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text by Nao Machida
photo by Yosuke Torii

『CLIMAX クライマックス』 ギャスパー・ノエ監督来日インタビュー

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“『カノン』を蔑み、『アレックス』を嫌悪し、『エンター・ザ・ボイド』を忌み嫌い、『LOVE3D』を罵った君たち。今度は『CLIMAX』を試しに観てほしい。僕の新作だ”―そんなメッセージとともに、フランスの鬼才ギャスパー・ノエ監督から最新作『CLIMAX クライマックス』が届いた。90年代に実際に起きた事件をモチーフにしたという映画の舞台は、雪が降る山奥の廃墟。そこに集まった22人のダンサーたちがLSD入りとは知らずにサングリアを飲み、集団ドラッグ中毒に陥っていく様子を、まるでドキュメンタリーのように描いた衝撃的な作品だ。視覚と聴覚を大いに刺激する本作の狂気的な世界観は、各国の映画ファンを興奮させ、同時に動揺させており、プレミア上映された2018年のカンヌ国際映画祭では芸術映画賞に輝いた。ダフト・パンクのトーマ・バンガルテルが新曲を提供したほか、エイフェックス・ツインやジョルジオ・モロダーなど多彩な楽曲をフィーチャーしたサウンドトラックも必聴だ。ここでは11月1日の日本公開を前に来日した監督に話を聞いた。



―冒頭のダンスシーンから釘付けになり、まるで観ている自分も作品の中に入ってしまったかのような衝撃的な映画体験でした。本作の脚本は数ページだったそうですね。ダンスが会話の代わりになっているようにも感じたのですが、なぜダンスを題材にした映画を撮ろうと思ったのですか?


ギャスパー・ノエ監督「僕はもともとダンスを観るのがすごく好きだったんです。スポーツ観戦はあまり面白いと思ったことがないのですが、アクロバットやフィギュアスケートはテレビで観ていてもすごく楽しいと思います。特に本当に才能のあるダンサーたちのダンスには引き込まれますし、素晴らしいなと思っていました。だからダンスを軸にした映画を撮りたいという願望は、常にどこかにあったのだと思います。自分にとってはそれくらい強いモチーフです」


―本作に出演した21名のダンサーには演技経験がなかったそうですが、彼らを起用した理由は?


ギャスパー・ノエ監督「ダンスを軸にした映画を撮るにあたって、演技ができる人を探すのではなくて、踊れる人を探すことにしました。そこでパリ近郊に住んでいるダンサーをネットで検索し、気になった人には実際に会って、カリスマ性を感じられることや、自分とウマが合いそうな人であることを基準に選びました。最終的に18歳〜23歳の子たちが出演しています。彼らはプロのダンサーではなくて、むしろ趣味としてダンスを楽しんでいて、機会があればいろんなイベントでダンスを披露したり、日常的にダンスバトルをして遊んだりしているような人たちです。ほとんどのダンサーには演技の要素は必要なかったのですが、物語の成り行きから心理的に難しい役はソフィア・ブテラとスエイラ・ヤクーブという2人のプロの役者に演じてもらいました。ソフィアは比較的早くから出演が決まっていたのですが、ヤクーブさんは撮影の2日くらい前に会って決めました」


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―特に冒頭のダンスのシーンからは、ものすごいエネルギーを感じて圧倒されました。


ギャスパー・ノエ監督「実はあのシーンに僕はほとんど関わっていません。あれは出演したダンサーたちと振付を担当したニーナ・マクリーニーさんが作り上げたシーンだと思っています。映画はどうせ作り物です。どんなに残酷なシーンや気味の悪いシーンも全部作り物です。観客はそれが嘘だとわかっていて観に行くんです。でも嘘だとわかっていても、映像が発するエネルギーは感じられるものです。ダンスを軸にした映画では、ダンサーたちからたくさんのエネルギーが放出されているのだと思います」


―撮影にはどのくらいの時間を費やしたのですか?


