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text by Nao Machia

“女性に育児の負担がかかっているという事実を、男のプリズムを通して見せようと思った”『パパは奮闘中!』 ギヨーム・セネズ監督来日インタビュー/Interview with Guillaume Senez about “Nos Batailles (Our Struggles)”

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残業続きの毎日で、家事や子育ては妻に任せっきりのオリヴィエ。でも、優しい妻とかわいい2人の子どもに恵まれ、自分は幸せな家庭を築いていると信じていた。ある日突然、妻が姿を消すまでは……。4月27日に公開される映画『パパは奮闘中!』は、母親の家出によって仕事と育児に悪戦苦闘する父親と子どもたちの絆を描いた感動作。舞台はフランスだが、過酷な労働条件や育児と仕事の両立など様々な問題を前に、見えない未来への不安を抱く主人公たちに共感する人は少なくないだろう。主演の名優ロマン・デュリスから見事な演技を引き出したのは、ベルギー出身の新鋭ギヨーム・セネズ監督。公開前に初来日を果たした監督に、作品が誕生するまでの背景やユニークな演出メソッドについて聞いた。


――母親が家を去り、父親が育児に奮闘する物語というと、ダスティン・ホフマン主演の『クレイマー、クレイマー』などがよく知られていますが、監督が本作を作ろうと思った経緯を教えてください。


ギヨーム・セネズ監督「興味深いことに、本作に関連して『クレイマー、クレイマー』はよく話題に上がるのですが、70年代に製作された映画なので当時の男女関係は今とは違っていました。夫婦の間で離婚裁判をするということが問題になり始めた時代だったのです。本作は、僕自身が子どもたちの母親であるパートナーと別れた経験から着想しました。現実の僕らは共同親権を持つことにしたので、一週間交代でそれぞれが子どもたちの面倒を見ているため、本作の主人公のオリヴィエとは少し事情が違います」


――そうだったのですね。


ギヨーム・セネズ監督「とはいえ、当時の僕は長編1作目(「Keeper」)を準備中だったので、『もしこの最中に彼女が遠くへ行ってしまって、子どもたちの責任を100パーセント、自分で取らなければならなくなったらどうしよう』という、ある種の不安を覚えていました。仕事の責任と父親としての責任の間で、どのようにバランスを取ったらいいのだろう?今は交代制だからいいけど、もし彼女がいなくなってしまったらどうしよう…そんな恐怖感から、この映画の物語を思いつきました」


——妻に出て行かれたオリヴィエが、子どもたちに何を着せていいかも、何を食べさせていいかもわからないという状況がリアルでした。ひょっとして、ご自身の経験が反映されているのですか?


ギヨーム・セネズ監督「僕はあそこまでひどくはなかったです。一応、食事を与えたり、服を着せたりはできていました(笑)。インスピレーションとなったのは自分の話なのですが、映画自体はフィクションなので、自分からは遠ざけて主人公を作り上げました」

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――日本では今でも母親が育児の中心となっている家庭が多く、妻が子どもを置いて家を出て行ってしまったら、パニックに陥る男性も少なくないと思います。


ギヨーム・セネズ監督「フランスも実際には男女平等といえる状況ではありません。この映画では、女性に育児の負担がかかっているという事実を、男のプリズムを通して見せようと思いました。つまり、現代の世の中においても、いまだに男は家父長制の従来型の家庭を求めがちなのです。でも実際には、現代社会では、そうはいかなくなっている。だから劇中のオリヴィエのような状況に置かれると、男はパニック状態に陥ってしまうのです。本作では夫の意識の目覚めというものを、男のプリズムを通して描こうと思いました」


――日本の一部のメディアでは、ヨーロッパは男女平等が進んでいるとか、フランス女性は仕事も子育てもしやすくて幸せ、というような記事をよく見かけます。でも、オリヴィエの妻は仕事と子育ての両立で疲れ切っているし、オリヴィエの母親も自身の子育てを振り返ったときに夫への不満を語っていて、まるで日本みたいで驚きました。


