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text by UMMMI.

IWD 2022 持続可能なわたしたち :『女たちの家、ターンテーブルと透け透け』 UMMMI.

かなり流動的に住む人たちが入れ替わるルームシェアで、サユリという女はもう4年もここに住んでいた。もう一人の住人であるテレサは、アタシが引っ越してくる直前に、たまたま同時期に空いていたもう一つの部屋に滑り込んできたらしい。(ということで、彼女もちょうどこの家に住みはじめて1年くらいとなる)リビングだけが無駄に広くてそれぞれの部屋は超狭い、決していい感じとは言えないけど家賃だけが安く立地だけは良いこの家で、3人とも顔は合わせるものの、それぞれの日々が忙しく、自己紹介がてら一度だけ3人でぎこちないご飯に行ったきりで、あまり話すこともなかった。まったくの赤の他人との共同生活というのはそれなりに奇妙なもので、相手のプライベートにどれだけ立ち入っていいのかわからず、一緒に住んでいる手前、近づきすぎて仲を壊してしまうほどの体力も余力もなかったので、あえて仲良くなろうとしていなかったのかもしれない。それはサユリとテレサの間にも感じられて、なんというか3人の白々しい空気みたいなものが、このアパートには流れていた。せっかく広いリビングがあるというのに、ほとんどそこは使われることなく、申し訳程度に置かれたソファは居心地が悪そうに隅っこに置いてあって、あとの広い空間は、それぞれの洗濯物の室内干しの空間と化していた。


アタシにはあまり友人がいないので、このルームシェアに引っ越してきた時は友人みたいなものを見つけることができたらどんなにいいだろうなって思っていた。でも、それはすぐに失敗に終わったことに気づく。一緒に住んでるからなのか、お互いが忙しいからなのか、どこまで自分自身を二人に見せたらいいのかわからなくて、結局家で過ごすときは自分の狭い部屋にこもりきりになってしまっていた。





住むところを探していた時にネットで見つけたルームシェア募集の案内は、4年間ここに住んでいるサユリが書いたものだった。簡単な自己紹介のところに、サユリは自分のことを「ミュージシャン兼ギャラリー勤務」と書いていた。実際のところ、彼女がライブや演奏しているのは見たことがないし、ギャラリー勤務と書いてあるものの、話を聞けばギャラリーが入っている建物で清掃のアルバイトをしているだけらしかった。それでも絶対にこいつはおもしろい女だろう、と思わずにはいられない瞬間があった。それは例えば、道端で拾っただろう立派な木の棒に、白黒のタトゥーみたいなドローイングを描いて、家にあるフライパンの後ろや、ペットボトルなどを叩きまくって、あのだたっ広いリビングで一心不乱にひとりアンサンブルをしている姿を見かけた時だった。時々パジャマ のTシャツから見える二の腕には、木の棒に描いてあるドローイングと同じようなタトゥーが入っていた。あとはときどきサユリの部屋から漏れてくる音楽は、女だけどドスの効いた重たいラップ、どーんどーんとうねるような、心臓に直接訴えかけてくる音楽だった。

テレサはあまり家にいないこともあって、一緒に住んで1年経ったものの正直よくつかめなかった。それでも絶対にこいつはおもしろい女だろう、と思わずにはいられない瞬間があった。それは例えば、ここに引っ越してきた数週間後、いま働いているバイト先が決まったとき、たまたまリビングで洗濯物を干していたテレサにそのことを伝えると、彼女は急に家を出ていき、汗だくで帰ってきたかと思うと缶ビールを1ケース(つまり24本!)抱えており、普段はぜんぜん一緒に話したりなんてしないのに、おめでとう!と言いながらアタシにその大量のビールを押し付けてきたりした。ちなみに彼女がいきなり無言で目の前に洗濯物を残して出ていったので、残りを干してあげようかな、と思ってカゴの中を(善意で)覗いたら、超・超・超エッチな透け透けの下着だらけで、思わず見なかったことにした。


