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text by Nao Machida

『コンプリシティ/優しい共犯』 近浦啓監督インタビュー




短編映画『SIGNATURE』で高い評価を得た近浦啓監督の待望の長編デビュー作『コンプリシティ/優しい共犯』が1月17日より公開される。主人公は技能実習生として来日するも、劣悪な職場から逃亡して不法滞在者となってしまった中国人の青年チェン・リャン。他人になりすまして蕎麦屋に就職したチェン・リャンは、孤独な店の主人・弘と少しずつ心を寄せ合うようになるが、避けられない現実はすぐそこまで迫っていた——。主演はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した『孔雀―我が家の風景―』でデビューした実力派俳優ルー・ユーライ。故郷から遠く離れた異国の片隅で希望を見失った青年の悲哀を、憂いのある繊細な表情で演じた。日本を代表するベテラン俳優の藤竜也が、主人公を優しく見守る蕎麦職人を好演している。トロントや釜山、ベルリンの映画祭でも上映され、東京フィルメックスでは観客賞に輝いた話題作について、近浦監督に話をうかがった。



——本作は中国出身の技能実習生を主軸に描いた物語です。技能実習制度に関するドキュメンタリーは観たことがあるのですが、フィクションではあまり触れられていないテーマですよね。監督はなぜこの物語を長編デビュー作に選んだのですか?


近浦啓監督「“外国人労働者や技能実習制度をテーマにしたのはなぜですか?”とよく聞かれるのですが、実は「テーマ」ではないです。ある意味で、僕の中では“描くことと描かないこと”に対して、ものすごく自覚的ではありました。本作の前に『SIGNATURE』という短編を撮ったのですが、それは本作の主人公が技能実習生として来日した初日の話です。この長編は彼が(実習先の会社から)失踪した直後からの話なので、2作の間には空白部分があって、ここはまったく描いていません。ドキュメンタリーでよく描かれているのは、この空白部分です」


——確かにそうですね。


近浦啓監督「僕としては、ひとつは2010年代後半の日本の現代性というものを、ちゃんと保持した映画にしたいと思っていました。『ロスト・イン・トランスレーション』が撮られてから20年近く経って、日本も東京も大きく変わっていますが、日本のメインストリームの映画の中ではその変化を感じることは少ないです。日本出身の日本の人たちしかいない世界というか、そういったものに対するアンチテーゼを撮りたいというのがまずあって、同時に普遍性もちゃんと持っているようなモチーフを考えていました。たとえば、僕は高校のときに『タクシードライバー』を観たのですが、ベトナム戦争の帰還兵の心の闇や、1970年代のアメリカ社会の闇などは考えずに、エンタメとして楽しんでいたところがあります。本作でも“失踪した技能実習生”というのは、あくまでも背景であって、僕が取り組みたい主題はある種の若者の成長でした。そういったものを兼ね備えていて、僕自身もものすごく興味があり、なおかつ意味がある設定だと思ったので選びました」








——主人公のチェン・リャン/リュウ・ウェイ役にルー・ユーライさんを選んだ理由は?


近浦啓監督「オーディションで10人くらいと会ったのですが、彼の表情やルックを見てすぐに決めました。演技も経歴も知らないで決めたのですが、それぐらいにイノセンスの塊のような雰囲気を持っていました。この作品を日本で公開して劇映画として成立させるには、そもそも一般的に中国人に対する目線はどういうものなのか、とか、相対的に難しい要素がたくさんありました。そういった面を払拭できるのではないかと思えるほど、彼には問答無用に感情を引っ張られるような、独特の雰囲気が感じられました。その後、彼を東京に招いて短編映画『SIGNATURE』を撮ったのですが、そのときに初めて、いわゆる巨匠と呼ばれる監督たちとすでに仕事をしてきた方だと知りました。カンヌ映画祭の60周年記念に世界各国の監督が5分くらいの短編映画を撮ったのですが、僕はチャン・イーモウが撮った『映画をみる』(『それぞれのシネマ』の一篇)という作品が好きでした。『SIGNATURE』を撮る前に見せようとしたら、“僕、出てるよ”と言われて、“え?そんなことないよ”と思ったのですが、本当に出ていました。それぐらいにものすごく活躍されている方なのですが、藤竜也さんと共演できるということで、わざわざオーディションに来てくれたそうです。藤竜也さんは彼にとって、大学で映画を勉強したときの教科書みたいな存在だったそうで、今回の共演をすごく喜んでいました」


