は父親の本妻、すなわち宮尾さんを幼少期育てた母ですが、本当に女性の不幸が詰まっているみたいな映画です。でもその中に、女性の強さみたいなものも感じたりする」


――男は外で遊ぶものとされていた時代だから、男性の不始末を奥さんが引き受けたり、理不尽に思えることが多い。女衒にしても、貧乏は悪だから“買ってやってる”という意識が見えます。


福田「人助けだという考えは今も濃厚にあると感じます。もう一つ考えてほしいのが、2017年に改正されましたが、私たちに適用されてきた性犯罪の刑法はこの時代に作られたのものということ。それがまだ適用されていたなんてこわい。どれだけ女性がモノに近い扱われ方をしていたか、日本の貧困だったり、貧困が導くものだったりが伝わる作品です。





『ああ野麦峠』は女工さんの映画。女工さんの環境も酷くて、お給料も低い。そこで妊娠させられてしまうこともありました。2018年が明治元年から150年の節目ということで、女工さんたちが頑張ってくれて今がある、近代化を支えた、と讃えられているのを目にしましたが、その根本にもやはり貧困や構造の問題がありました。100年前も今も似た構図はあると感じています。これを観て、昔は大変だったんだということで終わりにしないで、むしろその続いているところを伝えられたらと思って選びました。





『祇園囃子』は芸妓さんと舞妓さんの話です。若い舞妓さんが伝統に反発して、『私たちにも人権ってあるんでしょ』と言ったら笑われたり、無理やり迫るお客さんに反抗したらそんなことは受け入れて当たり前と怒られて仕事を干される。舞妓さんは『そんなものが日本の魅力と言われるのだったら、なくなればいいのに』ということをはっきり言うんです。それを観ると、私たちは今どのくらいその視点を持ててるのかなと思います。例えば、空港に行けばお土産屋さんに浮世絵の『GEISHA(芸者/描かれているのは大抵が花魁)』の商品があり、クールジャパンの象徴のようになっていますよね。スウェーデンで暮らしていてアジア系のレストランに行ってもしょっちゅう見かけます。私自身は着物が趣味で大学で日本舞踊をやっていたほどだから、彼女たちが築いてきた文化をなくせと言っているわけではないです。むしろ、そういったことを自由意志で趣味でできる世の中になったことを嬉しく思っています。ただ、そういった文化を持ち上げるのであれば、同じくらい、一方で人身売買があったよねとか、女性の体の健康が全くかえりみられなかったよねということをひと一倍気にしてもいいじゃないかという風に思っていて。先述の遊廓は特に、300年もの間、公娼制度、国が認めた制度があって、その下で起きたことですしね。


それから、遊廓やお座敷はかつて政治家など権力者が話して物事を動かしていた場所でもあって。これらの映画でも女性はサポ―トしたり楽しませるためのものとして認識されています。今、何がどこまで変わったか、はっきりはわかりませんが、例えば女性が政治参画となった時に、女性に対する視線はもちろん、女性も参画できる公の場で物事が決められるようにといった変化がきちんとできているか、政治を見ていて不信に思うこともあります。
実際に以前、女性の議員さんにお話しに行った際、本当は一番男女関平等じゃないといけない政治の場でもっとも女性が2等市民の扱いを受けているというようなことを言われたことがあります。男性が選挙に出ると奥さんは散々手伝わせられるけど、女性議員にそんなことをやってくれる人はいないし、夫は出馬を許して偉いねと言われる。そういう風に女性を扱うという風潮は脈々と続いているんだろうなと思ってしまいます」





―2020年には女性役員を30%にという目標も全く届かず5.2%(2019年)止まり。そこに変化のなさがうかがえます。国が認めた公娼制度が続いたものの1872年には芸娼妓解放令、1957年には売春防止法が制定されますね。その背景と影響についてもお聞きしたいです。


