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「“こうあってほしい”という願望を追い越して凄まじいのが表現者」 『犬王』アヴちゃん&森山未來インタビュー



室町時代、伝統芸能の枠を打ち破るパフォーマンスを披露し、ポップスターとして名を馳せていく2人の若者を描いた『平家物語 犬王の巻』(古川日出男著/河出文庫刊)を原作に、湯浅政明が監督を務め、野木亜紀子が脚本、キャラクター原案を松本大洋が手がけた劇場アニメーション 『犬王』が5月28日(土)に公開される。
異形として生まれながらも桁違いの能楽師の才能で人々を魅了する主人公・犬王の声を「女王蜂」のヴォーカルであるアヴちゃん、その相棒となる平家の呪いによって視力を失った琵琶法師・友魚(ともな)を森山未來が演じる本作は、2人の稀代の表現者の絆を軸に、芸術のあり方や向き合い方、ナラティヴの力など現代にも通じる様々なテーマを、圧倒的な熱量の音楽に飲まれるフィジカルな質感とともに伝える。10年来の友人であるアヴちゃんと森山未來に、作品の解釈から互いの表現者としての信頼までを語ってもらった。



――アヴちゃんはその人物に感情移入したり、人生を理解できないと自分の言葉として出せないということをおっしゃっていました。忘我の域に達していることや、「自分の代わりに戦ってくれている」という感覚を観衆に持たせられることなど、多々の共通点がある犬王への理解ははやかったのではないでしょうか。


アヴちゃん「秒でした。今作のオファーをいただいたのが、女王蜂として初めてのアリーナライヴをコロナ禍で断念せざるを得ないという発表をする直前だったんです。『犬王』というアニメ映画でW主演と聞いて、できると思うけどまずは声優さんのアカデミーに行かないといけなのかなとかいろんなことが頭を巡って天秤にのしかかった中、もう一人の主演が未來氏で、アヴちゃんが出るなら出ると言ってるよと聞いて、重荷が全部飛んでいって『やる!』となりました。その足でジュンク堂に行って、原作を買って読んでも改めてできるなと思ったし、今作に名前を連ねてる人たち全員が同じゾクの人たちという感じがしたんですよね」


森山「属性のゾク?」


アヴちゃん「属性もそうやし、こっちの(バイクを運転する仕草)」


森山「族か(笑)」


アヴちゃん「やっぱり私はサヴェージ(獰猛)だから、みんなで一緒に2ケツ、3ケツでぶっ飛ばしている感じで作れるのは嬉しい。だから1分だけはいろんなことを考えたけど、できると思うのははやかったです」





――では、犬王をどんな人物と捉えて挑んだのでしょうか。


アヴちゃん「舞台に立つ人間に“こうあってほしい”という願望は絶対にあると思っているけど、それを追い越して凄まじいのが表現者。犬王もまさにそう。私自身も犬王と同じで、すべてのカオスを集めてできている人間だと思っているし、そう見られてもいるけれど、濁ったら終わりだと思ってるんですね。自分の生まれを呪ったり、これがしたかったのにということばかりに心が向かっていって濁ったら終わり。濁りそうな時期もあったけど、(休止期間を経て)もう一度女王蜂をやるとなった時に、これだけいろんな色を持っていて色を重ねても濁らないということは、自分が持っている様々な要素はすべて光のもの、ホーリー(神聖)なものであるとわかった。だからネガティヴを超越して、飲みこんだうえでのポジティヴな表現ができると確信したんです。犬王もそうだったんじゃないかなって」


森山「ああ、確かに。犬王は光が重なり合ってどんどんホーリーになっていく人。友魚は同じ色が重なっても、犬王のように白く抜けていく方ではなくて、もしかしたらカラーが重なっていったのかもしれない。灰色にどんどん混ざり込んでいく方向に行ったのかな」


アヴちゃん「その通りだと思う。こだわっていくということと、全くこだわらないでいくというあり方があって。友魚は初めて自分の一座を持てたし、これだけいい座組みが集まったのなら親友である犬王のことをいっぱい歌っていきたい、まだまだやっていきたいという気持ちがすごく強いから」





