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古舘佑太郎 青春群像短編小説 第二回「青春の象徴 恋のすべてvol.1」

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 「青春の象徴 恋のすべてvol.1」
ー先に言っておかなくては。この物語にメッセージなど一つもない。青春を追い求めるのに理由などあるものか。ー

「ワァオーーーン」
僕は声高らかに、夜の荒野に生きる孤独なオオカミの如く、天井に向かって吠えてみせた。首には、薄いビニールで出来た青い紐が、とりあえず首輪に見立てて括り付けられている。そこから繋がっているリードの先端部分をしっかりと握っている女の子が、一番上の姉・ミサだ。そして部屋の隅っこに段ボールで簡単な動物病院を作って、獣医さんを営んでいる女の子が、二番目の姉•リオだ。ミサは僕が普段より大声で鳴いたので、一瞬びっくりしたようだったが、弟が忠実に犬に成り切っているのが気に入ったようで、
「なんて可愛い私のワンちゃんなのかしら。急がなくちゃ。」
と、僕の頭を撫でつけながら、ビスケットをくれた。リオは、早く二人が診察に訪れないだろうか、ともうワクワクした様子で、段ボールに寄りかかって小気味よくジャンプしている。とうとう自分の順番を待ちきれなくなったのだろう。動物病院から身を乗り出して、
「こっちにおいで。身体の調子が悪いのなら私が見て上げましょう。」
と、かなりのフライング気味でセリフを言い、台本をぶち壊した。するとミサが、
「リオ!まだ、病院に着いてないでしょ。それに犬に喋るかけるなんておかしいから、ダメ!」
と怒った。こうして喧嘩が始まる。
「ミサだって、犬が怪我して痛がってんのに、なんで頭なでてエサやってんのよ!早く病院に連れてくべきだよ!」
こうしていつも、『犬の散歩ごっこ』は一時中断となるのだった。そんな状況の中、僕はと云えば、
「本当は俺は月に向かって吠えてるオオカミなんだぞ!ちくしょー!」
と、胸に男魂と反骨精神を大いに唱えながらも、姉二人に一緒に遊んでもらえるのも悪い気がしなくて、そんな矛盾を、自分で自覚するにはまだ到底幼すぎたのだった。四つん這いのまま座り込み、ビスケットを齧りながら、争いの行く末をボーと眺めていたのだった。
「犬の散歩ごっこ」は僕ら三姉弟の中で、一番人気の遊びだった。ストーリーと配役は、いつも同じ。飼い主のミサが犬の僕を散歩に連れ出し、途中で犬が転んで怪我をしてしまう。そこで、近くにある動物病院の獣医、リオが手術をして治す、と云う筋書きだ。犬になると云う敗北感と、四つん這いの姿勢が疲れる遊びではあったものの、それなりに設定が童話的で、分かりやすかったので、楽だった。何より、ハッピーエンドな遊びは好きだった。殆どが子供らしい遊びばかりだったけど、中には幼い末っ子長男である僕を脅かすには充分なほどの、アンダーグラウンドな遊びも幾つか存在していた。例えば、もうすでに姉二人にとって、僕が弟であることは揺るがない事実であるのにも関わらず、
「あなたは弟役をやって。名前はマイケルね。あなただけがアメリカ人なの。わかった?」
と言われる。
「ややこしい役を任されたなぁ」と思案していると、すぐさま二人して真面目な顔をして、

「Oh〜マイコウ、マイコウ。貴方ももう大人なのよ。お姉ちゃん、どちらか一人を選びなさい。」

なんてシュールな質問を迫られる。その時々で空気を読み、謎の罪悪感を抱きつつ、「長いものに巻かれろ」の姿勢でどちらかを選ぶことにしていた。選ばれた方は優しくなり、選ばれなかった方は、不機嫌になった。他には、姉二人が白目を剥いて、