ある日アタシがバイトを終えて、リビングでカップラーメンを作って食べようとしていたところ、サユリがべろべろになって女の子と帰ってきた。1年間も一緒に住んでいるのに、サユリが酔っているどころか、飲んでいるところは一度も見たことがなかったので(ついでに言えば、人を連れ込んでいるところも見たことなかった)めずらしいなと思った。よく家で飲んだくれているテレサに、こんなに泥酔したサユリを見せてやりたいと思ったけど、彼女は相変わらず家にいなかった。サユリは酔いすぎているのか、連れてきた人にいいところを見せたいのか、アタシに、ヤッホー元気?とか不自然な声をかけてきて、ちょっとウケた。バイト終わりで疲れていたのと、突然の出来事におどおどしてしまって、お湯よ早く沸け〜と思いながら、弱々しくほほえみ返した。サユリの連れてきた女の子は、めっちゃ女の子らしくて可愛らしい、長い髪の毛、コンサバで綺麗めのワンピースを着ていて、いつも小汚いパンクスみたいな格好をしているサユリとの組み合わせが謎だった。サユリはすごく嬉しそうに、連れてきた女の子と手を組んで部屋に消えていった。しばらくするといつも聴こえてくる重たくうねるようなビートではない、甘くてメロウなヴォーカルの乗ったゆるやかな音楽が聴こえてきた。こんな音楽を聴くことがあるんだなあ、と思った。妙に心地の良いその音楽に耳を澄ませていると、その甘いヴォーカルに重なるかのように、さっきの女の人だろう可愛らしい喘ぎ声が聴こえてきて、それは段々と大きくなっていき、綺麗にずれてそしてまた重なって、出たこれはサユリのアンサンブルじゃん….とか思った。


アタシは、アンサンブルじゃん…とか思いながら、お湯が沸く間なんとか冷静でいようとしたんだけど、うまく冷静でいることができなかった。サユリにもテレサにも言っていなかったけど、なぜならアタシは、いやきっとサユリなんか比じゃないくらい、アタシこそ女好きな、レズビアンだったからである。別に隠そうとしていたわけではなく、お互いのプライベートなんてほとんど知らないこの家で恋愛の話なんて一切する雰囲気はなくて、伝えるタイミングがなかったっていうほうが正しいかもしれない。この街に引っ越してきてから彼女は出来ていないし、だから結果的に誰も家に連れ込んでおらず、毎日はだいたいバイト先でぼーっと立ってるかこの家で爆睡してるだけだから、浮いた話もなかった。それでもバーで働きながら目では女ばかりを追いかけているし、バーに来るイケてる女は全員レズビアンなんじゃないか、って思いながら店の酒を飲んで、女の子たちを見つめて時間をやり過ごしていた。


一緒に住んでいるせいで、サユリがレズビアンなんじゃないかなんて微塵も考えたことなかったし、まあそんなこと考えるのもキモいなと思って、まったく気づかなかったけど、もしかしてサユリもレズなんじゃん!この世の女たちみんながレズビアンなんじゃないか説…は濃厚ではないにしろ、あまりにも唐突な出来事にびっくりした。




翌朝、女たちの甘い声に影響されて自分の性欲に我慢ができず(本当に自分の性欲がきらいだよ)けっこう前に消していたレズビアンアプリをインストールしてみた。この家に引っ越してきてからは、街とバイトに慣れることに必死で全然アプリも見ていなかった。しばらくスワイプしていると、透け透けの下着を身に纏った女が出てきた。テレサだった。テレサが彼女自身を撮影している場所は、アタシたちの、普段は使われることのないだだっ広いリビングだった。あの何もないリビングがこんなかっこよく写真では映るのかと感動を覚えると同時に、自分の怠惰ゆえマッチする範囲を狭くしていたせいで、ルームシェア相手を見つけちゃったじゃん!という焦りのような気持ちも湧いてきた。そして次の瞬間、あれ、テレサもレズなの?と混乱した。ハートマークを送るのも変だし、その逆もなんだか申し訳なくて、そのままアプリを閉じた。まさかこんなに偶然、3人もレズビアンがひとつの家に集まることがある?


サユリが連れ込んでいた例の子を近くの駅まで送り届けて帰ってきた朝、酒でむくんでパンパンになった顔でニヤニヤしながら、あんたも女が好きなんでしょ、と言ってきた。この家に長く住んでるからって、ひとりくらい女を連れ込んだからって、いきなりあんた呼ばわりするのはやめてよと思いながら、アタシはサユリを少し睨みつけて、そのあとなんだか笑えてきてしまった。頷く代わりに、いつも流れてるドスの効いた女の声はなんなのと聞くと、Young M.Aだよと教えてくれた。サユリの一番好きな曲は「バッドビッチアンセム」という曲らしい。バッドビッチアンセム。ヤベー女への讃美歌。いいねえ。



その3日後、久しぶりにテレサが家に帰ってきたと思ったらいきなり缶ビールを渡されて(1年も一緒に住んでいるのに缶ビールを渡されるのはこれで2度目である)アプリでお互いを見つけちゃったねと言いながら、彼女は着ていたスカートを急にめくって、透け透けのエロい下着を見せてきた。別にテレサなんて興味ないのに直視するのも変な感じもして、冷蔵庫の中身を無意味に確認しながら、3日間なにしていたの?と聞くと、近くのホテルでやってたレズビアンの乱行パーティーに行っていたんだよと言った。そんなものがこの世にあるのかと思った。今度行こうよと誘われたけど、一度行ったらアタシは絶対に虜になってしまいそうでコワイので、後ろ髪引かれながらも断ってしまった。テレサに、そういえばサユリが女を連れ込んでたんだよ、と伝えると、サユリがレズなことなんて会った瞬間からわかってたし、と言われてしまった。


