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text by nao machida

『LAMB/ラム』 ヴァルディミール・ヨハンソン監督/Interview with Valdimar Jóhannsson about “LAMB”




壮大な自然を背景に世にも奇妙な物語が展開し、カンヌ国際映画祭で上映されるやいなや大きな話題を呼んだ衝撃作『LAMB/ラム』が9月23日に全国公開される。舞台はアイスランドの山間部。羊飼いの夫婦イングヴァルとマリアが羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”が誕生する。2人はその“何か”にアダと名付け、自分たちの子どもとして育てることを決意。それは過去に子どもを亡くした夫婦にとって、やっとつかんだ幸せな家族生活だった。しかし、彼らは次第に破滅へと追い込まれていく…。主演は『プロメテウス』、『ミレニアム』シリーズで知られるノオミ・ラパス。本作では製作総指揮も務めた。奇想天外なストーリーは、本作が長編デビューとなるヴァルディミール・ヨハンソン監督と、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)の劇中歌でアカデミー賞にノミネートされた経歴を誇る、作家・詩人のショーンが共同執筆したもの。2人は長い年月を費やして、美しい大自然の中で渦巻く人間の複雑な感情を見事に描いた。日本公開を前に、アイスランド在住のヨハンソン監督にリモート取材を行い、「ホラー映画ではない」という本作の魅力についてうかがった。(→ in English)



――『LAMB/ラム』は奇妙な物語でありながら、人間の感情に深く根付いていて、観終わった後も考えずにはいられませんでした。


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「どうもありがとう! 考えずにはいられないと言ってくださって、とても嬉しいです。僕は観終わってから一週間経っても考えずにはいられないような映画が好きなんです」


――この映画を制作しようと思ったきっかけは?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「最初はスケッチブックを作っていました。映画が撮りたくて、自分が表現したいムードや世界観を探っていたんです。全体的な物語があったわけではなく、断片的な要素だけが浮かんでいて、アダの絵を描いたり、自然の写真や絵をたくさん集めたりしていました。それに、羊飼いも。最初はそうやって雰囲気を探るところから初めて、脚本を書くのには少し時間がかかりました」





――脚本は詩人のショーンと共同執筆したそうですね。完成までに8年も費やしたとのことですが、どのような共同作業だったのでしょうか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「プロデューサーの友人が僕の作ったムードブックを見て、ショーンを紹介してくれたんです。まずは一緒にコーヒーを飲みに行って、ブックを見せました。そこから一緒に作品を手がけることが決まって、かなり長い間、毎週ミーティングをしていました。その頃は、いろんなイメージを使って作業していたんです。気に入った絵や写真があったら、それを使ってシーンを考えました。大自然の中で暮らす羊飼いというイメージに合うシーンを生み出すまでに、かなりの時間を要しましたが、脚本作りはとても良いプロセスでした」 


――『LAMB/ラム』はホラー映画なのかと思っていたのですが、実際に観てみたら違いますね。


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「僕にとってはホラー映画ではありません。どちらかというと、家族のドラマというか…ホラー映画でないことは確かです(笑)」


――日本の昔話にも、子どものいない夫婦が奇妙な場所で赤ちゃんを見つける物語があるのですが、この映画のインスピレーションになったアイスランドの民話などはありますか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「特定の民話に基づいているわけではなくて、アダが出てくる民話もありません。それよりも、いろんな物語の細かい要素をインスピレーションにしているというか。たとえば、クリスマスイブの出来事だったりするのも、その一例です」





――本作はセリフが少なくて、冒頭から誰かが話し始めるまで10分くらいありますよね。すべてを言葉で説明するのではなく、観客が自分で考える余白があるのが心地よかったです。監督は沈黙にどのような意味を見いだしていますか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「すべてを話す必要はないと思うんです。相手のことをよく知っていたら、ボディランゲージや表情で気持ちが読めるものだし、時には沈黙もいいものです。それが自分にとって、どのような意味があるのかはわからないのですが、僕たちがやろうとしたことは、セリフですべてを説明しようとしないことでした。それよりも映像を観ることが重要で、それって国際的な言語のようなものだと思うんですよね」


