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text by Junnosuke Amai

「ビートと、ラッパーがそのエネルギーをビートにのせて伝えているだけの方が、ポップのショーみたいに華やかに作り込まれた音楽より魅力的に感じる。パフォーマンスやシンガー・ソングライターの面にはあまり力を入れていないような音楽。そういう感性で理解されるような曲を自分でも作れるのかやってみたかった」Car Seat Headrest /Interview with Car Seat Headrest about『Making A Door Less Open』




この10年で頭角を現したアメリカのインディ・ロック・バンドのなかで、もっとも賞賛に値する一組――そういって過言ではないだろう。現在はシアトルを拠点に活動する4人組、カー・シート・ヘッドレスト。かれらが2016年に発表した『Teens of Denial』を2010年代のベスト・アルバムにリストアップしたPitchforkは、その評でフロントマンのウィル・トレドについてこう称えている。「かれは驚くほどの想像力に富み、ダイナミックなロック・ソングを作ることができる洞察力に優れたシンガー・ソングライターとして群を抜いていることを証明している」。ペイヴメントやモデスト・マウス、デス・キャブ・フォー・キューティーも引き合いに出される90年代のUSインディの系譜を受け継いだギター・ロック・サウンド。そして、孤独や不安、焦燥感といった青年期特有の複雑な感情や人生に訪れる出来事を真に迫った心理描写で言葉にした歌詞。この度リリースされる通算12作目のフル・アルバム『Making a Door Less Open』は、初めての試みとなる“コラボレーション”というかたちで制作された作品になる。今年でデビュー10年となるかれらにとって、今作は節目と変化を意味する作品といえるだろう。(→ in English

ーーまず、新型コロナウィルスの影響で大変な状況のなかインタビューを受けていただきありがとうございます。最近はどのように過ごしていますか。


CSH「なるべく忙しくするようにしているよ。すぐに別のプロジェクトを始めて、ルームメイトと一緒に音楽を作っているからその素材をまとめたりしている。リビングルームには読みかけの本が山積みになっているから、それを読むのに時間を使うようにして。あとは、思い浮かんだことをその都度メモに書き留めるということをしている。時間や曜日の感覚がなくなって、毎日何をしたのかを忘れやすくなっている感じがするから、自分の考えを記録したいと思って。ランダムに浮かび上がるアイデアや、頭のなかにある考えを書き留めておくようにしている。これは新しい試みなんだけど」


ーー奇しくもこのような状況下でのリリースとなったニュー・アルバム『Making a Door Less Open』ですが、純然たるオリジナル・アルバムとしては『Teens of Denial』以来4年ぶり(※2年前の前作『Twin Fantasy (Face to Face)』は過去の楽曲をリワークした内容)の作品になります。


CSH「リリースがもうすぐで嬉しい。苦労も乗り越えて、アルバムをようやく完成させて、提出することができたから。営業担当の人が今日、ヴァイナルを受け取ったみたいだから、もうすぐ出荷の準備も整う。だから楽しみだよ。これから曲も徐々に公開される予定だし、より多くの人々がアルバムの音楽を聴いて話題にしてくれたら嬉しい。今後の展開が楽しみだね」


ーー当然ですが、今作を制作している時点ではこのような状況になるとは想像もしてなかったと思います。ただ結果として、こうしたタイミングでリリースされることになったからこそ、曲の歌詞やメッセージが聴き手に深く伝わったり、別の意味を帯びて受け止められたりする部分もあるかもしれない。そう考えるところもありますか。


CSH「無回答」





ーーこれまでのCSHの作品では、青年期特有の複雑な感情や人生に訪れるさまざまな出来事がドラマチックなストーリーテリングによって描かれてきました。対して今回のアルバムでは、戦争や遺体安置所、流される血といった不吉な描写を通じて、苦悩や救い、死、あるいは後悔の念といったものがよりシリアスに綴られている印象を受けました。こうした変化はどのようにして生まれたのでしょうか。


