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text by Ryoko Kuwahara
photo by Kotetsu Nakazato

haru.『たたかう女は食う』未来編 vol. 2 イ・ラン



女性の数だけたたかい方がある。
未来編では様々な分野で自分の生き方に真摯に向き合う女性たちと腹ごしらえをしながら、これからのたたかい方を模索していきます。
第二回目に登場してくださったのは、音楽や文章、イラスト、映像といろんな手法で創作活動をされている大好きなアーティストのイ・ランさん。



haru.「ランさんのこの前の青山ブックセンターでのイベントに行きました」


イ・ラン「ああ、どうでした?」


haru.「すごく楽しかったです。一番前で聞いてたんです。私たちが普段見れない部屋で、ランさんが号泣した後に曲を作っている姿が見れたりして。そういうのが新鮮でした」


イ・ラン「私は先月ベルリンに行ってライヴをしたんですが、飛行機でギターが壊れました」


haru.「運んでる途中に?」


イ・ラン「うん。韓国からベルリンに直接行く飛行機が無くて、1回トルコで降りたらギターを入れていたバッグがめちゃくちゃになってて壊れてました」


haru.「ええっ、最悪。新しいの買ったんですか?」


イ・ラン「買いました。だけど航空会社は弁償してくれないんです。楽器は預けたら、壊れても仕方がないという誓約書にサインをしなきゃいけなくて。それが嫌だったら楽器用の席を買わないといけない、だけどその余裕もないから。日本は20回くらいギターを持ってきてるけど大丈夫だったのに」


haru.「トルコー!」


イ・ラン「だから最初から最悪な気分でした」


haru.「ライヴは楽しかった?」


イ・ラン「ライヴは頑張りました。でも1つのプロジェクトで移動が長いと、その時間に何にもできなくて効率的じゃない。だから今はあまり遠くまでは行かなくてもいいんじゃないかなと思ってます」


haru.「今回の日本のライヴは柴田聡子さんと一緒に演奏されたんですか?」


イ・ラン「金沢21世紀美術館でのライヴは単独で、それが終わってから大阪・東京と柴田聡子と一緒やって。大きい会場だったから結構プレッシャーもありました」




haru.「ランさんはプライベートで日本に来ることもありますか?」


イ・ラン「スケジュールが先まで決まってるからなかなか休めなくて。来年は休みたいです」


haru.「最近私が会う友達や仕事を一緒にする人もみんなそう言ってます。本当に大変すぎて休みたいけど、やらなきゃみたいな感じで」


イ・ラン「私も仕事を断りたいんだけど、未来のことを考えると、断って次の仕事が来なかったらどうしようとか色々考えて、それで今まで予定でいっぱいになってた。だから、明日のことを尊重しなくて生きたらどうなるかななんて思ったりもします。私は過去のことでずーっと辛かったので、カウンセリングでそのことを考えるのをやめる練習をして、今は過去のことはあんまり考えないようになって、現在と未来のことだけ考えてます。でも未来のことを考えすぎるとまた不安になるから、じゃあ今日だけ考えればいいのかなと思ったけど、それも結構難しくて。未来のことをどのくらい考えればいいのかわからない」


haru.「私も未来のことを考えるのが不安だし、もう何が起きるかわからなすぎて不安で。だから同じようにいろんなことを考えて、闘っている女の人たちに会いたいなって思ったんです」


