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text by Junnosuke Amai

「沢山のLGBTQ+のアーティストたちが出てきていて、私もその一人なんだから、自分の音楽を通して表現しなきゃと思った。そうすることで人々を助けることができるのであれば、お互いを助け合うことに貢献したかった」Interview with Pale Waves about “Who Am I?”


 

マンチェスターの4人組、ペール・ウェーヴスが2枚目のフル・アルバム『Who Am I?』をリリースした。「最初にレコードを書いた23歳の時よりも、もっと喜んで自分自身をさらけ出せるようになったんだと思う」。ソングライターのヘザー・バロン・グレイシーがそう語る今作は、“愛”が大きなテーマのひとつになっている。と同時に、彼女にとって『Who Am I?』は、LQBTQ+としての自らのセクシャリティをオープンにした作品でもある。パートナーや家族、自分自身、そして困難な立場に置かれた女性たちに向けて注がれる様々なかたちの“愛”。そうして綴られたまっすぐな言葉たちが、90〜2000年代のポップ・パンクやパワー・ポップにインスピレーションを得たサウンドにのせて力強く歌い上げられている。今作の制作にあたりヘザーのなかで芽生えた新たな意識、それによってバンドにもたらされたポジティヴな変化を感じることができるのではないだろうか。(→ in English)

 

――ニュー・アルバムの『Who Am I?』は、パーソナルな告白でありながら普遍的なことが歌われていて、たくさんの問いかけや共感に満ちた作品だと思います。リリースされてから1ヶ月近くが経ち、様々な声が届けられたと思いますが、率直にどう受け止めていますか? そうした声を目にして、アルバムについて新たな気づきのようなものはありましたか?
 

ヘザー「みんなに『レコードのお気に入りの曲は何?』って投票を募ったから、1ヶ月間どの曲がみんなのお気に入りかを実際に目にすることができた。あれを見るのはすごく興味深かったな。アルバム・リリースのキャンペーンなんかで特定のトラックを押すと、それが自動的にお気に入りになっちゃったりするでしょ? で、次に違う曲が展開されると、それが新しいお気に入りになったり。でも今回は、アルバム全体の曲をまず同じように聴いてから、その中でみんなが何を選ぶかを知ることができたからよかった」
 

――アルバムへのリアクションには満足していますか?
 

ヘザー「もちろん! 大満足。予想よりも遥かに良いリアクションをもらってると思う。期待以上よ」
 

――今はまだアメリカに?
 

ヘザー「そう。今はまだアメリカで、ルイスと一緒に住んでる。でもこのあと私は少しナッシュビルにいくつもりで、それからまたLAに戻ってくる予定」
 

――アメリカが気に入っているようですね。
 

ヘザー「大好き」
 

――イギリスに戻る予定は?
 

ヘザー「他のメンバーは戻るかもだけど、私はこの国に住むつもり」
 

――イギリスと比べて何がそんなにいいんですか?(笑)
 

ヘザー「天気! こっちの方が気候が何倍もいいの。もうあの雨ばっかりの環境には戻れない(笑)。雨はもう一生分経験したから(笑)」
 


 

――アルバム制作にコロナは影響しましたか?
 

ヘザー「ライティングには影響しなかった。曲は全てパンデミックの前に書き上げていたから。でもレコーディングには確実に影響した。レコーディングしている時にパンデミックが始まったんだけど、LAでレコーディングしていて、バンドのメンバーはイギリスに帰れなくなったら大変だから、イギリスに帰って。だから、アルバムの半分、いや、ほとんどは私とプロデューサーだけでレコーディングした。他のメンバーは、イギリスの自分たちの家のベッドルームでレコーディングしたものを私たちに送ってくれた。クレイジーだよね。だから、コロナは確実にこのアルバムに影響していると思う」
 

――コロナ禍という状況に加えて、昨年にはツアー中に交通事故に遭われたということで、今回のアルバムが完成に漕ぎ着けるまでには様々な困難があったと想像します。
 

ヘザー「面白い経験であったことは確かよ。それに、コロナがアルバムの制作に影響したことに対して文句はいいたくない。だって、困難に直面しているのは私たちだけじゃなくてみんなだから。みんなが何かを犠牲にして頑張ってる。私はただ、レコードが完成したことが嬉しいし、良かったと思っている」
 

――これまでの過程を振り返ったとき、思い出されるシーンや出来事とはどんなことでしょうか?
 