CSH「僕の音楽には昔からダークな一面というのはあったと思う。初期の作品でも死についてはたくさん書いていたけれど、歳を取るに連れて、死というものがさらに現実味を帯びてきた。だから最近はもっと死について真剣に考えるようになった。現時点で僕は、まだ大勢の人より若いけれど、本質的にはもう若いとはいえないし、『それをやるには若すぎる』と人からいわれるような歳でもない。他の大人と同じことをする普通の人間という段階にきている。そのことを受け止めるというのがこのアルバムの大部分を占めているんだ」


ーー“Hymn”では、「諦めれば、救われるのか?/僕の人生は救われるのか?/その後には何が来るのか?」と切実に問いかける歌詞が印象的です。この曲はどのような背景から生まれたのでしょうか。


CSH「アルバムのなかでは最も短時間でできた曲だった。僕たちはスタジオにいて、僕はストレスを感じていた。アルバムの素材はほぼ揃っていたけれど、まだ足りないパーツがあって、それを埋める作業をしていたけれどあまり成果が出ていなくて。そのストレスが増幅してパニックになって、その状況と感情をもとにこの曲を作ったんだ。一日くらいででき上がったかな。当時、僕が感じていた切実な気持ちを表現できたと思う」


ーー「休息が必要だ/真っ当な生活が必要だ」と救いを求めるような“Famous”も胸を打ちます。


CSH「この曲は比較的、長い期間をかけて曲のパーツをまとめていってでき上がった。でも同じ意識の流れを保っていたね。音楽の部分が最初にあり、それはとてもカオティックで、自分のヴォーカルをサンプルした奇妙なヴォーカルがずっと背景に流れている。サウンド的にはとても荒削りな感じがあったから、それを歌詞でも表現したいと思った。音楽から汲み取れる感情を短い文章にして、孤立感や寂しさ、切羽詰まった感じなどを歌詞にも反映させたんだ。結果として、シンプルで簡潔な曲になったけど、そこには錯乱した思考も含まれている」





ーー今作の曲作りでは、CSHと、あなたとドラマーのアンドリュー・カッツによるプロジェクトのワン・トレイト・デンジャーとの“コラボレーション/コライト”というアプローチが取られています。今回なぜこうした初めての作り方をすることになったのでしょうか。その理由、経緯について教えてください。


CSH「これは長い間、僕の“やることリスト”に入っていたものだった。アンドリューとは4−5年一緒にバンドをやってるし、彼が自身の音楽を作ってプロデュースしているのは知っていたから。僕たちがツアーに出ると彼は自分の音楽をプロデュースして、僕たちにも加わるように促した。彼のその活動がワン・トレイト・デンジャーになった。だから僕はすでにそのプロジェクトに関わっていて、自然な流れでこのような作り方になったんだ。今回のアルバム制作を始めたときもアンドリューが関わっていて、僕とアンドリューはカー・シート・ヘッドレストとワン・トレイト・デンジャーという2つのプロジェクトを常に行き来していた。各プロジェクトのメンバーが被っていたからね」


ーー資料には、CSHによるバンドのライブ演奏と、1TDによるMIDI環境でシンセサイザーだけを使った音源を別々に録音して、それを組み合わされて制作された――とあります。具体的にはどのようなプロセスで制作は進められたのでしょうか。


CSH「ライブ演奏とシンセサイザーの演奏との間を行き来していた感じで、どちらのバージョンも完成されたものがあるというわけではない。最初は片方のやり方で始めて、僕のなかでコード進行やテンポなどの要素がある程度作られて、バンド・メンバーに紹介するものが出来たら、バンドに紹介してみんなで演奏してみる。そして時々スタジオに入って音楽をライヴで演奏したり、スタジオの方がより良く聴こえる要素に焦点を当てていった。そういう要素があればスタジオでその良さをなるべく引き出したりしたけれど、作業の多くは、シンセサイザーで作り上げた音源と、スタジオで録音したライヴ音源を組み合わせていくというものだった。制作が進むにつれて、その2つの部分を融合させていったんだ」





