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text by Ryoko Kuwahara

「他の道もあるということだったり、世の中がどうなっているかということを具体的に教えてくれる人がいるのは重要」『いとみち』横浜聡子監督インタビュー




『陽だまりの彼女』の作者で知られる越谷オサムによる青森を舞台とした同名小説を原作とし、青森出身の駒井蓮が主演、その父親役を豊川悦司が務めた『いとみち』が公開される。母親を早くに亡くし、祖母と父と暮らす高校生の相馬いとは、強い津軽弁の訛りにコンプレックスを持つがゆえに話すことが苦手。祖母の見様見真似で覚えた津軽三味線で頭角をあらわすも、演奏時の自分の姿が嫌で遠ざかってしまう。話し言葉へのコンプレックスと自信のなさを克服するため一大決心をして津軽メイド珈琲店でのアルバイトをはじめたいとは、バイト先の先輩である幸子(黒川芽以)、智美(横田真悠)や店長(宇野祥平)、オーナー(古坂大魔王)、常連客ら、そして学校での友人たちとの交流を通して成長を遂げていく ――。
本作の監督を務めたのは、青森にルーツをもち、同県を舞台に自身の作品の多くを手がけた横浜聡子。本作はいとの成長譚が主題だが、そこに奥行きを出しているのは、家庭外での成長の舞台である「メイド喫茶」が決して女性性を売りにせず、個性や主張は違えどそれぞれに筋の通った生き方をしている人々が集う場として描かれている点。観客にも、どのような成長、働き方、人との交流をしたいかを押し付けではなく考えさせてくれる本作について、横浜監督に話を聞いた。



――原作が2011年の小説ということで、ジェンダー表現など今とのギャップが生じていたところを現代に合わせてセリフを書き足していかれたということですが、そこで加えられたセリフがどれも印象的で、この作品を通して監督が伝えたい言葉のように思いました。例えば、いとが痴漢にあった際に自分が悪いと言った時に、先輩の幸子がかけた「おめ悪くねえべ。その考え方間違ってる。おめもみんなも、全員傷つく」というセリフはこのお店のあり方を決定づけるものでした。


横浜「メイド喫茶の店員を描くという中で、例えば痴漢にあっても被害を受けた方に要因がある、露出が高めの服を着ていたらそんな服を着てるからだと言う人がいまだにいますが、決してそうではない、やった方が悪い、それは間違いないんだと、そういう視点をちゃんと描かないと時代錯誤な作品になってしまうかもしれないという怖さはあり、ナイーヴにもなった部分です」





――いとが言葉が少なく、周りの言動で展開する場面が多いこともありますが、監督の他作品に比べ、先ほどの幸子はじめ智美や店長など見守る側の描写が多いのも本作の特徴です。


横浜「私はシナリオを書くにあたって、一人一人の登場人物について自分がこの人だったらどうするかということを真剣に考えるんですね。自分と同じ知性と考え方を登場人物に与え、自分以上でもないし自分以下でもないというスタンスで一人一人を描いているので、幸子も自分だし、智美も自分だし、全員に自分の考えが反映されているし、反映させたいと思っている。いとは確かに今までの自分の主人公たちと比べると主体性がはっきりしていないというか、自分の意見をはっきり言葉で伝えることが苦手で、自分が何をしたいか、社会や他人とどう触れあっていけばいいのかもまだわからない幼さの塊のような子だから、この子が最初から意思をもって動いていくよりも、自分より人生を長く生きて傷ついてきた周りの人たちに言葉をかけられて、その人たちの生きている姿を見て触発されて、『私はこうしたいんだ』と思えるようになるという流れを作れないかと思っていました。そうしたところ、自然と周りの人たちがそれぞれに自分なりの強さを持つようになっていったんです」





――全員に監督を散りばめてらっしゃるということでしたが、その中で一番破天荒だったのは祖母のハツヱではないでしょうか。演じられた西川洋子さんは実際に三味線の名手ということで、本作における非常に大きな柱ですよね。


横浜「西川さんでなければ成立しない、他に代わりがきかない役でしたね。セリフがある役はほぼ初めてだったそうなんですが、シナリオの読み込みも人一倍深かったです。特に三味線に関連した場面では西川さんの意見は非常に貴重だったので、その意見で内容を変えたりもしました。設定にしても、初期の頃は、おばあちゃんは違う地方から三味線だけを嫁入り道具として持って板柳町に嫁いできたとしていたんです。でも西川さんが、今でこそ年齢も性別も関係なくいろんな方が弾いてるけれども、自分の時代は女性が三味線を弾くのは恥ずかしいことで、同級生の女の子に『お前は津軽三味線を弾いてるからもう近よるな、恥ずかしいんだ』と言われたり、三味線を弾いていることでいろんな辛い目にあったと。だから嫁入り道具として大事に三味線を持ってこの街にやってきたというのはおかしいんじゃないかと教えてくださって、その設定を無くしました」


――なぜ恥ずかしいことだったんでしょう。


横浜「そこがわからないんですけど、なぜというのもはっきりしない時代だったんだろうなとは思います。おそらく女性が前面に立つことがあまりポジティヴに受け止められてなかったのではないでしょうか。今でこそソロで三味線を弾くことが成り立ってるけれど、昔は踊りや小唄の伴奏で決して前面に立って演奏を聴かせるというものではなかった、基本的には裏方であるということもあったのかもしれません。あと、西川さんは高橋竹山さんという三味線の神様みたいな方のお弟子さんなのですが、素人の私からしても音色も弾き方も他の方と全く違うんですよね。そのご自分の弾き方と孫であるいとの弾き方の違いも気にされていたり、弾き手ならではの目線が多々ありました。現場では緊張されているんですけど、スタートするとそんな姿は全く見せず、台本にないセリフもバンバン喋って、しかもそれがすごくナチュラルで。元々がとても豊かな人なんですよ。だから話も上手だし人を惹きつける話し方もできる。そんな西川さんの魅力をそのまま撮らせていただきました」





