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『旅のおわり世界のはじまり』 黒沢清監督インタビュー“まずは全面的に人を信じて、それに乗っかってどんどん挑戦していくべき”




ジャンルを問わず実に多彩な作品を手がけ、その独特な視線が国内外で高い評価を誇る黒沢清監督。中央アジアに位置するウズベキスタンに1ヶ月間滞在して撮影した最新作『旅のおわり世界のはじまり』の主人公は、テレビ番組のロケでウズベキスタンを訪れた若い女性レポーター。彼女が異国の地で閉ざした心を少しずつ開き、成長していく姿を、まるでドキュメンタリーのように描いている。6月14日の公開を前に、ウズベキスタンで映画を撮ることになった経緯や主演の前田敦子の魅力、さらには映画づくりへの想いまで、黒沢監督に話を聞いた。テレビクルー役で脇を固める加瀬亮、染谷将太、柄本時生の演技にも注目。



――ウズベキスタンを舞台にした本作の企画は、どのような経緯で実現したのですか?


黒沢清監督「『ウズベキスタンで映画を撮りませんか?』というオファーから始まりました。おそらく日本ではあまり知られていない国ですが、ウズベキスタンの方たちは日本に限らず、いろんな国の人に自国について知ってもらいたい、観光に訪れてもらいたいという思いがあるようです。どうして僕に話が来たのかはわからないのですが、現地で映画を撮って、日本の観客に少しでもウズベキスタンを知ってもらいたいということだったようです」


――その時点では、ウズベキスタンについてどのようなイメージをお持ちでしたか?


黒沢監督「ウズベキスタンと言われても、すぐにピンとは来ませんでした。ただ、僕は昔から映画とは関係のないところでシルクロードや中央アジアの歴史などに興味があり、いろんな本を読んでいました。ですので、サマルカンドとかタシケントという地名にはすぐに反応して、一度行ってみたいという思いから引き受けました」


――ロケハンのために現地入りする前に脚本を書かれたそうですね。


黒沢監督「決定稿ではないのですが、大体どんな物語にするかはロケハンに行く前に書きました。なんとなく漠然と行って、そこから何か物語をひねり出すという方法もあるのかもしれませんが、僕はある程度予想を立てて、この物語だったらあり得るんじゃないかと想像して、そのベースを持って現地入りしました。ウズベキスタンには行ったことがなかったのですが、映画祭などでいろんな国に行ったことがあるので、何も知らない国にいきなり行ったらどうなるかは何となくわかっていました。まずは自分の経験をベースにして、この物語だったらあり得るかなと考えたのです」


――その時点で、テレビクルーが番組のロケでウズベキスタンに行くという設定も決めていらしたのですか?


黒沢監督「ざっくりと決めていました。全然知らない国ですし、その国に深く関わるということは多分できないだろうと思ったのです。でもテレビクルーだったら、僕が映画祭で呼ばれるのと同じように、“行きたいから行った”というよりは、“呼ばれたから行った”ということにできる。その国にものすごい興味があって行ったというよりは、仕事で仕方なく行って、だからこそ未知なものに突然出会ってびっくりしたり、魅力を感じたり、あるいは本当に些細なことが怖く思えたり、そんなことがあるのではないかと思いました」







――本作では外部から与えられる恐怖というよりも、未知に対する恐怖や、自分の中から生み出される恐怖が描かれていたのが印象的でした。


黒沢監督「僕がそうなのですが、知らない外国に行くとすごく用心深くなって、じゃあ出歩かなければいいのに、やっぱりついウロウロしてしまうんですよね。人が親切に話しかけてきても警戒して、『地球の歩き方』だけを頼りに突っ込んで行くという(笑)。笑っちゃうんですけど、本人にとっては一大事。主人公を中心にそのことを描いていけば、端から見れば笑ってしまうようなことでも、観ている観客は彼女と一体化して、小さなことにハラハラドキドキしながら最後まで観ていただけるかなと思って、このような作りにしました」


――前田敦子さんとは『Seventh Code』『散歩する侵略者』に続く3度目のお仕事ですが、彼女を主人公の葉子役にキャスティングした理由は?


黒沢監督「葉子は見知らぬ外国に行って孤立しています。さらにはテレビクルーという仕事仲間の中でも、仕事として自分の役割はこなしつつ、それ以上の関係はあえて持たずに、自分の中だけで一線を引いて孤立しているんです。それはある種の強さでもあるし、そこが弱点でもある。たくさんの中にいても一線を引いている感じが自然に立ち込める若い方というと、やはり前田敦子以外にないと思いました。それはAKB時代に大勢の中にいながら常にセンターにいて、ある意味で孤立していた経験からくるのかもしれませんし、こちらの思い込みもあるのかもしれません。決して本人はそういう人間ではないのですが、彼女の強さと孤独感には独特なものがあります。周りに誰も友だちがいないような見知らぬ場所に置くと、その独特な孤立ぶりが際立つと思ってキャスティングさせていただきました。彼女は『そんなに私、孤独じゃないんですけど』と言っていたので、やはりこちらの思い込みもあるんでしょうけどね(笑)」


――前田さんに対して、現場ではどのようなディレクションをされたのですか?


