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text by nao machida

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』衣装デザイナー シャーリー・クラタ インタビュー / Costume Designer Shirley Kurata on “Everything Everywhere All at Once”


@Jimmy Marble


世界中の映画祭で旋風を巻き起こし、今年のアカデミー賞では最多の11ノミネートを果たしたA24製作の話題作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が、ついに3月3日に日本上陸する。『スイス・アーミー・マン』(2016)でカルト的人気を博した、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートの2人組監督“ダニエルズ”による本作の主人公は、赤字コインランドリーの経営や家族との関係など、悩みだらけで疲れ切った中国系移民のエヴリン(ミシェル・ヨー)。ある日、税金の申告について国税庁の監査官に絞られていると、普段は頼りない優柔不断な夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)が突如豹変。別の宇宙(バース)から来たと言い張る夫に導かれ、エヴリンはマルチバースにジャンプして、人類を救うべく全宇宙を舞台にした闘いを繰り広げるーー。

文字にするとさっぱり理解できない奇想天外なストーリーだが、コメディ、SF、カンフーアクション、家族愛など多彩な要素が絶妙に織り込まれ、さらには、なぜか感動して泣けてくる、前代未聞の映画体験が実現した。ここでは、マルチバースで展開する本作において重要なキーとなる衣装の数々を手がけた、ロサンゼルスを拠点に活躍する衣装デザイナーで日系アメリカ人のシャーリー・クラタにインタビュー。誰も観たことのないような映画の製作秘話や、アジア系のクルーとキャストが中心となって誕生した本作への想いをたっぷりと語ってもらった。


→ in English


――最高の映画体験でした! とても奇想天外な物語ですが、初めて脚本を読んだときは理解できましたか?


シャーリー・クラタ「ものすごい情報量なので最初はとても難しかったです。面白かったのが、実は(撮影前に)他の関係者にも確認してみたんです。ミシェル・ヨーや各部門長に『脚本を完全に理解できた?』と聞いたら、誰もが口をそろえて、『いや、あんまり。でも、ダニエルズ(監督のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート)は自分たちのやっていることを理解しているみたいだし、撮影していくうちにわかってくるんじゃないかな』って(笑)」


――複数のバース(宇宙)を行き来する、マルチバースで展開する映画だけに、衣装の準備も大変だったのではないでしょうか。最初は何から取り掛かったのですか?


シャーリー・クラタ「ダニエルズが事前にインスピレーションとなる複数の写真を送ってくれて、そこから自分でもインスピレーションが得られそうな写真を用意しました。彼らは『創造力を発揮して、君がうまくいくと思うことをして』と、私のアイデアを信用してくれたんです。そこで、たくさんの本や雑誌、ブログや映画などを見てリサーチしました。最初の1ヶ月間は国税庁のシーンの撮影だったので、まずはそのための衣装を集めることに集中して、ベーグルバースや映画スターのバースなど、より大掛かりなシーンの衣装は撮影しながら仕上げていったんです。事前の準備期間が1ヶ月半しかなかったので、非常に助かりました。予算も限られていたし、特に本作はスタントが多いので同じ衣装をいくつか用意する必要もあり、かなり難易度は高かったです。すべての衣装をそろえるのは大きなチャレンジでしたし、脚本を理解するのも全然違った意味で大変なプロセスでした(笑)」 

――全部で何パターンの衣装を用意したのですか?


シャーリー・クラタ「間違いなく数百パターンはあったかと思います。カットされたシーンも多いし、いろんなキャラクターやエキストラもいたので正確に数えるのは難しいのですが、かなりたくさんの衣装を用意しました」


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――本作では登場人物がどのバースにいるかを理解する上でも、衣装がとても重要な役割を担っています。事前に脚本で指定されていた衣装はありましたか?


シャーリー・クラタ「(謎の敵ジョブ・トゥパキが着用した)エルヴィスのスーツは脚本で指定されていましたし、監督たちと一緒に考えた衣装も何点かあります。短いシーンでは、デザイナーに連絡して衣装を借りることができました。ジョブの衣装の多くは話し合いながらルックを考えていった感じです。あとはジョブのゴルファールックも脚本に書かれていました」


――ジョブがジェレミー・スコット/アディダスのテディベアがついたジャケットを着ているのは気付きましたが、劇中に登場する多くの衣装はオリジナルですよね?


シャーリー・クラタ「一から作ったアイテムもあるのですが、頭の先からつま先までオリジナルというわけにはいきませんでした。たとえばベーグルユニバースのジョブの衣装は、襟とボディスーツは一から作ったのですが、スカートは借りたものですし、既存のアイテムも使用しています。2、3セット用意しなければならない衣装もあったため、すべてを一から作るには時間が足りませんでした。試行錯誤しながらアイテムをカスタマイズする必要があったのですが、そこでは低予算のミュージックビデオを手がけていた時代に学んだショートカットが役立ちました(笑)」


――ベーグルユニバースのジョブの衣装は本当に美しいですよね。他にもジョブが登場シーンで着ていたタータンチェックのケープトレンチや、パーティのシーンでエヴリンが着ていた“パンク”と書かれた赤いセーターが印象的でした。特にお気に入りの衣装はありますか?