――その友魚の声を演じられた森山さんにとっても、本作はご自身の作品である『Re: Incarnation』などにも通じる死生観があり、掴みやすかったのではないかと思います。


森山「能の世界であったり、幽玄の世界を自分の身体を器として降臨させるということは元々日本の芸能全体に通底しているので、そういう意味では西洋の人たちから見るエキゾチシズムやオリエンタリズムみたいなものとは違う感覚で向き合えるだろうなとは思います。とはいえ、この作品を録っていた去年は彼岸此岸を行き来するような作品が本当に多かったんですよね。1月は舞踏家の笠井叡さんの、梶井基次郎の『桜の樹の下には』を下敷きにした作品に参加していたのですが、桜の樹の下には死体が埋まっている、その土を踏みながら桜舞い散る中で踊るということをやっていて。笠井叡が宙吊りの状態で桜吹雪が舞う中、俺らはふんどし一枚で踊ってたんです(笑)」


アヴちゃん「ワオ! 百鬼夜行ね(笑)」


森山「そうね(笑)。3月は自分で作った、平安時代の九相図から発想した、どのように同時代の人間の身体が朽ちていくのかをコンセプトにした作品(『Re: Incarnation』)があり、『犬王』もあり。そして7月はまさしく夢幻能をモチーフにした現代的な演劇で、僕は仕手としてザハ・ハディドを国立競技場に降ろした。自分で作ったものがそうなったというのもあるし、呼ばれたものがたまたまそうだったというのもありますが、あまりに彼岸此岸が続きすぎて、一体なんだったんだろうと思います」


アヴちゃん「そういうの、好き?」


森山「そういうの好きやな(笑)。これは友魚ではなく犬王の話になってしまうかもしれないんですけど、自分自身の身体を媒介にしていろんなものが通り過ぎていく。それが偏光グラスのようになって外に光や色が当たっていくような有り様というのは、自分の性(サガ)的なものもあるし、表現としてそういうものを選んできたからかもしれない。それが鶏か卵かみたいな状態で僕がここに立っているので、彼岸此岸となるのは自然だったのだと思います」





アヴちゃん「そうやっていろんな人になれること自体が本当に凄いと思う。私もミュージカルとかで経験はあるけど、すごく時間がかかるし、いろんなことを思い詰めちゃうし、全てに納得しないと役を生きることが難しい。どんな役でも、一人生きたらアルバム2枚は書きたいくらい自分の中で物語を引きずってしまうところがあるんやけど、未來氏はそれをずっとやり続けてる。
その凄さを肌で感じたのが、初めて自分たちの声のトーンを合わせた時。私はすごくいろんな声のトーンを出すんだけど、自分の中での年齢設定が大事で、本当のちびっこの声だったらいいけど声変わり寸前の子だったら違うなとか、そういうチューニングをするために出会いのシーンの声出しをしていったんですね。その横で、未來氏はすごく凄惨な、泣いて絶叫する場面をやったんです。それを聞いたときに、ああ、これくらいやっていいんだと思った。私は常々、人は何をするかという選択よりも何をしないかという選択をすることが多いと思うんだけど、いざこれをすると選んだ時には遠慮しないでいいんやなって。それまでは犬王というキャラクターを作らないといけないのかなと思っていた部分があったのが、それは自分の仕事じゃない。思い切りやって、それをいかようにも使ってもらえばいいと思った。あの時間はすごく大事だったと思う。人の意図を汲みすぎて自分が疎かになってしまうともったいないから、本当に相手が未來氏でよかったなと思ったし、今までとこれからがある関係の中で一緒にできたのがすごく嬉しかったです。ピース!」


