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text by Daisuke Watanuki

Pride Aging Issue vol.1 『老ナルキソス』東海林毅監督インタビュー




「サクセスフル・エイジング」の重要性が叫ばれる昨今、“理想の生き方、老い方”で人生をまっとうできる社会が望ましいとされている。しかしいまだにクィアの人々の老後についてはロールモデルが乏しく、希望を見いだせない当事者も多い。同性婚も認められていない日本で、クィアたちが将来的に直面しうる困難について、またその困難をサバイブするために活用できる様々な術について学びを深める「Pride Aging Issue」。第1弾は、老いを迎えた70代のゲイ男性と20代のウリ専ボーイを中心に、年代差による人権、生活、パートナー、法制度に対する考え方の違いを示した映画『老ナルキソス』の東海林毅監督にインタビューを敢行。監督自身が感じた時代の変化や、作品に込めた思いを中心に伺った。

ーー『老ナルキソス』はふたりの主人公の姿から、性的マイノリティと社会の関わりの時代による変化を浮き彫りにしていく作品です。まずは監督自身がこれまでの人生で感じてきた変化からお伺いします。


東海林「僕は1974年生まれなんですけど、中学校ぐらいの頃に、エイズパニック(HIVに感染している人に対する激しいバッシングやプライバシーなど人権を侵害する報道)があったんですよね。その頃、『とんねるずのみなさんのおかげです』というバラエティ番組でやっていたのが保毛尾田保毛男というコントです。あれがまず1つ、大きな引っかかりでした。非当事者がメイクで青ひげとピンクの頬を描き、ホモ・オカマというのはこういう人のことですよというのを面白おかしく、気持ち悪く演じることによって、笑いを誘っていた。それを友達みんなが見ていて、笑うわけです。当事者である僕もそれを見て笑うわけです。それでもそのコントを見た翌日は、やはり学校に行けないんですよね。もし、自分が、社会の偏見により”異常”で”気持ち悪い”スティグマを貼られている存在と一緒だとバレたら、もうやってけない。自分の居場所はないと思うと、怖くなってしまうわけですよ。まだ自分自身をしっかりアイデンティファイできていない状態であれをぶつけられたら、とてもじゃないけどやっていられないですよね」


ーー生きやすくなった時期を覚えていますか?


東海林「20歳の時に、初めて短編の自主映画を撮りました。それは同性愛者の青年を主人公にしたアート性のある作品で、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現レインボー・リール東京) のコンペに出品し、審査員特別賞をもらいました。それをきっかけにバイセクシュアルであることをカミングアウトをしたのですが、それからは明確に楽になりましたよね、少なくとも、自分の周りの人にはもう、隠す必要もなくなったんだという」


ーークローゼットから出たタイミングがご自身の中では大きかったと。では社会的な変化によって、生きやすさを感じたことはありますか?


東海林「その後『老ナルキソス』の短編(2017年)を撮るまで、仕事としてやってきた作品の中に性的マイノリティの表象を出すことも1回もなかったですし、しばらくは当事者性のある活動からは距離を置いてきていました。そんな中であるときふっと世の中を見回したら、いわゆる“LGBT”という単語がいっぱい目につくようになっていたんです。そしていつの間にかBLブームが起きていた。この2つは大きな変化だったなと思います」








ーー『老ナルキソス』にはその変化による戸惑いも表れていたように思います。


東海林「“LGBT”ブームと言っていいと思うんですけども、気がついたらいつの間にか“LGBT”作品がいっぱい増えていた。しかしそれらを観てみると、僕が20代の頃に好きで観ていたクィア映画・ゲイ映画にあった『クィアネス』があまり感じられなかったんです。この物語は異性愛者に置き換えても成立するんじゃないかという話があまりにも多かった。ヘテロセクシュアルの人が観やすいようにきれいに作られた映画ばかりが増えて、結果的に『クィアネス』が漂白されていたんです。それはちょっと自分の観たいものとは違ったので、自分で作ろうと思いました」


ーー本作は70代と20代の男性同性愛者の約50歳の年齢差による、世代間のギャップに焦点が当てられていました。特に周縁化されてきた時代を生きてこられた高齢の方と、“LGBT”という言葉が当たり前に使われている現代の若者との差はかなりあると思います。そのなかで、若い世代から上の世代にバトンを手渡すという描き方をされていたのが印象的でした。


東海林「そうですね。同じ属性でも、生きてきた年代や時間、経験によっては考え方に違いがあるのは当然です。たとえば、人権、生活、パートナー、法制度に対する考え方です。だいたい歴史は上の世代から下の世代に接続していく、バトンが受け渡されるものだと思うんです。もちろんゲイヒストリーや“LGBT”のヒストリーもそうだと思うんですけど、それでも、人権意識みたいなものに関しては、逆に下の世代から上の世代に手渡せるものもあるんじゃないかと思います。個人と個人の関係の向こう側に、もうちょっと社会的なイシューが見えてくる作品を今回は目指しました」


