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「子どもを観察していると、ある時点でとてつもない吸収力を発揮する瞬間や時間があります。それは恩寵の時間ですが、観察していないと見つからない時でもあります」『モンテッソーリ 子どもの家』アレクサンドル・ムロ監督インタビュー 聞き手:青柳文子




ローマ大学初の女性医学博士であるマリア・モンテッソーリは1907年にローマで貧困層向けの「こどもの家」をスタート。そこで実体験を通して学んだ子どもたちの教育メソッドは第一次、第二次世界大戦を経て、世界中に広まった。アンネ・フランクから英国ロイヤルファミリー、Amazonのジェフ・ベゾスら米大手IT企業の創業者、オスカー俳優のジョージ・クルーニー、藤井聡太棋士まで、錚々たる著名人が受けたとして知られる。アレクサンドル・ムロ監督は、自身に子どもができたことをきっかけに様々な教育を調べ、モンテッソーリ教育に魅了される。約20の施設で調査した後、ルーベにあるフランス最古のモンテッソーリ学校の幼児クラスに2年3カ月間密着。2歳半〜6歳の子どもたちがユニークな教具を自らが選んで自由に学んでいる様をドキュメントした。水差しの中身を測ったり、花の茎をハサミで切ったり、パズルをしたり……これらが学校での彼らの“お仕事”。その過程で訪れる魔法のような瞬間を紡ぐ本作は、育児のヒントや教育の重要性のみならず、子どもたちが単なる「ちいさな大人」ではなく、自主性を持った存在であり、社会を平和的に改革する平和の担い手であることを知らせてくれる。本作に感銘を受けた役者・モデルであり母親でもある青柳文子が、ムロ監督に本作について、そして子育てについて聞いた。

――私は現在3歳と1歳の子どもを育てていて、3歳の子どもをシュタイナー教育の幼稚園に通わせています。モンテッソーリ教育も幼稚園を選ぶ段階で視野に入れていました。残念ながら近くに園がなくご縁がなかったのですが、本作を拝見し、シュタイナーとは全く違うけれど、やはり現実の生活で活きる良い教育だなと思いました。日本でも保育園でモンテッソーリの教具を取り入れたりと浸透してきていますが、監督がモンテッソーリ教育を知ったきっかけは?


アレクサンドル・ムロ監督「シュタイナーに通わせていらっしゃるということで、子どものためにどんな教育を受けさせるかを考えているというだけでもとても良いことだと思います。私の場合は、子どもが生まれて、どんな教育がいいのかと考えていた時に、友人がオルタナティヴ教育の本をくれたんです。そこでモンテッソーリ教育に出会いました。最初は本に書いてあることが本当にできるのかというところから始まったんです。例えば4歳半で本が読めるようになる、すごく自由に過ごしている一方で静かに仕事に集中することができる、子どもたちの間で教え合うことができるなど、そういう様々なことが本には書いてあるけど、果たして本当にできるのかと。


シュタイナーやフレネなど教育思想家は多くいますが、中でもモンテッソーリが興味深かったのは彼女が書いた書籍が豊富にあるところで、自分が良いと思うプロジェクトを45年ずっと実践し、その蓄積があるために開発も進んでおり、実際にうまくいっているというところが面白く、そしてそれらの書籍を読むことで理解できるところでした。例えばシュタイナー教育は着想はあるもののそれを何十年もの間実践してるわけではなく、本もおそらく一冊しか出ていないので考えたものを全て理解するというのがなかなか難しい。そのような背景の差異もあって、モンテッソーリ文化は入りやすく感じられ、実際にフランスでは学校もシュタイナーよりも多くあります。


モンテッソーリは子どもについて実に様々なことを書いているんですよ。私は『Secret of Childhood』という本が特にお気に入りで、この映画の中でもいくつか引用してるのですが、特に子どもの愛情について書かれている部分は大変美しい文章で、私はその文章自体が好きです。夜に子どもが親を起こして撫でてもらいたいとじゃれつくシーン。ご飯の時に自分は食べないで親が食べているところをジーッと眺めているというのは子どもが親に対する愛情をもっている、それを表現していると書かれた箇所。人生の中でその後、自分の子どもが自分を愛しているほどに他の人から愛されることはほとんどないだろうというようなことも述べており、内容も文章もとても美しいものです」








――本作では、子どもの「観察」を基軸とした教育を、監督がさらに映像を撮って自分の目で観察していたのがとても面白いと思いました。そして我々はさらにそれを観察します。教育にとって「観察」とはどういう意味を持ちますか。


