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Sharar Lazima

Sharar Lazima

学生。バングラデシュ出身、東京育ち。名前は古典アラビア語で「重要な光」という意味を持つ。ヒップホップクルーKANDYTOWNのメンバーであるryohuのソロ『All In One』のジャケット写真を手がける。都市の抽象性を写真で表現したzine「city lights」を制作。また、国内外のエレクトロやアンビエントミュージックに興味があり、東京発のflau recordsでアシスタントを務める。ブログでは自分の目に映る東京カルチャーを綴っていく。


共感を求めて





    世間の雑誌や多くのメディアには女子は共感、賛同を求めていると言った主張がされていますが、私は意外とそのことについて考えたことがありませんでした。

    それはたぶん、色々な理由があると思いますが1番わかりやすい記憶として、中学の時に無邪気な男子に

    「シャラって男、女、そしてシャラっていうジャンルがある感じだよな」

    と言われた時に自分への意識が確定したからだと思います。

    ちなみに私はこれを言われた時、すごく嬉しかったんです。人間として見てくれてる!!!嬉しい!!!みたいな笑



    この言葉あったからなのか、元からなのかはわからない(たぶん先天的)のですが
    振り返ってみると、女性誌を読みことともなく女子という立場で物事を考えた事がなかったです。女の子の一員である意識が少ない。


    少し脱線してしまいますが
    なんていうか、日本に来た時の自分の意識として、違う世界に違うものとしてやってきたというのがあったからなのかありがたいこと、思春期に人と比較して劣等感を持つことなく独自の路線を進んで来ました。




    私は自分と違う人、ものが好きです。
    自分が知らない色の世界、視点、考え方、人生がある人にとにかく興味を持ってしまいます。
    こういう人は実は多いと思うのですが、世間やメディアの「女は共感が好き」という強制的なあまりに強いイメージによって、考えることもなくじゃあ私は共感して欲しいんだな〜と潜在的に決めつけてる部分もあると思います。

    以前同世代の男の子と話していて、共感をそんなにみんながみんな欲ているわけではないと話したら
    その男の子は女の子は共感が好きな人しかいないと思っていて、彼は共感してもらえるような話がないため彼は日に日に女の子と話せなくなり、どちらかと言えば苦手になっていったそうです笑




    もちろん私も共感することだってありますし、結局会う頻度が多い人々は自分と近い世界観の人になってしまいます。

    これは、そうじゃないと摩擦があまりに大きすぎる場合があるからかもしれませんが。



    でも近い世界観の人間だったとしても、私はやはり違う点に魅力を感じてしまいますね。

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