ーー比べることではありませんが、70代の当事者の方が受けてきた差別や偏見の経験は相当のものだったと思います。


東海林「1990年まではWHOの疾病基準でも同性愛は精神障害とされてました※。要はみんな頭のおかしい人たちとして扱われてきた。ありのままの姿で社会の中に残りたければ、夜の世界など自分たちが生きていても認められるギリギリの場所で、社会にしがみつくしかない。いわゆる周縁化された場所で生活するしかなかったわけです。だからこそ、セクシュアリティを隠して生きてきた人がほとんどだったと思います。異性と結婚して子どももつくる、いわゆる『既婚ゲイ』の人も相当います。でも、今では学校教育でも性的マイノリティについて教えるような社会になってきた。そうなると今度は、最初から性的マイノリティの人たちは社会の内側に包摂されてるわけですよね。外側に追いやられた存在と捉えるか、内側にいるべき存在だと捉えるか、そのギャップは大きいと思います。僕はちょうど中間の世代なので、両方からの考え方が入ってきています。年齢に関係なく自分たちの中にいわゆる偏見とか差別を内面化してる人はいますが、やはり高齢の方ほどその傾向は強いと思います」








ーー社会制度や社会のありようによって植え付けられた偏見・差別の差は大きいと思います。それによって人生の選択を歪められた可能性もたくさんあるわけで。


東海林「上の世代の人たちと話してると、『ホモなんてのは隠花植物。日陰の生き物として、人の目につかないところで生きて死んでいけばいいんだよ』って言ってる人もいる。僕はそういう人たちに『いや、それは違いますよ。もっと権利のために一緒に戦いましょう』なんて言えない。別にその人たちが今いる場所で幸せだったら、そのまま幸せに生きていけばいいんだろうと思うんです。でも、僕も含めてもっと若い世代は『もうそれじゃダメだから、ちゃんと声をあげていきましょう』と思っている人も多い。そこには連帯していきたいです。生きづらさを感じている人たちを含め、いろんな人たちが幸せに生きられるのが『リブ』なのではないかと思うので」


ーークローゼットのまま異性と結婚した人、一人で生きる人、コミュニティをつくっている人……いろんなタイプの高齢のゲイの方が映画には登場します。その方々が持ちよりの食事会をするシーンも印象的でした。


東海林「高齢の性的マイノリティ当事者がどう生活してるのか。実態ってなかなか見えてこないじゃないですか。なかには友達同士で、いわゆる生存確認も含めて集まってケアをして、楽しい時間を過ごしている人もいるんです。こういう活動もありますよということをシンプルに知ってほしかったというのはあります」







ーーこれからの時代、性的マイノリティ当事者に限らず重要なシステムだと思いました。“ふつう”の家族観からはみ出た人たちは特にですが、“おひとり様”という選択肢があるなかで、むしろこの取り組みは行政がもっと力を入れて主導してもいいくらいだと思います。行政との関わりでいえば、役所のシーンもありましたね。


東海林「今回は特に同性パートナーシップ制度の説明に時間を割きました。制度を利用する可能性のある当事者も、申請の仕方、書類の種類、費用など意外と制度のことがよくわかっていない。まずはものすごく正確に制度を知ってもらう必要があると思いました。もう1つの意図としては、とにかく細かく描くことによって、これは婚姻制度とは全く違うものなんだなっていうのが明確に分かるようにしたかった。婚姻だったら、婚姻届けを出して、おめでとうございますで終わりですから。公正証書がどうとか、何度も窓口に行く必要があることとか、その差を読み取ってもらえればいいかなと。自治体によって手続きの内容も保障される範囲も異なるのですが、映画のシーンはある自治体のパートナーシップ制度をモデルにしていて、宣誓の文言も実際の内容に非常に近いものにしています」


ーー役所の担当者の当事者への対応も気になりました。


東海林「担当者が窓口でレインボーバッジを手渡すシーンは、あえて入れました。性的マイノリティの当事者にとってのレインボーカラーの持つ『重み』や意味を本当に分かって渡していますか? と思ってしまいますよね。あと、最後の方で市長らしき人とレインボーフラッグを持って記念写真を撮るシーンを入れているのですが、あれも正直に言うと、同様にちょっと意地悪な気持ちが込められています。当事者の人生や生活、主張や生命が、行政や企業のイメージアップのためにいいように利用されてしまっているのではないか。当事者として、そういう疑念が湧かないといえば嘘になります。もちろん行政でも企業でも、ものすごく真剣に取り組んでくださってる素晴らしい方がいっぱいいらっしゃることも、僕はわかってます。しかし、どこかでそういう不信感が捨てられないところもやはりあるんです」


ーーまだ理解や教育が現場まで追いついていない部分もあるんでしょうね。


東海林「そうですね。ただやはり現状婚姻制度が利用できないなかで性的マイノリティの人生において、同性パートナーシップ制度や養子縁組、養育里親制度などは直面する可能性が高い制度です。役所の方もそのことはしっかり理解していただきたいです」







ーー監督は先日、インドで開催された「KASHISHムンバイ国際クィア映画祭」にも参加されていましたね。海外のクィア映画祭で見えてきた、近年のクィア作品の傾向などはありますか?