福田「芸娼妓解放令に関しては、マリア・ルーズ号事件をきっかけに日本は初めての国際裁判の場で現状の公娼制度は人身売買だという指摘を受けて、近代国家になりたかった日本の政府はじゃあやめようといきなりお触れを出したんです。これは別名“牛馬解き放ち令”と言って、彼女たちは権利のない牛や馬と同じ存在だから借金を払う義務がない、よって自由の身という衝撃的な内容。また、いきなり解放されて仕事がなくなることで私娼が街に溢れてしまって、早速翌年には貸座敷渡世制度ができ、今まで妓楼と呼ばれていたものが貸座敷に、遊女が娼妓に名前が変わり、国家の管理がより強まる近代的公娼制度が成立していきます。
中には九州の方から海外に出た女性たちもいます。『サンダカン八番娼館 望郷』にも出てくる“からゆきさん”と呼ばれている女性たちです。貧しさからの出稼ぎではあるものの、はじめは外貨獲得や海外進出の手段にもなるため『娘子軍』と謳われ東南アジアにたどり着いたのに、近代国家として恥ずべき行為と指摘されると、最後は追放などの形で見捨てられました。とはいえ、そこで全てが終わるわけではなく、こういった国内の近代公娼制度や外地の娼館と、その後起きた日本軍『慰安婦』問題が地続きであることも忘れてはなりません。





また、戦後の歴史も見ていくと、第二次世界大戦が終わった3日後には、内務省が駐屯する米兵の性欲処理、治安維持、性病予防のために施設の用意を命令。『日本の一般婦女子の純潔を守るための防波堤に君たちは壁になるんだ』『女の特攻』ということで、米兵相手の女性たちがかき集められ、1945年8月26日に慰安施設RAA(Relaxation Amusument Association/特殊慰安施設協会)が設置されました。しかしすぐに性病が蔓延し、翌年には閉鎖となります。そうすると彼女たちは『肉体の門』などで描かれているパンパン、つまり街娼、私娼として働き始めます。そんな状況では風紀が乱れる、性感染症も怖いと、政府はパンパン“っぽい人”をトラックに乗せて性感染症の検査等をする『刈り込み』をします。その中には関係ない女性もおり、公衆衛生の名の下で行われた人権侵害です。結局1946年には慰安所が特殊飲食店に、酌婦は女給に呼び名が変わり、性病検査が定期的に行われつついわゆる『赤線地帯』としてむしろ範囲としては拡大しながら営業が続きます。その後も名称はカフェー、従業婦と変わりました。映画『赤線地帯』を観ると、名称は変わり遊廓時代のような身代金的な借金はないものの、彼女たちには本当に色々事情があり、社会の根本は変わっていないことを感じます。


1957年に出された売春防止法に通ずる法案は廃娼派の矯風会などに推された上流階級の当時の女性議員たちが繰り返し提出しており、議員立法としては4度目の1956年に成立、それによって赤線地帯も事実上なくなりました。そこで吉原も公娼地区としての約300年の歴史を閉じます。しかしその後には再びトルコ風呂、特殊浴場、ソープランドが発展し、今も特例地区として扱われています。妓楼、貸座敷、料理屋、特殊飲食、最後はカフェーと名前や形態はどんどんマイルドになりますが、社会の構造や中身は大して変わらない。援助交際、JKビジネス、パパ活と、現在も響きはよりマイルドになりながら中身は変わらない、両者似たような変遷を遂げているのが興味深いですよね。マイルドな雰囲気の新しい言葉に中身が不可視化されてしまうけれど、いろんな形で女性をはじめマイノリティが生きにくい社会の構造やそこで生まれやすい搾取があるのは変わらない。それなのに、時には政府主導で都合よく『一般婦女子の防波堤』と持ち上げられるかと思えば、風向きが変わると性感染症や風紀の乱れの温床として狩られたり。今、COVID-19での対応を見ていても、感染症が拡大したら夜の街が悪いとすれば責任転嫁できるつもりなのか、そこに人がいるって思ってやっているのか、と思ってしまいます。公衆衛生の歴史って、実は結構罪深いんです」


――撤回したとはいえ、セックスワーカーには給付金を支給しないと言ったことは忘れてはいけませんよね。通信技術などはこんなに発達しているのに、先進国と言われる日本で、中絶や避妊の方法も、性教育やジェンダー、セックスワーカーに関しての見地が極端に遅れているのもその根本の問題が大きいと思います。


