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「リスナーが45分の間、音響的に“訪れる”ことができる現実逃避のファンタジーを作りたかった」Interview with Washed Out about “Purple Noon”




ウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーンがチルウェイヴの旗手として登場してから10年と余り。古巣の〈Sub Pop〉からリリースされた最新アルバム『Purple Noon』は、どことなく原点回帰といった趣も感じられる作品だ。それは、地中海を臨むアートワークが代表作『Life of Leisure』(2009年)を思い起こさせるというのもあるが、加えて、彼の音楽的なルーツである80年代のポップスやR&Bに改めてフォーカスされたサウンドがそう意識させるところが大きいのかもしれない。サンプリングがメインを占めた前作『Mister Mellow』とは異なり、主に鍵盤で曲作りが進められたという今作には、甘美なノスタルジア、柔らかなアンビエンス、そして何より彼の代名詞であるエスケーピズムへの誘いが横溢している。いわく「スムースでセクシー、グラマラス」――そう語る『Purple Noon』について、グリーンにメールで話を聞いてみた。(→ in English)


――グリーンさん、初めまして。東京は連日の猛暑続きで、今あなたへの質問を作成しているこの日の東京の最高気温は37度です(2020年8月)。でも、あなたのニュー・アルバム『Purple Noon』を聴いていると、その間だけは少しだけ暑さを忘れることができるような気がします。今回のアルバムを聴き返してみて、作っている最中は考えてなかったけど新たに気づいたこと、発見や驚きがあったら教えてください。


Ernest Greene「前のレコード『Mister Mellow』は主にサンプルで作られていたので、今回は違うことをやってみたくて。そのためほとんどの作詞作曲をキーボードやピアノで行い、プロダクションに入る前にメロディーと歌詞をほぼ書き終えました。最初から私は目指すべきヴァイブについて相当強いアイデアを持っていました(これは私にとっては稀なこと。いつもは多くの実験が必要です)。そために全体的にアルバムを制作するプロセスがはるかに容易かつスピーディになりました」

――ちなみに、唐突ですがあなたにとって「夏」はどんな季節ですか。『Purple Noon』のジャケット、また今回のアーティスト写真の背後に広がる海の景色がとても印象的です。過去には『Life Of Leisure』のジャケットも海の景色が切り取られたものでしたが、個人的にウォッシュト・アウトの音楽には夏の郷愁を誘うような魅力があるように思います。


Ernest Greene「私はいつも海にインスパイアされてきました。私にとって海とは現実逃避というものが体現されているようなものなんです。海の近くに住んだことは一度もないので、ビーチにいる時というのはとてもエキゾチックな気分だし、ある種のヴァケーションとレジャーに記憶が結びついています。私はすぐにリラックスして、よりオープンな気持ちになるのですが、その感じが自分の音楽の美学とうまく調和しているんじゃないでしょうか」

――アップビートとダウンビートのトラックが分散していた前作『Mister Mellow』と比べると、『Purple Noon』はスムースでメロウで、アンビエントな瞬間も感じられるアルバムだと思います。曲作りやプロダクションの部分で、これまでと方法を変えたところや、新たに取り入れたアプローチがありましたら教えてください。


Ernest Greene「『Mister Mellow』と『Purple Noon』の主な違いは、作詞作曲の側面です。 PNは歌に、MMは音の実験に焦点を当てています。プロダクションにおける最も新しい面は、主にサウンドの選択とミックスの明瞭さに関する部分。本当に明るく、オープンで、パワフルなミックスが欲しかったので、かなり抑制を効かせる訓練をしました。ミックス内のピースが少ないほどより多くのスペースが開かれるのですが、これは音の明瞭さにおいては非常に重要なことです」



――今回の楽曲では、80年代のポップス、とくにシャーデーのようなR&Bアーティストのスムースな80年代のサウンドがインスピレーションになったと聞きました。ただ、そうした音楽の影響はこれまでのあなたの作品においても感じられる要素だったと思います。今回、そうした音楽やアーティストに改めてインスパイアされた理由、フォーカスされた背景を教えていただけますか。


