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text by Junnosuke Amai

「時々、歌はあなたが認識していなかった痛みを気付かせるような気がします。しかし、それは悪いことではないと思います。知ったら治すことができるのですから」エンジェル・オルセン『Whole New Mess』インタビュー/Interview with Angel Olsen about “Whole New Mess”




アメリカのイリノイ州シカゴを拠点に活動するシンガー・ソングライター、エンジェル・オルセンの最新アルバム『Whole New Mess』がリリースされた。『Whole New Mess』は、昨年リリースされ高い評価を受けたアルバム『All Mirrors』のオリジナル・レコーディングで構成された作品になる。ただし、これはいわゆる習作的なデモ音源集とはまったく似て非なる作品であることを留意されたい。かたやオーケストラルなアレンジで華美に飾られた『All Mirrors』に対し、古い教会でギターと数本のマイクのみで録音された『Whole New Mess』の楽曲は、親密だが真に迫るような力強さで聴き手に――悲しみと喪失について――訴えかけてくる。「今、私たちは私たちの生活の中で、そしてお互いに、気にかけているすべてのものを本当にちゃんと見ておく必要があります」。以下のオルセンの口ぶりからは、『Whole New Mess』並びに『All Mirrors』の制作が彼女にとって大きな気づきをもたらす経験であったことが窺える。(→ in English)



ーーまずは今回の『Whole New Mess』について伺う前に、昨年リリースされた『All Mirrors』の話を聞かせてください。両アルバムはその制作の経緯からして、双子の関係にあるような繋がりの深い作品同士といえます。


Angel Olsen「私にとって、『All Mirrors』と『Whole New Mess』は、互いに平行しているような作品たち。それらは友人やパートナーのような人たちとの対峙、ロマンチックなこととビジネス、怒りと失望を歌に注ぎ込む方法を見つけたことについて語られています。私は自分の生活に他者が存在しないような感じで動き続けていましたが、人々との関係にも熱心に取り組んできて、今は共に以前よりずっと良い状態になっています。ですから、そのようなことをたくさん語ることができて本当に良かった。手遅れになる前に、自己認識をして境界線を作ることが私にとっては大切なんです」


ーー『All Mirrors』はそれまでのあなたのディスコグラフィを通じて、サウンド面でもっとも冒険的で野心的で、パワフルなレコードだったと思います。改めて、あの大胆な変化をもたらしたインスピレーションはどこから生まれたものだったのでしょうか。


Angel Olsen「失望から生まれました(笑)。私にインスピレーションを与え、失望させたものから生まれたのです。そして人としての自分自身から。最初に『Whole New Mess』をレコーディングしました。そのレコードを作った時、私はとても悲しかったし、まだたくさんの失望感を抱いていました。だから私はある種のことをやる必要があったのです。当時、他の3人のコラボレーターとそれを共有して、自分の心を守るためにも彼らに曲の作業をすることを委ねました。そして正直なところ、そうやって曲を追加し、曲から離れることで『All Mirrors』を作ることができました。より脆いやり方ですが。私は曲たちにとても感情的に寄り添っていたので、演奏してレコーディングするのは非常に困難でした」




ーー今回の『Whole New Mess』については、『All Mirrors』のデモ音源集と理解、いや誤解しているひとも少なくないかもしれません。リリースにあたって考えていたのはどんなことでしたか。


Angel Olsen「私は、音がどこから始まり、人々と共有したときにどのように変化するかを示したかったのです。言葉の文脈も、音楽やトーンが異なると変化します。それは私にとっての実験であり、聴く人々にも同じ実験をしてもらいたかったのです」


ーー『Whole New Mess』には『All Mirrors』の原型となった楽曲が収録されているわけですが、あなたのいう通り、しかしふたつのアルバムは単純に時系列で並べたり比較される作品ではなく、それぞれの楽曲によって聴き手が喚起される感情や景色はまったく異なるものだと思います。実際のところ、『Whole New Mess』と『All Mirrors』はあなたの中でどのような関係にある作品といえるのでしょうか。