ギヨーム・セネズ監督「日本の状況はよく知らないので、そういう話を聞くと興味深いですね。そういった意味でも、本作のテーマは普遍的だと思います。ヨーロッパでは、男女平等は理論的には存在するのですが、実質的にはまだ不十分なのだと思います。僕の現在のパートナーはフェミニストですし、僕自身もフェミニストで、子どももそのように教育しなくてはいけないと思っています。でも、実生活の中で100パーセント、本当に男女平等を実現するには、実際には数世代かかるのではないかと思っています」


――オリヴィエは職場ではとても良い上司で、部下の微妙な表情の変化も見逃さずに声を掛けてあげられる、気配りのできる人です。それなのに、家庭では一番近くにいる妻の気持ちを理解できなかったのが悲しいですね。


ギヨーム・セネズ監督「まさにそれは僕が本作で見せたかったことの一つです。身近な人を助けるというのは、難しいことなんですよね。会社の同僚とはコミュニケーションをとれている人が、妻子とはあまりコミュニケーションがとれていなかったり、妻子の悩みを理解できなかったりする。そういったところを見せたいと思いました」


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――オリヴィエ役のロマン・デュリスの演技が素晴らしかったです。本作はせりふなしで撮影を行なったそうですね。


ギヨーム・セネズ監督「シナリオは存在していて、せりふも書いてあったのですが、それを俳優には渡しませんでした。現場で話をしながら、僕から指示することもあったし、最大限の情報は俳優に与えました。俳優たちが自然にそのせりふに行き着くようにするのが、僕のメソッドなのです」


――具体的には、どのように役者たちからせりふを引き出すのですか?


ギヨーム・セネズ監督「まずは撮影を始める前に、役について俳優とたくさん話し合います。それから撮影現場に入った段階で、シークエンスの説明をします。残念ながら、映画は必ずしも時系列順には撮れないので、そのとき撮影するシークエンスの前後関係や状況などを確認して、シーンの目的を説明します。その後、最初に即興で演技してもらって、それをベースに余分なものを削ぎ落としていき、リズムなどを整えます。その間も始終一緒に話し合って考えるというプロセスを経て、最終的に、あらかじめ用意されていたせりふに俳優たちが行き着けるようにするのです」


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――オリヴィエの子どもたちがとてもかわいくて、子どもらしい自然な表情が印象的でしたが、同じようなメソッドで演出したのですか?


ギヨーム・セネズ監督「同じメソッドです。特に子どもには、このメソッドがうまくいくんですよね。子どもというのは、普段からごっこ遊びなどで人物を演じているようなところがありますから。ごっこ遊びが脱線し過ぎないよう、枠内に収めてあげるという作業さえしてあげれば、子どもはちゃんとこのメソッドに応じてくれます。映画の中で演技がうまくいっていないと感じるときは、俳優同士がお互いの言うことを聞かず、自分だけの演技をしているんですよね。このメソッドのいいところは、絶対にお互いの言うことを聞いていないとうまくいかないのです。特に子どもは何を言い出すかわからないので、俳優同士がちゃんとコミュニケーションをとらないとうまくいかないのですが、それが返って良い効果を生み出してくれました」


――是枝裕和監督も子役には脚本を渡さないと聞いたことがあります。


ギヨーム・セネズ監督「それは納得ですね。僕は是枝監督の作品が大好きなのですが、興味深いことにヨーロッパでは、本作が『そして父になる』を想起させるとよく言われました。同じように家族の問題を扱っている作品だからだと思います。また、僕はベルギー人で、ベルギーの映画作家でダルデンヌ兄弟という人たちがいるのですが、よくベルギーでは『ダルデンヌ兄弟と是枝のミックスのようだ』と言われるんです。ご存知の通り、是枝さんは最近フランスで映画を撮影したので、次は僕が日本で撮影したいと思っています(笑)」


――いいですね、ぜひ観てみたいです。


ギヨーム・セネズ監督「本作の執筆中には、共同脚本家と是枝監督の『誰も知らない』について話したりもしていたんですよ」


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――原題である「Nos Batailles」は「私たちの闘い」という意味だそうですね。とても象徴的なタイトルだと思ったのですが、日本の観客にはどのようなことを感じ取ってほしいですか?