シャーリー・クラタ「お気に入りはたくさんあって、その時々で変わるのですが、私もベーグルユニバースの衣装が大好きです。それに“パンク”のセーターも。いろんな人から『あのセーターは誰が作ったの? デザイナーは?』と聞かれたのですが、あれは中華街で買った既製品なんです。あのままの形で売られているのを見つけたんですよ!」


――そうだったんですね! オリジナルで作った衣装かと思っていました。


シャーリー・クラタ「ミシェルが演じたエヴリンは裕福ではないので、それをリアルに表現することを重要視していました。私は彼女が中華街で買い物するタイプの人だと思ったんです。(中華街で売っている)服はアジア人の体型に合いますからね。エヴリンと夫のウェイモンドの衣装の多くは普段着だったので、しっくりくるように中華街で買いました」


――“パンク”と書かれたセーターはエヴリンの性格にもぴったりですよね。


シャーリー・クラタ「私も見つけたときに完璧だと思いました。春節パーティのシーンなので赤い衣装を着せたかったんです(註:伝統的に春節は赤い服を着て祝うことが多い)。ラッキーなことに衣装を探していたのが春節の時期だったので、中華街には赤いアイテムがたくさん売っていて、その中からあのセーターを発見しました」


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――キャストとの仕事はいかがでしたか?


シャーリー・クラタ「みんな本当に素晴らしかったです。ミシェルはとても仕事がしやすい人でした。『あまり魅力的な衣装ではないのですが…』と萎縮していたのですが、『とんでもない、完璧だよ。この女性が目に浮かぶもの。エヴリンは街で見かけるような人だからね』と言って、理解してくれました」


――ステファニー・スーは、エヴリンの娘のジョイと、謎の敵であるジョブ・トゥパキの二役を演じています。衣装を通して各キャラクターを表現する上で、どのようなことからインスピレーションを得ましたか?


シャーリー・クラタ「ジョイについては、たくさんの怒りや母親に対する悩みを抱えている、どこか反抗的な女の子に見せたいと思いました。彼女はアーバン・アウトフィッターズ(註:カジュアルなファッションアイテムや雑貨を扱うアメリカの小売大手)や古着屋で買い物するタイプの人なんです。一方のジョブの衣装では、さまざまな方向性を探ることができました。日本のファッションも大いに参考にしたように思います」


――原宿系とか?


シャーリー・クラタ「まさに原宿系とか、エレガントなゴスロリ系とか。K-POPスター風のジョブは、いろんなK-POPグループを研究して完成しました。それに私は『ドラキュラ』の衣装を手がけた衣装デザイナーの石岡瑛子さんの大ファンなので、ベーグルバースの衣装を考えている時は彼女のデザインを研究しました。そしてもちろん、本作にはカンフーの世界がたくさん登場するので、『グリーン・デスティニー』をはじめとする数々の映画や、ウォン・カーワァイ監督の作品も研究しました。そういった映画の色彩を参考にしながら世界観を作り上げていったんです」


――アジア人のキャストやクルーによって制作された、アジア系の移民一家についての物語が大ヒットを記録したのは、とてもエキサイティングなことですね。


シャーリー・クラタ「本当にエキサイティングですよね。この仕事を引き受けたとき、アジア人キャストという理由だけで、どうなることか見当もつきませんでした。この映画はヒットするのだろうか? 多くの人々に届くのだろうか? それとも、少数の劇場でしか上映されないのだろうか?…そんな感じで未知数だったんですよね。でも、たくさんの人が口コミをきっかけに観に行ってくれて、皆さん本当に感銘を受けてくれた。しかも、それはアジア人だけではなかったんです。もちろん、多くのアジア人も大いに共感してくれましたしね。このような映画でも大ヒットを記録して、興行的にも成功を収め、大きな影響を与えられるのだということを、ハリウッドに示すことができたように思います。アジア人に限らず、多くの非アジア人が本作から深く影響を受けているんです」


――エンターテインメントの世界では、ここ数年で少しずつアジア人の露出が増えてきたように思います。シャーリーさんはザ・リンダ・リンダズ(註:アジア系とラテン系のメンバーからなるカリフォルニア発のガールズバンド)の「Growing Up」のミュージックビデオの衣装も手がけたそうですね。昨夏に来日した彼女たちのステージを観たときは本当にうれしかったですし、自分が子どもの頃にもあんなバンドがいたらよかったのにと思いました。 


シャーリー・クラタ「彼女たちを観たとき、私も同じことを思いました! もし彼女たちを観ていたら、私もきっとバンドをやりたいと思っていたんじゃないかな」


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――シャーリーさん自身は、この映画のどのような部分に共感しましたか?