――その孫という役どころの駒井さんも三味線を9ヶ月も練習されて、ほぼ全てのテイクをご自身でやられるほどの弾き手となられた。現場で西川さんが駒井さんに教えられることもありましたか。


横浜「たくさんありました。撮影前の練習で2人がセッションしたのは2回だけだったんですが、『蓮さんは三味線が上手だけどこうした方がいいよ』と、具体的にバチの持ち方や弦の張り方などを教えてくださっていましたね。そんなすごい方から教わって、蓮さんは大変だったと思いますけど。実はさっき蓮さんと一緒にお昼ご飯を食べていて、初めてみんなの前で演奏を披露するという時に全然弾けなくて自分はもうダメだと思ったという話を聞いたばかりで、そんな苦労をしながらあそこまでやってくれたんだと申し訳ない気持ちになっていたんです。そもそも彼女はプロの奏者ではないので、もし弾けなかったら他の手段を考えようと思っていたんですが、実際にはよくぞここまでというくらい弾けるようになってくれたのでリアリティを持たせられました」





――駒井さんは最初の学校にいるときの表情と最後の方の表情が全く違っていて、いとという言葉は少ないけれど内面が強い役をそうした表情などで見事に演じきってましたね。


横浜「撮り順がバラバラで、初日最初の撮影がいとがメイド喫茶に行くところだったんですね。そこではまだ私も蓮さんもいとという人間の佇まいを捉えあぐねていたんです。でも撮影が始まって蓮さん自身がこうしたらこういう表情になるというコントロールができるようになったことに助けられて、わりとはやい段階で方法論が見つかりました。こちらからもディレクションはしましたが、自分がどういう風に見られているか、感情をどういう表情で表現できるのかということを蓮さん自身も把握できるようになっていたのは大きかったと思います」


――劇中で挟み込まれる青森の空襲の話など、自然に土地の歴史を知ることができた構成も素晴らしかったです。


横浜「この映画のテーマはいとが知らない世界に触れるというものでもあったので、物語の本筋と全く違う時間軸でそうした世界に触れるシーンも作りたいと思っていたんです。青森空襲については、地元ですら今はもう覚えている方も知ってる方もとても少なくて、それは良くないことだなあと私は思っていたので、その歴史を知ってもらう機会でもあり、いとにとっても時間や時空を超えて知らなかった世界に触れるという意味合いであのシーンを作りました」


――あの語り部の方は実際に活動されている方ですか。


横浜「はい。『青森空襲を記録する会』の方に来ていただきました。どんな内容を話していただくかの事前打ち合わせはしていなかったのですが、生徒に囲まれたら突然あのお話を始められて、蓮さんや高校生たちもみんな初めて聞く話だったので驚いていました」


――そうした語り部の方や西川さんが所々に入ってくることで、肌触りが変わるのがとても良かったです。


横浜「そうですね。フィクションとあの生々しさとが共存してるところが面白いというか、ちょっとハラハラするというか。私は映画で西川さんのような生々しい人を見るとドキッとするんです。やはり役者の方とはあり様が違うんですよね。いつのまにかそういうドキッとするようなものとフィクションとがいい具合にミックスされた映画になったなと思います」





――リアルということでは、原作でも映画でもシングルマザーの幸子がかつて過酷な労働条件で苦労したことが描かれています。これは実際にもある問題ですし、さらにメイドカフェ勤務の女性が年齢制限で働けなくなったり、その後の貧困などを私自身が聞くこともあります。リサーチなどでそうした問題に直面されたことは?


横浜「私がリサーチに行ったのはシステムも非常にしっかりしていて、20年くらい続けられているベテランの方がいるようなお店だったので、ネガティヴなものは見えにくかったのですが、もう少し幅広いお店を調査したらそうした従業員を守れていないなどの問題点も見えたのかもしれません。職場に、他の道もあるということだったり、世の中がどうなっているかということを具体的に教えてくれる人がいるのは重要だと思います。自分で情報にたどり着ける子は様々な手段を使って生きていくのでしょうが、そうできない人もたくさんいると思うので」


――最後に、本作を経て次はどのような作品を撮りたいと思われますか。


横浜「これまでのオリジナル作品ではただの魂の塊、人間の熱みたいなものを映画にしてみたんですけども、『いとみち』はいかに多くの方にこの映画の中に入ってもらうかというのが目標の一つでしたし、今の社会について考えざるをないモチーフがたくさんあったので、自分なりに社会を見つめたという意味ではいつもより客観的な部分を持って臨んだ映画だと思います。そこを経て、次は再びオリジナルで新たなキャラクターを作って、今の世の中なのか、なにかに対しての怒りなどを直接的に爆発させられるような尖った映画を作りたいと思ったりもします」





text & edit Ryoko Kuwahara



『いとみち』
6月18日(金)青森先行上映 6月25日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
http://www.itomichi.com
出演 : 駒井蓮 豊川悦司
黒川芽以 横田真悠 中島歩 古坂大魔王 ジョナゴールド(りんご娘) 宇野祥平 西川洋子
監督・脚本 : 横浜聡子
原作 : 越谷オサム『いとみち』(新潮文庫刊)
音楽 : 渡邊琢磨
配給 : アークエンタテインメント
上映時間:116分
ⓒ 2011 越谷オサム/新潮社 ©2021「いとみち」製作委員会

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