ヘザー「今回は、アルバムを2つ状況でレコーディングしたでしょ? 一つ目の状況はパンデミック前。二つ目の状況はパンデミックが始まったあと。初日、私がスタジオにきたら、私とプロデューサーしかいなかったんだけど、あの時のスタジオの不気味な雰囲気が忘れられない。お互い近寄り過ぎないようにして、マスクも手袋もつけて、そこらじゅうに消毒剤が置いてあって……あの異常な雰囲気。なんか、不毛地帯って感じ。あの感じはすごく覚えてる。早く作業を終わらせなきゃって思った」
 


 

――今回のアルバムでは、様々な誰かに向けられた、様々な愛のかたちが描かれています。これまでにもラヴ・ソングは歌われてきたと思いますが、今回改めて“愛”にフォーカスし、それにまつわる感情を掘り下げようとされたのはどうしてだったのでしょうか?
 

ヘザー「アルバムの曲を書いている期間で私の身近にあったものだからだよ。そして、それが色々な形で私を包んでいたから。だから、私にとってはすごく書きやすいトピックだった。私自身が表現したいことでもあったしね。今回のアルバムで取り上げたいテーマは色々あった。社会や身体イメージ、メンタヘルスもそうだし、愛は確実に私がこのアルバムで語りたいと思っていた明確なアイディアの一つだった。それに、“愛”ってすごく普遍的なものだしね。多くの人々にこのレコードを聴いて繋がりを感じて欲しい」
 

――テーマは自分で考えて作ろうとするよりも、降りてくることの方が多い?
 

ヘザー「大抵の場合降りてくる。だから、このセカンド・アルバムもすごくパーソナルな作品に仕上がっていると思う。アルバムを書き始める前から、曲のアイディアはずっと私の周りに存在していたんだ」
 

――その“愛”というテーマとも関係していますが、今回のアルバムはあなたにとって、LQBTQ+としての自身のセクシャリティをオープンにした作品でもあります。そうした背景には、何かきっかけのようなものがあったのでしょうか?
 

ヘザー「特にこれといったきっかけはなかった。最初のレコードの時は、ただ書きたい対象となる人と出会っていなかっただけ。でも今回のレコードでは、その人について書きたいと思う人がいた。私はその人をすごく誇りに思っているし、自分のアートを通してそれを表現したかったんだよね。自分が何かを自覚したとかじゃなくて、ファースト・アルバムから時が流れて成長して、最初にレコードを書いた23歳の時よりも、もっと喜んで自分自身をさらけ出せるようになったんだと思う。前には表現しきれていなかった自分の新しい側面を表現する準備が出来るようになったんじゃないかな。あと、最近は本当に沢山のLGBTQ+のアーティストたちが出てきているのも知っているし、私もその一人なんだから、私も自分の音楽を通して表現しなきゃと思った。そうすることで人々を助けることができるのであれば、そうするべきだよね。お互いを助け合うことに貢献したいと思った。だから、自分が果たせる役割を果たしたいと思ったんだ」
 

――そのことについてメンバーと話し合ったりされましたか?
 

ヘザー「今回のアルバムに収録されている曲は、ほとんど私が一人で書いて、バンドのメンバーは曲作りにはあまり関わっていなくて、レコーディング前には全て書きあがっていた。でも、事前にメンバーたちにデモを聴いてもらったら、みんなデモをすごく気に入ってくれて、セカンド・アルバムのメッセージや全てに心から乗り気になってくれた」
 

――よりオープンになって、何か変化はありましたか?
 

ヘザー「クィア・コミュニティが私たちのバンドをファースト・アルバムの時よりももっと受け入れてくれるようになったと思う。GAY TIMESに取り上げてもらったのもすごくクールだった。みんなにより認識してもらえるようになったことは、嬉しいことの一つ」
 


 


 

――“She’s My Religion”は、パートナーのケルシー・ルックのことを歌った曲ですね。MVには彼女も出演していますが、 撮影時のエピソードや印象に残っているシーンを教えてください。
 

ヘザー「撮影の時はロンドンに住んでいたんだけど、当時コロナで誰も車を借りる人がいなかったから、レンタカーがすごく安くなってて。だからマネージャーが新品のポルシェを借りて私たちを迎えにきたんだけど、その車がほんっとうに美しくて。でも現場に着いた時、マネージャーがその車を監督の車にぶつけちゃった(笑)。過激だったわけじゃないんだけど、超新品のポルシェをぶつけたってことで、みんな唖然としちゃって。それがまず一つ。あともう一つは、私がフィールドを走っているシーンを撮っている時のこと。地面が平らじゃなくて、結構ぬかるんでいたわけ。だから、その上を走るのがすっごく大変だった。泥の上を走るのって結構キツイよね? 転ばなかったのがビックリ」
 

――次の日、筋肉痛はありませんでしたか?(笑)
 

ヘザー「意外と大丈夫だった(笑)。でも、走っているシーンは沢山カットされちゃった。監督が、ニワトリが羽をパタパタさせて走っているみたいって言ったから(笑)。私のことをエレガントなランナーとはまだ呼べないね」
 

――“Easy”では、愛がもたらすポジティヴな変化――自分自身や人生の見方、物事の捉え方に与える変化が歌われています。ご自身としては、今のパートナーと出会って自分はどう変わったと感じていますか? また、このことがバンドや自分が書く音楽にどんな変化をもたらしたと感じていますか?
 