Angel Olsen「片方はより脆弱な見地に立ったもので、もうひとつは興奮状態にあるシアトリカルな見地に立ったもの。 最初に録られた『Whole New Mess』は悲しみと喪失についてでした。『All Mirrors』は、実際には分け与えてはいないものを分け与えたと捉えることに対しての怒りと、一種の躁病的アプローチに関するものです」


ーー例えば、『All Mirrors』では“Too Easy”だった楽曲が“Too Easy (Bigger Than Us)”、“Tonight”は“Tonight (Without You)”、“Chance”は“Chance (Forever Love)”と今回の収録にあたってタイトルが変えられていますが、これはどのようにして決めていったのでしょうか。


Angel Olsen「パブリッシングの理由だけでなく、曲がさまざまな異なるものを表しているためです。より脆く骨っぽかったので、異なるタイトルにした方がいいと感じました」





ーー今回の楽曲は「太平洋岸北西部にある100年の歴史を持つ古い教会」で録音されたそうですが、どんな場所なのか教えてください。そこを選んだ理由、また録音中のエピソードなどあれば。


Angel Olsen「私は『Burn Your Fire for No Witness』(2014年)を書く前、2011年か2012年に女性の執筆家のためのレジデンシーでシアトル郊外のウィッビー島でしばらく過ごしました。それらのトラックの共同プロデューサーとなるマイケル・ハリスと一緒に場所を探していたのですが、彼からフィル・エルヴラムがマイクロフォンズのレコードの多くをレコーディングしたという場所に行くことを提案されたのです。私はフィルの連絡先を持っていたので彼にメッセージを送ったところ、彼はすぐに私に電話をくれました。『私はもう関わっていませんが、価値があるかどうか見てみたら良いと思いますよ。何を探しているのかはわかりませんがね』と」


ーーへえ。


Angel Olsen「私は素晴らしい機材を備えたスタジオのようなものではなく、多くも必要なく、ただスペースが必要なだけだったのでそこに行ってみました。11日か12日間はいたんじゃないでしょうか。ちょうどハロウィーンの頃でした。そこには幽霊が出ると思っていたのですが、実は私の幽霊だったのかもしれません。たくさんの想いを持ってきたから(笑)。私たちは犬を飼っていたエンジニアのニックと本当に仲良くなり、犬ともたくさん遊びました。ファーマーズマーケットに歩いて行き、毎日カフェに行き、とても綺麗で霧がかかっている森の中にも分け入りました。小さな町の空間です」


ーー資料には「ギターとマイク数本のみでレコーディングされた」とありますが、今回の『Whole New Mess』を聴いて、『Half Way Home』や『Burn Your Fire for No Witness』といった弾き語りをメインに制作された初期の頃のあなたの作品を思い出しました。あなた自身、過去の自分の作品を改めて聴きかえしたくなるようなことはありますか。


Angel Olsen「このライヴ・ストリームをやっているので最近は聴いていますね。しかし、この時点ではもはや他の誰かをカバーするようなものです。ライティングも大きく変わりましたから。それと今回に関しては、何よりも『Whole New Mess』に『Strange Cacti』(※2010年に発表されたデビューEP)を反映させたかったのです。それは間違いなくこのレコードの音のリファレンスだったので。自分の古い曲を聴くのが不快な場合もありますし、私が行ったような音のチョイスではほとんどが不快になるのですが、今回は全く気になりませんでした。ギターの音色や何かそういうもので、私が誰であるか、そしてどれだけ成長したかを知ることができます」





ーー“成長”とは確かにいわれた通りで、かたや初期の作品と明確に異なるのは、あなたの歌声だと思います。それこそ『All Mirrors』においてはオペラにも喩えられるようなスケール感と力強さに圧倒されましたが、自身のボーカリゼーションの変化について意識している部分だったり、新たな気づきなどありましたら教えてください。