イ・ラン「未来のこと、どこまで考えればいいのかわからないですよね」


haru.「今やっていることが全部未来に繋がっていくから、今ここで手を抜いたら、自分が逃げたらダメなのかもしれないって思ってて、頑張りすぎちゃうのかもしれない」


イ・ラン「自信がないのかな? 自信があれば断ってもまた次が来ると思うのかも。わからないです。私は10代から仕事をしてて、学校に行かずに漫画の連載で仕事を始めてからずっと休んだことがないし、携帯電話をオフにしたことも一回もないんです。周りには鬱になった時とか、誰とも会いたくない時に連絡を断つ人もいるけど、私は1回もそういうことをしたことがないからやったらどうなるかなって考える」


haru.「現代って繋がらない時がないですもんね。ランさんはいつもお友達とかに連絡してますか?」


イ・ラン「はい」


haru.「しないと寂しい?」


イ・ラン「うーん。寂しいというのもあるかもけど、今すごく近くにいる家族みたいな友達が何人かいるんです。4〜5人のグループで、オルタナティヴ家族みたいな。今年の3月にその中の1人に大きな癌が見つかって、その時からその人は全く仕事ができなくて、闘病してるからずっと家にいるし、一旦入院してみたけど病院にいるのが辛くてどんどん癌が大きくなるみたいだから、退院して毎日通院しているんだけど、基本は家に居ないとダメで」


haru.「友達がみんなお家に行ったり?」


イ・ラン「家に行ったり、寂しいから連絡を取り合ってる。私たちはまだ健康で外で仕事できるから、その人のために話しかけたり。以前は朝4時くらいまで遊んでたのに、毎日のお薬のスケジュールがハードで、今は朝6時、8時、昼ごはんの前、後ってずっと決まってるから、朝から『みなさーん』って呼んでくる。だから前よりグループチャットが盛んになってる」





haru.「前にランさんのイベントに行ったときだったかな、ランさんは友達とか大事な人がいつかいなくなっちゃう可能性があると思うとすごく悲しくなって泣いちゃうって」


イ・ラン「そのトークの次の日に韓国に帰って、1時間ほど寝てたら電話がかかってきて、癌だって話を聞いたんです。その友達の家には1週間に1、2回遊びに行くんですけど、私と性格が似ていて、その人も仕事をいっぱいするワーカホリックタイプ。ゲイで、ソウルのクィア雑誌の編集長なんです。『DUIRO』って雑誌なんですけど、ハングルで“後ろ”という意味。ゲイにとってのいろんな話と、クィア全体の話も載せてて。その雑誌は全くお金にならないけど、社会運動みたいな感じで、クィアの声を伝えるために頑張って作っていました。ワーカホリックで仕事をすごく頑張って、未来のことを想像しながらずっと頑張ってたのに、結局癌になってしまうなんて。癌になって1日何にもできないなんて意味がないとか、自分のためには何をやってきたのかとか、そんなことを会って話しているんです。社会には階級があるけど、私もその人も上に行きたいとか、下に行きたくないとか考える人ではなくて。私にとっては上下のピラミッドじゃなくて、幅を広げていろんなところに移動するだけだと思ってるから、どこにいても『わあ、こんなところにいてこんなことをしている』とか、ピラミッドの下みたいなところにいる時も『つまんないなあ』とかはあんまり考えない。どこに意味を見出すかだから。でもその人は移動もできなくなってしまって」


haru.「私も最近、すごく仲の良い友達がずっと体調が悪くて。今まで友達や自分の健康を心配したことはあまりなくて、1日寝れば治るんじゃないかとか思ってたけど、最近は本当に心配になってる。未来のことを考えるときに、周りに大切な人がいてくれるからもうちょっと頑張ろうと思えるけど、心や体の病気になって急にいなくなってしまう可能性だってあるんだって」


イ・ラン「私も『自分は大きな病気にならないんじゃない?』って簡単に思ってきたけど、今から知ることができて勉強になってる。今年の3月から人を集めて、6月から30人、毎日違う人が原稿を作ってメールで読者の人に送るプロジェクト(メールマガジン)をやっているんですけど、それが毎回雑誌を作るくらい大きな仕事になってて。やること多くてすごく疲れて。『何のために?』ってなったりもするけどどうしてもやりたいからやってる」