東海林「描かれ方でいえば、他人の権利を踏まない、なるべく誰かを傷つけないという配慮のもと制作されているものがやはり多いなと思いますよね。それにどの国のクィア映画祭でもみなさん気にするのは、作品で性的マイノリティの役を演じているのは当事者の俳優なのかというところ。日本でそれを言うと、いまだにポリコレだみたいなことを言われますが、海外ではもう根本的にみんな気にしながら観ています」


ーー日本ではまだそこを気にされている作品は少ない印象があります。


東海林「セクシュアリティをオープンリーにしている俳優がまだまだ少ないですし、それを許さない社会の空気が根強いという問題もあるのだと思います。また、他人の権利を踏まないという点でもまだ未成熟だと思います。本来、何かを否定して物語を成立させるのは、結構怖いことですよね。それに明確な悪があるにも関わらず、どっちもどっち論に落とし込む作品もありますが、それもいいとは思えない。いまだに日本のエンタメはどちらもやりがちだな思います」


ーーカンヌではクィアパルム賞も話題になりましたが、他の映画祭でもクィアをテーマにした映画に贈られる映画賞は増えてきているのでしょうか。


東海林「増えてきていると思います。『ベルリン国際映画祭』のテディ賞はそのさきがけですが、この賞ができるまでは、性的マイノリティの作家たち/作品は、賞レースを中心とする映画文化のなかではある意味ないがしろにされてきた。それを見直して、評価する機運は年々高まってきていると思います」


ーーさらに言えば、今後は説明的ではなく普通にクィアな人たちが存在している作品が増えていくのが理想的なんでしょうね。


東海林「日本映画でありがちなのは、マイノリティを画面に出した時に、その人に意味を与えてしまうこと。存在する意味を与えてしまったら、もうダメじゃないですか。それって偏見であり、差別なんですよね。マイノリティは物語の中で常になんらかの役割を担わされ、社会から与えられたハードルを乗り越えて、克服しなければならなかった。でも僕は、そうではない作品をつくっていきたいです」



※「性同一性障害」については2019年に精神障害の分類から除外。「性同一性障害」はかつての名称で、現在は「性別不合」「性別違和」と表されている。


text Daisuke Watanuki(https://www.instagram.com/watanukinow/




『老ナルキソス』
全国上映中 東京・8月11日より池袋シネマ・ロサにて上映
上映館:https://oldnarcissus.com/theaterlist.html

ゲイでナルシストの老絵本作家山崎は、自らの衰えゆく容姿に耐えられず、作家としてもスランプに陥っている。ある日ウリセンボーイのレオと出会い、その若さと美しさに打ちのめされる。しかし、山崎の代表作を心の糧にして育ったというレオ −自分以外の存在に、生涯で初めて恋心を抱く。レオもまた山崎に見知らぬ父親の面影を重ね合わせ、すれ違いを抱えたまま、二人の旅が始まる…。
パートナーシップ制度は「ある」が同性婚は「ない」中で、家族とは?
「ゲイ」という呼び名もまだ一般的ではない時代から日陰者として社会の方隅で生きてきたナルシストの老絵本作家。差別や偏見との闘いの時代を経てすでに性的マイノリティが可視化されたLGBT世代のウリセンボーイ。世代も考え方も違う二人の個人的な関係の中から立ち現れる、同性愛者たちの過去と未来の「家族」にまつわる葛藤の物語。


監督:東海林毅
出演:田村泰二郎 /水石亜飛夢/寺山武志/日出郎/モロ師岡/田中理来/新垣篤/タカハシシンノスケ/遠藤史崇/荒木ロンペー/湯沢勉/椎名綾子/松林慎司/山下ケイジ/新海ひろ子/三輪千明/根矢涼香/富士たくや/津田寛治/千葉雅子/村井國夫
2022年/日本/1.85:1/110分/R15+ 配給 オンリー・ハーツ
https://oldnarcissus.com

©老ナルキソス製作委員会



東海林毅
石川県出身 映画監督、映像作家、CGデザイナー、コンポジター
武蔵野美術大学在学中より活動を開始し1995年東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて審査員特別賞を受賞。バイセクシュアル当事者でもあり、商業作品を監督する傍ら主に自主作品の中でLGBTQ+と社会との関わりを探ってきた。同名の短編『老ナルキソス』(2017)が国内外の映画祭で10 冠を獲得したほか、短編『片袖の魚』(2021)では日本で初めてトランスジェンダー当事者俳優の一般公募オーディションを行い話題となった。

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