アレクサンドル・ムロ監督「一般の学校では子どもの観察を全くしていないと思います。カリキュラムがあり、それをこなしていかなくてはいけないということに重点が置かれています。例えばトイレに行きたいから今は耳がかせないという子もいるでしょうし、あるいはちょっと気分が悪いために集中できないという子もいるでしょう。そういう状態であるということを観察していないから、子どもが集中して作業することができないとされる。しかし子どもを観察していると、ある時点でとてつもない吸収力を発揮する瞬間や時間があります。あるいは凄まじい集中をしながら作業を繰り返していく時がある。それは本当に恵まれた恩寵の時間ですが、観察してないと見つからない時なんです。ですから観察をしてないというのは悲劇だと思いますね」


――観察のときを経て、父親でもある監督ご自身になにか変化がもたらされたことはありますか。


アレクサンドル・ムロ監督「随分変化しました。特に自信を持てた点でしょうか。映画の冒頭でも言っていますが、子どものなすがままにさせておくと、『そんな危ないことさせて!』という感じで家族に批判されるんですよ(笑)。しかしモンテッソーリに行ってからは、4歳でもリンゴを切らせてもいい、それが実際にできるんだと言えるようになりました。大体は『こんな危ないものを持たせてはいけない』『大人が切ってあげるから』となりますが、いや、子どもはちゃんとできるんだと今なら自信をもって言えます。以前よりも子どもを観察をするようになりましたし、一緒にいる時間も増え、観察することが大きな喜びとなりました。色々細かなことを見て分析したり、子ども自身も自分が色々なことができると自分で知っている。その様子を見ていくことが喜びになっていますし、子どもが実にいろんな可能性を秘めているということもわかりました。ちょっと手を添えれば、子ども自身が高い目標に向かって進んでいくことができるとわかったのです」


――なすがままにされているということですが、家庭だと子どもたちが喧嘩しているところにも度々遭遇します。そうした際にはどんな対応、声かけをしていくのが良いのでしょうか。


アレクサンドル・ムロ監督「私はモンテッソーリの系譜なので、どんな状況でも直接は介入しません。間接的にしか介入しないですね。私は世界中のいろんな学校を見学したのですが、そこでわかったことは、子どもには説明すると駄目だということ。話をすればするほど聞かないのです。『これをしてはいけないよ』『喧嘩しちゃいけない』など、そういうことを言ってもうまくいきません。モンテッソーリの発見で非常に重要なのは子どもたちには集中力があるということです。だから他の人と喧嘩をするのをやめさせるというよりも、それぞれの子どもたちがやりたいと思うようなことを見つけてあげることが有効でしょう。その好きなことにとりかかり、夢中になって楽しむことによって、人の邪魔をするということも忘れてしまうーーそれがコツだと思います。それぞれが好きなものが何かを観察し、理解し、その好きなことで遊べるようにするということは大切だと思いますね。


そもそも子どもの喧嘩というのはずっと昔からあり、将来もあるもので、誰も解決はできないと思うし、それも必要なことじゃないでしょうか。もちろんナイフを持って喧嘩し始めたら止めないといけませんが、子どもたちには自分を触ることや相手を触る、お互いに触りあうなど、そういう動作が必要なんですよね。だから喧嘩をしていても優しくない子であるとか相手のことを思いやれないというわけではなく、喧嘩のような動作というのはある程度は必要なものとして認めてもいいのかもしれません」








――なるほど、そこでも大人がそれぞれに環境を整えてあげるというのが大切になっていくんですね。とても参考になります。シュタイナー園に行っている我が子は、話し方が園の先生そっくりで、穏やかでゆっくりなのですが、モンテッソーリでは大人はどんな口調を意識していますか。


アレクサンドル・ムロ監督「映画の中でも先生たちがやっているように、小声で話すというのは心がけているようです。先生というのは子どものモデル、模範なんです。落ち着いて穏やかな声で話すと子どももそれを真似るし、反対に子どもが騒がないように大声を出して『静かにしなさい』と叫べば、自分をみんなに認めてもらうためにはそうやって大きな声で叫ばないといけないんだと子どもは思ってしまい、それをまた繰り返すわけです。また、子どもたちがなにかやった時に良し悪しを言わない。子どもに何かこうやりたいことがあってそれがうまくいかなかった時も『駄目だね』というようなことは言わないで、『どう感じる?』などと言います。前向きにも後ろ向きにも状況判断をせず、ただその状況がこうだったねという事実を描写するだけです」


――最後に、日本の文化の中では、自主性よりも規律を乱さないという協調性が重んじられるシーンが多いです。モンテッソーリ教育で育った自主性を備えた子どもたちは、成長するにつれこの日本の文化の中でどんなふうに適応していくと思いますか。抑圧されるような場面に出会った時にも対応できていくものなのでしょうか。


