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text by nao machida

『ザ・ホエール』 主演ブレンダン・フレイザー来日インタビュー/Interview with Brendan Fraser on “The Whale”




『レスラー』(2008)や『ブラック・スワン』(2010)の鬼才ダーレン・アロノフスキー監督による新作で、ブレンダン・フレイザーの復帰作としても話題の映画『ザ・ホエール』が全国で公開中。劇作家サミュエル・D・ハンターの同名の戯曲を映像化した本作の主人公は、心に深い傷を負い、現実逃避するように過食を繰り返してきた孤独な男、チャーリー。映画はアパートの一室で展開し、自分の死期が近づいていることを悟った彼が、疎遠だった10代の娘との絆を取り戻そうとする最期の5日間を描く。

『ハムナプトラ』シリーズなどでハリウッドのトップスターに上り詰めながらも、心身のバランスを崩して表舞台から遠ざかっていたフレイザーは、特殊メイクを施し、45キロのボディスーツを着用して、体重272キロのチャーリーを見事に体現した。その渾身の演技は高く評価されており、第95回アカデミー賞で主演男優賞を受賞したことも記憶に新しい。チャーリーの親友リズ役でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたホン・チャウや、娘のエリー役を演じた『ストレンジャー・シングス』のマックス役でおなじみのセイディ・シンクら、脇を固めるキャストにも注目だ。ここでは、映画の日本公開に合わせて15年ぶりの来日を果たしたフレイザーにインタビューを行い、作品に込めた想いを語ってもらった。


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――日本におかえりなさい!


ブレンダン・フレイザー「ちょっと久しぶりですね。たったの15年だけど(笑)」


――久々の日本はいかがですか? ファンは来日をとても喜んでいます。


ブレンダン・フレイザー「本当にうれしいです。ありがとう」


――まずはアカデミー賞主演男優賞の受賞、おめでとうございます。今年の授賞式はとても感動しました。あなたはもちろん、キー・ホイ・クァンさん(助演男優賞/『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)や、ミシェル・ヨーさん(主演女優賞/同)など、皆さんの受賞を本当にうれしく思いました。 授賞式では、同窓会のような気分になったのではないですか?


ブレンダン・フレイザー「そうですね。ミシェルと再会できてうれしかったです。彼女は『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008)での共演をきっかけに仲良くなった、良い友人なのです。それに、キーとの再会も非常に特別なものでした。彼とは『原始のマン』(1992)で共演したのですが、30年ぶりに会えたことが本当にうれしくて、『僕らがまだここにいるなんて、びっくりだね!』と話しました。彼はとにかく、こちらまでつい笑顔になってしまうような人なんです。ぜひいつか会ってほしいですね」








――『ザ・ホエール』は本当に素晴らしい作品で、心を揺さぶられました。どのような経緯でこの作品に参加することになったのですか?


ブレンダン・フレイザー「ダーレン(・アロノフスキー監督)から連絡をもらったとき、巷の噂では、彼が体重に相当の問題を抱えた男の役を演じる俳優を探しているとのことでした。その男は長年にわたって、過食を繰り返すことによって自傷しており、一人暮らしをしている。家庭の事情で娘と疎遠になったことを後悔しており、和解したいと思っている。僕が知っていたのは、ほぼそれだけでした。脚本にも目を通していなかったのです。わずかな情報しかないままダーレンと会ったので、クリエイティブな意味でかなりの脅威を感じました。ダーレンは非常に手強いフィルムメーカーですし、僕は『π』(1998)の頃から彼を称賛してきたので、自分はクールではないし、スマートでもないし、ヒップでもないし…と不安だったんです。でも、もちろん彼は紳士でしたし、同時に少しオタクっぽいこともわかりました(笑)。本当に素晴らしい人で、映画に関する膨大な知識の持ち主なんです。監督として、彼は最高峰の一人です。とても才能豊かな方々とコラボレーションしている監督なので、自分がそこに入れてもらえるのは明らかに名誉なことでした。とはいえ、新型コロナウイルスが発生したおかげで、僕はしばらくの間、役がもらえたかどうかわからなかったんだけどね」 


――チャーリー役に決まったことは、いつ頃わかったのですか?