ーー実際に制作にあたって念頭に置いていたアイデア、重要視していたポイントはどんなことでしたか。


CSH「それは曲によって異なるね。一つの曲に対していくつかのアイデアがあり、そのアイデアをベースに曲を作っていくという作業だった。アルバム全体を通じて常に念頭にあったテーマというのは特になくて、無意識にはあると思うけれど、意識していたのは1曲につき、いくつかのアイデアを使って作曲していったということ。例えば“Can’t Cool Me Down”では、僕が何度か病気になったときのことについて歌っている。ツアー中でも病気になったことがある。そのときの、精神的にも身体的にも調子が悪い状態についての曲を書こうと思った。具合が悪くて、普段とは違ったマインドになってしまう感じ。その感じを発展させるのではなくて、その感覚にこだわってその感覚を強烈なものにしていった。だから曲にはそのアイデアが浸透している。それぞれの曲が、そういう試みとなっているよ」


ーーちなみに、CSHのオフィシャルサイトには、今作のリリースに寄せてあなたのステートメントが掲載されています。その中であなたは、もし今の時代に新しいジャンルの音楽があるとすれば、それは音楽の“新しい聴き方”と、誰もが手頃にDIYな発想でトライできる音楽の“新しい作り方”、そして何よりも音楽を愛する“新しいリスナー”によって生まれている――と述べていたのが印象的でした。それはつまり、ストリーミング・サービスやデジタル・テクノロジーの普及といった音楽を取り巻く環境の変化によって今作は生まれた、という側面もあるということでしょうか。


CSH「もちろんそう。僕のリスニング習慣はそういう変化によって変わったし、インターネットを使って音楽が聴けるようになったときから物事は大きく変わった。それまでのリスニング方法はCDで、CDは比較的高いし、音楽を幅広く集めるのが大変だった。だから最初は音楽をネットから取得するということに慣れてから、違法的に音楽をダウンロードしていた。その後、ストリーミングができたから合法に同じように音楽を聴くことができるようになって。だからストリーミングが始まってから僕はずっとその方法で音楽を聴いている。それによって音楽の聴き方が大きく変わった。アーティストから別のアーティストに簡単に(クリックして)飛べるし、新しいアーティストを発見するのも簡単になったよね。前の時代だったらアルバムに埋もれていたかもしれない曲を見つけることが今はできるし、その曲自体を評価できるから、曲から曲へと移ることも多い。そのことも今作に影響を与えている。このアルバムは、曲の一つひとつが独立していて、アルバムの一部として存在しているわけではないんだ」





ーー 一昨年、フランク・オーシャンやデス・グリップス、アウトキャストのカヴァーをライヴで披露されましたよね。そうしたあなたのヒップホップやブラック・ミュージックに寄せるシンパシーは、例えば“Hollywood”や“Deadlines”といった曲に強く感じられたのですが、いかがでしょうか。そうしたフィードバックを自覚している部分もありますか。


CSH「自覚はある。そういう音楽に興味があるから。僕はヒップホップが好きだし、最近のブラック・ミュージックにも魅力があると感じる。ブラック・ミュージックの歴史も面白い。とてもシンプルで飾りのないパワーが感じられるよ。ビートと、ラッパーがそのエネルギーをビートにのせて伝えているだけで、僕にとっては、ポップのショーみたいに華やかに作り込まれた音楽より、そういう音楽の方が魅力的に感じる。パフォーマンスやシンガー・ソングライターの面にはあまり力を入れていないような音楽。そういう感性で理解されるような曲を自分でも作れるのかやってみたかった。そういう種類の音楽を直にパクるというのではなく、自分がすでにやってきた要素と組み合わせて、そういう曲が作れるのかチャレンジしてみた」


ーー他にも、今作に良い影響を与えた、インスピレーションとなった音楽やレコードを挙げることはできますか。


CSH「スポティファイには『Making a Door Less Open』のプレイリストが既にあると思うよ
ディアンジェロ、キュアー、フリートウッド・マック、ポール・サイモン、タイラー・ザ・クリエイター、ビーチ・ハウスetc)。アルバムに関していうと、マイルス・デイヴィスの作品を何枚か愛聴していた。今作を作っているときによく聴いていたのは、『Get Up With It』と『Live-Evil』の2枚。それがどのように影響したかのかはよくわからないけど、アルバムをヴァイナルに収録することを考えるときの参考にはなった。各面に20分の制限があるということを考えながらアルバムを作るというのは、独自の芸術様式だから。このアルバム、特にヴァイナル版を作るときにはそれを意識しながら作っていた。それ以外は、個別の曲が影響になっていた。XTCの“Making Plans For Nigel”はプレイリストの1曲目に入っているし、ドゥーワップもよく聴いていてディオン・アンド・ザ・ベルモンツの影響もアルバムのところどころに埋められている。とにかく様々な音楽を聴いて、制作時に聴いていた音楽ならなんでも受け入れて、良い部分は自分の作品にも取り込もうとした」


