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天野太郎(横浜美術館 主席学芸員)「美術は近くにありて思ふもの」Vol.3 美術と建築 中編 ゲスト:光嶋裕介 

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光嶋「僕はアメリカで生まれ、人生の半分くらいは海外にいたので、そういう意味においては故郷がないため、少し客観的に日本が見える部分はあるかもしれません。アメリカの4百年くらいの歴史の中での建物の感覚とNYの摩天楼を見て育った人間が東京で建築の勉強をして、その後ヨーロッパに行くわけですが、ヨーロッパはとにかく時間軸の射程が長い。アテネでの最も古い建物から見ていくと、石の建築と日本の木の建築の違いが如実に分かります。

ヨーロッパでは建築物は廃墟になっても残るし、病院が美術館になったりと機能を変えつつもずっと残っている。一方、今の日本の光景は危うく見えてしまうところがあって。軽い木の建築は石とは違いずっと残るものではないし、ただ強度として強い建物にすればするほど豊かな空間が失われるかもしれないというようにいろんな文脈で建築はあるので、それとは異なる、スクラップ・アンド・ビルドには、やはり敬意なき悲しさを感じますよね。

そもそも建築家は自分が設計する建物は永遠に残ってほしいと思っているはずなんです。でも有名な建築家に依頼しておけばいいビルが出来てたくさんお客さんが来るだろうという安直な考え方で設計された建物には愛着が生まれない。愛着というのは突き詰めると、時間なので、見えない形で堆積されていくものだと思うんです。それぞれがある空間の中で場所を共有してる感覚がちゃんと宿って愛されれば掃除もするし大切にされる。

僕は高校生の時に阪神大震災を見ているし、先日の東日本大震災も体験しているので、どうしても建築が完璧だとは思えないけれど、建物が丸かったら流体力学的に津波を避けれるなど、当たり前ですが最大の叡智でもって守るべきものは守らなきゃいけない反面、例え建物が震災で壊れたとしても、人間同士が培っていく価値観の方にこそ普遍性があると信じています。僕はその普遍性に極力近づきたいし、本質的なところにおいて、建築を人間に寄り添う形で作りたい。それが愛着であったり、愛される建築だと思うんですよ。デザインが格好いいというのは2の次、3の次ではないかと。格好よくなければ愛されない部分もあるだろうけど、奇を衒っただけではいけないと思います」

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