ギヨーム・セネズ監督「僕は映画作家として、人々に感動を伝えたいと思っています。そして、登場人物に感情移入してもらいたいです。主人公が何かしらの意識を持ったり考えたりするのを、観客にも共感してほしいと思って映画を作っています。一つの世界に対する視線を提示して、それによって観客が考える状態を作りたいのです。観客の手を引っ張って、『これがいいこと』とか『これが悪いこと』と明確に伝える映画もありますが、僕はあまり好きではありません。映画作家自身が、『私は世界のこういう真実を知っているから、こういう考え方をしてください』と押し付けるような映画は好きではないのです。観客が自分で感情を覚えて、そこから自問自答し、その結果として何かしらの結論に至るという方が、決まった答えをはっきりと見せるよりも深いと思うのです。ですので、僕は繊細で微妙な見せ方をするようにしています」


――フランスではどのような反応がありましたか?


ギヨーム・セネズ監督「観客からの反応で印象に残っているのは、ある家族のお父さんがこの映画を観た後、すごく感動して僕のところへ来て、自分の家族の話を始めたんです。そのときに、この人の心には本当に響いたんだなとわかりました。男性からも女性からも、年代や社会的地位も関係なく好評をいただいています。あとは男性からの感想メッセージで、“映画館で泣いたのは2度目です。1度目はデヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』で、2度目がこの映画でした”と書かれていたのは、なんだかすごくうれしかったです(笑)」


text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara



『パパは奮闘中!』
4月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
http://www.cetera.co.jp/funto/


2018年 カンヌ国際映画祭 批評家週間 出品
2018年 トリノ国際映画祭 観客賞受賞
2018年 ハンブルグ国際映画祭 批評家映画賞 受賞
2019年 セザール賞 最優秀男優賞・外国映画賞 ノミネート
2019年 ベルギーアカデミー賞(マグリット賞)作品賞、監督賞 含む 5部門受賞


監督・脚本:ギヨーム・セネズ 共同脚本:ラファエル・デプレシャン
出演:ロマン・デュリス『タイピスト!』『ムード・インディゴ うたかたの日々』
レティシア・ドッシュ『若い女』、ロール・カラミー『バツイチは恋のはじまり』、ルーシー・ドゥベイ
ベルギー・フランス/2018年/99分/フランス語/日本語字幕:丸山垂穂
英題:Our Struggles/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル/宣伝協力:テレザ、ポイント・セット
協賛:ベルギー王国フランス語共同体政府国際交流振興庁(WBI)
@2018 Iota Production / LFP – Les Films Pelléas / RTBF / Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma

妻のローラと幼い二人の子供たちと、幸せに暮らしていると信じていたオリヴィエ。ところが、ある日突然、ローラが家を出て行ってしまう。オンライン販売の倉庫で働くオリヴィエには、ベビーシッターを雇うお金もなく、残業続きの仕事と慣れない子供の世話の両立を迫られる。次から次へと巻き起こるトラブルに奮闘しながら、ローラを捜し続けるオリヴィエだったが、彼女の行方も姿を消した理由も一向に分からない。そんな折、妻の生まれ故郷ヴィッサンから一通のハガキが届き、さらなる騒動が起きる―。
母親が家族のもとを去り、残された父親が仕事と育児に悪戦苦闘しながらも初めて子供と向き合い、深い絆を結んでいくまでを描いた物語と聞けば、誰もが映画史に輝く傑作『クレイマー、クレイマー』を思い出すだろう。家族の愛と葛藤という普遍的なテーマはその名作から引き継ぎながら、今、世界中の人々が抱える未来の見えない困難な時代を生きる不安と、それでも前を向こうとする親子の勇気と希望を爽やかに描き出すヒューマンドラマが誕生した。

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