「分かり合えない」からこそ、見えてくるものがある。芥川賞作家・金原ひとみによる同名小説を松居大悟監督が映画化した『ミーツ・ザ・ワールド』が、10月24日から全国公開される。擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」を熱烈に愛する一方で、自分のことは好きになれない主人公・由嘉里を演じたのは俳優・杉咲花。自身もまた役柄同様に苦悩しながら、他者との関係や自己受容のヒントを見出していったという。社会の多様な現実を映し出す街である新宿を舞台に、杉咲花が向き合った物語と、役との深い共鳴から生まれたリアルな言葉に耳を傾ける。
──金原ひとみさんの原作を読まれた時の印象から教えてください。
杉咲花「私は小説を読んだときに、登場人物同士が『どうすればわかり合えるか』ではなく、『圧倒的なわかり合えなさ』から出発しているところがすごく好きでした」
──撮影時に金原さんとお話はされましたか?
杉咲花「金原さんが現場にいらっしゃった時は大事なシーンの撮影中だったこともあり、すごく緊張してしまっていて、あまりお話はできなかったんです。ですが先日、対談の機会があり改めてお話することができて。金原さんは、他者を想像する力と、深い愛情を端々から感じて、本当に素敵な方でした」
──今回の映画化では、脚本の打ち合わせから参加されたそうですね。
杉咲花「オファーをいただいたのが3年前で、当時は衝動的に『やりたい』という気持ちに駆られました。手元に届いた脚本は、隅々まで原作への敬意を感じる素晴らしいものだったのですが、そこからより細かい精査の作業に参加させてもらいました。具体的には、由嘉里の心情の変化をいつ、どこまで音にして話すのかといった部分についての擦り合わせなどをしていった感じです」
──由嘉里という役はどのように演じようと考えていましたか?
杉咲花「細かな心情の部分で言うと、具体的なプランを立てていったわけではありませんでした。ただ当時を振り返ると、由嘉里という人物にほんの少しだけ自分自身の影を見つけ出してしまうような瞬間があって、なんだかゾッとしたり、うんざりするような瞬間もありました。他者との間に引かれた境界線の捉え方であったり、死生観、おせっかいなところ。そういった部分が、オファーをいただいたときに共振した部分だったのかもしれないと後になってから思えてきたんです」
── 一方、由嘉里とは性格が真逆のキャバ嬢・ライ(南琴奈)という存在については、どのように感じましたか?
杉咲花「由嘉里自身も、華やかなライに対してバイアスをかけて見ていたところがあると思うんです。けれど彼女の生活を知ったときに、一気に親近感が湧いて、自分と同じ生活者であることに気づいたことで精神的な距離もぐっと縮んでいった部分もあるのではないかなと。他者に価値観を押し付けられ抑圧されてきた由嘉里が、気付いたら押し付ける側になってしまうところは、人間の複雑で矛盾したところがとても生々しく描かれていますよね」
── 死にたいと願う人へ「生きていてほしい」と言葉をかけるということは、相手の気持ちを否定し、追い詰めてしまうことになりかねない言動でもあると思います。しかし、この作品での2人のやり取りは、わかり合えない人同士の対話の可能性を感じました。
杉咲花「うれしいです。相手にどんな事情があろうと、きっぱりと『生きていてほしい』と伝える由嘉里は、乱暴だけれど強くもありますよね。互いの持つ温度はズレているけれど、どこかで惹かれあっていた部分もあった気がします」
──共演者の方とのエピソードで印象に残っているものはありますか?
杉咲花「やはりライ役の南琴奈ちゃんと出会えたことですね。初めてお会いしたのは彼女の最終オーディションの時で、電気が走るような出会いでした。彼女の佇まいがとても魅力的だったんです。欲がないわけではないと思うのですが、肩肘張らずにその時間を心地よく味わっている感じがとても素敵で。肝の据わった佇まいに『私もこんな風に現場にいられたらな』と感じるくらい、かっこいい人なんです」
──「推し活」「ヲタ活」は、自己肯定感が低い由嘉里にとって、どのような影響を与えていたと思いますか?
杉咲花「好きなものに包まれている時間は、現実から少し距離を置いて、悩みやしんどいことを紛らわせてくれる。間違いなく救われていたのではないかなと思います」
──役作りのために、何か特別な準備はされましたか?
杉咲花「事前に資料もいただいていましたが、実際にBL漫画が好きな方に取材もさせていただきました。印象的だったのは、その方がBL漫画についてお話されるとき、本当にキラキラしていたことで。好きなものが人をここまで輝かせるんだと圧倒されたんです。もちろん、一言で『腐女子』といっても、本当に語り尽くせないほど多様な方々がいらっしゃるんですよね。それぞれに、自分が大切にする『愛し方』があるんだということに改めて気づかされました。たとえば取材を通して、本を買うときに、『鑑賞用と、飾る用と、保存しておく用の3冊買うんです』と教えてくださって。あとは、本を開くときも絶対にシワをつけないようにする独特な読み方を実践してくださったり。そういった所作に関しても、演じる上でも参考にさせていただきました」
──杉咲さんはこの撮影後、ご自身の推しができたと伺いました。今、「推し」がいる状態で由嘉里という役を見ると、どのように感じますか?