——主人公が就職する蕎麦屋の主人・弘を演じた藤竜也さんも素晴らしかったです。


近浦啓監督「本当ですね。藤竜也さんに助けられたという感じです。彼以外にこの役を演じられる人はいないだろうなと思います。そもそもドラマとしては、すごくやりづらい作品だと思うんです。普通は最初に高い障壁がないとドラマは成立しにくいと思うのですが、彼が演じている蕎麦職人と主人公の間には、最初から何も障壁がありません。この映画で人間関係を描く時に、まず障壁があって、何かのきっかけで心が変わっていく…みたいなものにはしたくなかったんです。かといって、ずっと2人の関係性が変わらないかといえばそうではなくて、積み上げていく中で変容していくものを描かないといけないので、役者にとってはすごく難しかったと思います」








——日本人と中国人のキャストとスタッフがいる現場で、言葉の壁もあったと思いますが、演出する上で苦労したことはありますか?


近浦啓監督「特に藤竜也さんとは、撮影に入る前に人物造形について、かなりディスカッションをしました。僕が出した脚本に対して、藤さんがそこから読み取れる弘の経歴や育ちといったものを“こういうことかな?”と提案してくださって。東京大田区で生まれて、いつどういう人と出会って…といったものが事細かに書かれたドキュメントを送っていただきました。あとは蕎麦職人を演じるために、蕎麦の修行を集中的にされて、“その2つがあれば、僕の仕事はほとんど終わったようなもんだ”とお話しされていたのですが、実際にそうでしたね。現場に入ったら、僕が演出する必要はほとんどありませんでした」


——藤さんは演じているというよりも、本当にあの町に存在している人という感じがしました。


近浦啓監督「そうですよね。主演のユーライに関しても、一年前に短編『SIGNATURE』を撮ったときから主人公の生い立ちなどについて話していました。初監督作品なので、実は現場ではものすごく余裕がないんですよね。大勢の熟練の技術スタッフがいらっしゃいますし、考えないといけないことはたくさんあり、かつ僕は同時にプロデューサーもやっていたので、すごく余裕がなかったんです。そういう面では人物造形がぶれなかったので、そこで起こる事態にのみ集中すればよかったのは大きかったです。2人ともそんな感じでした」


——日本のシーンの合間に映し出される、中国で撮影されたシーンがとても印象的でした。それによって、主人公の物語により感情移入できたような気がします。


近浦啓監督「人によっては回想シーンと表現されることがあるのですが、僕の中では回想シーンではなく、2つのタイムラインの物語を同時に見せることを意図しました。もちろん彼に対する共感、理解には、中国シーンは欠かせないだろうという面もあります。でも単なる回想というよりは、中国に一つの物語があって、日本にも一つの物語があって、それがどこかの時点で一体化して、何らかのエモーションを生むというところを目指しました」





——“共犯”を意味する『コンプリシティ』というタイトルから抱く感情が、観る前と観た後で変わりました。監督自身は、このタイトルにどのような思いを込めたのですか?


近浦啓監督「タイトルはすごく迷いました。英語のタイトルはすぐに浮かんだのですが、日本語のタイトルがなかなか浮かばなくて…。表面的に見ると蕎麦職人の弘と主人公の共犯関係なんですけれど、この主人公は多くの映画の登場人物と違って、すごく受動的なんですよね。ずっと受動的で、周りの人たちが少しずつ背中を押していくような存在です。その最後の最後で彼がある種の主体性を獲得するわけですが、彼にまつわるすべての関係が、彼が成長する上での共犯関係だったというような意味合いが自分の中ではありました。ですので、これ以上に良いタイトルはないなということで、日本語でもそのままカタカナで『コンプリシティ』にしました」


——本作はトロント国際映画祭、釜山国際映画祭、ベルリン国際映画祭でも上映されたそうですが、各国での反応はいかがでしたか?