ブレンダン・フレイザー「(2020年)11月のある朝、ダーレンからメールが届いて、あるドキュメンタリーを観るようリンクが送られてきました。それからすぐに文学作品だとか、いわゆる研究資料が送られてきて。『何これ? 雇われたということ?』と聞いたら、『雇われたんだよ! さあ仕事を始めて!』と言われました。ダーレンは冒頭の社交辞令をすっ飛ばして、ど真ん中から会話を始めるタイプの人なんです(笑)」


――監督はチャーリー役に相応しい俳優を探すために、10年も費やしたそうですね。


ブレンダン・フレイザー「もともと『ザ・ホエール』は、オフブロードウェイの舞台演劇だったんです。ダーレンはそれを2012年に観て、サム・ハンター(脚本のサミュエル・D・ハンター)からオプション権を獲得し、彼と一緒に映画化の企画を始めたとのことでした。ダーレンいわく、その10年間にチャーリー役の俳優を探していたそうです。彼は自分の条件に合うすべての役者を検討したらしいのですが、求めていたような人は見つからなかったのだとか。物語のハッピーエンドに名乗りを上げるのもなんだけど、僕に出会うまでは(笑)」








――チャーリーはいろんな意味で難しい役ですが、どのように役作りしたのですか?


ブレンダン・フレイザー「この人物をどうやって作り上げていくのか、ダーレンは僕に包み隠さず話してくれました。そのためには変身するための特殊メイクが必要で、『(特殊メイクは)不快だろうし、とても重いものになるだろう。一日中、何時間も着用してもらうことになる』と言われたんです。実際にメイクを施すには3時間半〜4時間かかり、(ボディスーツを)脱ぐのに1時間ほどかかりました。そういったことがチャーリーを演じるための条件で、僕はそのすべてに賛同しました。自分にとって、それは出勤命令に過ぎなかったのです。僕はものづくりが大好きだし、メイクアップも、衣装も、クリエイティブな人たちも大好きなので。チャーリーを作り上げるには、一人の力では足りず、多くの人の力が必要なんです。僕の仕事はできる限り誠実に、そして正直に、この役に力を注ぐことでした」


――チャーリーは非常につらい状況に置かれていますが、とてもチャーミングで愛すべき人ですよね。


ブレンダン・フレイザー「ちょっとスピリチュアルっぽく聞こえてしまうかもしれないけれど(笑)、チャーリーは友だちでした。脚本を読んだとき、この人のこと知ってる、と思ったんです。彼は教育者や友人、監督など、僕がこれまでに出会った助言者たちの複合体、あるいは融合体のような人物です。誰もが共感できるキャラクターだし、みんな必ずチャーリーのような人を知っているはず。世の中の多くを敵に回しているにもかかわらず、絶望的に楽観的な人なんです。でも、彼は他の人のことを気にかけている。さらに彼には秘密のスーパーパワーがあって、人の良いところを引き出すことができるんです。悲劇的なことに、自分のためにはそれができないんだけどね。でも、そこにサム・ハンターのごく小さな奇想が表れているんです」 







――この物語は彼の実体験に基づいているそうですね。


ブレンダン・フレイザー「サムの代わりに答えることはできないけれど、宗教についても、肥満の問題についても、彼の話はしっかりとした知識に基づいていました。彼にはアイダホ州の小さな町での暮らしが、どんなものなのかわかっていたのです。そういったすべての知識が、この映画に確実に影響を与えました」

――彼がチャーリー役の俳優に求めていたこだわりはありましたか?


ブレンダン・フレイザー「これは後から知ったのですが、何百回も上演された舞台でチャーリーを演じた俳優たちは、役に対するアプローチが違ったそうです。舞台のための演技だったからかもしれないですが、サムがずっと求めていたのに得られなかったことがあって、それはエンパシーや人間性を使って演じることだったのだとか。僕より前にチャーリーを演じた俳優たちは、この役を演じるための出発点として怒りや敵意を用いていたそうですが、それは僕には思いもよらなかったことです。僕はチャーリーが娘を愛し、手遅れになるまで娘と和解する方法を見出せない男で、それこそが、この物語の悲劇が持つ美しさだと考えていました」


――脚本では、チャーリーはどのように表現されていたのですか?