ギャスパー・ノエ監督「企画を立ち上げてから準備までに1か月ほどかかり、その後は順撮りをしていきながら、15日ほどで撮影を終えました。順撮りをするにあたっては、即興でどんどんストーリーを進めていくという方法を選びました。ダンサーたちはプロではないですし、映画はみんなにとって初めての経験だったので、すごく楽しんでくれました。彼らにとってはもちろん踊ることも楽しいのですが、それ以上に本作では精神的にトランス状態に陥っているような、非日常的な表現をしてもらったので、そこの部分がとても楽しかったようです」


―脚本が数ページしかない中で、物語の結末はどの時点で決まっていたのですか?


ギャスパー・ノエ監督「もちろんエピローグは必要だと思っていましたが、どんな風に作るのか具体的には考えていませんでした。映画を順撮りしていきながら、少しずつ自分の中に形ができていった感じです。あとはそれぞれのダンサーにどういう終わり方にしたいかを聞いて、できるだけ彼らの希望する方向性でそれぞれの終わりを作っていきました。ただ、子どもがいる母親の設定に関してはこちら側で決めました」


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―冒頭にダンサーたちがダンスに対する熱意を語るインタビュー映像が流れます。あのシーンは脚本があったのですか?


ギャスパー・ノエ監督「あのシーンは物語の中でダンサーのキャスティングのために行われたインタビューとして撮影したのですが、当初のシノプシスには含まれていませんでした。最終撮影日の3日くらい前にスタッフたちと話していて、一人一人のダンサーがきちんと話をする場面がないことに気づき、急きょあのシーンを入れたんです。インタビューの内容はこちらが書いた台詞ではなくて、“キャスティングのシーンを撮影するから、自分の情熱やダンスに対する想いなどを自己PRして”と伝えました。冒頭のシーンですが最後に撮影したので、ダンサーたちは十分に各自の役どころを把握していたのです。中盤でダンサーたちが雑談しているシーンも、“はい、話して”と2、30分話してもらったものを15秒なり20秒なりに編集しました」


―ダンサーたちが輪になってダンスバトルするシーンは?


ギャスパー・ノエ監督「あのシーンも即興です。“3曲ほど用意するから輪になってダンスバトルを繰り広げてほしい”とリクエストしました。体の動かし方も、誰がどのタイミングで出てくるかも、すべて彼らに任せて踊ってもらったのです。一時間半カメラを回しっぱなしにして撮りました。僕は人にいろいろ指図するのは好きじゃないんです。“人間操作”は得意ではありません。それぞれがアイデアを持って作品に参加してくれたらありがたいです」


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―劇中ではLSD入りのサングリアを飲んだダンサーたちが集団ドラッグ中毒に陥っていく様子が、まるでドキュメンタリーのように展開します。ドラッグによる恍惚感よりも、それが人に与える影響の悲惨さや恐ろしさが生々しく描かれているのが印象的でした。映画におけるドラッグの描き方で、監督の中で何か変わったことはありますか?


ギャスパー・ノエ監督「僕は人を酔わせるものの中で一番危険なのは、ドラッグよりもアルコールだと思っています。アルコールはどこでも売っていて容易に手に入るし、違法ではない。でも、摂取のしかたや摂取量によって、人はとてもサイコティックになるわけですから、恐ろしい物質だと思います。たとえばフランスでは、女の子がちょっと酔ってフラフラ歩いている姿を見られたら、必ず何かしらの犯罪に巻き込まれます。そういう危険性をはらんだものだと思いますので、本作ではドラッグよりもアルコールの危険性に重きを置いて描きました。静かに飲んでいても、ある瞬間に豹変するというのはアルコールの特徴だと思います。酒を飲んでものすごいパワーで暴力に向かうようなシチュエーションも多いです。しかも彼らが豹変する場所は、隠された場所でも閉ざされた場所でもなく、どこでも起こりうることなのです。実際にそういう状況を見たこともありますし、そういう話は山ほど聞きます。だから、アルコールは本当に注意しなければいけない物質だと思っています」


―監督自身は、アルコールで失敗した苦い経験はありますか?