Angel Olsen「私が生きる人生と物事は私の声を変えます。つまり、人生はあなたの声を変えるのです。それは『My Woman』(2016年)から始まりました。 私はディスコ、ロックンロール、ギター・ソロ、ジャズなど様々なことにトライしようとし、実際にやりました。その時は人とコラボレーションすることが多かったので、そのようにレコードを作り、ソロ作品ではやったことのない方法で声を出しました。そのために、自分の異なる声にフィーチャーしたアルバムを作りたいと思ったのです。そこから、自分にとって最も快適な声と最も役立つ声を見つけました。今は自分のヴォーカルに満足していますが、いつまた変わるかはわかりません」


ーーアルバム・タイトルの「Whole New Mess」は楽曲の題名でもありますが、このフレーズが選ばれた理由、またこのフレーズにはどんな意味が込められているのか教えていただけますか。


Angel Olsen「両方のレコードについてのちょっとした“免責事項”という意味合いです。私はセルフ・プロモーション、つまり人生で学んだことを取り入れ、混乱と歌を整理して人々に届けることのサイクルを繰り返していますし、そうしていたい。このタイトルは『悲しい歌として聴くこともできるけど画期的な曲だと考えるべき』と伝えているのです」


ーー“Chance (Forever Love)”の「I wish I could un-see some things that gave me life/I wish I could un-know some things that told me so」というラインが印象的です。この曲はどのような着想から生まれた曲なのでしょうか。


Angel Olsen「それは将来のパートナーと過去のパートナーの一部に対して責任を手放すことです。『私はすべてを必要としないし、永遠には信じない。でも、なぜ今やらない? 今やることがとても大切。今言葉にすることはもう重要じゃない』というようにね。私は失恋と誤解からアイデアを得ました」



ーー今回の『Whole New Mess』には収録されていないのですが、『All Mirrors』に収録された“Endgame”について、あなたはApple Musicのインタヴューで「needing communication and understanding and patience」についての歌だと話していました。この秋にはアメリカで大統領選が行われます。世界中で分断と対立が進んだこの4年間を通じて、忍耐や寛容さを持って相手を理解して寄り添うことの大切さが改めて見つめ直されたと思います。“Endgame”はあくまでラブソングという形がとられていますが、この曲が意味するメッセージについて伺えますか。


Angel Olsen「この曲は、友達の誰かに平和的な別れを告げるもの。『終わらせる必要はないけど、今は終わらせる』と言っているだけです。今、私たちは私たちの生活の中で、そしてお互いに、気にかけているすべてのものを本当にちゃんと見ておく必要があります」


ーーちなみに、今回収録された“Whole New Mess”と“Waiving, Smiling”が、『All Mirrors』用にフルバンドで再レコーディングされなかったのはなぜですか。


Angel Olsen「その曲たちはフィットしなかったのです。 “Waiving, Smiling”は“Chance”に近かったのですが、私はそれを別の方法で独自のプラットフォームとした方がいいと思いました。多くの人がその曲を聴いて悲しみを覚えますが、私にとっては本当に何かを克服した曲なのです」





ーー新型コロナ・ウィルスの影響で自粛や隔離、孤立を強いられる日々が続いています。音楽に限らずアートはそうした人々の気持ちを支え、傷を癒し、あるいは一つにするものだと思います。けれど最近の自粛生活の中で、部屋でレコードを聴いたりオンラインでドラマや映画を見たりしていると、「アートは孤独を助長するのではないか」と思うことがあります。あなたはどう思いますか。


Angel Olsen「状況次第だと思います。マッサージを受けるようなものですね。痛みがあるのでマッサージを受けに行き、自分がどれだけの痛みを感じているかが正確にわかったことで傷に気づく。時々、歌はあなたが認識していなかった痛みを気付かせるような気がします。しかし、それは悪いことではないと思いますよ。人々は痛みを和らげる方法を理解し、知る必要があると思います。知ったら治すことができるのですから。アートはあなたを考えさせるものでしょう」


