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歌代ニーナ 「AIRPORT SECURITY」 Vol. 01 AMATHEIA WATERS

こんにちは。歌代ニーナです。
今までスタイリストや編集の仕事を始め、クリエイティブ系のことをやっている人間として生きてたのですが、ちょっと最近飽きてきた模様です。中堅特有の職業ブルースですかね。


というわけで、今までの生活とは全て縁を切り、転職ってやつを試みてみました。この度、2019年7月より1年間、羽田空港の入国審査員の仕事に就くことになりました。オリンピックに向けて日本に対する注目が大きくなっているにあたって、国外から日本に入ってくる人が増えていくと思います。私は入国/出国審査のゲートに立ち、不審者がいないか、異物を持って国境を越そうとする人がいないかを全身全霊で見定めています。


空港は不思議な場所です。様々な場所からきた人、そして向かう人の集合場所であり、様々な強い感情が辺りいっぱいに充満しています。旅行気分にウキウキ胸を躍らせている人、旅行帰り特有の憂いがかっている人、ひたすら疲れている人、イライラしている人、誰かの到着を楽しみに待っている人・・・。人間観察の宝庫です。


入国審査のゲートで出会った不審者たちのMVPを各月に1人選出し、ここに記録として残そうと思います。本当に世の中には色々な人たちたちがいるもんで。





Vol. 01 AMATHEIA WATERS 様 / アトランティスよりご入国


2019年7月13日の朝方。入国審査ゲートのシフトの日。


土曜日の朝の空港は人でごった返しています。様々な国からの到着便が5分おきに着陸し、入国審査のゲートには長尾の列ができていました。審査をしながら「次の方!」と列の方を見たら、私が担当している13番窓口にも20数名の人たちが並んでおり、その中に、明らかに目立つ女の子が1人いることに気づきました。目の端っこにチラチラとその子が視界に入りながらも目の前にいるお客様の入国審査を1人ひとり進めていったのですが、気になって気になって仕方がなく、気がつけばそっちを見ている自分がいました。だってその女の子、ラベンダー色の水着にシルバーの水泳帽、そしてゴーグルまでつけているという出で立ちでしたからね。


どこの国から来たのか分かんないけど、いくらなんでも気が早すぎないかい?


っていうのと、


泳ぐ目的で日本に来るの、ちょっと違くね?バリとかの方が海は綺麗でしょ。


なんて思っていたら、彼女の番がまわってきました。


私「おはようございます。どちらからのご入国でしょうか。」(英語で)
AMATHEIA 様「アトランティス。」(英語で)


は?アトランティスってあの伝説の?あれって神話でしょ?何言ってんのこいつ。


と思いながらもお客様に不審な顔を見せるのは職業上NG(極上のカスタマーサービスを常に心がけております)なので、引きつりながらも口門を上げて、


私「パスポートと搭乗券、税関カードの提示をお願いします」(英語で)


彼女に提出されたパスポートは下記のものでした。





見たことのないパスポートです。でも、スキャナーに通すとエラーなくデータが読み取られました。混乱を隠せず彼女の顔とパスポートを何度も交互に見ていたのですが、彼女は平然とした顔で私の目を見てパチパチ瞬きしていました。とりあえずこの上なく怪しいので、別室に来てもらうことにしました。


私について後ろを歩く彼女を連れてセキュリティチェックの小部屋に向かって歩いていると、ものすごい数の冷ややかな視線が飛ばされていることを感じました。人は遠慮なくスマートフォンを取り出し、ニヤニヤしながら隠しきれてもいない隠し撮りをしています。


そりゃそうだ。全身パステル色で空港で水着に水泳帽だもんな。


SNSが発展してから特にそうですが、礼儀というコンセプトは絶滅に限りなく近くなっているように思います。後ろを振り返ってみると彼女は周りの空気に全く気付いておらず、お尻をぷりぷり振ってヒールの音を鳴らし、手鏡でメイクを直しながら歩いています。


メイクしたまま泳ぐつもりなのかな。秒で落ちちゃいそうだけど。


小部屋に入って彼女に対面して座り、どこから来たのか再度聞いたところ、また「アトランティス」と言われました。よく見るとパスポートの誕生日は紀元前360年と書いてあります。ということは、年齢が2379歳ということになります。色々意味不明すぎて、どこから手をつけたらいいか分からなかったのですが、とりあえず彼女のフェイスリフトを担当している整形外科医の情報が欲しいなと思いました。2379歳でこの肌のピチピチ感は叶姉妹の担当医もひれ伏すスゴ腕に違いありません。


ってか、架空水中帝国のアトランティスにも整形外科はいるのかな、そもそも。こうやって現実地上界に時たま降臨(この場合昇臨?)してお直ししているのかな。


話を聞いていると、彼女はアトランティスに住んでいるのですが、旅行で日本に初めて来てみたそうです。滞在目的は原宿でのショッピングらしいです。アトランティスではみんな常に水着を着ているらしいので(冷静に考えると当たり前)この格好で飛行機に乗ったのだが、着陸してみたらみんなコットン素材の服を来ていたのでびっくりした、とのことでした。


私「今は夏だから、みんなコットン素材を着ているんです。コットンは汗を吸ってくれるから」(英語で)
AMATHEIA 様「汗って何ですか?」(英語で)


ですよねー。ずっと水の中にいたら汗とかよく分からないですよねー。


常識という概念は人それぞれ違います。文化や性別、年齢で全く異なった常識が浸透しています。自分の常識の枠から出ているものってなかなか見えなかったり考えつかなかったりするものです。そんなことを考えながら彼女のスーツケースの中をチェックしてみたのですが、大量の水着とバスタオル、日焼け止めと水中タバコしか入っておらず、不審物とされるものは一切入ってませんでした。


パスポートもスキャンで認証されているし、特に危険なサインもなかったのでこのまま出口に送っていくことにしました。小部屋から出て出口に向かう彼女は嬉しそうにウキウキしながら歩いています。彼女にジロジロ視線を飛ばす人たちは見えていないようです。スキップに近い足取りで出口についた彼女の周りだけなんだか空気がキラキラして見えました。


AMATHEIA 様「ありがとうございましたっ!!」(英語で)


何に対してだよ・・・。


彼女は空港外に消えていきました。ぼーっと彼女の後ろ姿を見ながら、知らない世界って広いなと思いました。自分には理解できないこと、見たことないものはまだまだたくさんあって、いちいち不審に思って疑ってかかるのはよくないことです。意味のわからないものが目の前に来た時に、一旦心を真っさらな状態にして接せるようにしたいな、と思ったとある夏の日の朝でした。




creative direction and photography PETRICHOR
fashion and text NINA UTASHIRO
hair and make-up DAISUKE FUJIWARA
graphics TAPPEI
assistance LALA SAGARA
model AMATHEIA WATERS


swimsuit PAMEO POSE
swimming cap SPEEDO
shoes YELLO
tights ぽこ・あ・ぽこ
goggles and jewellery STYLIST’S OWN

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