黒沢監督「孤立しているということは強いということでもあるので、相手に負けないでくれと言いました。日本人は相手が強く出てくるとつい引っ込んでしまうのですが、引っ込まなくていい、常に対立していてほしい、と。あとは、愛想笑いをする必要はないと伝えました。葉子はレポーターなので、仕事では作り笑いを見せるのですが、それが終わったら一切その笑顔は要りません、と。それくらいですね」


――本作の見どころに葉子が名曲「愛の讃歌」を歌うシーンがあります。2つの歌のシーンに込めた思いを教えてください。


黒沢監督「本作を撮影するにあたって、ウズベキスタン側からの唯一の条件として、どんな形でもいいのでタシケントにあるナヴォイ劇場を撮ってほしいと頼まれました。テレビクルーが妙な場所に行って様々な体験をするという物語は頭に思い描いていたのですが、ナヴォイ劇場は非常に美しいだけに、その流れにははまらない。そこでふと、だったら歌うかと思ったんです(笑)。そこから逆算で葉子の設定をひねり出していきました。彼女が歌う曲については迷ったのですが、著作権がクリアできて、あのような劇場で高らかに歌える有名な曲ということで『愛の讃歌』に決めました。なかなか過激な狂おしい愛の歌詞なので、孤立した葉子の唯一の心の支えになっているのが東京にいる男性への愛で、それがギリギリ彼女を支えているという設定が固まっていきました」


――前田さん世代の方にとって、あの歌を歌うことはけっこうなプレッシャーだったのではないでしょうか?


黒沢監督「歌のシーンは彼女にとって、ものすごいプレッシャーだったようです。特に山の上のシーンは、空気の薄い中で最後まで歌い切るのはかなり大変だったと思います。ただ、そこは前田敦子ですね。劇場で歌うときはオーケストラが音楽を鳴らしてくれて、自分はそこで気持ちよく歌っていればいいので、これはむしろ楽だったと言っていました。さすがAKBのセンターです(笑)」










――ウズベキスタンに1ヶ月滞在して撮影されたそうですが、現地のスタッフやキャストとのお仕事はいかがでしたか?


黒沢監督「ウズベキスタンの人たちは実に人懐っこいですし、これは本当に恐縮したのですが、親日の方がとても多いです。通訳を探したら日本語を話せる人が10人、20人とすぐに集まりました。イスラムというと厳格なイメージがあるかもしれないですが、彼らは本当に穏やかで、男性はあまりヒゲを生やしていません。テムル役のアディズ(・ラジャボフ)さんは現地の有名なスターなのですが、ヒゲを生やしてほしいとお願いしたら、『え、生やすんですか?』と言われて。照れ臭そうに、『いやー、うっかりヒゲを生やすとイスラムの過激派と思われて嫌なんですよね』とおっしゃっていました(笑)。それくらい穏やかなイスラムなんです。気立ての良い人たちが多いです」


――街の雰囲気は?


黒沢監督「ゴミはほとんど落ちていないですし、いかがわしい場所とか怖い場所もあまりありませんでした。タシケントの裏通りとか、暗くて見るからに怖そうなんですよ。夜11時くらいにポツンと明かりがついていて、怖いと思いつつ近寄って行くと、子どもがサッカーをしていてびっくりしました。それくらい平和なんですよね。ロシアとはまた違った、伝統的なイスラムに根ざした文化がある地方なのだろうと思います。何千年も前から世界中の人々が行き交う都会だったところですから、大らかで懐の深い伝統があるんだろうなと思いました」

――警察に行った葉子が、それまで逃げていた現地の人たちと向き合うシーンが印象的でした。最近はSNSなどで誰もがつながっているようで、かつてないほどに世の中が分断しているように感じます。だからこそあのシーンが心に響いたのですが、監督は観客に本作からどのようなことを感じ取ってほしいですか?


黒沢監督「人と本当に知り合うのは難しいのですが、実際に会って話してみれば、相手との違いや共通点がわかるので、自分自身が勝手に作っていた境界線が一気に変更される感じがします。だから“世界”と大げさに言っていますけど、“世界”とはつまりその境界線のことなのだろうと思うのです。『ここにこんな人がいたんだね。なるほど、それわかる』と思った瞬間、世界と接しているんだなと感じられます。ひょっとすると東京にいたって、これが世界なんだと思える瞬間はあるかもしれないので、そのようなチャンスを目ざとく見つけて、思い切って世界と向き合ってほしいです。僕自身も言うは易しなのですが、境界線を変更するのは容易くはないですね。でも、実際に(海外の人と)会ってみると、その国が急にその人を通して親しいものに感じられることがあります。それ以降、新聞などでその国の記事が出ると、『大丈夫かな、あの人?』と心配になる。前はその国の名前を聞いても何ひとつ感情が動かなかったのに」


