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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#1 イントロダクション

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 新しい名刺を作った。
 肩書きには、写真家・小説家は無く、横書きの名前の下に小さくHealerと入れてある。
 そう、私は今年から、ヒーラーになった。
 といっても、四十半ば過ぎの一大決心があったわけでもなく、生活の波のようなものに乗り、岸辺に着いたら、陸の民から君はヒーラーだと言われたような感覚に近い。
 実際、寄せる波のようなものに乗っていれば、ヒーラーになれるのか?と問われれば、簡単にはうなずけない。この二年間、ただぼんやりしていたわけではなく、それなりの意思と行動はあった。
 記憶が正しければ、三年前、沖縄に移住して間もない頃、本島北部ヤンバル東村の友人宅で、集まった人々に「これからはヒーラーになりたい」と独り言のような宣言をしていた。
 なぜ?かは、分からない。
 ただ、自分はヒーラーになるのだろう、なってしまうのだろうという、ちょっと軸の弱い決意が、外部からの何者かによる囁きによって生まれていた。
 だが、そもそも、そんなに興味があった世界ではない。いったい何をどうすれば、人を癒すヒーラーになれるのか。きっかけは皆無だった。おまけに沖縄の方言で、ヒーラーとはゴキブリを意味するというではないか。
 自分は人を癒すヒーラーではなく、実はゴキブリのように地を這って生きたいと思っていたのか。
 だが、刷り上がり、宅急便で送られてきた新しい名刺を眺めると、それなりに、責任とやる気が頭をもたげ、ちょっとした高揚すら感じている。
 名刺には、メールアドレスと携帯番号の下に、ちょっと遠慮がちに、霊気、気内蔵、トークセン、タイ古式マッサージと施術メニューが印刷されている。タイ古式マッサージは、大方の人に認識してもらえるだろうとして、頭から三つはきっと、はて?といったものだろう。
 この名刺を受け取った人は、「冥砂さん、なんか妙な方向にいっちゃったね」とか「変な宗教にはまってるのかな?」といった印象を持つかもしれない。宗教の善し悪しは別として、実際なんの宗教にも入信していないのだが、妙な方向うんぬんに関しては、妙と言えば、確かに妙な方向ともいえる。
 写真や小説をやっていれば、いいようなものなのに、なぜ今になってヒーリング?なのだろう。
 思えば、写真や小説だって、こんな感じで波に乗って始めたのだった。私のきっかけには、いつも芯がない。その行方は、いつだって確かに妙だ。

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