ヘザー「ライフスタイルが劇的に変わった。私のライフスタイルの中にあった毒が抜けた気がする。色々な事や人に対する味方が変わった。より良くなったし、健康的になったと思う。それはセカンド・アルバムにも影響しているはずだし、これから作っていく新しい音楽にも影響するでしょうね。より良い人間として曲が書けるわけだし、成長するためのインスピレーションを毎日もらっているから」
 

――ケルシーが書いた歌詞が使われた“You Don’t Own Me”は、この世界で女性であることがどのようなものかについて歌われた曲ですが、この曲が生まれた背景について教えてください。
 

ヘザー「この曲は、あるポエムから生まれてる。私のパートナーのケルシーがその詩を私に詠んでくれたんだけど、曲の2つ目のバースがまさにそのポエム。すごくインスパイアされたし、背景にある強いメッセージが気に入って。私自身も女性だから性差別の経験はある。特にこの業界、女性であり、ギターを弾くということは実は大変。女性は歌うものだと思っている男性って意外と多かったりするよね。それって本当にがっかり。でもあのポエムに感化されて、次の日に“You Don’t Own Me”を書いた。ケルシーの詩がインスピレーションだったんだ」
 

――どんな思いが込められているのですか?
 

ヘザー「怒り、フラストレーション、希望、そして強さ。みんなで一つになって立ち上がり、平等のために戦い続けようっていう思い。でも、女性だけに限ったことじゃない。年齢も、人種も、性別を超えて、平等を感じられない人全てに繋がりを感じてほしいのがこの曲」
 


 

――サウンドに関しては今回、アヴリル・ラヴィーンやアラニス・モリセットといった1990年代や2000年代の音楽から大きなインスピレーションを受けたと聞きました。実際、ドリーミーで耽美だったデビュー・アルバム『My Mind Makes Noises』に対して、今作はハードでパワフルな音の強さが際立って感じられます。個人的にはパラモアやヘイリー・ウィリアムスの音楽に通じるものも感じましたが、具体的に彼女たちの音楽のどんなところに刺激を受けたり惹きつけられたりしたのでしょうか?
 

ヘザー「今作の方が確かにパワフルだよね。ファースト・アルバムの繰り返しのような作品は書きたくなかった。ドリーミーなシンセポップ、80年代に影響を受けたレコードは既に作ったから、セカンド・アルバムの方向性は初めから違うものと決めていた。それが、もっとオルタナティヴでギターを原動力としたサウンドだった。パラモア、ヘイリー・ウィリアムスは大好きだよ。今回のセカンド・アルバムとパラモアが比べられるのはすごく納得がいく。新作ではギターがもっとグランジっぽくなっているし、サウンドがもっと生音っぽくなっているから。パラモアやヘイリー・ウィリアムズからは大きく影響されている」
 

――ヘイリーのどんなところに惹かれますか?
 

ヘザー「オルタナティヴな部分かな。ヘイリーはパワフルで才能があるところが魅力だと思う。彼女と会話してみたいな。彼女の頭の中に入ってみたい」
 

――そのヘイリーや、アヴリルやアラニスの音楽は、あなたにとってノスタルジックな心地よさを誘うものなのか、それとも、いまだに新鮮な驚きをもたらしてくれるものなのか。あなたの中のどんな琴線を触れるものなのでしょうか?
 

ヘザー「彼女たちの音楽を聴いていると、やっぱりノスタルジックな気分になる。例えばアヴリルの最初の3枚のアルバムがリリースされた時、私はまだすごく若かった。だから、それを聴くと当時の子供時代を思い出す。アヴリルの好きなところは、彼女がメディアに出てきた初のおてんば娘だったこと。私自身がおてんば娘だったし、周りのみんなもおてんば娘ばっかりだったから、すぐに共感できたんだよね」
 


 

――その他に、今回のサウンド面に関して、曲作りやレコーディングで大事にしたこと、新たに試みたアプローチがあれば教えてください。
 

ヘザー「よりリアルなサウンドを作り出すために本物の楽器をもっと使っていることかな。ファースト・アルバムは、もっとドリーミーでシンセがメインだった。曲の大半をラップトップで曲を作ってた。でも今回はギターが断然多く使われているし、プロダクションやフェイクの楽器を取り除いても曲そのものが良い作品を作りたかった。それがセカンド・アルバムの狙いだった。今回は、主にアコースティック・ギターで書いた。あと、ほとんどを私一人で書いたのも新しかったね」
 

――どうしてそうなったんだと思いますか?
 