森山「(笑)。僕もアヴちゃんにはまさしく真逆の部分に対してのリスペクトがすごくある。僕は何かキャラクターだったり、作品なりを作るとなった時には、自分というものはありつつも、その場所や出会った人、音や言葉など、いろんなものに動かされているし、それが例えば声優だったり、脚本のある演劇でも同じような反応になっていくんですね。一方でアヴちゃんは自分の中にあるものを膨らまして人格化していく。人と対峙する時にも、コミュニケーションを大事にしていると同時に、その表現自体が攻撃でもあり防御でもあるというような自分の提示の仕方でもってケジメをつけている。一足一足がアヴちゃんでしかないという軌跡が見えるし、それは女王蜂も同様。女王蜂は女王蜂でしかないし、アヴちゃんはアヴちゃんでしかないという、他の何者でもない存在のあり方というものにリスペクトを感じます。
ただアヴちゃんがアルバム2枚というように、僕も演じ終わってから20分くらいのパフォーマンスでいいから自分なりの解釈をやっておきたいと思うことはあるけどね。それをやらないまま溜まることもあるけど、自分でパフォーマンスを立ち上げることもあるので、『犬王』との出会いもそうだし、いろんなものとの出会いが自分の作品にエッセンスとして入ってきてるのは間違いないかな」





アヴちゃん「だから未來氏が好き。私は“役者空っぽたれ”というのが本当になかなかわからなくて」


森山「わからないよねえ(笑)。“役者空っぽたれ”って言い方としてあるけど、本当に空っぽな人たちは潰れていくもん。ダンサーも身体を使うからと言ってみんなが健康的かといえばそうでもなくて、やさぐれてる人もいる。ただ役者とダンサーの違いは、例えばホームレスの役をやるとしたら、メンタル的にもとことん落ちていってしまう可能性があるじゃないですか。そうすると役者の場合はどこかで底が抜けてしまうことがあるけど、ダンサーはどれだけやさぐれても身体が資本で、踊れないといけないから、首皮一枚繋がるんですよね。そこで成立するメンタルのあり方が違う。底が抜けるということの良し悪しはみなさんの判断に任せるけど、役者には“空っぽ危険”というのはあると思う」


アヴちゃん「本当にそう思う。空っぽというのは私が決めるわけじゃないけど、『この人、自分のことを空っぽだと思ってるな』という時の鳥肌が立つ恐ろしさがある。見た目が良くて、中身のラインナップも凄いものが書いてあるガチャポンがあるとして、いざ中身を開けようとしたら『軽っ!絶対スカやん!』っていう時の恐さというか。
でもこの映画ではみんながお仕事以上のものを持ち寄ってきてるし、いろんな人たちのカラーが重なってできているなって思う。みんながニコニコしながら、伝播していくものを生み出していた。だから、この作品はやっぱり何かのカウンターなんやなと思います」




photography Shuya Nakano
text & edit Ryoko Kuwahara



『犬王』
5月28日(土) 全国ロードショー
公式サイト: https://inuoh-anime.com/
声の出演:アヴちゃん(女王蜂) 森山未來 / 柄本佑 津田健次郎 松重豊
原作:「平家物語 犬王の巻」古川日出男著/河出文庫刊
監督:湯浅政明 脚本:野木亜紀子 キャラクター原案:松本大洋 音楽:大友良英
アニメーション制作:サイエンスSARU 配給:アニプレックス、アスミック・エース
公式Twitter:@inuoh_anime
(c)2021 “INU-OH” Film Partners



【あらすじ】
室町の京の都、猿楽の一座に生まれた異形の子、犬王。周囲に疎まれ、その顔は瓢箪(ひょうたん)の面で隠された。ある日犬王は、平家の呪いで盲目になった琵琶法師の少年・友魚と出会う。名よりも先に、歌と舞を交わす二人。 友魚は琵琶の弦を弾き、犬王は足を踏み鳴らす。一瞬にして拡がる、二人だけの呼吸、二人だけの世界。
「ここから始まるんだ。俺たちは」
壮絶な運命すら楽しみ、力強い舞で自らの人生を切り拓く犬王。呪いの真相を求め、琵琶を掻き鳴らし異界と共振する友魚。乱世を生き抜くためのバディとなった二人は、お互いの才能を開花させ、唯一無二のエンターテイナーとして人々を熱狂させていく。頂点を極めた二人を待ち受けるものとは――?
歴史に隠された実在の能楽師=ポップスター・犬王と友魚から生まれた、時を超えた友情の物語。

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