アレクサンドル・ムロ監督「モンテッソーリのプロジェクトでは、子どもは生まれた時から周辺社会に適合する意欲を持っているとしています。映画の中でも子どもが自主的に行動していて、周りの教育者はそれを手伝う、伴奏をしたり、提案、示唆してみたりということに専念していますが、それぞれの子が自由に動いてるからといって叫んだり暴れたりという混乱があるのかと言ったらそうじゃないですよね。そういう意味では、モンテッソーリの教育の中でもみんなは自由にしながら全体に穏やかに生活できているのです。そして学校は登園などの時間、叫んではいけない、走ってはいけないなどの規則もあるので、世の中には制約があるんだということも子どもは早くから学ぶわけです。幼稚園から小学校に入ってもその環境にはこういう制約があると早く理解しますし、学校を出て仕事についても規則があるんだというのはすぐわかります。もちろんどの学校でも適応できない子はいますが、それぞれの人格によるわけで、教育とは関係ないと思います。1907年に子どもの家という学校ができて以降、モンテッソーリの教育を受けた中で非常に有名になったアーティストや起業家は多くいます。モンテッソーリの教育では非常に明晰に状況を判断できる子どもたちを育てているのです。自分の人格はこうであるから、自分の人格に合わないことは拒否してもいいんだと知っているので、暴力なども拒絶できる。そういう意味でモンテッソーリ教育は平和的な革命である、平和を求める教育であるとも言われています」


――自分の芯がしっかりしていれば、何を言われても、周りの人は自分とは違うだけで自分がダメなんだとは感じずにすむ。


アレクサンドル・ムロ監督「ええ。何かに向かい合い戦っていかなければいけない場合、必ずしも子どもの頃から戦っている必要はない。けれども強い魂を持っていることは必要で、強い魂を持ってることによって先行きが不透明な試練も乗り越えることができる(Si homme était un être parfaitement adulte, doté d’un psychisme sain, s’il avait développe un caractère fort et un esprit clair, il ne tolérerait pas en lui l’existence de principes moraux diamétralement opposes, il ne serait pas capable de prôner en même temps deux sortes de justice qui visent l’une à développer la vie, l’autre à la détruire.)。そうモンテッソーリは言ってます」










『モンテッソーリ 子どもの家』
2月19日(金)新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国公開
http://montessori-movie.jp
アレクサンドル・ムロ監督
日本語吹替:本上まなみ/向井 理
北フランス・ルーベ。このフランス最古のモンテッソーリ学校では、子どもの自主性を尊重する先生の指導のもと、子どもたちがユニークな教具を思い通りに選んで自由に遊ぶ。水差しの中身を測ったり、お料理やアイロンがけなどの作業をしたり、マットと格闘したり。これらが子どもたちの大好きな学校でのお仕事。自身の子育てに疑問を持った監督が、その答えを“子どもの家”に求めて、教室に小型カメラを設置。静かに注意深く子どもたちを観察し、彼らの自然な表情や伸び伸びした姿、成長の家庭で訪れる魔法のような瞬間の数々を捉えることに成功した。


2017年/フランス映画/105分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Le maître est l’enfant/
英題:LET THE CHILD BE THE GUIDE/日本語字幕:星加久実/日本語字幕監修:田中昌子 大原青子
提供:スターサンズ、イオンエンターテイメント
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント
© DANS LE SENS DE LA VIE 2017



青柳文子
ファッションモデル・女優。独創的な世界観とセンスで女性の支持を集める。雜誌の他、映画、TVドラマ、CMなどに出演。映画や旅行についてコラムを執筆、商品プロデュースなど様々な分野で才能を発揮している。二児の母。
主な出演作品に『サッドティー』(2014年)、『知らない、ふたり』(2015年)など。
https://www.instagram.com/aoyagifumiko/
https://asobisystem.com/talent/aoyagifumiko/



【本上まなみコメント(マリア・モンテッソーリの声)】
静かだけれどもの凄くスリリングな、攻めてる映画! 幼い子どもの真剣なまなざしってこんなにも美しいものなのですね。アイロンを掛ける、マッチで火を点す…「あぶない!」ってことも自由にできる環境に驚きました。 集団生活でありながら個を大事にする(「同調」を強制しない)教育メソッド。 ここには私たちが忘れていたたくさんのヒントがある。 仲間の挑戦を静かに見守る小さな「ぼく」や「わたし」の姿に胸がきゅっとしました。


【向井 理コメント(アレクサンドル・ムロ監督の声)】
モンテッソーリ女史の教育方針に直接触れたのは今回の映画が初めてです。 ただ、そのお名前は以前から聞き及んでいて、どのような方針なのか興味はありました。 私自身、親になり、常に子供との接し方を考える毎日です。 ですが何が正解なのか、何が間違っているのか。 その答えは恐らくいつまで経っても見つけられないことなのだと思います。 そんな苦闘する日々の中で、少しでも子育てに対するヒントになるような作品になっていると思います。 刻々と複雑化する社会の中で、一人の親として、そして一人の子として何を感じて生きるべきなのか。 その様な悩みを抱える多くの親御様の選択肢を広げる一助になることができれば幸いです。


interview Fumiko Aoyagi
text & edit Ryoko Kuwahara( IG / T)

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