――人ごとではなくなりますよね。


黒沢監督「そうですね。日本とその国の関係が悪くなったと聞くと、『いや、そんなはずはない。あの人の住んでいるあの国とは、絶対にうまく付き合っていける』と。国と国がやっていることとは違うこととして、世界を実感できるはずだと思っています」






――異文化や異国に限らず、新しい環境になじめずにいる人も、本作の主人公の孤独感に寄り添いつつ、最初の一歩を踏み出す勇気を得られるのかなと感じました。


黒沢監督「そうですね。ただし、自分の中にある、ある種の価値観や強さみたいなものも必要とされるのだろうと思います。『これが自分だ』というものがあるからこそ、『人はこれなんだ』と理解できる。それはすぐにできることではないでしょうけど、自分自身をちゃんと持っていれば、勇気を持って全く未知のものと接し、まるごと受け入れることができるのだと思います」


――同じジャンルの映画を撮り続ける監督もいますが、黒沢監督は多彩なジャンルの映画を手がけられていて、作品毎にどのようなストーリーが飛び出すのか楽しみです。


黒沢監督「ポリシーというほど深いものではないのですが、僕は撮れるものを撮るようにしています。長年の経験からくるものだと思うのですが、“撮りたいもの”を撮るのではなく、“撮れそうなもの”を撮るんです。映画は一人ではなく、スタッフや俳優を巻き込んで人のお金で作るわけですから、撮りたいものと言っても、そこにはいろんな未知の要素が入ってきます。撮りたいものを撮っているはずが『あれ、これ本当に撮りたかったんだっけ?』と混乱したり、出来上がったものが、最初思い描いていたものとは似ても似つかぬものになってしまうこともよくあります。逆に撮りたいからでなく、仕事と割り切って始めたのに、スタッフやキャストと進めていくうちに面白くなって、自分が撮りたいものに変わっていくことも、しょっちゅうです。ですから、撮りたかったか撮りたくなかったかは撮ってみたいとわからない。だったら、ただ夢のように撮りたいものを目指すのではなく、撮れるものを撮る。すると、それが自然に自分の撮りたいもの、ひょっとすると夢にまで変わっていくことがあるのです。だから、自然にいろんなジャンルの作品を撮るということになっているようです」


――クリエイターの大先輩として、次世代の若者たちに向けて、若いうちにこれだけはやっておいた方がいいというアドバイスはありますか?


黒沢監督「自分だけの何かをとことん追求するのもありだと思うのですが、少なくともグループでクリエイトすることを目指している場合は、まずは人を信じることが出発点でしょう。とにかく人を100パーセント信じて、その作業の中に自分がどう位置づけられるかを経験する。そうやっていくうちに、自分が本当は何をやりたいか、どうやったらそれができていくのか、だんだんわかっていくはずです。まずは全面的に人を信じて、それに乗っかってどんどん挑戦していくべきだと思います」




text Nao Machida
edit Ryoko Kuwahara






『旅のおわり 世界のはじまり』
tabisekamovie.com
6月14日(金)テアトル新宿、渋谷ユーロスペースほか全国ロードショー
監督・脚本:黒沢 清
出演:前田敦子、加瀬 亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ
Tw@tabisekamovie FB@tabisekamovie インスタ@tabisekamovie
(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
配給:東京テアトル


ストーリー
心の居場所を見失ったら? 扉を開く鍵はここにある──
テレビ番組のリポーターを務める葉子は巨大な湖に棲む“幻の怪魚”を探すため、番組クルーと共に、かつてシルクロードの中心地として栄えたこの地を訪れた。夢は、歌うこと。その情熱を胸に秘め、目の前の仕事をこなしている。収録を重ねるが、約束どおりにはいかない異国でのロケで、いらだちを募らせるスタッフ。ある日の撮影が終わり、ひとり街に出た彼女は、聞こえてきた微かな歌声に誘われ美しい装飾の施された劇場に迷い込む。そして扉の先で、夢と現実が交差する不思議な経験をする──。彼女が、旅の果てで出会ったものとは……?





黒沢清
1955年生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。その後、『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『ニンゲン合格』(99)、『カリスマ』(00)と話題作が続き、『回路』(01)では、第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。また『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。ドラマ「贖罪」(12/WOWOW)は、多くの国際映画祭で上映された。近年の作品に、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code』(14)、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞した『岸辺の旅』(15)、『クリーピー 偽りの隣人』(16)、フランス・ベルギー・日本の合作映画の『ダゲレオタイプの女』(16)、『散歩する侵略者』(17)、ドラマ「予兆 散歩する侵略者(17/WOWOW)などがある。
※()は公開年

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