Ernest Greene「80年代のポップスやR&B(シャーデーを含む)の多くは、ハーブ・リッツの写真と同じテイストを持っているんです。スムースでセクシー。そういうスタイルは、私が書いていた歌詞やメロディーともうまくマッチしました。失われた愛などについてのドラマがたくさん詰まっているようなね」

――ミキシングを手がけたベン・H・アレンとの制作は久々になりますが、彼とシェアしたアイデアはどんなものでしたか。彼とのやりとりで印象的だったことがあれば教えてください。


Ernest Greene「80年代のポップスやR&Bの影響について話しましたが、“スローバック(※懐古的な)・アルバム”を作ることにはあまり興味がありませんでした。私はもっと現代的な方法でそのスタイルをやりたかった。そのため、古い音楽と同じくらい多くの新しい音楽を共有したんです」





――『Purple Noon』の制作に際しては、ヴィジュアルのイメージからインスパイアされた部分が大きかったと聞きます。なかでもその一つが、90年代のハーブ・リッツの写真だそうですね。ハーブ・リッツといえば90年代にスーパーモデルを使った広告写真や、マドンナの写真が個人的に印象深いのですが、彼の写真のどんなところがあなたの心を捉えたのでしょうか。


Ernest Greene「私がかなり昔から影響を受けている人物の一人が写真家のハーブ・リッツです。彼の写真は瑞々しく、セクシーでグラマラス。そういう音楽を作りたかったんです。彼の写真には、私が夢中になった幻想的な要素があります。写真の中に住みたいと思わせるような魅力がある。それは私がアルバムでもやりたかったことです。リスナーが45分の間、音響的に『訪れる』ことができる現実逃避のファンタジーを作るという。妻と一緒にアルバムのアートワークとプレスで使用されているほとんどの写真を撮影したのですが、リッツのイメージは常に私たちの中で最も大切な優先事項でした」

――そしてもう一つ、今作のインスピレーションとなったヴィジュアル・イメージが、1960年代の旅行の風景写真、中でもスリム・アーロン(Slim Aaron)という写真家の作品だと聞きました。彼のヴィジュアル・イメージが『Purple Noon』に与えた影響について教えてください。


Ernest Greene「スリム・アーロンは素晴らしい目を持つ、偉大なストーリーテラー。何度も繰り返してしまっていますが、やはりファンタジーと現実逃避という要素を持っています。あなたは彼が写真を撮る人々(ほとんどの場合、エキゾチックな場所にいる非常に裕福な人々)の生活を切実に生きたいと思うでしょう。一方で、それは少し浅薄に見えるかもしれませんが、ちょっと空想することに何の問題があるというのでしょう」





――今作の制作にあたっては、先立ってパートナーと訪れたギリシャで触れた自然や風景に感化された部分が大きかったと聞きます。先ほどの夏の話とも関連するのですが、旅行という体験がもたらす現実からの開放感、エスケーピズムは、そもそもウォッシュト・アウトの音楽の本質的な部分と深く通底するところがあるように感じるのですが、いかがですか。

Ernest Greene「完全に意図的にそうしています。前の質問にもあるように、私は『Life of Leisure』で、10年前にすでにいくつかのビーチのイメージを使っていましたが、この新しい(よりヨーロッパに焦点を当てた)美学ははるかに洗練されたもの。アメリカには地中海のような景色はありません。そのエキゾチックな美しさに恋に落ちました」

――ちなみに、そのギリシャへの旅行で印象に残っている出来事、エピソードを教えてください。


Ernest Greene「ギリシャのサントリーニ島で、海を見下ろす崖の上に腰掛けて太陽が昇るのを眺めていた時。今まで見た中で最高の景色の1つです。その早朝の時間は、“Too Late”の物語のインスピレーションになりました」






――今回のアルバムでは、これまでの作品に増して情熱的で成熟したあなたのヴォーカル・パフォーマンスが印象的です。そのせいもあるのか、どの楽曲も歌詞がとてもリアルに感じられます。なかでも「それが知りたいんだ/努力してきたことを/諦める前に/努力してきたことを/頑張りすぎなのかな?」 と嘆くように歌われる“Time to Walk Away”が胸に迫りました。この曲が生まれた背景について教えてもらえますか。


