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text by Ryoko Kuwahara
photo by Yudai Kusano

「自然と世の中の空気を読んで無意識に行動している、そうさせられているという意味で言うのだったら感じていることはあるのかもしれないです」
門脇麦 & 水原希子『あのこは貴族』インタビュー







東京で異なる環境を生きる二人の女性がそれぞれの人生を切り拓く姿を描いた『あのこは貴族』が2月26日(金)に公開。監督は初のオリジナル長編作品『グッド・ストライプス』で新藤兼人賞金賞を受賞した岨手由貴子(そでゆきこ)。原作は、山内マリコによる同名小説。主人公である上流階級に生まれ育った華子を門脇麦、地方から上京して挫折しながらも懸命に生きる美紀を水原希子が演じる。本作では異なる生き方をしてきた女性たちが一人の男性を介して交差するものの、そこでの争いはなく、微かなその交わりに互いに何かしらの触発を受け、自分の人生をより真摯に見つめる糧としている静かな連帯の様が印象的であり、社会構造に潜む暗示や呪いを解かれたような気づきを得られる。同時に、生まれ育った環境からどう自分の道を切り拓くかという、誰もが直面する問題についても示唆し、考えさせる内容。上流階級の女性という抽象を紛れもなくそこに実在する人物として見事に血肉を与えた門脇麦、地方から上京しての変遷を外見での変貌含め体現した水原希子に本作への向き合い方、社会との自身の対峙について聞いた。


――社会学的なアプローチやイプセンの『人形の家』的な要素もあり、様々な解釈ができる多重な作品ですが、私は“シスターフッド”と“解放”の部分に特に心が動かされました。お二人はそれぞれどのような物語として解釈して臨まれましたか。


門脇「こうして取材でみなさんにたくさん感想をおっしゃっていただいて、『ああ、そういう物語だったんだ』と私が気付かされています。私は、これはこういう物語だと考えるのは監督の仕事で、演じ手の私は役を中心に考えるのが仕事だと思っています」


水原「私もそうですね。もちろんざっくりとは分かりますけど、やっぱり現場でやってみて考えが変わっていったり、そこで気づくことも多々あるし、できあがってから全体像がわかることがほとんどで。最初は自分の役でいっぱいいっぱいというか、この子をどうするかに集中している感じです」


――では最後にようやくいろんなパズルがハマる。


門脇「そうですね。初号試写で観た時に、こんな物語やテイストの作品だったんだな、と」


水原「音楽ってすごく大事だなということとかに気付くよね。思ってもいなかった部分が実はポイントになっていたり、観てからじゃないとわからないし、人によって感じ方も違うので」


――特に今回は突然大きな出来事があるのではなく日常の積み重ねを描いた物語なので、余計に作品を観てから気づくということも多かったのかもしれないですね。その日常の中でも移動のシーンはとても印象的でした。タクシーと自転車という二人の生活の対比、そして車の中でのぼんやりとした華子の表情、自転車を漕ぐ美紀の躍動感ある姿は象徴的です。それぞれにご自身の役柄の日常をどのように分析し、自分に重ねていきましたか。


門脇「私は今回はいつもより緻密に計算して演じました。お嬢様と一言で言ってもすごく難しくて、どういうお嬢様にするかによって作品も変わってきてしまうので、衣装選びも話し合いを重ねました。キャラクターを定めるために知人に頼んで、華子と同じように、幼稚園から大学までエスカレーターで通っていた友達に同じ境遇の友達を紹介していただき、4人くらいでご飯を食べていろんな話を聞いたんですけど、彼女たちはあくまで自分の環境を普通だと思っているから生活のこと、身に付けるものについて聞いても私が勝手に想像していた、手が届かないな、と思うような内容は出てこなくて。もちろん人によってファッションが好きで最新のおしゃれな洋服をたくさんお持ちの方もいらっしゃると思うんですが、私がその時にお会いした方たちはそうではなくて。でも言葉ではうまく言えないのですが、やっぱり育ちの良さや心のゆとりを感じられて。華子もこの感じだなと思って、衣装選びに反映させました。そしてまず、初めて美紀に対面するシーンの衣装から決めようと。やっぱりあそこで美紀が、『あ、この子にはかなわない』と感じなくてはならないので、1番要となる部分だなと思い、色々逆算して他の衣装も考えていきました。声のトーンや喋り方、動作、そういうものも1つ1つ具合を探って作っていきました」


――華子と美紀の初対面のシーンは、座り方やお茶の持ち運びの手の仕草など、まさに品格という圧倒的なものを見せられました。


水原「うん、本当に」


門脇「不思議なことに、私は普段緩やかな動きやすい服を着ることが多いんですけど、ああいうピチッとしたタートルネックを着てパールのネックレスをしてチェックのタータンスカートを穿いてストールを羽織ると、自然と背筋が伸びるし、ガサガサ動くと服が乱れるから本当にゆっくりとした動きになったりするので、衣装にはすごく助けてもらいました」





――逆に美紀はご自身に近く、素で演じられた部分もあったそうですね。


水原「私はどれだけフラットでいられるかという感じでした。台本を読んだ時から美紀ちゃんに対して、16歳で東京に憧れて上京した自分とリンクする部分もあったし、そこから自分の道を切り拓いて、挫折しながらも頑張って自分はどうありたいのかと懸命に生きている姿にも共感できる部分がたくさんあって、何か作り込むことをする必要がなかったし、ここまでリラックスして臨んだ作品はないんじゃないかというくらい。普通でいることを大切にすると同時に、リアルな日常を切り取ったような、セリフはないけれど空気感で伝えるシーンもかなりあったので、監督とその都度話し合って同じ方向を向いていることを確かめ合いながら、やってみながら模索していくことも多くて、どの映画も現場で作り上げていくものではあるけど、今回は本当にそういう感覚がすごく強かったです。動くと思ってなかったところで心が動いたり、お芝居ってやっぱり不思議な体験なんです」


――その心が動くと思っていなかったけど動いた場面とは?


