「暑い」ここにいてこの夏一番出た言葉がこれである。古くて、いい感じの小さなビルを借りれたのはいいのだけど、電気、水道、ガスのインフラが全く不十分で、前の住人の荷物は半分くらい置きっぱなしだし、簡単にオープン出来ると思っていたことが全然出来そうになくて途方にくれていたのが7月。
僕たちは今、愛知県は名古屋市の長者町にいる。この長者町は古くから現在まで繊維問屋のまちとして栄えているのだが、今年のこのまちは去年とは違う。今年は名古屋市と岡崎市で“あいちトリエンナーレ”という3年に一度の国際芸術祭が行われていて、世界中から多くのアート関係者やアートファンが集まっているからだ。そんな土地でこの夏、僕たちは新しいスペースをオープンした。
少し僕たちの活動を説明すると、名称はL PACK(エルパック)。小田桐奨と中嶋哲矢の2人からなるユニットである。僕たちは簡単に言えば様々な土地で「場所をつくる」という活動をしている。それはお店のように見えたり、建築のように見えたり、美術の展覧会のように見えたりもするけれど、僕たちが考えているのはそれらを含めた、その土地で起こるあらゆる出来事の受皿になるような場所をつくることだ。僕たちがつくったこの場所でどんなことが起こるかなんて僕らにはわからないけど、”コーヒーがある風景”というキーワードをきっかけに様々な人が集まったら、きっと今まで見たことがないような面白いことが起こるかも、と期待をして日々カウンターに立っている。
途方に暮れていた7月が終わろうとしていた。残された荷物を小さなビルの3階へ移動したり、重たくて長い100本の間伐材を切っては敷き詰めていた暑くて、先が見えない7月だ。オープンは8月9日。水道は何とか工事が終わったけど、肝心の電気工事がまだだったし、キッチンも十分にはつくれていないし、キッチン用品もまだ何も無い。肝心の予算も十分には無いので、このまちで昔から働いている方に必要な物を借りに行くことにした。フライパンから冷蔵庫、客席用のソファからコーヒーカップまで、飲食店をオープンするために必要なもの全てをだ。
ソファは昔カフェを経営していた男性が見つかり、倉庫に大事にとってあったものをお借りした。フライパンは自宅に眠っているものや、知り合いがメーカーで働いている方から。作業台付きの冷蔵庫や、クリスタルのグラス。コーヒーカップは近所のコーヒー屋さんから。地下で眠っている廃材や、ゴミ箱まで。同じまちの花屋さんからは観葉植物を。夏を乗り切るためのエアコン、それを運ぶ車まで。よくもまあ集まったというくらい揃った。
8月9日。あいちトリエンナーレのプレオープンの夕方、電気工事が終わり、ついにこの場所“ビジターセンターアンドスタンドカフェ”がオープンした。ほとんどここにあったものと借り物だけでつくった場所は色々な方が関わって出来上がった。オープンの夜には400人以上の方が集まってくれ、静かな夜のオフィス街の道路は人で溢れていた。このまちに初めて来た僕たちがつくる3ヶ月だけのビジターセンターは、今までこのまちで見たこともないことで満ちあふれるだろうと期待せざるを得なかった。
今、この記事を書いているのは締め切り間際の9月上旬、ビジターセンターアンドスタンドカフェがオープンして1ヶ月が経とうとしている。暑かった8月後半にはエアコンもついて外よりはマシな場所になった。近所の方がコーヒーを飲みに来たり、朝まで美術の話をしたり、アーティストが落書きをしていったり、新しい出会いがあったり、既にこの場所ではいい意味で想定外のことが起きている。
僕たちは今まで色んなところで期間限定の場所をつくってきた。その場である物で空間をつくり、そこにいる人と関わってしばらくの間その場所を運営する。毎回違った”コーヒーのある風景“が出来るのだけど、過去の活動についてはまた次の機会に。少し寒くなる10月末くらいまでは、コーヒーでも飲みながらこの小さなビルで起きる出来事を見守ろうと思う。日々世界が変わることを期待して。
7月16日、残された荷物に途方に暮れた、作業初日。
8月9日、オープニングの夜。
8月31日、アーティスト奈良美智さんの落書きの様子。奈良さんはあいちトリエンナーレ2013に参加している。アーティストの作品や落書きはどんどん増えていて最後はどうすればいいか悩み中。
オープンから一ヶ月経ち様々な人が集まる場所になり始めている。
L PACK http://lpack.exblog.jp/
ビジターセンターアンドスタンドカフェ http://p.tl/lAt8
あいちトリエンナーレ http://aichitriennale.jp/