ーー『All Mirrors』では黒で統一された衣装やアートワークが目を引きました。その前の『My Woman』ではプラチナ・シルバーのウィッグをつけたあなたが歌う“Intern”のMVも印象的でしたが、作品のリリースに合わせて衣装なりメイクなりといったヴィジュアルのイメージを変えられると思います。その点に関して、今回の『Whole New Mess』に際してあなたが考えていたコンセプトやアイデアなどありましたら教えてください。


Angel Olsen「私はとても視覚的な人間です。小さい頃はストップモーションのフィルムを作っていました。今ではそのかわりに音楽をやることになりましたが、編集はとても楽しいです。自分が必ずしもフィルムに出演する必要はありませんが、時によってはそれも楽しいでしょうね。他の誰かのプロジェクトのヴィジュアル・エンジニアになりたいくらい。私の物語の多くは歌に由来しています。それは私の個人的な経験から始まりますが、私が視覚的に物事を捉えていることにもインスパイアされています。ですから、私がそのプロセスに密接に関わることは当然なのです。ヴィジュアルはとてもパワフルだと思います」


ーーええ。


Angel Olsen「最新のアルバムでは、男性的で同時に女性的なものにしたかったのです。私は自分が見ないことにしていた自らの女性的な男性性の神話を示したかったのです。私のヴィジュアルのほとんどは60年代のピンナップスタイルのドレスのようなものですが、私には男性的な側面があり、両方を受け入れていることをこそ本当に表現したかったのです。すべての人とすべてのトーンをそのままに受け入れるのは美しいことですよね」


ーー『All Mirrors』がリリースされた昨年は2010年代の最後の年ということで、この10年間を総括する企画や特集が各所で見られました。先ほど話に出た『Strange Cacti』であなたがデビューを飾ったのは2010年になりますが、あなた自身はこの10年間をどう振り返りますか。


Angel Olsen「リーダーになったので、人々を導くことの意味を学び、難しい会話を快適に行う必要がありました。そのため、私も自分自身と向き合う必要があったのです。お金に関する事柄だけでなく、人々と創造的にコラボレートすることの意味について考えることも重要でした。そして、いくつかの関係においては、感情的なものをいくら捧げても1ドルも出せないということも知りました。それは私にとって本当に大きな教訓となりました。感情的な努力にはお金を払うことができない。したいのですができません。人々と関わり、自分が意味していることを正確に伝え、計画通りに進め、問題を解決していくことは本当に大変でした。私は音楽を演奏していると思っていましたが、ビジネスを始めていたのだと知らされました」


ーー最後にもうひとつ。テイラー・スウィフトの新しいアルバム『folklore』は聴かれましたか。ザ・ナショナルのアーロン・デスナーやジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)との共作が話題になりましたが、率直な感想、あなたの所感を伺えたら嬉しいです。


Angel Olsen「いいえ、聴いていません。そのアルバムについての話題は聞きました。多くのアーティストが似たように考えています。私たちは常にアイデアを盗むわけではなく、お互いに影響を及ぼし合っているのです。それはまさに世界の仕組みそのもの。抗議のメッセージは、知らず知らずに影響力を持つ可能性があります。レコードについては何も知りませんでしたが、いくつかのトラックを聴いてみて、本当に美しいと思いました」


text Junnosuke Amai
edit Ryoko Kuwahara



ANGEL OLSEN
『WHOLE NEW MESS』
(Big Nothing /Ultra Vibe)
http://bignothing.net/angelolsen.html
■収録曲目:
1. Whole New Mess
2. Too Easy (Bigger Than Us)
3. (New Love) Cassette
4. (We Are All Mirrors)
5. (Summer Song)
6. Waiving, Smiling
7. Tonight (Without You)
8. Lark Song
9. Impasse (Workin’ For The Name)
10. Chance (Forever Love)
11. What It Is (What It Is)

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