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text by Nao Machida
photo by Yudai Kusano

結末のない映画特集:「簡単な希望は描かれていないし、嘘の希望でお茶を濁すようなことはしていない。本当に夜明けを待つ人々、ぐっと堪えている人々を描いている」 『ソワレ』 外山文治監督、芋生悠 インタビュー




豊原功補、小泉今日子、外山文治監督らが立ち上げた映画製作会社、新世界合同会社の第1回プロデュース作品『ソワレ』が8月28日に全国で公開される。国内外で高い評価を得る外山監督が海辺の町を舞台にオリジナル脚本で描くのは、ある事件をきっかけに逃避行することになった、出会ったばかりの若い男女の物語。役者を目指して上京したものの、鳴かず飛ばずの日々を送っている翔太役を村上虹郎、心に深い傷を抱えて生きているタカラ役を芋生悠が演じた。ここでは外山監督と芋生悠にインタビューを行い、作品への想いを語ってもらった。



——『ソワレ』は豊原功補さん、小泉今日子さんらと外山監督が新世界合同会社という製作会社を立ち上げて実現したそうですね。最近、特に邦画ではオリジナル脚本の作品が少ない印象ですが、本作のプロジェクトはどのような経緯でスタートしたのですか?


外山文治監督「オリジナル脚本の映画化は難しいんですよね。自分は15年間、『作家性は要らないよ』と言われながらも、映像業界でなんとかオリジナルを書きたくてもがいていたわけなのですが、ここ1年、2年で少しずつ潮目が変わってきました。たとえば韓国映画の優れた作品が世界的に認められる中で、『日本の映画はどうなっているんだ?』という声が内部からも聞こえてきて。でも、それは人材がいなかったのではなくて、土壌がなかったんです。自分みたいにもがいてきた人はたくさんいたし、辞めていった人もいました。そういう中でなんとかオリジナルを書き続けたいと思っていたところ、和歌山で地域創生の映画を撮らないかと言われて。イメージするのはいわゆる“地域応援ムービー”みたいなことだと思うんですけど、それでもオリジナルが撮りたくて引き受けました。その翌日くらいに、小泉さんと豊原さんに初めてお会いしたんです」


——そうだったんですね。


外山文治監督「お二人から、この閉塞感のある業界の中で『新しいものを一緒に作れたらいいですね』というお話があって。それで和歌山の人たちに聞いたら、『地域応援映画じゃなくていいよ。せっかくならたくさんの人たちに観てもらえるような映画を作って』と言われたので、豊原さんと小泉さんに『一緒にやってください』とお願いしたのがすべてのスタートでした。『いつか一緒にやりたいね』と言ってくださった時期と『映画一本撮らない?』と言われた時期が、本当に一日の差だったんです」


——これまではシニア世代に目を向けた作品の印象が強かったのですが、なぜ今回は若者を主軸に描こうと思われたのですか?


外山文治監督「若手監督らしく青春映画を企画してほしいと言われることは多々ありましたが、周囲を見渡せば高齢化社会の中で行き場を失くした人がたくさんいるのに、そういう人たちを無視して若者だけを相手にするのもおかしいなと思っていて。暮らしの中で立ちつくしてしまった人達にメッセージを送りたいという意味で高齢化社会の問題を取り扱っていました。でも2019年になって、閉塞感を抱えているのは高齢者だけではないと。むしろこう、本当に先が見えなくなってきているのは若者の方もそうだし…。自分は来月から40代なのですが、今こそ若い2人を撮ってみようと思えた。スイッチを切り替えたというわけではなくて、自然にそうなったという感じです」





——『ソワレ』はキャスティングが本当に素晴らしかったです。翔太役の村上虹郎さんは2017年の短編映画『春なれや』でもご一緒されていましたが、タカラ役の芋生悠さんはどのような経緯で決まったのですか?


外山文治監督「芋生さんはオーディションです。もちろんオーディションの前から知っていましたし、彼女の出演作は観ていました。気になる女優さんだなと思っていたら、オーディションに来てくださって。最終オーディションでは全員が虹郎君と一緒にお芝居をしたのですが、その中で今回のストーリーを引き受ける強さと可憐さのある人は誰だろうと思ったときに、芋生さんだったということでしょうか」


——芋生さんがタカラ役を演じたいと思った理由は?