haru.「それは有料のメールマガジン?」


イ・ラン「そう。みんな無料で働くのは嫌だから、購読料の1%がひとり1人の印税になってる。今は作家とスタッフを全部合わせたら50人くらいいます。韓国ではメールマガジンがすごく人気で、いろんなクリエイターが1人でやってます。例えば詩人になりたい人は、大きな出版社の文学雑誌に掲載されないと詩人じゃない、作家になりたかったら賞をとらないと、というシステムがあるでしょう? でも、若い人の中にそうじゃない道を探している人がいて、そういう人たちが1人で、『私は社会的には作家ではないかもしれないけど、毎日文章を頑張って書いて送りますから、メールマガジンで読んでください』って始めて、どんどんみんながやりだした」


haru.「それで流行っているんですか?」


イ・ラン「すごく流行ってて、それで成功した人もいます。まだ20代だったりするとお金の当てもないのに賞を目指して毎日書かなければいけないなんて辛いでしょう? だからまだ何もできてなくても、今日も書いて、明日も書くからその生活費をください、ということ。文芸誌は知名度のある作家じゃないと仕事がもらえないから、まだ世に出てない人たちは直接自分の道を探そうって。有料といってもそんなに高くなくて、毎日原稿が来るのに千円とかだし」


haru.「月に?」


イ・ラン「月に千円。千円払って読んでみて、いいなとなったら次も購読しようとか」


haru.「私は普段マガジンを作ってて、それはWEBじゃなくて紙で印刷しているからすごくお金がかかる。毎日書いて気軽に配信できるって新しい話」


イ・ラン「いろんな出版社の編集者の人はラッキーってなってる。自分を表現している人たちがたくさんいるから、簡単に良い作家を見つけることができるし、『本を出しましょう』って誘える」


haru.「じゃあ、メールマガジンをみてこの人いいなって思った人にコンタクトをとるんだね」


イ・ラン「私の今のプロジェクトもいろいろな人がいる30人の中で、出版社から本を出しましょうって連絡がきてる人もいました」


haru.「みんなにとってプラスになるね。友達はみんなメルマガを楽しみにしてる?」


イ・ラン「うん、毎朝起きたら友達の話が届いてるから楽しい。あと朗読もあってオーディオブックみたいに聞けたり。読みたくない時はオーディオで聞ける。でも、ちょっとやりすぎだったかも。もうちょっと簡単にすればよかったと思うんだけど、もう始めちゃったし、途中で変わるのも変だから」





haru.「ランさんが編集長?」


イ・ラン「編集長なんだけど、それもピラミットでもないから。責任感は編集長みたいに持ってるけど、みんなと一緒に作ってる。みんなで頑張っていることなのに全部が『イ・ランさんのプロジェクトですね』みたいになるのは嫌だから。そのメールマガジンのテーマは“痛み”で、例えば社会の弱者の痛みから始める文章とかもあるし、日本に留学している韓国の女の人が『東京外人日記』っていうタイトルで文章を書いていたり。ベルリンの友達も言ってたけど、ハングルの名前がみんなちゃんと発音できないから、変な発音で名前を呼ばれる世の中に住んでる韓国人の女の子の話や精神病で何年間か治療している人のエッセイとか」


haru.「すごく読みたい、でも韓国語なんだもんな」


イ・ラン「それをちょっと簡単に整理して翻訳して自分で出したくて、今そのことを結構考えてます。まだ若いのに大きな病気をしている友達と生きていくことについてのエッセイを私は書いていて、そういった経験は私も初めてだしその友達も初めてだから、私たちが混乱しているその状態を描いたエッセイなんです。流行っているメールマガジンは『私を見てください』みたいなものが多いけど、私たちがやっているのは『いろんな人にいろんな痛みがあるのでその痛みを聞いてもらえませんか』という感じで。痛みとか死ぬこととかみんなあんまり聞きたくないから、私もこの機会に色々知ることが多い。社会ではみんながずっと走ってて、誰かがいなくなったり見えなくなってもすぐ忘れるし、あの人はダメだったなんて簡単に言うし、結構批判的な目線になる。あの人はルーザーだからできなかったんだというような見方に。私もそう思ったり、なんで頑張れないのかななんて思った時期もあったし」


haru.「わかる。大学に入ったくらいの時にすごく仲良くしてた子が病気で発作を起こすようになってしまって。渋谷で発作を起こした時に、友達を見る周りの人の目が『なに、この人?』って感じですごく冷たくて、誰も彼を心配したりしないの。怖いのかな」


