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text by Meisa Fujishiro
photo by Meisa Fujishiro

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#60 落書きで癒す

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 ご存知のように、世の中には、様々なヒーリング法がある。古今東西、定番、流行、それらをぐるりと見渡せば、さしずめ市場のような景観ですらある。心へのアプローチ、身体へのアプローチ、心身両方へのアプローチ、先端科学技術を応用したもの、伝統的な民間療法、まさによりどりみどりだ。
 その中から現在の自分にとって最適なものを見つけるのは、想像しただけでも難しいことが分かるだろう。ご縁次第と言ってしまえばそれまでだが、すべて受動的にならずに、自分から探していく意識を保つことは大切だ。試行錯誤は決して無駄にはならない。知識を深まるし、おのずと意識も高まる。
 心身は、それぞれに切り離せないものだと言うことは、ホリスティックな立場から説明しなくても、生物としての直感として誰しもが持っていると思う。だが、医療や治療へのセルフケアは、どうしても目に見える身体に偏りがちで、メンタルへのケアは怠りがちだ。
 精神疾患になる前に、未然に防ぐことは、特にストレス過多になりがちな都市生活者にとって、たしなみになると思っている。カウンセリングが欧米ほど浸透していないのは、精神疾患に対する偏見と恐れからかもしれないが、虫歯のチェックをするくらいな気安さでメンタルのチェックができるようになると、他人にも自分にも寛容な余裕がある人が増え、暮らしやすい世の中に繋がると思う。


 私が最近好んでいるのは、絵を描くことだ。
 子供が使っていない画材を引っ張り出して、なんとなく始めたのだが、これがとても面白い。発表したりするような気持ちは全くなく、言って見れば、ただの遊びである。絵を描くことは、もともと嫌いではないが、得意とは言えないレベルである。絵というよりも、落書きにかなり近い。
 きっかけは、ふらりと立ち寄った画材屋でスケッチブックのコーナーにあった正方形のクロッキー帳との出会いだった。メーカーはフランスのCANSONで、一辺30センチ弱の結構大きなクロッキー帳である。厚みも2センチほどあり、手にするとずっしりとした量感がある。この手のものはだいたい長方形なのだが、正方形の珍しさと、何やら直感めいたものが働いて、レジへと持参することになってしまった。レジの女の子に尋ねると、正方形は確かに珍しいが、人気はあるのだそうだ。現に最後の一冊ではないどころか、5冊以上は並んでいたのだから。


 何やら思い立って買ったとはいえ、特に描きたいモチーフがあるわけでもなかった。絵の具やマーカーなどは、子供のものが家にあるはずなので、一切それらは買わずに、ただ正方形の大きなクロッキー帳だけを手に入れた。実に何年ぶりだろうか?おそらく30年ぶりくらいにはなると思う。画材屋からの帰路は不思議な高揚感に包まれていた。新しいノートや文房具を手にした時の、少年の日が懐かしく思い出された。少し大げさに言えば、探していた欠けたピースを見つけたかのように嬉しかった。自分は描かなくてはいけない、そう思えたのだ。


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