水原「例えば家族といるシーンとか、ちょっとした会話で、激しくではないけれどウッと思ったり、今心で笑ったなとか、セリフを見ているだけだと分からないけど、日常を生きているとこういう感覚があるよねっていうことがやってみるとあるんです。そこがやっぱり面白いし、生きてるって感じがします」


――二人が出会い、同じ男性を介して交差しながらも対立しないところが素晴らしかったです。華子の友人である逸子の「女同士で仲良くできないようにされている」というセリフにもあるように、社会の刷り込みや想定されるパターンを見事にすっぱ抜いたような構成。本作はジェンダーだけでなく、かつては交わるはずのなかった階層が交わる現在の状況も描かれていて、「型」「枠」ではなく自分の頭で考えて動くことの大切さを感じました。本作を経て、改めてご自身の日常や社会構造について考えさせられることはありましたか。


水原「社会の刷り込みや階層については日本ではあまりないけれど、海外に行くと感じることが多いです。特にヨーロッパ圏はいまだに階級社会ですし、ファッション業界では更にそれが明確で、突きつけられることはありますよね。特に今はいろんなムーヴメントがあり、考えることが必要な時期ですが、自分が正義だと盲信する怖さもあるので、個人的にはいかに共存しあえるかをよく考えます。この二人の関係も、お雛様券をどうぞと言われる時に階級の差を突きつけられて、そこで対立してもおかしくないのかもしれないけど、華子はその世界しか知らないからすごくピュアでチャーミングで憎めなくて、違うんだなと思うしかない。華子がその後に色々悩んで、奇跡的に再会するシーンでは、分かり合えない相手だと感じているけれども人として後押しする。それこそ人間の美しい部分で、寛大で寛容で、相手の立場に立って理解する心の余裕があるという自分が思う理想的な人間関係で、この世界がみんなそうなったらいいなと思いました」


門脇「私はあまりそういう息苦しさを感じて生きてこなかったですね。直接対峙すると自分も疲れちゃうし、本業に差し支えたりするので、極力回避して生きているからだと思います。でも強いて言うなら、例えば SNS などでいろんなヘイトがあったりするわけじゃないですか。なるべくそこを避けて生きていきたいなと思っている事自体が、もう枠にはめ込まれているのかもしれませんね。書く言葉もそうですし、好きと言ったら反発が来そうなものは好きと言わないし、そういうことを自然と世の中の空気を読んで無意識にしている、そうさせられているという意味で言うのだったら感じていることはあるのかもしれないです」



――役者は社会のそうしたいろんな枠の内外を行き来することのできる特殊な仕事だと思うのですが、そういうところで自由を感じたりしますか?


門脇「ああ……そうですね。私はすごく快活な性格のはずなのに、色々あって人間関係がうまくいかなくて一回シャットダウンした時にこの仕事を始めたんですよ。さっき希子ちゃんが言っていた生の動く部分というのはよくわかって、今作でも予想外の感情が生まれたりしました。そこでしか、お芝居の中でしか本当の意味で人と会話できない時期もありました。ちょっとリハビリみたいな感覚もありました。それに日常会話だったらここまで魂を揺さぶられる会話に滅多にならないというか、ドラマティックなものが映画とかドラマには詰まっているので、大きい心の動きをする回数は、現実でよりも芝居している時の方が多くなってしまいますね」


――リハビリとしてはすごくいいですね。


門脇「昔は演劇って医療行為として使われていたらしいですし、やってみたら解放される部分もあるのかもしれませんね。」


水原「私は役者の仕事はすごく難しいなと思うので、悩むことの方が多いです」


門脇「セリフだから何を言ってもいいのに?」


水原「緊張しちゃうことが多い。慣れることとかがないと言うか、やっぱり毎回監督も役柄も違うし、毎回初めてのことをしている感覚になるから、常に模索してる感じがあって。周りを見すぎてしまうし、まだまだ修行の身です」





photography Yudai Kusano(IG)
text & edit Ryoko Kuwahara(IG / T)




映画『あのこは貴族』
公式サイト: anokohakizoku-movie.com
2021年2月 26日 (金)全国公開
監督・脚本:岨手由貴子
出演:門脇麦 水原希子 高良健吾
石橋静河 山下リオ 佐戸井けん太 篠原ゆき子 石橋けい 山中崇
高橋ひとみ 津嘉山正種  銀粉蝶
原作:山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
公式Twitter&公式Instagram:aristocrats0226


【ストーリー】
東京に生まれ、箱入り娘として何不自由なく成長し、「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子。20代後半になり、結婚を考えていた恋人に振られ、初めて人生の岐路に立たされる。あらゆる手立てを使い、お相手探しに奔走した結果、ハンサムで良家の生まれである弁護士・幸一郎と出会う。幸一郎との結婚が決まり、順風満帆に思えたのだが…。一方、東京で働く美紀は富山生まれ。猛勉強の末に名門大学に入学し上京したが、学費が続かず、夜の世界で働くも中退。仕事にやりがいを感じているわけでもなく、都会にしがみつく意味を見いだせずにいた。幸一郎との大学の同期生であったことから、同じ東京で暮らしながら、別世界に生きる華子と出会うことになる。二人の人生が交錯した時、それぞれに思いもよらない世界が拓けていく―。

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