福田「日本の性教育は1947年『純潔教育の実施について』という、女性が性産業で働くこと(当時の言葉でいう、『闇の女』への『転落』)を防ぐこと、結婚までは『純潔』を守ることを目的で始まっているんですよね。この活動をしていて届く声の中には、男性の皆さんお願いだからコンドームをつけてください、つけてくれないと私たちは成す術がないんです、というものがあります。つけないのは根本の問題としてある上で、懇願しないと身を守れないのが嫌で作られたのが1955年にできたピル。自分で生殖をコントロールできなかったら女性は自立できないからといろんな方法が出てきた。でもこのメッセージをくれた子はもしかしたらそうした避妊法を知らないのかもしれないし、相手が何かしてくれないともう自分には成す術がないと思っている。昔読んでいた手記でも、薄いチリ紙を入れたり、お酢と水を合わせたもので洗うしかできなかったとあるんですけど、『相手が避妊をしなければほぼ成す術が無い』という何十年も前に終わっていいはずの脆弱性を未だに抱えている女の子が大勢いる。10代では現在毎日約40人が中絶をしていますが、いまの技術と国の経済力をもってすればもっと防げるはずなんですよ」


――性教育がちゃんとなされていない中、アクセスされやすいネットやメディアで悲劇的な恋愛やセックスの情報ばかりが横行している。行き届かない所に届けるのが公衆衛生や教育だったりすると思うんですが、それが機能していないのはスウェーデンのお話を聞いても大人の意識の問題によるところが大きいと痛感します。


福田「政府の第5次男女共同参画基本計画には、若年層や若年女性に向けた教育やサポート、行動が多く書かれています。意思決定者や上の立場の人も含めて、という文章があったのはセクハラ研修のところくらい。でも、私としては一番変わるべきは意思決定の場所にいる人たちだと思います。それなのにそこに向けての言葉がない。例えば若者の中ではジェンダー観も変わりつつあって、男性が育休が取れる会社に行こうとしたら選択肢がなくて困っていると言うことも聞きました。若者の意識だけ変えられて現状が変わってくれないのでは辛い。若年層、若年女子が変わるべきということではなく、自分を振り返ってほしい。
また、先日話題になった、緊急避妊薬へのアクセスをめぐる日本産婦人科医会副会長の発言や、緊急避妊薬のオンライン診療を可能にするかという厚労省主導の議論を見ても『安易な使用に繋がる』『悪用のリスクがある』『若い女性に知識がない』という発言が多く見られています。転売はアクセス悪いからこそ起こっているし、誰が転売してるかといえば私たちじゃないんですよ。みんな必死に自分の健康を守ろうとしているのに、そんな風に言わないでほしい。それから、緊急避妊薬の存在を知って使おうとしても2万円が用意できなかったり、親に言わないと病院に行けなかったりで、アクセスできない状況もすごく残酷です」


――薬で中絶できるのに掻爬術を採用し続けていることも疑問です。


福田「卒業論文で、日本ではなぜ避妊の新しい方法が承認されないのかなということを、低用量ピルが承認されるまでの歴史と比較、検討したんです。日本では1999年に40年以上かかって経口避妊薬の使用が許可されますが、承認前夜に男性目線で低用量ピルのことを扱った雑誌記事を洗いざらい調べたんです。そこで見た言説をまとめると、『女性が妊娠を怖がらずにセックスできるようになってしまう。あなたの娘や奥さんは大丈夫ですか。そうやって遊んだ女の人から性感染症を持ち込まれてしまう。怖いね。さて、低用量ピルは男性にとって、相手が妊娠不安を持つことなくいくらでもできるようになる夢の薬なのか、それとも自分の相手がいろんな人を渡り歩いたり、性感染症を持ってこられてしまう恐ろしい薬なのか』という状況。妊娠不安、恐怖をチラつかせて女性を支配することができなくなってしまうという記事もあった。『低用量ピル承認で起きる“女性上位”革命』という言葉も何度か使われていて。女性からしたら飲み忘れたりもするし、ピルでも避妊は確実なわけじゃない。そう思えばピルがあっても妊娠不安からの自由という意味で平等にすらなれてないのに、それで上位と思われてしまうその価値観に衝撃を受けました。今の意思決定の場にいる方の年齢、性別を考えると、緊急避妊薬もアクセスが改善され性感染症が増えて困るという言説も、根本は同じだと思ってしまいます」


――愛情、尊敬で繋がれない人たちの言葉に愕然とします。


福田「アフターピルに関しての女性からの反対意見のメインは、アクセスが改善されると男性が避妊をしなくなるのではという恐怖、不安です。要するに、日本人男性は妊娠が怖いという理由がないとコンドームしてくれないと思われてる可能性が高い。そりゃそんな思いを抱いてたらセックス怖いし嫌だよね、セックスレスにもなるよねと思ってしまう」