その日から、アタシたちは少しずつだけど会話をするようになった。サユリが連れてきた女は高校生の時にデートしてたノンケの女で、もう20代も後半なのにまだその女に夢中なこと。あの日は久しぶりに再会して盛り上がったということ。ドスの効いた声の正体はYoung M.Aというラッパーで、泥酔した夜に流れていたあの甘い声の主はシャーデーという女だということ。テレサは金持ちの娘でお金に困ったことはないんだけど、親には自分がレズだなんて絶対に言えなくて、お見合い結婚させられそうになって、逃げ出してここに住みはじめたってこと。乱行パーティーで女たちのケツを目の前に並べて匂いを嗅ぎながら胃に流し込むビールが最高だということ。くだらない話から真面目な話まで、ちょっとずつ3人でするようになった。


それから少し経って、端っこに追いやられていた誰も座ることのなかったソファに、気づいたらなんとなく3人が集まるようになった。サユリはターンテーブルを買ってリビングに置き、だいたいの時間をリビングで過ごすようになっていた。相変わらず木の棒でフライパンを叩いてお得意のアンサンブルを奏でていたり、またはターンテーブルから紡がれる終わることのない音楽になったりした。アタシはサユリのおかげで少しづつ色んな音楽を聴くようになった。ル・ティグラ、ロレイン・ジェームス、ソフィー。氷川きよしだけじゃなくて、こんなに自由な音楽がこの世にはあるんだね。テレサのほうも、何か抱えて家に帰ってきたと思ったら、リビングに置く用の、ちょっとイケてるサイドテーブルだった。まあ見た目はイケてるんだけど、それは透明のガラステーブルで、テーブルまで透け透けじゃん!って思わずツッコミをいれてしまった。テレサは自分を解放してきたのか、時々ランダムな女を連れ込むようになって、たまにその知らない女も入れてみんなで飲んだりした。気分がよくなってくるとサユリが「バッドビッチアンセム」を流し始めて、テレサと連れてきた女、そしてアタシもちょっと照れながらケツを振って踊った。家には、テレサが常備してる1ケースのビール。ここにはアタシたちの、アタシたちなりの、女だけの生活があった。



アタシは相変わらずお金もなくて、まだなにもこの家に貢献できていない。なにが欲しいのかもわかんない。サユリみたいにターンテーブルとかかっこいいものなんて触れないし、テレサみたいに透け透け史上主義じゃないし、どうしようかなあ。自分は一体なにがやりたいんだろう。一体なにが好きなんだろう。二人を知れば知るほど、やりたいこととか好きなことがあっていいなあと羨ましく思ってしまう。アタシはいまだにその何かを見つけることができなくて、真夜中のバーでぼーっと立ちながら、女の子の姿を目で追ってばかりいる。なんとかない頭でしぼりだそうとしても、自分の求めるものを見つけることは出来なさそうだけど、でも、めっちゃしいて言うなら、アタシは女の子が好きだよ。それは、女の子のことを性的な目で見ているということではなくて(もちろんそうゆう要素もなくはないんだけど)それよりも、この世に存在するすべての女の子が、女の子だけじゃないね、女性たちが、トランス女性たちが、かつて女性だった人たちが、母たちが、自分を女性と認識している人たちすべてが、ああいっそ女性でも男性でもそうじゃないすべての人たちが、この世で生きやすくなればいいなあとか、そんなことを考えている。みんなを守りたいし、お互い守りあって生きていきたいなと思う。もちろん考えているだけじゃ何にもならないんだけど、でも、いまのところはなんだかそうやって考えているよ。傷ついたひとがひとりぼっちで行き場もなく泣かないですむような、人を傷つけてしまった罪人が行き場もなく死を考えないですむような、すべての女たちが、守られるそんな家をいつか作りたいなあってなんとなく思っている。


UMMMI.
HP: http://www.ummmi.net/

石原海監督最新作『重力の光』北九州市の困窮者支援をするキリスト教会に集う人々と聖書劇を作る日々を記録した、挑戦的なドキュメンタリー映画。2022年4月7日まで、制作費と公開に向けたクラウドファンディングを実施中。

https://motion-gallery.net/projects/jyuuryoku_hikari

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