TAV GALLERYにて、美術家・磯村暖による個展「並行情報 (Informāre Pariter) ― プラスチックの中に、雲の中に」が開催(https://tavgallery.com/danisomura/)。本ギャラリーにおける磯村の個展は、2016年に開催された磯村の初個展「地獄の星」以来、実に9年ぶり。本展にはインタラクティブな「シャボン玉」が使われた大型インスタレーション作品を中心に、新作絵画作品と、約500文字の詩がシャボン玉の吹き口となり、身体の風を呼び起こす映像作品が出展される。
Dan Isomura「Informe-ation Center #131」(2025)
磯村暖はデビュー以降、アニミズム、水の循環、上座部仏教などの非西洋中心主義的な表現の視点、グローバリゼーション、クィア理論、ポストヒューマン、スピリチュアリズム、疎外論、ソーシャルメディア文化やヴォーギングといった多様な文脈を横断しながら活動を展開してきた。その実践は、常に社会的・文化的な同時代性を反映しつつ、遊戯性と批評性を兼ね備えている。
近年の磯村は、単に制度や市場原理への対抗を表明するのではなく、科学的事実や言語の不安定性といった基盤から、私たちの存在やつながりを根源的に問い直す作品を制作している。たとえば、学生時代から続けてきた「水の循環」をめぐる実践では、一杯の茶に含まれる膨大な水分子が、やがて地球規模の水循環に回帰していくという事実を手がかりに、遠く離れた存在や他者との不可視の連関を詩的に提示してきた。
また、言語を主題とした近作では、日本語の「ん」が単一の文字でありながら複数の発音を内包する点に着目し、言葉がもつ不安定さと限定性を探求している。ここでは「口」から発せられる言語的コミュニケーションと並行して、「鼻」を介して生成される音声の差異を用い、伝達の方法や時間のズレをコラージュ的に浮かび上がらせている。これらの実践は、所有や保存を前提としない形態や、制度に収まりきらない作品のあり方を生み出しつつ、鑑賞者に人間存在の広がりと関係性を再考させるものであり、結果として美術の構造そのものを撹乱し、更新する試みとなっている。
磯村は既に国内外で高い評価を得ているが、その歩みは決して既存の市場や通説に安住するものではない。シリーズ化された作品群を持たず、一作ごとに新たな文脈に応答し、予測不可能な展開を見せる姿勢は、既成概念を軽やかに裏切り続けるもの。その態度は、悪魔的な挑発性と聖性的な洞察を併せ持ち、エッシャーの版画に見られるような複雑で矛盾を内包した精神構造にも喩えることができる。
Dan Isomura「Informe-ation: Breath and Wind #506」(2025)
本展での磯村の関心は、人間の口を起点に発展してきた「言葉」や「情報社会」からの逸脱と、その再構築にある。当展に向けて、磯村は下記のように語っている。
「かつてアニマ(魂)が宿っていたのは、目に見えない力――風でした。言葉は身体から吹き出す風にのって発せられ、そこにアニマが息づいていました。やがて言葉は文字に記されるようになり、とりわけ古代ギリシャにおいて母音が記号化されると、言葉は可視化され、記録され、操作可能なものとなり、その過程で言語としての風からはアニマが失われました。こうして言葉は「形を与える」作用を強め、ラテン語 informare(形を与える)に由来する information――すなわち情報――としての機能を加速させます。現代社会は、まさに情報が過剰に生産・流通する「情報の時代」といえるでしょう。
20世紀に入ると、ジョルジュ・バタイユは informe(ラテン語 informis に由来する「無形」)という概念を提示しました。informeとは、単に形を欠く状態ではありません。あらゆる秩序やカテゴリーを解体し、高尚なものを排泄物や泥へと引きずり下ろし、形へ依存する思考を根底から崩す運動です。
本展は、三つの局面――アニマを宿した原始の風/情報として形を与えられた言葉/そして形や秩序を解体するinforme――を、断絶ではなく、むしろ連続の歴史として捉え直します。そのうえで、言語化以前の身体が発する風――音のない吐息、いびき、笑い声――が形を与えた集積を、既存の情報に並走する〈並行情報〉として扱い、その可視性(可聴性)と作用範囲を拡張することを提案します。」
Dan Isomura「Informe-ation: Light and Wind #411」(2025)(被写体:三好彼流、撮影補助:金崎あゆな)
磯村暖 個展「並行情報 (Informāre Pariter) ― プラスチックの中に、雲の中に」
会期 : 2025年10月10日 (金) – 11月1日 (土)
会場 : TAV GALLERY(東京都港区西麻布2-7-5 ハウス西麻布4F)[080-1231-1112]
時間 : 13:00 – 19:00
休廊 : 日、月
https://tavgallery.com/
企画 : 佐藤栄祐
協力 : EUKARYOTE
制作協力 : 三好彼流、金崎あゆな、Sareena Sattapon
磯村暖 Dan Isomura
磯村暖は現在東京を拠点に活動している美術家。絵画、彫刻、映像、サウンドインスタレーション、プロジェクトベースの作品など幅広い表現方法を用いる。人類への眼差しを基軸にしながら、サイエンスフィクション的なイマジネーション、社会規範の引用、ユーモア、磯村自身の人生の反映が混線した作品群を制作する。
ACCフェローシップでのニューヨークにおける滞在制作、アジアアートビエンナーレ(国立台湾美術館)への出展、TEDxUTokyo 2023(東京大学安田講堂)のイベントに登壇するなど、その活動の場は様々な領域に及んでいる。
近年の主な個展に「恐竜は人間に進化しませんでした」SIGNAL/東京(2024)、「カ」EUKARYOTE /東京(2023)、「んがんたんぱ」銀座 蔦屋書店GINZA ATRIUM /東京(2020)等。
主なグループ展に「The Hints 2025」 三井住友銀行ライジング・スクエア(2025)、「Phantasmapolis – 2021 Asian Art Biennial」国立台湾美術館 /台湾(2021)、「都市は自然」セゾン現代美術館 /長野(2020)、等。