杉咲花「そうですね。共感できるところが増えた気がします。私は『No No Girls』をきっかけにHANAを好きになったのですが、自分自身も疲れているときとかに、HANAのみなさんの活躍を見ると体がほぐれている自分がいて、『こんなに救われるんだ』と身をもって実感しています」
──今回の撮影は、歌舞伎町を中心とした新宿でのロケが中心でしたが、いかがでしたか?
杉咲花「監督がすべてのロケ地を、歩いて行ける距離の場所にしてくださっていたので、本当に新宿に住んでいるかのような日々でした」
──歌舞伎町が舞台の作品というと、「負の側面」で耳目を集めるセンセーショナルな題材も多い中で、この映画ではそこにある“当たり前の暮らし”が描かれているのがとても好きです。
杉咲花「もしかすると由嘉里がライを見る視線と少し似ている部分があったかもしれません。新宿という街自体もバイアスをかけられやすいところがある気がするのですが、私自身もどこか実体がないように感じていたなかで、毎日通っていると、ここにも誰かの暮らしや友情、さまざまな事情があるんだということを生々しく感じたんです」
──この作品は「ありのままの自分を好きでいること」が大きなテーマであると感じます。もし、「ありのままの自分」を愛するためにご自身が心がけていることがあればお聞きしたいです。
杉咲花「実は『自分を好きになる』というのは、私にとってはなかなかハードルが高いことなんです。けれど、せめて自分の不器用なところや失敗してしまうことを、『これが自分だよね』と受け止められたらいいなという気持ちになってきました。私は時に、自分の持っている全てを注ぎ込もうとして疲弊してしまうことがあるので、もう少しだけ力を抜いて、頑張りすぎない、反省しすぎない、ということも意識するようにしています」
──杉咲さんはこれまで、切迫感のある難役を数々ご経験されています。今作はわりと楽しく演じているように見えたのですが、由嘉里という役はこれまで演じてきた役の中でどのような位置付けにありますか?
杉咲花「本当のことを言うと、とにかく撮影の時間が苦しかったんです。どこかで自分を見ているような気がして、自分と重ねて見てしまう瞬間があったからだと思います。由嘉里のように自分のことを好きになれないコンプレックスが私自身にもあるからこそ、『人には見せたくない、見られたくない自分の側面を、こういう風に見せてしまっていいのだろうか』という気持ちになったこともありました。これまでは、自分の人生とあまり交わることのなかった人物を演じる機会が多かったので、比較的切り離して考えられていたのですが……そうはできない瞬間があったというのは、なかなかない経験でした。だからこそ、由嘉里を演じることはどこかでずっとしんどかったですね」
──そんな中で、演じていて自分と重ねて救いになった場面はありますか?
杉咲花「自分の才能に気づけるって、なかなかできることではないじゃないですか。ですが由嘉里は、何かを熱烈に愛する才能があることを自分で発見する。当たり前のことですが、どんな人にもきっと何かしらの才能があるんですよね。それを見つけられるということが、いかにその人を輝かせるのかという気づきは、自分にとってもポジティブなメッセージになりました」
──本作は由嘉里とライがともに影響し合うことで、自ら成長する物語でもあります。杉咲さんご自身が、一見わかり合えなさそうな他者とコミュニケーションをとるときに、心がけていることがあれば教えてください。
杉咲花「自分の理想や正しさという物差しを通して見てしまうから、わかり合えないと感じてしまうことがあるのではないかなと思うんです。ですが、相手には相手の、好きなことや心地良いこと、他者への思いやりがあるはずで。そういった部分について、想像することをやめないようにしたいなと思っています」
photography Yudai Kusano(https://www.instagram.com/yudai_kusano/)
text Daisuke Watanuki(https://www.instagram.com/watanukinow/)
『ミーツ・ザ・ワールド』
10月24日(金)より全国公開
https://mtwmovie.com/
キャスト&スタッフ
杉咲花
南琴奈 板垣李光人
くるま(令和ロマン) 加藤千尋 和田光沙 安藤裕子 中山祐一朗 佐藤寛太 渋川清彦 筒井真理子 / 蒼井優
(劇中アニメ「ミート・イズ・マイン」) 村瀬歩 坂田将吾 阿座上洋平 田丸篤志
監督:松居大悟
原作:金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社文庫 刊)
脚本:國吉咲貴 松居大悟 音楽:クリープハイプ
主題歌:クリープハイプ「だからなんだって話」(ユニバーサルシグマ)
製作委員会:クロックワークス テレビ東京 ホリプロ 集英社
制作プロダクション:ホリプロ
製作幹事・配給:クロックワークス
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
2025年/日本/カラー/アカデミー(1.37:1)/5.1ch/126分/G