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text by nao machida
photo by Marisa Suda

『枯れ葉』 アルマ・ポウスティ来日インタビュー/Interview with Alma Pöysti about “Fallen Leaves”




2017年に突如引退を宣言して世界中のファンを悲しませた、フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキが帰ってきた。「無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさした」という監督が再びメガフォンを執って制作した新作『枯れ葉』は、ヘルシンキで暮らす孤独な男女のラブストーリー。理不尽に解雇され追い詰められたアンサと、酒に溺れながら工場で働いているホラッパが、互いの名前も知らずに惹かれ合うところから始まる。カウリスマキ作品ならではのノスタルジックな風景や独特のユーモアは健在で、随所に映画愛が散りばめられ、厳しい現実の中でも喜びや誇りを失わずに生きる労働者たちの日常と、そこで生まれた静かな恋の物語が描かれている。ここでは、12月15日の日本公開を前に初来日を果たしたアンサ役のアルマ・ポウスティ(『TOVE/トーベ』)に、映画の製作秘話やカウリスマキとの現場について聞いた。


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――日本へようこそ!アキ・カウリスマキ監督の映画が再び観られるとは思っていなかったので、『枯れ葉』はうれしいサプライズでした。監督からはどのようにオファーされたのですか?


アルマ・ポウスティ「ありがとう! アキ自身も含む、みんなにとってサプライズだったと思います(笑)。再び映画を作ろうというインスピレーションを得たみたいです。ある日、電話がかかってきて、『アキ・カウリスマキがあなたに会いたがっています。来ていただけますか?』と言われました。とても非現実的な出来事でしたし、そんなことが自分の身に起こるとは考えたこともありませんでした。そしてランチに行くと、彼が本当にいたんです! 私はずっとアキの映画を観て育ちましたし、ヘルシンキにある彼のバーや映画館に行ったこともあります。ずっと身近な存在だったのですが、会ったことはありませんでした。本作で共演したユッシ・ヴァタネンも一緒にランチに行ったのですが、犬や森や政治の話をして、映画のことは話さなかったんです。あの時点では、全員ちょっとシャイだったのかも(笑)。でも、最後の方になって、彼から本作の構想とメインテーマについて話があり、出演しないかと聞かれました。それもまた、非現実的な出来事でした」

――最初にそう言われたときは、どう思いましたか?


アルマ・ポウスティ「本当に信じられないと思いました。そしてもちろん、イエスと答えました。それから一年後に脚本をいただいたのですが、とても美しい物語でした。アキは口数が少ない人なので、とても短い脚本でした(笑)」


――少ない言葉を通して多くを語る監督ですよね。


アルマ・ポウスティ「その通りです。正しい言葉なんですよね。まるで詩を読んでいるみたいでした。彼の文章はとても素晴らしくて、正確で、面白いと同時に感動的なんです。すべては脚本に書かれていて、とても感心したし、心を奪われました。それから数ヶ月後に撮影が始まりました」

――監督は長年にわたって同じクルーと仕事をしているそうですが、カウリスマキ組での撮影はいかがでしたか?


アルマ・ポウスティ「とても学びの多い現場で、私たちを往年の映画制作の旅へと連れて行ってくれました。本作は35mmフィルムで撮影されているんです。彼らには独自のルールがあり、現場での集中力は驚異的でした。そして、できればワンテイクで撮りたいというアキの希望により、ほとんどすべてのシーンがワンテイクで撮影されました。ユッシも私も複数のデジタルカメラで何度もテイクを重ねることに慣れていたので、最初は怖かったです。カメラが回ったら、照明も小道具も何もかも上手くいかないといけないわけですから。


でも、実際にその瞬間が捉えられると、それがいかに美しいアイデアなのか理解できるんです。カメラが映し出すのは、最初で唯一の瞬間です。演技を繰り返すと、途端にちょっとした嘘が生じてしまうんですよね。本作で用いられたありのままの正直な手法から得られる美しさは、とても貴重なものでした」





――監督の作品は独特な静寂も魅力的ですが、ユーモアのセンスも素晴らしいですよね。実際にはどんな人なのですか?


アルマ・ポウスティ「アキはとても面白いんです。私たちは“一発ギャグの先生”と呼んでいます(笑)。もちろん、現場では集中していて厳しい表情も見せますが、この上なく温かい、優しい心の持ち主です。本当に素晴らしい人なんです。現場の集中力はとても高いですし、クルーは長年一緒に仕事をしているので話す必要すらない。でも、誰かがジョークを飛ばすとみんなが爆笑して、それから再び集中モードに戻るんです(笑)。まさに“アキランディア”、つまり、アキのワンダーランドでした」


――撮影前にはどのように役作りをしましたか? アンサという人物について、監督とは何かお話しされましたか?