ヘザー「ここ最近、沢山カントリー・ミュージックを聴いていたからかもしれない。カントリーって、アコースティック・ギターが原動力になっているでしょ? カントリーのミュージシャンたちはみんなギターを弾いて歌うことで曲を作ってる。今回は私もそのアプローチを取り入れてみたかったんだ」
 

――ちなみに、今回のアーテイスト写真など見ると、サウンドの変化に合わせてファッションも変化した印象を受けます。そのあたりの関係性についてはいかがですか? 
 

ヘザー「単純に、私たちが成長したんだと思う。ファースト・レコードから随分経つし、時間が経てば、人間って進化したり変化するのが自然なことだから。理由はそれだけ。時と共に色々なファッションセンスを取り入れながら自分のスタイルを広げていった結果だと思う。もっと自分らしくなったからこその変化なんじゃないかな」
 


 

――サウンドだけではなく、ヴィジュアルも含めたトータルのデザインで新たなヴィジョンやコンセプトを打ち出すというのも、あなたがこだわる“ポップ・ミュージック”であるところの醍醐味でもありますよね?
 

ヘザー「もちろん。ヴィジュアルも含めより大きな範囲で一つのコンセプトを打ち出すことで、強いアイデンティティを作り出すことができると思う。そうすることで、ヴィジョンがもっとクリアになる。でも今の私たちのヴィジュアルは、音楽に合わせて敢えて変えたわけじゃない。これは自然の過程で起こった変化だよ」
 

――今回の「Who Am I?」というアルバムタイトルは曲名から取られたものですが、この問いかけに答えは見つかりましたか? このアルバムを通じてあなたが発見したのは、どんな自分でしたか?
 

ヘザー「ううん。それはまだ。人間誰もが、その答えにたどり着くことはできないんじゃないかなと思う。だって、私たち人間って常に進化してるでしょ? 自分の決意に驚かされることもあるし、考え方が変わる時もある。自分が何者かっていう答えが出来上がるのってすごく難しいことなんじゃないかな。私は、自分をもう少し深く理解したかっただけで、完全に理解しようとしていたわけではない。それは不可能だと思うし、それよりも、自分がすべきは、自分自身を今よりもっと理解しようとすることだと思うんだよね」
 

――以上です。ありがとうございました!
 

ヘザー「ペール・ウェーヴスは日本が大好き。それは誰もが知ってるし、また日本に行ってファンのみんなに会えるのを楽しみにしている! またね!」
 


 

text Junnosuke Amai(TW)
edit Ryoko Kuwahara(TW / IG
 


Pale Waves
『Who Am I?』
Now On Sale
(Dirty Hit )
 

<トラックリスト>
1. Change 2. Fall To Pieces 3. She’s My Religion 4. Easy 5. Wish U Were Here 6. Tomorrow 7. You Don’t Own Me 8. I Just Needed You 9. Odd Ones Out 10. Run To 11. Who Am I? 12. Tomorrow (Demo) 日本盤ボーナストラック
日本盤はボーナストラック、歌詞対訳、ライナーノーツ付

【購入/ストリーミング・リンク】
https://smarturl.it/6ybm8r

 

Pale Waves
ヘザー・バロン・グレイシー率いる英インディーロック・バンド。The 1975やウルフ・アリス、ビーバドゥービー等を擁するUK気鋭レーベル<Dirty Hit>と契約し、2017年2月にレーベルメイトであるThe 1975のマシュー・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデュースしたデビュー・シングル「There’s A Honey」を発表し脚光を浴びる。同年8月、セカンド・シングル「Television Romance」を発表し、Spotifyの<最優秀インディー・リスト2017>に選出。当時シングルを2枚しかリリースしていない新人としては異例の早さでNMEの表紙に抜擢される。BBCによる<Sound of 2018>やMTVによる<Brand New 2018>など多くの音楽媒体でノミネートされ、ブレイク必至の有力新人として世界中から注目を集めた。2018年、NMEアワードにて最優秀新人賞を獲得し、デビューEP『All The Things I Never Said』をリリース。2018年開催のサマーソニックで初来日を果たすと、同年、デビュー・アルバム『My Mind Makes Noises』をリリース。2019年にはジャパンツアーを慣行し東京2公演をソールドアウト、同年に開催されたサマソニにて2年連続出演を果たす。2021年2月には待望のセカンド・アルバム『Who Am I?』をリリースしUKアルバム・チャート初登場3位を獲得した。

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