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ニコラ・フィリベール監督『アダマン号に乗って』インタビュー


©Michael Crotto


本年度ベルリン国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金熊賞を受賞したニコラ・フィリベール監督最新作『アダマン号に乗って』が全国公開中。パリのセーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン」は、精神疾患のある人々を無料で迎え入れているデイケアセンター。利用者とケアチームが共に話し合って決めることが前提となっているこのセンターでは、船のデザインからワークショップの内容までたくさんの対話によって成り立っている。本作はそのアダマンに乗る人々、そして語る言葉を丁寧に映し出したドキュメンタリーだ。近年予算削減、人員削減が相次ぐ過酷な状況になっているフランスの精神科医療の現場で、個に対応するアダマンにカメラをむけたニコラ監督、そしてアドバイザーを務める臨床心理士/精神分析医リンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールに話を聞いた。


――映画全体を通して、利用者の方々のテンポになっていたのが印象的でした。そこからも利用者の方に寄り添った撮影、編集をされたのだと感じます。撮影や編集時に、自分に課したルールや大切にしたことなどはありますか。


ニコラ 「一番大切なルールはとてもシンプル。私が撮りたいと思ってカメラ向けたときに、利用者本人が撮影を良しとするか、嫌か選択する自由をきちんと提供していくことです。今日は撮ってもいいけど翌日は嫌だというのももちろんOKだし、無理だと言われたら再度頼むようなことは絶対にしない。そうすることで自ずと彼らと私の間に信頼関係が生まれるんです。大事な前提として、私は精神疾患を持っている人たちや精神科医療についての説明的な映画を作るつもりはありませんでした。こういう展開にしようと計画したり、こういうテーマに落とし込もうという作為も全くない。彼らに出会い、共にあり、日々少しずつ彼らとの関係の中で生まれてくるものがとても大切なのです。自分の目の前にいる人たちには、今日話したい何かがきっとあるんですよ。それが過去のことであれ、今その人に見えている世界のことであれ、その人の世界観でも、彼らが話したいことをなんでも話してくれればいい。最初から最後までそういうオープンな態度で接しています」


――そうして語られた利用者の言葉はとても印象的ですね。映画の中で、一人一人が自分のことを語ってくれ、彼らの人生や体験の一部をシェアしてもらえたのはとても貴重なことだと思います。アダマンでもリゾームという対話のワークショプがあるように、対話やナラティブは精神科医療において非常に重要ですが、今作でその力を感じたことはありましたか。


ニコラ「今あなたは“患者”ではなく“利用者”という言葉を使われていますが、その利用者という言葉はとてもいいと思います。実はですね、この映画の最後で、ケアチームが乗組員、利用者は乗客というようにクレジットされているんです。それで本人たちも、今後自分たちのことは乗客と呼ぼうとなりました。おっしゃるように、アダマンでも本当に対話を大切にしていますが、私たちは誰もが話すことを必要としてるんですよね。自分のことを語ったり、置かれている状況を語ったり、自分が感じたことを語りたい。他の人とも共有したいという欲求をみんなが持っている。彼らと社会との関係はとても脆弱なのですが、自分が感じていることをちゃんと言葉にすることで、その関係や絆を繋ぎとめている。アダマンはそうした対話が可能な場なのです。いろんなワークショップがありますが、まず第一に“対話する”というところから始まってると思います」


リンダ「アダマンでなされていることはまさにナラティヴ、語りです。おっしゃっているように、対話はとても重要です。けれど、語りのプロセスというものがもう断たれてしまっている利用者の方たちも多い。それをもう一度再構築し、うまく軌道に乗っていくのを助ける場でもあるのです。病気にかかっていると“患者”というアイデンティティに閉じこもりがちになるけれど、アダマンの中での経験によって、その世界がもう少し広がっていく。料理をしたり、監督と会ったり、日本のニュースを聞いたりして、凝り固まっていたものにちょっと余白を増やすことによって、彼らは自分の殻から脱して、話そう、対話しようという次元に到達することができるようになるのです」










――対話やアートのワークショップなどと同時に、利用者の方が薬について触れられていたことも心に残っています。精神科医療を扱った作品の中ではネガティヴなイメージで語られることも多いですが、薬が助けになっている側面もあるのだと。


ニコラ 「薬を服用して、ぐったりとするといったネガティヴな側面も当然あります。私は薬が100%必要か不要かという短絡的な考えではなく、全体のケアの一部なのだと捉えています。科学的な薬もあり、対話や人との関係を繋いでいく場があったり、そうしたもの全てがあったうえで、彼らが気持ちよく生きていける。正直に言うと、薬事の世界は色々ドロドロしていてラボの権力行使もあるので、一概に語ることが難しいですが」


――なるほど。精神科医療の現場では、自分自身とも向き合うことになり、社会とも向き合うことになると思います。監督は今作を通して、自分のことで新しく知ったり、社会について考えたことはありますか。


ニコラ 「私にとってドキュメンタリー作家として映画を撮るということは、常に他者との出会いであり、自分との出会いでもあります。そして、出会い以上に自分を探しに行くという作業でもあるんです。おっしゃるように、精神医学の現場では自分のことでより目を開かされる部分がありますし、人間はこんなに複雑なんだと再認識させられるとても豊かな現場だと感じています」










――近年フランスでは精神科医療の予算削減に加え、社会防御的な風潮が強まっていて身体拘束が再び始まったという監督のインタビューを読み衝撃を受けました。本作が公開され、そのような現状についての会話はなされていましたか。


ニコラ 「このドキュメンタリーは精神科医療の概況を語っているわけでもなく、全体像でも、代表的なものでもありません。精神科医療で告発すべきことというのは山ほどあるけれど、告発という立場は取っていない映画なんですね。ただ、こういう道もあるのだと提示している映画だと思っています。一人一人を大切にすることが可能なやり方がある、人間的な精神科医療を守るために抵抗している場所がある、それがアダマン号なのだと見せている映画。それでも観客の方々はよくわかっているんですよね。精神科医療の現場が予算削減で人員削減が起こっている、身体拘束が再び増えているということを観客は知り、より人間的な方法を取れる道もあるのだとこの映画で発見してくれていると思います」











text Ryoko Kuwahara(IG



『アダマン号に乗って』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国公開中
https://longride.jp/adaman/
監督: ニコラ・フィリベール
2022年/フランス・日本/フランス語/109分/アメリカンビスタ/カラー/原題:Sur LʼAdamant/日本語字幕:原田りえ
配給:ロングライド 協力:ユニフランス © TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022

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