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text by nao machida

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』 ブレット・モーゲン監督来日インタビュー

CANNES, FRANCE – MAY 23: Filmmaker Brett Morgan poses for a portrait during the 75th Cannes Film Festival on May 23, 2022 in Cannes, France. (Photo by Francois Berthier/Contour by Getty Images)




今もなお私たちに影響を与え続ける、現代を代表する伝説的ロックスター、デヴィッド・ボウイ。その計り知れない才能や人生にフォーカスした、デヴィッド・ボウイ財団初の公認ドキュメンタリー『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』が3月24日に全国で公開される。監督は、映画プロデューサー、ロバート・エヴァンスのドキュメンタリー映画『くたばれ!ハリウッド』(2002)や、ニルヴァーナのカート・コバーンのドキュメンタリー映画『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』(2015)などを手がけたブレット・モーゲン。生前のボウイが30年にわたって集めたという膨大なアーカイブ映像へのアクセスを許された監督は、2年の月日を費やしてすべての素材をチェックしたのだとか。その結果、ボウイ自身の語りと貴重な映像の数々で織り成され、まるでボウイの脳内に入り込んだかのような没入感を楽しめる唯一無二の映画が完成した。ここでは日本公開を前に来日した監督にインタビューを行い、既存のドキュメンタリーとはひと味違う本作の見どころや製作秘話を語ってもらった。


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――なぜデヴィッド・ボウイのような伝説的アーティストについての映画を作ろうと思ったのですか?


ブレット・モーゲン監督「2015年にテキサス州オースティンで開催されたサウス・バイ・サウスウェスト(註:音楽・映画・インタラクティブのフェスティバル)で『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』が上映されたとき、同作の記事を書いていた『ローリング・ストーン』誌のデヴィッド・フリックが一緒だったんです。デヴィッドは上映会場から出てくると、『ニルヴァーナのライブは12回ほど観たけど、この映画は観客が得られるライブ体験に最も近いものだね』と言いました。私はそれを聞いて、自分たちがいかに劣悪な環境で音楽を聴いているかを実感したんです。たとえどんなにひどい映画館でも、どの家庭よりも優れた音響システムを備えていることは間違いないでしょう。だとしたら、IMAXの劇場を乗っ取って、人物紹介や事実を並べるようなことはせず、私たちを本当にエンパワーしてくれて、芸術のミステリーの中で泳がせてくれるような音楽体験を作ってみたらどうだろう、と思いつきました。まずはそのアイデアが浮かんで、シリーズの第1弾としてデヴィッド・ボウイの映画を作ろうと考えました」


――映画を通して、まるでボウイの人生の走馬灯を見たような気分になりました。ボウイが自分のストーリーを自ら語るというアイデアも素晴らしかったです。


ブレット・モーゲン監督「ボウイが自らのストーリーをあのような形で語っていたので、映画をどのように構築し、どのようなアイデアに時間を注ぐべきか、そのすべての手がかりを彼から得ることができました。彼自身がストーリーを伝えるというアイデアに、ボウイが興味を持っていたことは知っていたんです。専門家が出てきて真実を定義するような、インタビューで構成されたドキュメンタリーを嫌っていたことはわかっていました」


――監督はボウイの個人的なアーカイブにアクセスすることを許され、2年の月日を費やして、そのすべてに目を通したそうですね。それはどのような経験でしたか? 特に気に入っている映像はありますか?


ブレット・モーゲン監督「特に気に入っている映像があるというよりも、あの経験全体が驚くべきものだったと感じています。デヴィッドは刺激的で、純粋で、存在感があり、学びや情報交換を熱望する人だったわけですから。(制作過程の)どの時点よりも、最後に最もインスピレーションを受けている自分がいて、もう一度最初からやりたいと思ったくらいでした。その経験は映画に映し出されています。彼が『この地球を歩いた誰よりも素晴らしい冒険がしたい』と言ったとき、私はそれを目撃している感覚になりましたし、まるで自分が見守っているような気分でした。そして、彼が『素晴らしい人生だった。ぜひもう一度やりたい』と言ったときも、その姿を見ているような気分になったんです」











――監督は本作の制作中に、健康上の問題にも直面したそうですね。


ブレット・モーゲン「人生を通してがむしゃらに働いてきて、心臓発作を起こしたのです。この映画のために働き過ぎたというわけではなく、実際に発作が起こったのは制作を始めたばかりの頃でした。とはいえ、健康状態が悪化している状態で協力者もいないまま映画に着手するなんて、よたよたと深みにはまっていくようなものですし、無茶な状況を自分で作り出そうとしていたんですよね(笑)。私は何度も道に迷い、かなり深く掘り下げないと出口が見つからないような状況にありました。決してデヴィッドの映像にインスピレーションを見出せなかったわけではなく、それをまとめるのが大変だったんです。妻の視点から7年間の制作期間を振り返ると、それはまるで私が井戸の底から這い上がってこようとする姿を、上から眺めているようなものだったようです。『あなたならできる。大丈夫だから、がんばって』とね(笑)。本当にシーシュポス(註:ギリシャ神話のコリントの王。罪を犯し、岩を山頂まで押し上げるという罰を与えられるが、岩は山頂に着くとすぐに麓に転がり落ちてしまう)のような気分で、完成するまでずっと砂を動かしていたようなものでした」


――アーカイブされた映像を観ていて、驚かされたものはありましたか?