ギャスパー・ノエ監督「14、5歳の頃、土曜日に友だちを家に呼んでパーティーみたいなものをしたんです。両親が留守だったので、サングリアを作って振る舞いました。劇中のサングリアとは違って、アルコールとフルーツを混ぜた普通のサングリアですよ(笑)。でもみんな14、5歳ですから、アルコールに全然慣れていなかったのです。飲みやすいからどんどん飲んでしまって、午後の2時から飲み始めたのですが、7時とか8時に帰る頃にはみんなベロベロ。フラフラになりながら、這うようにして帰っていきました。その後、すぐに友だちの親たちから連絡が来て、うちの両親がこっぴどく叱られたという思い出があります(笑)。最初の一杯は『うわー美味しい!』とふわふわして気持ちいいくらいだったのですが、それが3杯4杯になるとベロベロになって、5杯目を飲んだ瞬間にみんな倒れる(笑)。だから、本当にアルコールは怖いなと思います」


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―本作の公式サイトに塚本晋也監督からコメントが寄せられているように、監督の存在や作品は他のアーティストや観客に刺激を与え続けています。監督自身をインスパイアする人や作品はありますか?


ギャスパー・ノエ監督「自分の周りにあるすべてのものからインスパイアされていると思います。それは小さいときから今に至るまでに出会った人や住んだ環境、本や映画や新聞など、すべてです。冒頭のキャスティングのシーンで、背景にVHSや本がたくさん並んでいるのをご覧になったと思います。実はあれは自分の私物で、本作の設定と同じような時代によく観た映画のVHSや本を並べました。それらが直接この映画のインスピレーションになったというわけではなくて、自分自身がインスパイアされたものです」


―そうだったのですね。


ギャスパー・ノエ監督「あとはナイトクラブなどで飲んでいると、みんな最初はハッピーなのですが、アルコールが回るとものすごく良い人が豹変したりしますよね。それを日常の中でたくさん見ているので、そういったものを全部含めてインスピレーションだと考えています。とても良い人だったのが、アルコールの量が増していくにつれて、ものすごくサイコティックになっていく。大人しくて優しそうな人ほど、サイコティックになると恐ろしいものです。しかもそういう人たちは、ほとんどが翌日には覚えていないんですよね(笑)」


―いつも想像を超えた作品に驚かされますが、今後はどのような表現をしていきたいですか?


ギャスパー・ノエ「自分の作品がこれからどうなっていくのかはわかりません。『CLIMAX』の次に撮った映画(「Lux Æterna」)は今年のカンヌに出品されたのですが、52分くらいの中編で、シャルロット・ゲンズブールとベアトリス・ダルが出演しています。撮影現場にいる人たちの物語で、最初はハッピーだったのに、少しずつ現場がどうしようもない状態になっていって、罵り合ったりけんかしたり、それぞれが持っている狂気をさらけ出すのです。セックスの描写や残酷な暴力のシーンはないのですが、そんなものがなくても十分にサイコティックで狂気的だと思います。その後に今年のヴェネチア映画祭には、『アレックス』(2002)の新しいバージョンを出しました。改めて編集し直したのですが、オリジナルの『アレックス』よりも怖くなっている気がします」


photography Yosuke Torii
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara





『CLIMAX クライマックス』
11月1日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
http://climax-movie.jp/
1996年のある夜、有名な振付家の呼びかけで選ばれた22人のダンサーたちが人里離れた建物に集まり、アメリカ公演のための最後のリハーサルをしている。公演前の最後の仕上げともいうべき激しいリハーサルを終え、打ち上げパーティを始めたダンサーたちは、爆音ミュージックに体を揺らしながら、大きなボールになみなみと注がれたサングリアを浴びるように飲んでいた。しかし、そのサングリアにはLSD(ドラッグ)が混入しており、ダンサーたちは、次第に我を忘れトランス状態へと堕ちていく。一体誰が何の目的でサングリアにドラッグを入れたのか?そして、理性をなくした人間たちの狂った饗宴はどんな結末を迎えるのか・・・?



監督・脚本:ギャスパー・ノエ
出演:ソフィア・ブテラ、ロマン・ギレルミク、スエリア・ヤクーブ、キディ・スマイル
2018/フランス、ベルギー/スコープサイズ/97分/カラー/フランス語・英語/DCP/5.1ch/日本語字幕:宮坂愛/原題『CLIMAX』/R-18 /配給:キノフィルムズ/木下グループ ©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS

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