イ・ラン「怖いのか、知りたくないから逃げる」


haru.「気持ち悪いとか、見ないふりするとかね。その時彼と2人だけでいてものすごい不安な気持ちになった。世界から取り残されちゃったみたいな気持ち」


イ・ラン「それは病気もそうだし、弱者の人もそう。あと障害者とか難民ってみんな知りたくないから簡単に見えないふりする。そうなったらどんどんみんなが辛い状態のまま。それがどんどん大きくなるし、今の世界はいろんなところに飛行機や船で行ったり来たりできて、いろんなものを混ぜているのに、その部分だけ混ぜていない。びっくりするのは、みんな『私だけが純粋で健康な人間』みたいに思ってること」


haru.「いつ自分もそうなるかわからないのに、絶対自分は違うって思ってしまう」







イ・ラン「私も仕事で日本に行ったり来たりし始めてから、“在日”の存在を認識した。前はただ日本に住んでいる韓国人だと思ってて、みんな韓国語を喋るんだと思ってた。ライヴに来て『私は在日です』って自分から言う人はあんまりいないけど、サインの時に『名前なんですか』って聞いたらハングルの名前を言う人がいて、『あ、韓国人?』って言ったら、『在日です』って。それで韓国語で話しかけるんだけどわからないって言われて、なんで韓国人なのに韓国語がわからないのかなと思ったくらい全く在日の歴史を知らなかった。そのあとに、“イムジン河”の歌をカバーしたことでいろんな在日の方とお話できて、ああ、そうなんだって勉強になって、知らなかった自分も恥ずかしかったし、それを知らないでいられる社会についても考えて、混ぜているのに分けてしまうことについても考えた」


haru.「私も友達の発作の時初めて、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちが受けているかもしれない視線について考えた。社会にはいろんな差別があると頭ではわかっていても、自分がものすごく無知だということに気がついた。その子は頼れる友達も多分そんなにいなくて、親とかにもその病気のことを話せてなくて、私は彼のことが重荷になって、辛くなって逃げちゃった。『しばらく会えない』みたいな感じのことを言って」


イ・ラン「わかるわかる。私も自分の力のバッテリー量が決まってるから、バッテリーが少ないのに誰かを助けると自分がごちゃごちゃになって、次の日何にもできない人になる。そのバランスをとるのが難しくて、どうすればいいのかを考えていて。今癌になってる友達からも、あなたは今やりすぎだから休みの日を作ったほうがいいって言われてて。ワーカホリックだから、スケジュールの空きを埋めちゃおうとするので、“休むこと”を仕事のひとつにしてスケジュール管理してる。この週は水曜日と日曜日は休むのが仕事ってスケジュールに書いて。その日は他の予定を入れないし。今日は“休み仕事”だからYouTube観たり、作業室にいてもちょっと仕事して早く帰ろうとかになるんです。そうしないと他の仕事に集中できないから」


haru.「本当に大事だと思う。私も集中力がすごく落ちてて。この間も引っ越し作業をしてて、荷物を取りに来てくれた友達の車に自分のお財布を入れっぱなしにしてしまって。今日はだからお財布ないままポケットにお金入れてます」


