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「食は愛だけでなくアイデンティティの美しいメタファーでもある」『エイブのキッチンストーリー』 フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督インタビュー/Interview with Fernando Grostein Andrade about “Abe”

NYFW 2016-2 by Caio Ferreira




『ストレンジャー・シングス』のウィル役でおなじみのノア・シュナップが主演を務める映画『エイブのキッチンストーリー』が11月20日より全国で公開される。ニューヨーク・ブルックリンを舞台に、イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持つ12歳の少年が、文化や宗教の違いから対立する家族を自身の手料理で一つにしようと奮闘する姿を描いたユニークな作品だ。メガフォンを執ったのは、ユダヤ人とカトリック系ブラジル移民の孫として、ブラジル・サンパウロで生まれ育ったフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督。肩書きは映像作家だけでなく、YouTuberや記者としても知られており、社会・政治問題を扱ったコンテンツをオンライン上で活発に展開するなど、幅広く活躍する人物だ。自身のバックグラウンドをベースに紡いだ本作は初の英語作品となった。残念ながら来日はかなわなかったが、映画の日本公開を前にロサンゼルスの自宅からリモート取材に応じてくれた。(→ in English)



–本作では食文化を通して、社会問題、宗教、自身のアイデンティティの模索など、様々なテーマが描かれています。監督はなぜこの物語を伝えたいと思ったのですか?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「僕にはルシアーノという兄がいて、10歳で父親を亡くした僕を代わりになって育ててくれました。そして甥が生まれたとき、兄から伝統的なユダヤ教徒のお祝いについてのDVDを作ってほしいと頼まれたのです。当時の僕は世界中で宗教間の紛争が起きていることを懸念していたのですが、友人からもらったジョセフ・キャンベルによる『Thou Art That: Transforming Religious Metaphor』という本を読んで目が覚めました。そこには、問題は宗教そのものではなく、人々が宗教を文字通り捉えることなのだと書いてあったのです。たとえば、“約束の地”(旧約聖書で神がイスラエルの民に与えると約束した地)をメタファーとして捉えることができれば、そこにたどり着くために何を改善するべきか、どのように自分の精神を高めるべきかと考えられるでしょう。でも、もし“約束の地”を実際の場所として捉えてしまったら、何とかして手に入れようと思ってしまうかもしれません。それから僕は甥に何を学んでほしいか考えるようになり、この映画を作り始めました。甥が4歳の頃にスタートしたのですが、偶然にも映画が完成したのは13歳のとき、しかも彼のバル・ミツバー(ユダヤ教の13歳の男子の成人式)の日でした!(笑)」


–完璧なタイミングですね!


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「そうなんです、偶然だったのですが。僕は多くの人に良いメッセージを送れるようなものを作りたいと思っていました。他人が求める自分ではなく、ありのままの自分であることや、自分自身の考えを見出すことの大切さを伝えたかったのです」





–なぜ12歳の少年の視点から描くことにしたのですか?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「中東の紛争は世界でも指折りの複雑な問題だと思います。それを子どもの目を通して見つめると、重苦しい事情をすべて説明しなければならないという状況から逃れられるからです。ゼロから新鮮なアプローチを見出せるわけです。祖父母と孫の間の愛は、最も美しい愛の形の一つですよね。僕はそのような愛と新鮮なアプローチがあれば、この問題について語り合う上での新たな切り口が得られると考えました。それと同時に、中東問題について語り合う中で、より大きな問題についても取り組むことができるのです。つまりは、自身のアイデンティティに関する深刻な葛藤に、どのように向き合うかということです。パレスチナ系の人々もユダヤ系の人々も同じくらい大変な思いをしてきたわけですから、ある意味、ジレンマがあります。また、エイブにはセウ・ジョルジが演じるチコという名の師匠がいて、彼もまた、黒人のブラジル系移民として多くの苦労をしてきた人物です。たくさんのドラマを抱えた彼らを登場させることによって、実際の紛争に近い状況を設定することができ、その中で、彼のアイデンティティがどのように開花するかを描きたいと思いました」 


–本作を観ると、癒しや愛情表現、記憶、コミュニケーションの手段など、食や料理がいかに多くの意味を持つかに気付かされます。


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「食は僕たちを表す足跡のようなものだと思います。最もエモーショナルな記憶の一つに、子どもの頃、体調を崩したときに母親が作ってくれた料理があります。食べると元気が出るので、そういった料理には病気になるたびに癒してくれるような、魔法のようなパワーがあるんですよね。だから、食は愛だけでなくアイデンティティの美しいメタファーでもあると思うんです。僕らは親や祖父母の料理で育ってきたわけですから、食は僕らについて多くのことを表します。そして本作は、イスラム教徒とユダヤ教徒のように異なるバックグラウンドを持つ人たちが同じ材料を使っていることを示す美しい機会にもなりました。彼らは時に同じ料理を食べることもあります。でもそれと同時に、まったく異なるアイデンティティを持つ人たちなのです」