――生理に関しては少しずつ動き出していますが、セックスや避妊、中絶になってくると相手があるものだから両者の意識が変わらないと変化が起きないですよね。私はミレーナを使っていますが、避妊の確率も高いし、生理もナプキンが不要なほど楽になりました。有益な情報が行き渡って楽になってほしいなと思います。


福田「生理がなかったらいいのにとみんな話してるけど、ほぼなくせますよね。私は今いろんなものを試そうと思ってるし、他の方法でもスキップはできるからミレーナはやってないんですが、スウェーデンでも多いです。生理をスキップしだすと、あんなものやってられないって思いますよね(笑)」


――身体的にも精神的にもストレスが減ります。ミレーナより小さいスカイラのことは福田さんの記事で情報を得ました。


福田「例のごとく、日本にはないんですけどね。あとは避妊に保険が適用されてほしい。日本で保険がきかないものは付加的なもの必要はないものというイメージあると思います。それもあって、避妊をすることがなかなか当たり前とは捉えられず、いまだに『よほどセックスしてるのか』という視線まであったります。国民みんなが保険で避妊が適用されたら、避妊に対する理解やスティグマが大きく変わると思います。とはいえ、保険が適用されるものは基本的に治療に対してで、予防は入りません。せめて補助金でも考えてほしいです。力ある 産婦人科の方々が反対してるのはきついですよ。そこに反対されたらどうしたらいいのかって。道のりは長い。


でもジェンダーの平等、より安全な中絶や避妊の権利を持つというのは、今から25年も前に『性と生殖に関する健康と権利』として日本も含めた世界で認められた揺るぎない権利なんです。それはやはり一つ大きな支えで、自分が勝手に望んでることじゃなくて世界的に当たり前の権利だよと言われるのはすごく大きなことだと思います。


2019年11月にナイロビ・サミット(https://tokyo.unfpa.org/ja/icpd)に行かせてもらったり、他にも海外の国際的な会議などに行かせてもらって感じるのが、低所得国などから来ている子たちの話を聞いてると、避妊具や中絶へのアクセスがないのは、国にお金がなかったりクリニックが遠すぎるから。日本が抱えてる問題は、お金もあるし病院もあるけどそれが男性中心の社会の中で様々な方法が承認されないとういもの。緊急避妊薬に関してもイデオロギー的なところが一番の要因になっていて、根本的に違うバリアなんです。だから、日本での選択肢の狭さを伝えるとそんなに驚くんだというくらいびっくりされます。日本に住んでいる方も日本は先進国と思っているから、自分たちの状況にも気づきにくいんですよね。
主体的に生きたり、自分を守るというのは認められた権利だし、今の技術をもってすればできることだと思えるようになってほしい。でも一連の映画を観ると、変わってきてる部分もあるから頑張りましょう」



――最後に、 #なんでないのプロジェクトで今後予定されていることがあれば。


福田「6月に、『緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト(#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト)』を立ち上げてそこに注力しています。この間の調査だと妊娠不安を抱いて緊急避妊役を実際飲まれた方は2割を切ってたんですよね。その状況はまずいので、まずはそこから。COVID-19でこれだけ問題が可視化された今こそ、やるべき政策ですよね。そして避妊法の承認は時間がかかると思うので、緊急避妊薬が突破口になってくれたらとも思っています。
あと、日本でもこういうものがありますというだけじゃなく、できるだけスウェーデンにいる間にいろんな避妊法を使っている人たちに使用感などを聞いた声を集めて、そうした実際の声を伝えることで避妊の選択肢や使用へのハードルが変わるようなことができたらと思います」


福田和子
#なんでないのプロジェクト代表
大学入学後、日本の性産業の歴史を学ぶ。その中で、どのような法的枠組みであれば特に女性の健康、権利がどのような状況にあっても守られるのかということに関心を持ち、学びの軸を公共政策に転換。後にスウェーデンに1年間留学し、そこでの日々から日本では職業等に関わらず、誰もがセクシャルヘルスを守れない環境にいることに気付く。それは例えば、避妊法の選択肢や、性教育の不足。 #なんでないの という言葉を通じて、ひとりでも多くの人が、「なくて当たり前」「仕方ない」と諦めるのではなく、「私たちにも、選択肢とか情報とか、あって当然じゃない?」そんな風に思ってもらえたらと活動を続ける。
世界性の健康学会(WAS)Youth Initiative Committee委員 / 国際NGO JOICFP I LADY.ACTIVIST / 性の健康医学財団 機関誌『性の健康』編集委員 / FRaU×現代ビジネス連載中 / ヨーテボリ大学大学院在学中(スウェーデン 2019.9-) / 2020年 She Decides 25 x 25選出
https://twitter.com/kazukof12