――よく動物や子どもとは仕事をするなと言いますが、監督は本作で同時に両方と仕事をしたわけですよね。現場はいかがでしたか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「10人の子どもと4頭の子羊に加えて、人形も用意しました。ちょっと変な感じでしたよ(笑)。すべてのシーンは、まずは人形で撮って、それから子どもたち、そして子羊を撮影しました。とても時間がかかりましたが、優秀な動物の世話役や羊飼いがいたので、思ったよりは大変ではありませんでした」


――劇中のマリアとイングヴァルは、自分たちでは説明できないような状況に遭遇します。でも、彼らは自分たちにとって都合の悪いものは見ようとしないんですよね。劇中では自然がまるでもう一人の登場人物のような存在感を放っていて、人間が自然をいかに都合よく扱っているか、そして、気候変動のように、それによって生み出された結果について、思いを巡らせました。


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「そうですね、脚本でも自然を登場人物のように描きました。人間はまるで自分たちが主人であるかのように、好き勝手に自然を扱っています。でも、僕たちに自然を操ることはできません。自然は人間よりも、もっとずっとパワフルなんですよね」





――マリアは子どもを失う辛さを知っているのに、母親からアダを奪ってしまいます。とても難しい役どころですが、ノオミ・ラパスはそれを見事に演じていますね。彼女をマリア役に抜擢した理由は?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「僕たちはかなり早い段階から、この役には彼女がぴったりだとわかっていました。参加が決まってからは、マリアの気持ちやすべてのシーンについて、彼女とたくさん話し合いました。ノオミは物語をとてもよく理解してくれて、マリアのためにたくさんの役作りをしてくれました。一緒にとても良い仕事ができました」


――羊の出産には、本当に立ち会ったのですか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「はい。確かあれは彼女が最初に撮影したシーンでした」


――物語の解釈は観客に委ねられています。これまでに監督が驚くような反応はありましたか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「上映する国によって違うんですよね。信心深い地域では、聖書を思わせる物語だと考える人が多いんです。一つ奇妙だったのは、本作を観て、肉を食べるのをやめた人が多かったことです」





――もうすぐ日本でも公開されますが、今のお気持ちは?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「とても嬉しいです。ただ、本当は日本に行きたかったですね(笑)。というのも、僕はずっと日本に行くことを夢見ていたんです。だからこそ、日本の映画館でこの作品が上映されるのは、とても光栄なことです。ものすごく嬉しいです」


――日本の文化に親しみはありますか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「日本の映画を観るのが大好きです。一番好きなのは『裸の島』(1960)で、素晴らしい作品だと思います。それにもちろん、ジブリの映画もたくさん観てきました。良い作品が多くて、日本の映画は大好きです」


――今後の予定は?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「いくつかアイデアは浮かんでいるのですが、どれが次の作品になるかはまだわかりません。長編映画のためのアイデアを模索していることです。次は『LAMB/ラム』ほど時間がかからないといいのですが(笑)」


――これから『LAMB/ラム』を観る日本の映画ファンに、伝えておきたいことはありますか?


ヴァルディミール・ヨハンソン監督「できるだけ予備知識は入れずに映画館に行ってほしいです。それに、ホラー映画ではないということも知っておくといいかも(笑)。できるだけ情報は入れないで、とにかく観に行ってください。それが最高の映画体験だと思います」




text nao machida



『LAMB/ラム』 
9月23日(金・祝)新宿ピカデリーほか全国公開
公式サイト:https://klockworx-v.com/lamb/
監督:ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本:ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
製作:フレン・クリスティンスドティア、サラ・ナシム
出演:ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン
2021年/アイスランド・スウェーデン・ポーランド/カラー/シネスコ/アイスランド語/字幕翻訳:北村広子/原題:LAMB/106分/R15+
配給: クロックワークス 提供:クロックワークス オディティ・ピクチャーズ 宣伝:スキップ
©︎2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON


【STORY】
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、”アダ”と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした”アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく—。

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