シャーリー・クラタ「移民の両親を持つ娘として、私はジョイにとても共感しました。これは間違いなく私の物語でもありますし、世代間のトラウマについての物語でもあるんです。(移民の親子は)お互いが流暢に話せる言語でコミュニケーションを図ることができないばかりか、世代も違うわけですから、親たちは目の前で起こっていることを常に理解できるわけではないんですよね。そのため、時には人生の舵を取るのが本当に大変なんです」


――説明するのがとても難しいストーリーですが、楽しみにしている日本の映画ファンのために、ご自身の言葉で説明するとしたら?


シャーリー・クラタ「良い質問ですね。確かにそうですよね。そうだな…アジア人の母親と娘が混沌の海の中に、ある種の意味を見出そうとする物語、という感じかな」


――とてもクレイジーでワイルドな映画なのに、その根底には大切なメッセージがあって感動しました。


シャーリー・クラタ「この映画を意味が通じるように編集するのは、ものすごく大変だろうなと思っていたんです。紙の上では非常に難解だったので、実際に観た時は素晴らしい出来映えだなと思いました(笑)。あんなにいろんなことが起こるのに、映画の主軸にあるメッセージをちゃんと理解できるのが本当に素晴らしいですよね」


――衣装デザイナーとして、特に注目してほしいシーンはありますか?


シャーリー・クラタ「ものすごい情報量ですし、何も知らずに観に行くのが一番だと思います。ジェットコースターみたいな映画なので、とにかく楽しんでください。何が起こっているのかわからなくて混乱する場面もあるかもしれないけれど、とにかくありのままを受け入れてください。(作品を理解する上で)何度か観ることも、とても役立つと思います。5回とか、6回とか、7、8、9回も観たという人にもたくさん会いましたよ。私にとっても、2回目や3回目は1回目より良かったです。だから、何度も観ることをおすすめします(笑)」 


――これまでに何度も来日したことがあるそうですが、日本に来たら必ず訪れる場所はありますか?


シャーリー・クラタ「実はつい最近も東京に行ったばかりなんです。もちろん京都や大阪も大好きなのですが、東京だけでも下北沢でのショッピングなど大好きなエリアがたくさんあります。今回は今まで知らなかった古本で有名なエリアにも行きました」 


――神保町ですか?


シャーリー・クラタ「そうです! 初めて行ったのですが、『オリーヴ』や『ポパイ』、昔の『FRUiTS』など、良い雑誌や素晴らしい本がたくさんありました。それにアート展もいくつか楽しみましたし…話し始めたらキリがありません(笑)」


――今後の予定は?


シャーリー・クラタ「もうすぐ新しい映画の仕事が始まる予定です。アジア系の女性監督による作品なので、とても楽しみにしているんです。そもそも女性監督は少ないですし、特にアジア系の女性監督は足りていないと思うんですよね。この作品は主人公もアジア人なので、そこも楽しみです。今後もこれまで通り、クリエイティブな監督や俳優など、素晴らしい才能あふれる人たちと一緒に仕事を続けていけたらうれしいです」 

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text nao machida



シャーリー・クラタ
1990年代にパリのステュディオ・ベルソーで3年間勉強した後、ティエラ・ワック、ビリー・アイリッシュ、ファレル・ウィリアムス、ミンディ・カリング、レナ・ダナムなどの衣装デザインを担当。ロダルテ、ケンゾー、ミュウミュウなどのデザイナーとも仕事をしており、『ヴォーグ』など雑誌のスタイリングも定期的に行なっている。ロサンゼルスのシルバーレイクにあるセレクトショップ「Virgil Normal」のオーナーでもあり、記事に取り上げられるほどの成功を収めている。主な作品は、『ソウルへGO!!』(15)、TVシリーズ「Generation(原題)」(21)など。



『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
2023年3月3日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
公式サイト:https://gaga.ne.jp/eeaao/ 
監督:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート『スイス・アーミー・マン』 
出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス
© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.  
配給:ギャガ


経営するコインランドリーは破産寸前…ボケているのに頑固な父親、いつまでたっても反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン(ミシェル・ヨー)は、まさに人生どん底状態。更に税金申告の締め切りが迫りテンパりモードな彼女の前に、突如“別の宇宙(ユニバース)から来た”と名乗る夫・ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)が現れ、事態は急展開!大混乱するエヴリンに、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と驚愕の使命を背負わせるウェイモンド。そんな“別の宇宙の夫”に言われるがまま、ワケも分からずマルチバース(並行世界)にジャンプした彼女は、カンフーマスターばりの身体能力を手に入れ、まさかの救世主に覚醒!?予想も常識も遙かに超えた、全人類の命運を掛けた壮大な闘いが、今、幕を開ける。

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