–ノア・シュナップを主人公のエイブ役に抜擢した理由は?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「『ストレンジャー・シングス』に出演するノアの演技を観て、素晴らしいと思いました。本作のキャスティングのために行ったオーディションでもすごく良かったんです。子どもなのに非常にプロフェッショナルな俳優でした。たとえば、彼は全体の95パーセントのシーンに出演しているのですが、台詞を忘れたことは一度もありませんでした。本作は予算がとても少なくて、18日間で撮影しなければならず、現場にはたくさんのプレッシャーがありました。でもノアはいつでも平和な雰囲気を醸し出していて、穏やかで集中していたのです。それはクルーにとっても重要なことでした」


–『ストレンジャー・シングス』のファンなのですが、本作を観たらノアが大きくなっていて驚きました!


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「ですよね。残念ながら、もう僕より大きいんです(笑)。本作のリハーサル中に13歳の誕生日を祝ったのですが、つい最近16歳になったそうです」


–本作には美味しそうな料理がたくさん出てきますが、監督は現場で試食したんですか?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「試食しました。中でもファトゥーシュ・サラダというレバノン料理が気に入りました。通常は揚げたピタパンを使うのですが、劇中のエイブはマッツァー(ユダヤ人が過越の祝いで食べる酵母の入らないパン)を使っています。試食してみたら、とても美味しかったです」





–監督はYouTuberとしても活躍されていて、雑誌や新聞で記事も書いているそうですね。ブラジルの次世代に大きな影響を与えられているとお聞きしました。今年は誰も予想していなかったような大変な年になりましたが、クリエイターとして、今回のパンデミックを通してどのようなことを考えたり、どのような気づきを得たりしていますか?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「今年は誰もがじっくり内省し、人生について考え直さなければならなかったのではないでしょうか。みんなが自分の習慣について見直しているわけですから、ここから良いことも生まれるはずです。多くの人が好きではない仕事を辞めたり、何かを学んだりしているし、多くの家族が一緒に時間を過ごしたことによって絆を取り戻しています。犬たちでさえも、飼い主がずっと家にいるので、とても喜んでいるはずです(笑)。ですので、2020年は私たちみんなにとって、来たる年にもっと力強い矢を放つための準備期間なのだと思います。それがこの状況下における最大の結果となるべきです。誰もが大いに苦しんで、大いに内省しているけれど、そこからは大きな成長と改善が得られるはずです」


–そうなるといいですね。


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「今年は新型コロナウイルスの影響で、世界の二酸化炭素排出量が8パーセント減少したと聞きました。だから、この状況からポジティブな結果も得られるかもしれません。特にドナルド・トランプが選挙で負けたらいいですね。もしトランプが負けたら、それこそが最高の結果です(笑)」





–本作が日本公開されることについて、今の心境は?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「とても光栄です。そして、日本に行けなくて本当に悲しいです。10年以上前、カエターノ・ヴェローゾというブラジル人のミュージシャンのドキュメンタリーを撮影するために、1ヶ月ほど日本に滞在しました。名古屋、京都、大阪、福岡を訪れて、素晴らしい経験となりました。今回も日本に行って、映画館に忍び込んで、日本の観客の皆さんがどこで笑って、どこで感動して、楽しんでいるかを見たかったです。でも、映画が日本で公開されて幸せです。それが一番大切なことです」


–最後に日本の映画ファンに伝えたいことはありますか?


フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督「日本の皆さんには、ぜひ世界中の人々を教育してインスパイアしていただきたいです。ブラジルでワールドカップが開催されたとき、試合後のスタジアムでゴミ拾いをしたのは日本人だけでした。それに撮影で日本に行ったときも、スタッフが地下鉄に財布を忘れてしまったのですが、心配無用だったことが忘れられません。次の日に戻ったら、落とし物預り所にちゃんと財布があったんです! サンパウロやニューヨークではあり得ないことです。日本の文化には、世界に示すことができる大切なものがたくさんあると思います。ぜひ日本の皆さんにはその知恵を世界と共有していただきたいです。だって、僕らにはそれが必要ですから(笑)」


text Nao Machida





『エイブのキッチンストーリー』
11月20日(金)より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
abe-movie.jp
監督:フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ 
出演:ノア・シュナップ「ストレンジャー・シングス」シリーズ、セウ・ジョルジ『ライフ・アクアティック』、他
2019年/アメリカ・ブラジル/カラー/シネマスコープ/英語/原題:ABE/85分/字幕翻訳:平井かおり/PG-12
特別協力:味の素 宣伝:スキップ 配給:ポニーキャニオン  
Twitter:@abekitchen Instagram:@abe._kitchenstory #エイブのキッチンストーリー
© 2019 Spray Filmes S.A.

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