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text by Daisuke Watanuki

自分は何者になればいいのか。稲垣吾郎出演・舞台『多重露光』




稲垣吾郎さん出演の舞台『多重露光』が10月22日まで上演中だ。本作は演劇ユニットiaku主宰の横山拓也が書き下ろしたオリジナル作品で、劇団俳優座のほかミュージカルなどでも活躍する眞鍋卓嗣が演出を担当する人間ドラマ。稲垣さんは写真館の2代目店主・山田純九郎を演じている。『多重露光』というタイトルが意味するものとは。観劇をレポートする。

秋の外苑前の空気は気持ちがいい。日本青年館ホールで行われる舞台『多重露光』は稲垣吾郎さん主演のストレートプレイ作品。これまで派手な舞台を多く経験しているのを知っているからこそ、余計に興味が湧く。このミニマムな会話劇ともいえる作品の中で、彼はどんな存在感を放つのだろう。


幕が開く、という演出は今回なし。開演前から舞台セットは見えている状態だった(自分の席からのみ開演前の様子は撮影が可能)。遠近法を利用した、町の写真館のセットだ。モノトーンに統一されたシンプルな内装は、稲垣さんのイメージにもぴったりだと思った。








開演時間になると、会場のざわつきが徐々に消えていった。暗転したのだ。一気に暗くなったと思ったら、赤色灯の光に包まれるように主役が登場。登場して最初の第一声から、観客を引きつけてしまうのはスターたる証。落ち着いているのによく通る声をしている(ラジオパーソナリティとしての稲垣さんも好きなのだが、それはやはり声に魅力があるということなんだろう)。


ここであらすじをざっと説明しておこう。稲垣さん演じる主人公、写真館の2代目店主・山田純九郎は、戦場フォトグラファーだった父(相島一之)に会ったことがなく、町の写真館の店主として人気のあった母(石橋けい)からは理不尽な期待を背負わされて生きてきた。


今ではその母も亡くなり、あとを継いでいる。母から言われた「生涯かけて撮りたいものを見つけなさい」という呪いのような言いつけに、純九郎はずっと悩まされてきていた。幼馴染(竹井亮介)や純九郎が学校行事の撮影を担当している中学校の教員(橋爪未萠里)はいろいろといつも気にかけてくれるが、欠落した愛情はそれでは埋まらない。


そんな中、毎年家族写真を撮りに来る裕福な一家(純九郎の憧れ)の“お嬢様”だった麗華(真飛聖)が写真館を訪れて……。そこから物語が動き出していく。











立派な戦場フォトグラファーとして、ジャーナリストとしての使命を背負いながら写真を撮ってきた父(純九郎は生まれてこの方一度も会ったことがない)と、町の写真館で地域の人の家族写真や学校の行事写真を撮り続けてきた母。人物としても、写真の価値としても、どちらも優劣をつけるべきことでは本来ない。しかし、その対比を幼少期から母から言い聞かされてきた純九郎は、自分のアイデンティティを未だに見つけられていないような気がした。


自分は何者になればいいのか。そういう言葉にすればきっと多くの人が理解できる心情なのかもしれない。「何者」。恐ろしい言葉。自分を何者か説明しなければいけないシーンは人生の中で度々ある。そのとき、たいてい職業で答えるケースが多いけど、それって本当は違う気がする。


純九郎も、「フォトグラファー」であるかどうかやその資質を自分に問うているわけではない。自分が何者としてこの世に存在しているのか。どうなりたいのか、どんなものを撮りたいのか。それと向き合う過程で苦悩していた。そこには、今まで手に入れることができなかった「ふつう」の家族像という呪縛がある。


決して恵まれていない家庭というわけではないし、虐待されていたわけでもない。ただ、距離が近いものだからこそ苦しめられてしまうのが家族という存在なんだろう。そこから逃げず、自分もフォトグラファーの道を選ぶという強さも役からは感じるが、苦悩する純九郎のモノローグシーンを聞くたびに、「逃げていいんだよ!」と言ってあげたくなった。










それにしても、稲垣さんは年齢を重ねるごとに俳優としての深みが増している。穏やかで優しく、少しミステリアス。そのイメージは、演じる役柄にもうまく作用している。だからこそ、こちらもどこかで本人を役に投影して観てしまう。主人公が抱える孤独や葛藤は、きっと稲垣さん本人も抱えているものなのではないか、と(完全に余計な推測なので、よくないなと思いながら)。


シリアスで胸がきゅっとなるようなシーンもあるのだが、主人公を取り巻く人間関係が良好だからか、和やかで楽しい雰囲気も伝わってくる。会場からはときおり笑いが漏れている感じも、舞台と呼応しているようで生で観劇する良さを感じられた。


真飛さんは大人の凛々しい女性を演じることが多いが、今回は少女のような一面を感じられる天真爛漫さが感じられた。その、少し浮世離れしたような神々しい雰囲気も、主演の稲垣さんと好相性。いい化学反応をみせているのでこれから観る人は楽しみにしてほしい。


この物語がハッピーエンドなのか否か、それは観る人によって違う感じ方をすると思う。もしかしたら観るたびに違う感想を抱くかもしれない。自分の心のゆらぎも含めて、いい鑑賞体験だった。過去と現在。全く違うものでも、どちらかが苦しいものでも、多重露光のようにいろいろな要素を重ねてみたら、案外いい画になっているのかもしれない。そう思えた。


ちなみに本公演、抽選で開演後にバックステージツアーに参加ができる。閉幕後、「1A列17番…A、AppleのA」と当選者の座標をアナウンスで知らせてくれる。「E、ExcitingのE」というようにアルファベットをわかりやすく。放送を聞いていると、この日は「1I列15番、I、InagakiのI」「1K列12番、K、KatoriのK」、「1K列44番、K、KusanagiのK」とまさかの新しい地図まつりだった。会場は、名前が出るたびにつど拍手が。アナウンスひとつとってもメンバーたちの結束を感じられるのが嬉しかった。運営さん、ありがとう!








text Daisuke Watanuki(https://www.instagram.com/watanukinow/


『多重露光』
https://tajuroko.com
日程:2023年10月6日(金)~22日(日)
会場:日本青年館ホール 〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町4-1
脚本:横山拓也  演出:眞鍋卓嗣
出演:稲垣吾郎
真飛聖 杉田雷麟・小澤竜心(ダブルキャスト) 竹井亮介 橋爪未萠里
石橋けい 相島一之

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