「カバカバカバカバカバ」

と謎の呪文を唱えながら両手を前ならえにして、キョンシーのような格好で僕に迫ってくる遊びがあった。もはや遊びなんかではない。完全なるホラーショウ状態だ。男魂と反骨精神をこっそり信念にしていた僕だが、当然そんな恐怖に打ち勝つことなんて出来なくて、キョンシーから逃げては、いつも部屋の角に追いつめられて、最後は泣き出した。一番嫌だったのは、風呂場で行わ れる「お風呂卒業式」だった。男である僕は、明日からいつどんな時も、一人で風呂に入らなくては立派な大人になれない、と云う理由で、三人一緒に風呂に入るのは今日が最後だ、告げられ る儀式である。姉二人が順番にお別れの挨拶を述べ、最後に「あおげば尊し」を二人が唄い、僕 が泣き出したら大体、式が終わる。何回かこの卒業式は行われたのだが、結局僕は小学校に入学するまで、一人でお風呂に入ることは殆どなかった。オトコ魂と反骨精神は、恐がりな性格が邪 魔をしてまだ引っ込んでいたし、なんだかんだ言って姉二人は、弟を可愛がってくれる優しい女の子たちだったのだ。

 

 

母さんは、典型的なキッチンドランカーだった。ワインを片手にいつも美味しい料理を作ってくれる。ただ、たまに飲み過ぎると、
「ほら見てごらん。天井に珊瑚礁が浮いているよ!」

と、ビックリするようなことを言い出したりした。僕は母さんと同じように天井を見上げて、必死になって珊瑚礁を探したけど、一つも見つからなかった。大事な話は、日が暮れるまでに母さんに伝えなくてはならないんだ、と強く肝に銘じた。父さんは仕事が忙しいから、帰りがいつも遅かった。眠っているとドアが少し開いて、

「大丈夫?」

と必ず聞いてきた。何のことだろう?といつも疑問に思いながらも、寝ぼけた声で、
「うん。」

と一言答えることにしていた。時折、早く帰ってくると、とても心強かった。女たちに囲まれて、引っ込んでいたはずの僕のオトコ魂と反骨精神が、胸の中でメラメラと再燃するのが感じられた。

 

物心ついてすぐの頃の僕の世界は、こんな登場人物たちによって構成されていた。そのせいか、 どうかはわからないが、僕は圧倒的に落ち着きが足りなかった。一人遊びの仕方がもう狂っていた。自分の持っている全ての絵本を一旦自分の前に重ねてから、一斉に

「ホームラン!ホームラン!ホームラァァァン!」

と叫びながら、一冊ずつ背表紙に『ほーむらん』と覚えたての汚い字で書き殴って行った。

「一人娘攻撃!!」

と絶叫しながら、誰もいない部屋で空気に向かって、玩具の刀をひたすら振り回したり、スーパーに買い物へ連れてかれると、決まって店内では、

「キュウリはいいよ〜」

と変なイントネーションで宣伝して回った。じっとしていることは、不可能だった。極めつけは自分のことを、「わし」と名乗っていた。
名前を聞かれても、
「わしは、わしです。」

と答え、年を聞かれても、
「わしは3才です。」

と、こんな具合だった。本人は真剣にやっているのだからしょうがない。周りの人たちは、クスクスと笑った。歌もよく唄った。姉二人の幼稚園のお迎えに付いて行った時など、僕が

「トンボのメガネは空色めがね〜」

と熱唱していると、周りの大人たちがドッと笑っていた。どうやら僕の声は、相当ハスキー声らしかった。言ってしまえば、とんでもなくガラガラ声だったのだ。更に、全くの音痴だったもんだから、一生懸命唄っている光景は相当面白かったに違いない。恐がりは中々治らなかった。夜中に知らないおっさんが枕元まで現れて、何かを置いていく、と云うシステムが恐怖で、そして許せなくて仕方がなかった。クリスマスイブは毎年、泣き喚きながら、強制的に姉二人の間で寝かしつけられた。そう、サンタさんが怖くてしょうがなかった。
ゆっくりと世界は回り始めていた。だけど、青春はまだまだ遥か遠くの、ずっと向こう側で僕を待っていた。そんなものの、存在すら知らなかった頃の話だ。こんな幼少期の奇行たちも、僕はこれから訪れる物語を前にして、ただただ、武者震いをしていただけなのかもしれない。

 

furutachi

古舘佑太郎
ミュージシャン。ロックバンド・The SALOVERSを、2015年3月をもって無期限活動休止とする。現在、ソロ活動を開始。2015年10月21日アルバム「CHIC HACK」を発売。

http://www.youthrecords-specialpage.com

 

illustlation  Tatsuhiro Ide

 

 

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