イ・ラン「私も結構パンパンになって、なんでだろうと思っちゃう。ペン先を見てるのに違う言葉を書いたり、今日のインタビューは13時からってメールとかラインで見たのに、勝手に14時からって思って来たりする。今日も経堂のお蕎麦屋さんと思ってたのに、気づいたら豪徳寺のカフェに座ってて、でも自分ではインタビュー場所は豪徳寺だって思ってた。それでさっき急いで来た」


haru.「休み仕事をちゃんとスケジュールに入れてください。1日でも。2日でも。そして休んでください」


イ・ラン「みんな休み仕事しないとだね。ベルリンから帰ってきて、時差もあるし移動も長かったのでいろんな理由で疲れてると思うんだけど、帰ってから1週間本当になにもできないくらい体が痛くなって1週間ベットの中にいたんです。点滴して血液の精密検査とかをやってもらって、結果的には大きい病気はなかったけど、仕事をやりすぎだったと思って。水曜日と日曜日を休み仕事にしないと結局1週間休みなしになるから、それじゃバランス悪いよねって友達と話した」


haru.「そうですよね」


イ・ラン「妊娠して子供を産んだことがある人と話してたら、日本はすごく横断歩道の信号が変わるのがはやく感じたんだって。それから都市のいろんなシステムは、走ることができる人のための速度で作っているんだと思うようになって。うちの弟も障害児で走ることができないんです。みんなが走れて当然だと思うから信号もはやいし、階段とかもそう」


haru.「そういえば私も東京に帰ってから服を選ぶ基準が、走れるか走れないかになってることに気付いて。靴を選ぶ時も『この靴で今日東京の街を走れるか』みたいな」


イ・ラン「そうやってみんな思ってしまうことがある。だからメールマガジンではちょっとみんな聞いてくださいみたいなことを発信してて。私はイメージ的に社会運動家じゃないし若いファンもいる。『あー、イ・ランさん可愛い。かっこいい』なんて考える人もいるから、私が『この話しますよー』って書いたらどんな反応があるかなって実験をしてる。マガジンみたいに洒落てるけど、これまでそういう人たちが聞いたことがなさそうな内容のエッセイを送るから、みんなの反応が気になって」




haru.「私がランさんの本やエッセイを読んですごくいいなあと思ったのは、ランさん自身はアクティビストって感じでもなく、普通にアーティストとしての活動をしながら自分の人生を生きていて、『私の人生ってこんな感じ』って社会との繋がりを話してくれるから、すごく自然に自分のことも考えられるようになること。私だったらどう考えるかな、とか」


イ・ラン「アクティビストが分離しているのも、またこの社会の問題だと思っていて。『あなたはアーティストなのになんで社会のことを話すの?』なんていう人もいるから、社会的な話とアートの話をなんで分けるのかその意味がわからない。いろんな仕事をするとき、大きな会社との仕事だと、社会的な話は我慢してくださいなんて言われる。一昨日のライヴでも、最初にMCで『今は韓国と日本の政府のいろんな問題でビザを取ることが厳しくなるし、輸入制裁や輸入禁止とかの話になってるから、私はもう来れないかもしれないから今日を楽しんでください』と言ったんだけど『は、なんで政治の話するの?』みたいな反応があるかもと思ってます」