アルマ・ポウスティ「実はすべて脚本に書かれていたので、話すべきことは何もありませんでした。アキは私を信用してくれましたし、私もアキを信用していました。アキ・カウリスマキ監督ですから、当然ですよね(笑)。でも、『リハーサルはしないように』と言われたんです。一緒でも一人でもリハーサルは禁止。台詞は覚えてほしいけど、準備には時間をかけすぎないように、と」


――難しい注文ですね。


アルマ・ポウスティ「それに加えてワンテイクなわけですから、恐怖ですよ(笑)。私はオタク気質で何かをせずにはいられなかったので、彼の作品をすべて見直すことにしました。そして、アンサは過去の作品に登場した誰かの遠い親戚なのかも、と感じたのです。今では20作にも上る、彼がこれまでに手がけてきた壮大な作品群において、私も小さな繋がりの一つなのかもしれない、と思いました。他の人がやったことを真似したりはせず、自分自身の演技をする必要がありましたが、そこには何か繋がりがあるべきだと思ったんです。それが私にできる最低限の準備でした。


あとは感覚をつかむために、バーで少しだけ働きました。アンサにとって大切な場所だと思ったので、劇中で彼女が働いていた工場やスーパーにも足を運びました。仕事を自分の中に取り入れて、どうにか自然にこなせるようにしておきたかったんです。『リハーサル禁止』と言われた私が仕掛けた小さなトリックです(笑)」


――監督が描いてきた世界の一部になろうとしたというお話は、大変興味深いです。劇中では過去の作品の登場人物が出てくるシーンがあって、作品間の繋がりを感じましたし、「あの人、元気だったんだ」と驚きました。


アルマ・ポウスティ「その通りです! 気づいてくれて、すごくうれしいです(笑)」




――冒頭では60年代くらいの物語なのかなと思ったのですが、アンサの部屋のラジオからロシアによるウクライナ侵攻に関するニュースが流れてきて、これは現代の物語なんだ、と気づかされました。特に世界がこのような状況に置かれた今、エンパシーと人間味に満ちた映画を観ることに大きな意味があると感じたのですが、この物語をどのように受け止めましたか?


アルマ・ポウスティ「私も同感です。本作は皮肉や搾取に対する対抗勢力として、思いやりを示唆しているんだと思います。そして、さまざまな形でお互いを思いやる方法を伝えています。それに、ラブストーリーは今、私たちが本当に必要としているものであり、私たちはそれを現実の生活にも持ち込む必要があります。なぜなら、現実世界こそが、ラブストーリーが本当に必要とされている場所だからです。また、この映画には連帯感があり、大きなインスピレーションを与えてくれます。私たちは自分のことだけを考えるのではなく、お互いをもっと大切にする必要があるんです」


――これまでに観た中で一番シャイなラブストーリーかもしれません。とても長い沈黙が流れる、アンサとホラッパの出会いのシーンが印象的でした。


アルマ・ポウスティ「おっしゃる通り、本作は私がこれまでに出演した中でも一番シャイなラブストーリーです(笑)。可笑しかったのですが、アキからは、『頬へのキスが一回、握手が一回、それに、おでこへのキスが一回。つまり、情熱が詰まっているんだ!』と言われました。出会いのシーンは私のお気に入りの一つなのですが、まさかあんなに長いシーンになるとは! とてもロマンティックなようでいて、シュガーというよりもビネガーというか。独特な世界観で、残酷で正直でつらくて、そして同時に、完全に人間的なんです。だからこそ、私たちはアキのことを信じられるのかもしれません」


――また、本作にはたくさんの映画愛も詰まっています。『デッド・ドント・ダイ』を観に行くシーンは笑ってしまいましたが、なぜあの映画だったのでしょうか?


アルマ・ポウスティ「よくわからないのですが、最初から脚本に書かれていたんです(笑)。ジム・ジャームッシュ監督とアキは、長きにわたってお互いに目配せしてきました。彼らは映画を通した特別な美しい友情で結ばれています。また、アキは本作を通して、映画の神々にオマージュを捧げているようです。とても美しいことですよね」


――もう一度観て、細かいところまでチェックしたくなりました。


アルマ・ポウスティ「私も何度か観たのですが、観るたびに新しい発見があるんです。とてもシンプルな物語ですが、多層的なんですよね。エリート主義ではないところもいいなと思います。映画によっては出典を知らないと意味がわからないような、ちょっとスノッブな作品もあるけれど、アキはみんなを歓迎してくれます。隠されたものを発見できたら楽しいし、もしわからなくても世界の終わりではない。彼は寛大なフィルムメーカーなんです」


――現場でも映画の話はしたのですか?