ブレンダン・フレイザー「サムは常にチャーリーというキャラクターについて、”暗い海の中の灯台“と表現していました。アパートが暗い海でチャーリーが灯台というわけですが、それは最後の一瞬だけなんですよね。撮影技術の観点からすると、本作を最初から最後まで早送りしたら、暗闇から完全に明るくなることがわかるはず。これは映画におけるトリックで、空白の真っ白いスクリーンが観客を包み込み、急にお互いの姿が見えてくるわけです。それは感動的なクライマックスに重要な効果をもたらし、観客は一体となってカタルシスを感じます。僕がこれまで一緒に観てきた観客は、冷酷な心の持ち主でもない限り、ほとんどの人が感動していました。日本の試写室での反応はどうでしたか?本当のところ、観客はこの映画にどのような反応をしていたんだろう?」








――私が観たときは、最後のシーンでみんな感動していました。


ブレンダン・フレイザー「それはなぜなんだろう? 全米でも、カナダでも、イングランドでも、僕たちが訪れたあらゆる場所で、観客は同じ反応をしていました。僕はいまだに、この映画の何がそうさせるのか理解しようとしているんです」


――とても普遍的な作品ですから。どんな文化で育った人であろうと、私たちの誰もがこの作品の持つ感情を共有しているのだと思います。


ブレンダン・フレイザー「きっとそういうことなんだろうね。僕には答えがわからなくて、だから君に聞いてみたんです(笑)。僕はどうしてもその答えを見つけたい。もしかしたら見つからないかもしれないけれど、僕の人生では、この映画が人々のために生き続けてくれることを願っています」


――すでに多くのことを成し遂げてきたと思いますが、今後は俳優としてどのように進化したいですか?


ブレンダン・フレイザー「自分が本当に大切に思える仕事がしたいと思っています。僕は『ザ・ホエール』を大切に思っているんです。決して過去の作品を大切に思っていなかったわけではないのですが、この作品は特別なんです。今後は有意義で永続的なことをするために、題材とのつながりを持つことが重要だと考えています。そして運が良ければ、人々の中に変化を生み出すことができるかもしれません。映画を観に来る誰もが興味を持ってくれるわけではありませんから。彼らは作品について聞いたことがあるかもしれないけれど、あの肥満症の男の話か、という程度で。僕らの住む世界では、人はいとも簡単に人を見捨てるんです」


――悲しいことに。


ブレンダン・フレイザー「悲しいことに。でも、これは苦労して勝ち取った希望についての物語です。そして、これはまさに、『ザ・ホエール』(白鯨)というタイトルが軽蔑的な冗談だと考えている人たちのための映画なんです。なぜなら、映画を観る前と後で感じ方が変わらないと言われたことは、まだ一度もないから。人々の心には確かに変化が生じていました。また、Obesity Action Coalition(註:肥満症と戦う人たちとその身近な人たちを支える非営利団体)のアドバイザー陣からは、この映画は人の命を救うことになるだろうと言われました。この作品とチャーリーという人物は、きっと誰かの命を救うはずです」


――日本でも同じことが起こるといいなと思います。そして、この作品をきっかけにたくさんの会話が生まれることを願っています。


ブレンダン・フレイザー「心が温かくなります。そう言っていただけて、とてもうれしいです。ありがとう」


――素晴らしい作品を共有してくださって、本当にありがとうございます。今後もたくさんの映画でご活躍する姿が見られたらうれしいです。


ブレンダン・フレイザー「僕はどこにも行かないよ! これまで十分に長い間離れていたし、もう戻ってきたんだ。そんなに簡単に僕を追い出すことはできないよ(笑)」


text nao machida



『ザ・ホエール』
TOHO シネマズ シャンテ他にて全国公開中
whale-movie.jp
監督:ダーレン・アロノフスキー(『ブラック・スワン』『レスラー』)/原案・脚本:サミュエル・D・ハンター キャスト:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ/2022年/アメリカ/英語/117分/カラー/5.1ch/スタンダード/原題:The Whale/字幕翻訳:松浦美奈 PG12/© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved./

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