ブレット・モーゲン「すべてが驚きでした。私はミュージックビデオ以外のボウイの映像をあまり観たことがなかったので、アーカイブのすべてが示唆に富んでいました。彼が70年代中頃に制作したビデオはフィルターがかかっていないので、かなり刺激的でしたね。編集前の素材だったので、彼が話している内容も聴こえましたし、彼はたった一人で、自宅で作業していたんです。あれはフィルターのかかっていないメディアへの貴重な窓口でした。ボウイがどのように世界を見つめ、それをどのように歪めていたかを見ることができて、とても興味深かったです」











――本作にはボウイの貴重なインタビュー映像も含まれています。日本はG7の中で唯一、現在も同性婚が認められていない国なのですが、ボウイは50年も前からジェンダーの境界を流動的に捉えていたんですよね。そのようなボウイのレガシーについては、どう思われますか?


ブレット・モーゲン監督「ボウイは死なないのだと思います。ボウイは私たちの中に永遠に生き続ける概念であり、原理であり、構想なのです。デヴィッド・ジョーンズ(註:ボウイの本名)は亡くなりましたが、ボウイは決してデヴィッド・ジョーンズではありませんでした。彼は未来派主義者ではなかったはず。ただ、すでに存在していたけれど、私たちが理解して認識するまでに何十年もかかるような振動や周波数に、敏感な人だったのです。その結果、私たちは今、いろんな意味でボウイの世界に入りつつあるのだと思います。ボウイの歴史をまったく知らない若者がこの映画を体験したら、祖父母の世代の人物ではなく、現代の人物を目にすることになるでしょう。そして、ジェンダーの流動性に関する考え方にしても、新仏教に関する考え方にしても、ボウイの哲学は、私たちが生きている今の世界の現実を反映するように構築されています。ほとんどの哲学や宗教は異なる社会のために作られ、構築されたものです。多くの意味で、彼がこれほどまでに共鳴し、振動し続ける理由の一端は、そこにあるような気がしています」


――本作が公開されたら、IMAXの劇場で観るのが楽しみです。


ブレット・モーゲン監督「絶対にIMAXで観るべき作品です。昨日はロンドンからの機内でも観ることができたのですが、視覚的にはIMAXのスクリーンがなくても大丈夫なんです。でも、音響面では3秒と聴いていられませんでした。音楽は一般的に2チャンネルステレオなので、ほとんどの映画は家庭にある普通のテレビで視聴しても、さほど違いは感じられません。でも、この映画ではすべての音楽を部屋中に広げたんですよね。それこそが劇場でしか体験できない映画を作りたかった理由なんです。サウンドは“聴く”よりも“感じる”べきだと私は考えています。そして、本作では劇場中に振動が伝わるはずです」











――ボウイやカート・コバーン、ローリング・ストーンズなど、監督はこれまで特にアーティストたちを主題にした素晴らしいドキュメンタリーを作られてきました。ドキュメンタリー制作のどのようなところに最もやりがいを感じますか?


ブレット・モーゲン監督「音楽ドキュメンタリーのおかげで、自分が大好きなアーティストたちを深く掘り下げることができて、私はとても恵まれていたのだと思います。それに、ある種の挑戦や目標を持って各作品にアプローチできたことで、自分自身にとって、より満足のいく作業となりました。でも、音楽ドキュメンタリーでは旅をし尽くした気がしているんです。過去2、3年でたくさんの音楽ドキュメンタリーが公開されましたが、それらは音楽ドキュメンタリーではなく、インフォマーシャルです。ブランデッド・コンテンツなんですよね。アーティスト、つまりフィルムメーカーにファイナルカットの権利がないと、ドキュメンタリーではなくコマーシャルになってしまう。そして、最近の作品の99パーセントはコマーシャルであり、アートではありません。将来的に変わっていくかもしれませんが、『ムーンエイジ・デイドリーム』を作り終えた今、私はこのジャンルをどこに向かわせるべきかわかりません。でも、これまでとは違う新しいことに挑戦するのが楽しみです。この空間を後にして、他に何を探求すべきか検証したいと思います」


――いつか『ムーンエイジ・デイドリーム』について振り返ったとき、どんなことが頭に浮かぶと思いますか?


ブレット・モーゲン監督「ボゴタからアンカレッジ、香港からロンドンからメルボルンまで、この映画は世界中で普遍的に受け止められてきました。戦時下にあるウクライナのキエフでも公開したんです。自分の作品がこんなにも遠くまで届けられ、全面的に好評を博したという経験は、今回が初めてでした。そして、現在の世界のように分断された世の中で、文化的背景が違っても同じような考えを持つ多くの人々を結びつけることができるものがあるなんて、私にとっても励みになりますし、感動的なことです。それはボウイ自身や、私たちの文化が生み出すノイズを打ち破ることができる彼の能力へのトリビュートです。いつか私が思い出すのは、オープニングの週末でしょう。本作は40ヶ国で同時公開されたのですが、SNSのコメントを読んでいたら世界中で多くの人が同じような体験をしていて、ただただ感動しました」





Text nao machida



『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
3月24日(金)IMAX®️ / Dolby Atmos 同時公開
https://dbmd.jp
監督・脚本・編集・製作:ブレット・モーゲン『くたばれ!ハリウッド』『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』
音楽:トニー・ヴィスコンティ(デヴィッド・ボウイ、T・REX、THE YELLOW MONKEYなど)
音響:ポール・マッセイ『ボヘミアン・ラプソディ』『007 ノータイム・トゥ・ダイ』
出演:デヴィッド・ボウイ
2022年/ドイツ・アメリカ/カラー/スコープサイズ/英語/原題:MOONAGE DAYDREAM/135分/字幕:石田泰子/字幕監修
:大鷹俊一
配給:パルコ ユニバーサル映画  
ⓒ2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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