アルマ・ポウスティ「アキは常に映画について話しているんです(笑)。映画や文学、音楽をいつもフォローしていて、懐かしむだけでなく、最近の動向もチェックしています。彼の映画への情熱は古臭いものではないんです」


――これまでの作品と同様、本作でも音楽が重要な役割を果たしています。特にバーで演奏していた2人組のガールズバンドが気になりました。


アルマ・ポウスティ「彼女たちはマウステテュトットといって、実在のバンドなんです。素晴らしいんですよ! 2人は姉妹で、自分たちで曲を書いています。フィンランドで大人気なのですが、本作をきっかけに今では海外でもライブをしています。バンド名の“マウステテュトット”は、フィンランド語で“スパイスガールズ”という意味。彼女たちは私たちが知らぬ間に必要としていた、悲しみと落ち込みという2つのスパイスだったわけです(笑)。最高のバンド名ですよね!」


――なぜ彼女たちは本作に出演することになったのですか?


アルマ・ポウスティ「アキが彼女たちの音楽を聴いていたんです。彼は本当にチェックしているんです」





――そして、監督の作品といえば犬が欠かせませんが、本作にもとてもかわいい犬が出演しています。彼女の本名はアルマというそうですね。 


アルマ・ポウスティ「私と同じ名前なんです、運命ですよね。彼女は非常にプロフェッショナルで、本作がデビュー作なのですが、その才能やリズム感、そして、撮影中に自ら下す力強い決断などに感心しました(笑)。監督の愛犬だから、なんでも許されるんです。彼女は野良犬だったそうですが、ポルトガルで監督に拾われたそうです」


――本作はカンヌ国際映画祭で審査員賞に輝きました。カンヌはいかがでしたか?


アルマ・ポウスティ「カンヌでの上映は衝撃的でした。とても大きな劇場だったのですが、急にとても親密に感じたのです。人々はアキが復帰を果たし、作品と一緒にカンヌに戻って来たことを非常に喜んでいました。とても力強く美しい瞬間で、あまりにパワフルだったので、ユッシと私はしばらく震えが止まりませんでした」


――観客の反応はいかがでしたか?


アルマ・ポウスティ「素晴らしかったです。みんな泣いたり笑ったり、本当に感動していました。その後、世界中で同じような反応が得られたんです。たとえ出自や言語が違っても、観客と作品を繋ぐことができるアキの才能は特別なものです。観客はユーモアや感情や孤独を受け取って、登場人物と繋がることができるのですから。それは本当に難しいことで、彼はまさに巨匠なのです」


――監督との仕事を通して学んだ最も印象的なことは?


アルマ・ポウスティ「本作では、少ない方が豊かだということについて多くを学びました。そして時には、物語を伝えるために必要なものがいかに少ないかということも。今はどれだけピュアな演技ができるかにとても興味があるんです。どれだけレイヤーを取り去り、カメラに演技を見せることができるか。それはアキから学んだ特別なことだと思います。


他にも、この作品から得たものはたくさんあります。いかにアキが映画を大切にしているか。いかに一本の映画が重要な意味を持つことができるか。映画は人に希望を与えることができます。81分間、暖かい場所で過ごすことができて、映画を観ることで変わることだってできる。そのことを彼は強く証明しているんです。だから、私はそれを体験できたことに感謝しているし、幸せに思っています」


Photography Marisa Suda(https://www.instagram.com/marisatakesokphotos/
Text nao machida



『枯れ葉』
12月15日(金)よりユーロスペースほか全国ロードショー
公式サイト:kareha-movie.com
監督・脚本:アキ・カウリスマキ/撮影:ティモ・サルミネン 出演:アルマ・ポウスティ(『TOVE/トーベ』)、ユッシ・ヴァタネン(『アンノウン・ソルジャー 英雄な き戦場』)、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ
2023 年/フィンランド・ドイツ/81 分/1.85:1/ドルビー・デジタル 5.1ch/DCP/フィンランド語 原題『KUOLLEET LEHDET』/英語題『FALLEN LEAVES』
配給: ユーロスペース 提供: ユーロスペース、キングレコード 後援:フィンランド大使館



アルマ・ポウスティ Alma Pöysti 
1981年生まれ。2007年にヘルシンキ大学シアター・アカデミーで修士号を取得。
以降、北欧諸国の多くの有名な舞台に立つほか映像作品にも出演し幅広い活動を続けてきた。
2020年『TOVE/トーべ』(ザイダ・バリルート監督)で主演を演じ映画俳優としてブレイク、この役でフィンランドのアカデミー賞にあたるユッシ賞で主演女優賞を獲得する。
TVドラマ「Helsinki Crimes」、「Blackwater」や2023年ヨーテボリ映画祭で主演女優賞を受賞した映画『4人の小さな大人たち』など数々の北欧の映画やTVドラマに出演。
今後の出演作としてファレス・ファレス監督『f1日半』(主演/Netfilxで配信中)、ピルヨ・ホンカサロ監督『Oreda』が控えている。
本作での演技が高く評価され、ヨーロッパのアカデミー賞と言われるヨーロッパ映画賞主演女優賞、第81回ゴールデングローブにてミュージカル・コメディ部門の主演女優賞にノミネートされた。

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