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個人の認識の歪みが生む不可解な事件 その謎を「解体する」新感覚ミステリ小説




1994年、「編集部への直接持ち込み」という異例の経緯で出版された長編ミステリ小説『姑獲鳥の夏』がベストセラーとなり、突如として人気作家となった京極夏彦。そのデビュー二作目が『魍魎の匣』だ。


前作の世界観と登場人物を踏襲しつつも、前作を上回る1000ページ以上(「『姑獲鳥の夏』は430ページ)のボリュームで書き下ろされた本作は、民俗学や心理学など様々な視点を通して物語の核となる「謎」をつまびらかにしていく。


あらすじは以下のとおり。


*  *  *  *  *
ある夏の日。警視庁の刑事である木場修太郎は電車で移動中、人身事故の現場に居合わせる。列車に轢かれたのは柚木加菜子という女学生。電車を待っていた時に誰かに突き落とされたと友人の楠本頼子は言う。いきがかり上、加菜子の病院までの付き添いと混乱する頼子の保護に協力することになった木場。病院での治療により一命は取り止めた加菜子だったが予断を許さない状況が続く。そんな中、病室に現れたのは加菜子の姉と名乗る女・陽子。「加菜子を救える可能性があるところを知っている」という彼女の意思のもと、加菜子は異形の研究所へ運び込まれるていく。一方で、連続するバラバラ殺人を追う事件記者の鳥口守彦と編集部員の中禅寺敦子は調査の途中で「匣」のような建物と遭遇する。それはあの日、加菜子が運び込まれた研究所だった。止まらないバラバラ殺人、研究所の密室から忽然と消えた加菜子、そして「匣」崇める新興宗教の存在、複数の事件が絡み合い混迷を極めていく事態に解はあるのか?
*  *  *  *  *


ミステリを冠し、不可解な殺人事件を扱う本作だが、奇抜なトリックは存在しないし、動機や犯人が誰かという点もさほど重要ではない。大切なのは「事実」のみ。しかし、同じ出来事を体験しても、ある人が捉える事実と、他の人が捉える事実は違う。


そこで、個人が持つ認識の歪みを排し「その時、実際に起こったこと」を提示するのが本作の探偵役・京極堂(中禅寺秋彦)の役割だ。「憑き物落とし」と呼ばれるその手法の前には、どんなに不思議な出来事であっても普遍的な事実に置換され、謎は謎で無くなっていく。


複雑に見えた謎が次々と「解体」されていく時に読者が感じる心地よい脱力感や解放感はまさに憑き物が落ちるかのよう。本シリーズでしか味わえないこの独特の読後感を、ぜひ多くの人に味わってほしい。


『魍魎の匣』
京極夏彦
講談社
1,350円(税別)
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