#なんでないのプロジェクト
日本では自分のSexual Healthを、心を、身体を、守りたくても守れない。そんな現実にスウェーデン留学中に気がついた一人の女性大生が自分たちのいまを変えようと立ち上げたプロジェクト。Sexual Healthを守る情報、選択肢、環境の3つの側面に注目しながら、日本の、世界のいまを伝えること、若者が声を一緒にあげられる場所になること、それを政治家や製薬会社に届け、いまの現実を変えていく力にすること、その3つを目標に活動。「自分を大切に」というのは簡単だが、少しでもそう思うのなら、どんな状況にいても頼れる情報を元に、充分な選択肢の中から納得できる選択を下せるような環境を、必要であれば治療や相談を当たり前に受けられる環境を一緒に作る。
https://www.nandenaino.com


text & edit Ryoko Kuwahara




『吉原炎上』
吉原遊郭が最も華やかだった明治の末期を舞台に、映画としては初めて本格的に、遊里・吉原のすべてとそこに生きたさまざまな女たちの姿を鮮烈に描いた。全篇を通してのヒロイン久乃と春夏秋冬のヒロイン四人の物語。久乃は、船主の父親が残した多大な借金のため、吉原の中梅楼に女郎として売られてきた。やがて久乃は“お職”(花魁の最高位)へと登りつめていく…。
監督:五社英雄 原作:斎藤真一
キャスト:名取裕子、二宮さよ子、藤真利子、西川峰子、かたせ梨乃、根津甚八 他
1987年/133分/日本 配給:東映



『櫂』
大正・昭和の高知を舞台に、女衒一家の波瀾にとんだ事件の数々と、妻と夫の別離を描く。原作となった宮尾登美子の同名タイトルの小説は1972年第9回太宰治賞を受賞。
監督:五社英雄 原作:宮尾登美子 
キャスト:緒形拳、十朱幸代、名取裕子、石原真理子 他
1985年/134分/日本 配給:東映



『ああ野麦峠』
明治中期、長野県岡谷市にある製系工場に、岐阜県飛騨地方から野麦峠を越えて働きに出た少女達の姿を描く。1968年に発表された山本茂実の同名小説を映画化。
監督:山本薩夫 原作:山本茂実
キャスト:大竹しのぶ、原田美枝子、友里千加子、古手川祐子、地井武男 他
1979年/154分/日本 配給:東宝



『祇園囃子』
祇園では名の売れた芸妓美代春は、彼女に入れ上げて勘当になった若旦那の小川を、強い言葉で追い返した。ちょうどその時舞妓志願に来たみすぼらしい少女栄子。そして一年。栄子は愈々舞妓として店出しする事となったが…。
監督:溝口健二 原作:川口松太郎
キャスト:木暮実千代、若尾文子、河津清三郎、進藤英太郎、菅井一郎 他
1953年/84分/日本 配給:大映




『サンダカン八番娼館 望郷』
性史研究家・三谷圭子は、ボルネオの北端にあるサンダカン市の近代的な街に感慨を込めて佇んでいる。そこは、その昔、からゆきさんが住んでいた娼館の跡。からゆきさんの実態を調べていた圭子は、天草を訪ねた時、身なりの貧しい小柄な老婆と偶然めぐりあった。それがサキであった。原作は山崎朋子著『サンダカン八番娼館』。
監督:熊井啓 原作:山崎朋子
キャスト:栗原小巻、山崎朋子、熊井啓、高橋洋子、田中絹代、田中健 他
1974年/121分/日本 配給:東宝



『赤線地帯』
特飲店「夢の里」には一人息子のために働くゆめ子、汚職で入獄した父の保釈金のために働くやすみ、失業の夫をもつハナエらがいた。国会に売春禁止法案が上提されている中、「夢の里」の主人田谷は、法案が通れば娼婦は監獄へ入れられるといって彼女らを失望させていた。
監督:溝口健二
キャスト:若尾文子、京マチ子、川上康子、三益愛子、木暮実千代、進藤英太郎、菅原謙二、加東大介 他
1956年/85分/日本 配給:大映

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