芋生悠「まずは今回集まったこのメンバーとやってみたいなというのがありました。それでオーディションを受けて、村上さんとそこで“はじめまして”をして。それから向かい合ってお芝居を始めたときに、あの目がすごく真っ直ぐで力強くて、そこに絶対に嘘がつけない時間があったんです。二人でお芝居する時間が本当に楽しかったので、帰り道は受かるかどうかということよりも、楽しかったなという気持ちでした。そしたら『タカラ役でお願いします』ということだったので、『もちろんです』というか、もう必然なんじゃないかという感覚でやらせていただきました」


——壮絶な経験をして、どこかすべてを諦めきったかのようなタカラを演じるのは、とても難しかったのではないでしょうか?


芋生悠「やっぱり簡単にはできない役で、自分がこの役に飲み込まれてしまう怖さがありました。基本はその役になってしまうのが一番いいと思っていたんですけど、今回は役に引っ張られて壊れてしまうんじゃないかという不安もあったんです。そこでどうしようかと考えたときに、タカラはすべてを諦めてしまっている中でも、ずっと持ち続けている希望の光があって。ちっちゃな光かもしれないけど、諦めている中にもそれを守り続けている強さがあったので、その光を一緒に守れたらいいなと思ったんです。(タカラは)孤独なので、本当に一番近くで、私だけでも一緒にいたいという気持ちで挑みました」

——翔太役の村上虹郎さんと演じる上で心がけたことはありますか?


芋生悠「村上さんに対しては、自分が何かを仕掛けなくても“きっと翔太でいてくれる”という信頼があったので、特にアプローチみたいなことはしていません。基本的には現場の合間もまったく会話はなくて、なんなら全然近くにいないし目も合わせないで、各シーンを始めるときに初めて向き合うような感覚でした。和歌山の土地がそうさせているのかもしれないし、村上さんがそこにいるだけで絶対に翔太になってくれるという安心感もあったので、自分もそのおかげで絶対にタカラになれる状態でした」


——少しずつ心を開いていくような、タカラと翔太の自然な距離感がとてもよかったです。


芋生悠「距離感については、身体的に近ければ一番距離が近いのかというと、そういうわけではないのかなと思っていて。あの一瞬かもしれないけど、私は演じていて二人で逃げている時間が幸せでした。翔太といる時間は初めて思い切り笑えたし、泣けたし、怒れたし、本当に幸せな時間で。この作品では人との距離みたいなことをすごく感じて、観終わった後に大切な人のことをたくさん思い浮かべたりしました」 


——タカラが父親から暴行を受けるシーンを含め、女性の描き方がとても丁寧だと感じました。


外山文治監督「もちろん虐待や性的虐待の本は沢山読みましたし、ここまで目を覆うようなことではなくても、世の中には目を凝らせば数多くありますし……。ただ、判を押したような被害者像を描きたいわけではなくて。彼女は記号的な犠牲者ではなくて、そこから生きていく強さはちゃんと描きたいと思っていました。私は意識的に男女どちらかの立ち位置に立ったとかではなく、人として真っ当に向かい合うと、ああいう表現になったということだと思います」


芋生悠「私は自分自身がタカラになっている部分もあるし、タカラを側で見ていた部分もあったので、大切な人が心も体もボロボロになる姿を近くで見ているような気持ちになって、あのシーンの後の撮休ではホテルから出られませんでした。悲しいとかではないんですよね。なんかもう、どうしていいかわからなくて、ただどんどん感情が奪われていくような気持ちでした。最近『ソワレ』を撮影したときのような暖かい気候になってきて、『ソワレ』の取材を受けたりしていると、急にあのときのタカラのトラウマがふわっとフラッシュバックする時間があるんです。本当にどうしたらいいかわからないくらい、もう這い上がれないくらいに叩き落とされたような気持ちになったりもして……。でも、この映画に残せてよかったなと思うのは、タカラが自分で守り続けていた光をなんとか一緒に救えたというか、救おうとしたので。タカラのような経験をしたことがある人だけじゃなくて、いろんな人に観てもらって、“ちゃんと光があって、それを守ろうとしている強さがあるんだよ”ということが伝わったらいいなと思います。彼女を被害者として観るのではなく、一人の人間として観てほしいです」





——プロデューサーを務めた豊原功補さんと小泉今日子さんから言われたことで、特に印象に残っていることはありますか?


