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日本の伝統文化を世界へ発信する「TATSUNO OTOSHIGO」前編

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 ヘアメイク/ボディペイントで名を馳せる松橋亜紀のもと、若杉叡弘(書道家/アーティスト)、幸染(日本舞踊家/アーティスト)、柴田裕美子(衣装デザイン)、明田光彦(フォトグラファー)、立山功(スタイリスト)、金田仁見(ヘアー)、雪(炎舞者)、Sea-la(モデル)が集まり結成された「TATSUNO OTOSHIGO」。日本の伝統文化を世界へ発信するべく集まった彼らの作品、そしてその成り立ちを紹介する。

ーTATSUNO OTOSHIGOの結成はいつですか?

松橋「震災の年(2011年)の11月末に最初の撮影をしました。当時は津波もそうですが、世界中で水による反乱がたくさんあって。とにかく震災の後に、日本人としてあの映像がすごくショッキングで。誰もがそうだったと思うんですけど、危機感に襲われてしまったというか。日本のいいものを残さなくてはとすごく強く感じて。と同時に、この先何があってもメイクの仕事は続けて行こうと改めて決意もしました。そういう想いでいた時に、龍のイメージがふってきたんです。龍は水と繋がりがあるということで、龍をテーマに何か撮影をしようと思い、いろんな方に声をかけさせていただきました。最初は“辰”というプロジェクト名にしてたんですが、活動する中でメンバーも変わっていったので今は“TATSUNO OTOSHIGO”という名前になりました」

ーどうやってメンバーを集めたんですか?

松橋「何か日本的なことをされている人を主なメンバーとして声をかけて、あとは感覚ですね。幸染ちゃんは2回目から。MAAYA(若杉叡弘)は初期メンバーだけど、最初はパフォーマーではなくて書道家としての参加でした。柴田さんのドレスの上に字を書いてもらったり、グラフィックやロゴを作ってもらったりしていて。最初の撮影は水辺がいいだろうということで芦ノ湖にしたんですけど、あの時はちょっと大変でしたね」

明田「そうだね、撮影を契機に集まったからほとんどが初対面で」

ー若杉さんは書道家としての活動とパフォーマンスも普段からされているんですよね?

若杉「ドラァグクィーンをしてるので、それで書道クイーンっていうパフォーマンスをしたり、TPOに合わせています」

ー海外でのパフォーマンスが多いんですか?

若杉「年々増えてきています。日本はまだアートを日常生活で買うっていう文化が根付いていないから、海外のご縁が広がることは有り難いです」

ー元々はいつ頃から書道をやられてたんですか?

若杉「6歳からです。それで、高校の時に芸術選択で書道の授業を選択したんですけど、その時の先生が世界一の書道家だったんです。その人に弟子入りしたのが人生の転機でした」

ーそれからパフォーマンスもやるようになったのは?

若杉「浪人したんですけど、その時に女装を覚えて。それでパフォーマンスするんだったら、女装で字を書いたらおもしろいなと思ってやり始めました」

ー単純に書を展示するだけじゃなくて、インスタレーションの様にやろうと。

若杉「そうですね。書道の枠を超えて、おもてなしの精神で、という意識があったので」

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