ーーちなみに、あなたは今作の資料のなかで「それらの楽曲の根底にあるのはフォーク・ソングかもしれない。なぜなら、この曲たちは多数の違った方法で演奏したり歌ったりすることができるから」とも述べていますよね。つまり、今作の楽曲は今後、アレンジや編成を変えた形でライヴで披露されたり、あるいは別バージョンで録音して作品という形でリリースする可能性もあるということなのでしょうか。


CSH「その可能性はあるね。実際、今僕はアルバムの曲をアコースティック・ギターで練習していて、ライブでも演奏できるようにアレンジしているところなんだ。今は家から出れない状況だからその様子をライブ配信しようかとも考えている。このアルバムの目的の一つとして、アコースティック・ギター1本でアルバムを通して演奏できるようになる、というのがあった。曲を元のバージョンではないものに変えて、それでも良い曲だと思わせることができれば、それは良い曲だと思うから。今回のスタジオ・バージョンのアルバムは、今作の1つのバージョンに過ぎなくて。それはもちろん僕が気に入っているバージョンで、僕たちが時間をかけて仕上げたバージョンで、そのバージョンでリリースされたものだけれど、それ以外のライブ・バージョンや、今後は別の録音バージョンもあるかもしれない。なんでも可能なんだ」


ーー「Making a Door Less Open(※ドアを開けにくい状態にする)」というアルバム・タイトルにはどんな意味が込められているのでしょうか。


CSH「タイトルは曖昧さを意図して付けられている。バンド名のカー・シート・ヘッドレストのように、直でその意味が解釈されるようなタイトルにはしたくなかった。少しミステリアスで、人々が音楽を聴きたくなるようなものにしたかった。その一方で、ある意味の親密さを表現したかった。部屋に人が何人かいて、部屋の扉を閉めて、その部屋にいる人たちとの時間を特別なものにする、というイメージ」


ーーCSHは今年でデビュー&結成10年になります。振り返ってみて、この10年の経験は今の自分にどうフィーバックされていると思いますか。


CSH「カー・シート・ヘッドレストをやっていて、人生一生分の経験した感じがする。僕がバンドを始めたときは高校生で、その後大学へ進んだけど、その間もたくさんの音楽を録音してきた。大学を辞めて、〈Matador〉と契約を結び、音楽制作を続けた。僕にとって、その期間は想像を絶する以上に長い時間だったよ。でも今それを振り返って、僕が今まで作ってきた音楽を振り返ると、初期の自分やそれ以前の自分との繋がりを今でも感じる。僕は色々な意味であまり変わっていないし、世界もあまり変わっていないのかもしれない。変わったものも確かにあるけれど、僕が目指しているものは変わっていないし、僕は音楽を作り続けていきたい。この10年間について考えると、それが重要なところだと思う。今でも音楽をやりたいという気持ちは変わらないし、自分がこれまでに達成したことを誇りに思っている。カー・シート・ヘッドレストを始めたときも同じような気持ちだった。自分が音楽を作れるということに自信を感じていて、それを世界に証明したくてこのプロジェクトを始めたから」





text Junosuke Amai



Car Seat Headrest
『Making A Door Less Open』
(Matador / Beat Records)


2020/05/01 FRI ON SALE

国内盤CD ¥2,200+税
国内盤特典: 歌詞対訳・解説書封入

BEATINK.COM:
http://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10884
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B0857CYYV5
TRACKLISTING
01. Weightlifters
02. Can’t Cool Me Down
03. Hollywood
04. Martin
05. Hymn (Remix)
06. There Must Be More Than Blood

07. Deadlines
08. What’s With You Lately
09. Life Worth Missing
10. Famous
11. Deadlines (Alternate Acoustic) [CD-Only Bonus Track]
12. Hollywood (Acoustic) [CD-Only Bonus Track]

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