外山文治監督「二人は常に横にいて一緒に戦ってくれるんです。たまに現場に顔を出すのではなく、ずっと隣にいて戦って汗を流してくれるので、みんなで乗り切った現場だったと思います。自分一人ではとても乗り切れなかったでしょうし、芋生さんもお二人がいるからこそやれたし、やってのけたというところが、きっとあると思います。それは全スタッフがそうだと思うんですけど、そういった団結があってできた作品なので、具体的なエピソードというよりも、常に横にいて戦ってくれるということかなと思います」


芋生悠「小泉さんからは一言だけもらいました。休憩中に二人でお弁当を食べていたら、『まあ、芋生は大丈夫っしょ!』とおっしゃって(笑)。監督もおっしゃったように、あの二人は一緒に戦ってくれるんです。上から『やれるっしょ』と言っているわけではなくて、戦友みたいなので、私も『がんばります!』という感じでした(笑)。お二人がいるから安心して伸び伸びできたなと思います」 


——『ソワレ』での演技は本当に素晴らしかったです。女優として、一人の人間として、今後はどのように成長していきたいですか?


芋生悠「私はやっぱり役者がすごく好きなので、これからも死ぬまでやっていきたいなと思っています。そして私たち役者だけではなくて、映画をやっている人たちだったり、広くは芸術をやっている人たちだったりが、思っていることを自由に表現できる場所を作っていきたいなと。それは自分が役者をやるためでもあるなと思うので、一人ではなくて仲間とかと一緒に作っていって、みんなが自分のことを好きになって、笑って生きていけたらいいなと思います」

——2020年は誰も想像していなかったような年になり、新型コロナウィルスの感染拡大によってエンターテインメント業界も大きな影響を受けています。このような状況の中で、表現者として思うことや、これからの表現活動について考えていることを教えてください。


外山文治監督「この自粛期間中は皆さん様々なつらい思いもあったでしょうし、うまくいかないことだったり、心が折れてしまうような日常があったと思います。自分は昔から老老介護や孤独死の問題など、ままならない人間たちをずっと描いてきたつもりではいるんです。そういった意味では、今この時代に本作を観てもらうのは大いなる意義があります。ここには簡単な希望は描かれていないですし、嘘の希望とかでお茶を濁すようなことはしていないんです。本当に夜明けを待つ人々、ぐっと堪えている人々を描いているので、この状況の中で観てもらうことこそ意味があるような気がしていて。そういった思いで観てもらえるといいなと思っています」


芋生悠「私は今22で、同年代と話していると、社会のことや映画業界のことなど、いろんなことを知るたびに無力さを感じるんです。あ、どうしようもないことがあったりするんだなと。でももしかしたら、30歳の人も40歳の人も50歳の人も、みんなそう感じてきたのかもしれないと思うと、これって繰り返すのかなと思ってしまって。もしかしたらその中で夢のある人が希望を失ってきたのかもしれないし、それは絶対にあってはいけないなと思うので、思い立った人たちがちゃんと手を取り合って、今立ち上がるべきなんじゃないかなと考えています。さらっとうまい具合に滑らかにしていくのではなくて、ちゃんと変えていかなきゃいけないなと。今までにくじかれた人も見たことがあって、本当に暗い道を、同じところをずっとわけもわからず歩いているような、このまま永遠に同じ景色を見続けるんじゃないかという人がいて……。急にパッと光らなくてもいいから、少しでも光っている場所を見つけられたらいいなと。それで報われる人たちが増えていけばいいなと思います」





photography Yudai Kusano
text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara



『ソワレ』
8月28日(金)よりテアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸ほか全国公開
https://soiree-movie.jp
オレオレ詐欺の片棒を担ぐなどして日銭を稼ぎ、役者になる夢に向かいつつも鳴かず飛ばずの毎日を送る若者、岩松翔太(村上虹郎)。ある夏の日、生まれ故郷の海辺の町で演劇を教えることになった彼は、所属する劇団と共に、高齢者施設を訪れる。そして、その施設で働く女性、山下タカラ(芋生悠)と出逢う。何かを諦めたような彼女の表情には、父親からの想像を絶する暴力が影を落としていた。祭りの日、タカラのアパートで暴行を目撃した翔太は、衝動的に父親を刺してしまった彼女の手を引き、その場から走り出す。
咄嗟に電車に飛び乗ったふたり。こうして目的地のない逃避行が始まった_。


村上虹郎 芋生 悠
岡部たかし 康 すおん 塚原大助 花王おさむ 田川可奈美 
江口のりこ 石橋けい 山本浩司
監督・脚本 外山文治
プロデューサー:豊原功補 共同プロデューサー:前田和紀 アソシエイトプロデューサー:小泉今日子
制作プロダクション:新世界合同会社 制作協力:キリシマ1945 製作:2020ソワレフィルムパートナーズ
後援:和歌山県 協力:御坊日高映画プロジェクト 配給・宣伝:東京テアトル
2020年/日本/111分/5.1ch/シネスコ/カラー/デジタル/PG12+
(C) 2020ソワレフィルムパートナーズ

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