NeoL

開く

『日々ロック』入江悠監督インタビュー

06136_4215322

──音楽によって何かが変わる感覚って、実は個人の「内的な体験」だと思うんです。まずオーディエンス1人ひとりの感動があり、その集合体としてライブの一体感がある。でも、これまで日本で撮られてきたロック映画の多くは、その順番が逆になってしまっていた気がします。お客がみんな同じタイミングと動きでノリはじめるので、ライブに行き慣れた人ほど冷めてしまう。

入江「たしかにフェスに遊びに行った際、友だちはめちゃくちゃ盛り上がってるのに自分はそうでもないとか(笑)。普通にありますもんね。そういう自然な温度差をしっかり出したいっていう思いも、今回すごくありました。最初はザ・ロックンロール・ブラザーズにまるで興味がなかった人たちが、少しずつ巻き込まれていくタイムラグ感だったりとか。そうやって観客のリアクションがリアルに変化してこそ、彼らの成長も伝わると思った。ただ、それってまさに、エキストラさん1人ひとりの内面を作るって話なので。限られた時間で演出するのは大変なんですよ。もしかしたら一番苦労した部分かもしれない」

──でも、どのライブシーンもすばらしい臨場感でしたよ。撮影現場では入江監督ご自身がエキストラに細かく語りかけ、動きだけでなく気持ちも説明するなど、丁寧に演出してましたね。

入江「音楽についてはできるだけウソをつきたくなかったので。あとはエキストラの中にあらかじめ、ライブハウスに通い慣れた友人とかミュージシャンの知り合いを潜り込ませておいて、率先して盛り上がってもらったり。いろんなやり方を試してます(笑)。助監督、カメラマン、美術さんなどスタッフも、かなりロック好きな人たちを集めたので。ウソを減らすという意味では、彼らに支えられた部分も大きかったですね。ただ、一番大きかったのはやはり、野村周平君と前野朋哉君、岡本啓祐君の3人にクランクイン数か月前からスタジオに入ってもらって、ザ・ロックンロール・ブラザーズの楽曲を完璧に演奏できるまで練習してもらったことじゃないかな」

──バンドを演じるんじゃなく、実際にバンドになってもらったと。

入江「そうですね。さっきも言ったけど、下手だけど悩みながら必死で演ってる感じが『日々ロック』という話の核だと思っていたので。映画も同じことをやんなきゃだめだろうなと。これがアクションなら撮り方で誤魔化せる部分もあるんですけど、いかんせんライブの場合、そこに本物の熱気がないとこっちも撮りようがない。プロが演奏した音源に合わせて演奏してるフリだけしてもらう方法もあるけど、『あ、こいつら練習してないな』っていうのはエキストラの人たちにバレちゃうじゃないですか。そうすると結局、画面から熱が消えてしまう。逆に言うと3人が本気で演奏してる、ちゃんとバンドとして練習してきてるってことが伝われば、何とかなると思ってたので」

──岡本さんは黒猫チェルシーというロックバンドで活動するプロのドラマーですが、野村さんと前野さんはいわば素人ですよね(笑)。

入江「ええ(笑)。なのでクランクインの数か月前からスタジオに入ってもらって。演奏指導の先生につきっきりで特訓してもらいました。3人とも、ものすごく頑張ってくれたと思います。野村君なんてそれこそ声が枯れ、指から血が滲むくらい努力して。劇中にはザ・ロックンロール・ブラザーズのライブシーンが計4回あるんですが、撮影時にはすべての楽曲をちゃんと演奏できるようになってましたから」

──限られた準備期間でそこまでやるのは大変だったのでは?

入江「まず1回、本物のミュージシャンを作って。彼らに出演してもらう、みたいな手順だったので。たしかに通常の映画制作に比べると、2倍くらい大変な感じはありましたね。以前、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』という実在のバンドをモチーフにした音楽映画を撮ったことがあるんですけど、極端に言えばあれと同じ状況を人工的に作り出さなきゃいけなかったので。でも今回にかぎらず、映画って結局は準備が8割だとも思うんですよね。現場でできる演出って、本当に限られているので」

──ライブシーン撮影を見学させてもらった際、ドラマーの岡本さんが思いきり叩いている姿が印象的でした。あれも臨場感を高めるための工夫だったり?

入江「そうです。現場では、あらかじめスタジオでレコーディングした演奏もスピーカーから流すんですけど、やっぱり生のドラムがあるとないとではエキストラのリアクションが全然違うし。何よりギターの野村君とベースの前野君が動きやすいと思ったんですね。スピーカーの音を聴くより、“ドンドン”っていう空気の振動を背中で感じる方がリアルじゃないですか、やっぱり。ちなみに今回、岡本君やThe SALOVERSのメンバーなど、プロのミュージシャンが何人か役者で入ってくれていて。彼らの存在が野村、前野、二階堂にとって、いい意味のプレッシャーになった部分は大きかった気がします。彼らはプロなので、歌や演奏のレベルが低いとやっぱり表情に出る。カメラ越しに見ていても、明らかに動きが悪い。僕としては『岡本君がノッてなければOKは出さない』という基準になるわけで(笑)。そこでまた1つ、ウソが減らせるなと」

 

1 2 3 4

RELATED

LATEST

Load more

TOPICS