Ernest Greene「私は長い間マイナーコード(メロディーにメランコリックな感じを自然に与えるような)で書いたことがありませんが、ヴォーカル・パフォーマンスによってストーリーテリングが本当にうまく作用させる必要があることはわかっていました。私は素晴らしいシンガーではありませんが、幸いなことに最新の録音テクノロジーを使用するとエディットがはるかに簡単になるのです! この曲の話は、私のロマンチックな生活がもう少し困難だった10年以上前に起こった出来事です」

――「終わったと誓った/でも私が背を向けるたびに/また誰かのベッドで自分を見つける/嘘が始まり/私たちの物語はバラバラになる」と歌う“Reckless Desires”、また「悪いことをしたことを忘れられない/君の心を傷つけたことを忘れられない」と繰り返す“Haunt”も強い印象を残します。今作を通じて描きたかったストーリー、伝えたかった感情とはどういうものだったのでしょうか。


Ernest Greene「アルバムのすべての曲は、リレーションシップにおけるさまざまな段階について描かれています。“Reckless Desires”は嫉妬と卑怯さに関するものであり、“Haunt”はその余波に関するもの。曲の主人公が後悔と悲しみに満ちているときです。繰り返しになりますが、80年代のポップの影響がここにあらわれています。その時代の作り手が、ストーリーテリングでメロドラマ的であることを恐れていなかったことは明白な事実。PNでも同じように感じていました。ストーリーにはドラマと爆弾が必要であり、それを可能な限り押し進めることを恐れたくありませんでした」

――COVID-19の感染拡大が終息の気配を見せない現在、先行きはきわめて不透明といわざるを得ない状況が続いています。自粛生活のなか、ベッドルームであなたの音楽を聴いて、その世界に没頭することで、ここではないどこかへと想像を膨らませているリスナーも多いのではないかと思います。今後の活動についてはどんな展望を抱いていますか。


Ernest Greene「もちろん、すぐにまたツアーやライヴをしたいと思っていますが、今は探索のフェーズとして、次のプロジェクトのための新しいアイデアを探しています。通常はこのフェーズはツアーの1年後くらいにあるのですが、制作のプロセスのなかでも気に入っている部分なので、クリーンになった時のことを本当に楽しみにしながら臨んでいます」





text Junnosuke Amai
edit Ryoko Kuwahara



Washed Out
『Purple Noon』
Now On Sale
(Big Nothing / Ultra Vibe)


WASHED OUT / ウォッシュト・アウト
2009年、EP『Life of Leisure』のリリースにより、静かで孤独な暮らしをジョージアで送っていたErnest Greeneは時代の寵児となってしまった。大学を出ても職が見つからずその暇な時間を利用して作られた彼の曲は、瞬く間にインターネットを介して全世界に広まった。その年のイヤーポールを決める投票で、このEPはどの音楽メディアでも高い評価を獲得。ローファイでチルアウトなフィーリングを持った彼の曲はチルウェイヴと呼ばれ、史上初めてネット上で起きたムーヴメントとなり、数々のフォロワーを生んでいった。また同EPに収録された曲「Feel It All Around」に対するリアクションは日に日に大きくなり、Redditによる「ベストサマーソング」投票では1位を獲得した。2011年、Greeneはファースト・アルバム『Within and Without』をSub Popよりリリース。プロデューサー、Ben H. Allen(Walk the Moon、Animal Collective、Gnarls Barkley)とレコーディングされたこのアルバムは、全米チャートで26位のヒットを記録。その後のツアーは2年にも及んだ。2013年、アセンズの郊外へと移ったグリーンは、再びBen H. Allenをプロデューサーに迎えたセカンド・アルバム『Paracosm』をリリース。アルバムは全米チャートの21位を獲得し、前作以上の成功を収めた。Stones Throwへと移籍したグリーンは2017年、サード・アルバム『Mister Mellow』をリリース。4年振りとなったこのアルバムは全曲セルフ・プロデュースで、DVDが付加されたヴィジュアル・アルバムとなり話題を呼んだ。
http://bignothing.net/washedout.html

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