近浦啓監督「各国での反応は国によって大きく違って、本当に興味深かったです。特にベルリンでの上映後のQ&Aだったり、インスタグラムのDMを通して、この作品がいかに自分の作品と思えたのかということを教えてくれた方がいらっしゃったのですが、その多くが移民2世や3世の方々でした。そんなに社会派の作品ではない中で、そのような境遇の方がこの映画にコネクトすることができたと知り、それは意図してできることではなかったのでびっくりしました。各映画祭に選ばれて行って、オーディエンスと話ができて、自分なりに新たな発見ができたのはすごくうれしいことでした」


——監督はWEB制作会社を経営されていますが、映画監督になるために設立したそうですね。


近浦啓監督「ヨーロッパでは各国の助成金を積み上げて映画を撮っているので、新人監督で低予算と言っても、1億5000万で撮ったりしています。日本の場合は助成金がそこまで出ないので、基本は企業のプライベートマネーを積み上げて、製作委員会を作って撮るのですが、相対的に過去の実績を踏まえたマーケットの論理が働きやすいのは仕方のないことだと思います。僕はカウンターカルチャーというかオルタナティブを作りたかったので、少なくとも自分の道を作るスタート地点となる一作目は、ある程度身を切ってやらないとできないだろうな、と考えていました。たとえばこの作品の企画を持っていって、プロデューサーに“これで1億集めてください”と言っても、集めてくれる人はいないと思います。だから、自分でやるしかなかったという感じです」


——今後はどのような作品を撮りたいですか?


近浦啓監督「実はもう2作目の脚本を書き終わっています。本作とは全然違うのですが、サスペンス性があり、同時に、ある種の強い叙情を提示できる、そういった作品を作りたいと思っています」




text Nao Machida




『コンプリシティ/優しい共犯』
1月17日(金) 新宿武蔵野館ほか全国順次公開
http://complicity.movie
出演:ルー・ユーライ 藤竜也
赤坂沙世 松本紀保 バオ・リンユ シェ・リ ヨン・ジョン 塚原大助 浜谷康幸 石田佳央 堺小春 / 占部房子
監督・脚本・編集:近浦啓
主題歌:テレサ・テン「我只在乎ニィ ( 時の流れに身をまかせ )」( ユニバーサル ミュージック /USMジャパン ) 製作:クレイテプス Mystigri Pictures 制作プロダクション:クレイテプス 配給:クロックワークス
2018 /カラー/日本 = 中国/ 5.1ch /アメリカン・ビスタ/ 116 分 ©2018 CREATPS / Mystigri Pictures



photograph Tetsuya Arai ©2019 CREATPS


脚本・監督・編集:近浦啓/Written, Directed and Edited by Kei Chikaura
1977年生まれ。2013年、短編映画『Empty House』で映画監督としてのキャリアをスタート。2作目の短編映画『なごり柿(英題:The Lasting Persimmon)』(2015)はクレルモン=フェラン国際短編映画祭に入選。本作『コンプリシティ/優しい共犯』の前日譚でもある短編3作目の『SIGNATURE』(2017)は第70回ロカルノ国際映画祭に正式出品、ワールドプレミア上映。トロント国際映画祭では北米プレミアを飾る。両映画祭で高い評価を受け、米アカデミー賞公認映画祭でもあるエンカウンター短編&アニメーション映画祭に選出、グランプリを受賞。2018年、本作で長編デビューを果たすや、第43回トロント国際映画祭ディスカバリー部門でのワールドプレミアを皮切りに、第23回釜山国際映画祭アジア映画の窓部門にてアジアプレミア上映、さらには第69回ベルリン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門でヨーロッパプレミアを果たし、各映画祭で喝采を浴びた。日本でも第19回東京フィルメックスで上映され観客賞を受賞。完成から約2年を経て待望の日本公開を迎える。

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