haru.「ランさんのことを知ってるお客さんからはそういう言葉はあんまり出ないんじゃないですか?」


イ・ラン「私のことを知ってて来た人はそうかもしれないけど、誰がそうかはわからないから。聞きたくないなーみたいな雰囲気の時もあるし、結構私はMCで“社会的”って言葉をよく使うけど、それは私の日常的な話だから、これは禁止かもなんて考えなくて、ただビザが取れなかったら次のライヴはどうなるだろうって思って話してるだけ。私は大きな会社に入っていないし自分自身で宣伝しないといけないから、SNSも全部やってるけど忙しくて。で、『ツイッターを見て今日ライヴに初めて来た人はいますか?』って訊いたら、いろんな人が手をあげて。『やっぱりツイッターは力を持ってますね。だからトランプと金正恩もツイッターで会ったんですね』って話を自然にしたら、なんでトランプと金正恩の話するの?って人もいるかもと思ったり。あと、ソウルには植民地時代に建てられた建物が多くて、植民地時代に日本がいろんな物を日本に持って行ったから、そのための倉庫や建物がある。韓国の政府がソウル駅とかシティホールは植民地時代の名残だから、新しい建物を作ろうとするんですけど、その使われなくなった建物がまだ残っていて、そんなところが芸術のレジデンスになっていたりする。そこでライヴのイベントとかもあるから、ライヴしに行って、日本から来たミュージシャンとのライヴだったから、私がMCでまた『植民地時代の歴史がある建物で、今日は私と日本から来たミュージシャンと対バンしてすごく楽しんでいます。色々思い出して面白いですね、今の時代はいろんなことができて良いですね』とか話して。みんな、ここは植民地時代に建てられた建物だって知ってるから笑ってたんだけど、1人の子供を連れたお母さんがバッと立って外でスタッフに『ただ週末に音楽を聴くために、子供と楽しむために来たのに、なんであの人は社会的な話するの』ってすごく怒ってて」


haru.「特にミュージシャンに対してそういう声は多いですよね」


イ・ラン「ミュージシャンにも俳優にもある。前からずっと韓国で難民をサポートしているトップの俳優さんがいて、その人もずっと攻撃されてる。みんな自分の人生に関係ないと思っているけど、日本の若者も投票に行かないでしょう? 日本より韓国は選挙に行くしそれも自慢になる。だけど日本の若者は自分の生活の中の何かが変わることをあんまり考えずに、K-POP文化のこととかは話すんだけど、選挙とかデモはおじさんの問題みたいなイメージを持ってるから行かない。韓国は若者も自然に政治の話とか、社会の話とか、いまやってるいろんなデモの話とか、なになに主義とかの話がすぐに出てくるけど、すぐに消える感じ。自分の人生に関係ないって分け方もあるし、主義がある人でもそれが阻害になる場合もある。先日、私が大好きな作家の人がトークイベントのために書いた文章で、『主義が力を持ったらそこからはみ出ちゃう人がいる。例えば今はフェミニズムの流れがあるけど、主義が一番大事じゃなくて、ひとり一人の人間の問題として考えましょう』みたいな話をしていて、確かにそうだなって思った。国に関してもそうで、“国”とか“国民”ってどうやって決まるのか、みんなはどう思ってるんだろうって考えることがある。私は生まれてからずっと韓国に住んでて、ただ、ここが韓国っていう場所だということは知ってるけど、自分が経験してない戦争とか植民地時代とか在日の歴史とかは知らなくて。でも、実際に経験したり歴史を持ってる人と話をすると、それらの人はすごく辛かったことを知って。ひとり一人の歴史と経験が連なっているんだけど、国となると“イメージ”なんですよね。そのイメージで簡単に話をしてしまうのはどうしてなんだろうって」


haru.「確かに」





イ・ラン「クィアとかも自分と違うからって遠ざける人がいる。私は前にドラァグクイーンの化粧の勉強をしてて、その派手なメイクのまま普通に外に出たらその化粧の先生がびっくりして。外ではその化粧をしてはいけないと思ってたって。それでその化粧が褒められたりして、外に出てもいいんだってなった。先生はクィアでショーをやってたけど、男が女っぽくして面白おかしくするショーが多い中で、自分が観せたいショーをやっていたので、そのショーを観た人たちに殴られたりして。怖い思いしたり、色々傷があって。自分は自分のことを芸術だと思ってきたのに、みんなが『何これー!怖いー!』ってクレイジーなもの扱いするからあまり外には見せなかった。でも今は解放された。それでその人はずっとクラブで『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のショーをやってんたんだけど、それをジョン・キャメロン・ミッチェルが観て会うことになって、先月NYで『ストーン・ウォール(1969年にNYで起こったLGBTQのソドミー法での取り締まりに人々が反発。LGBTQ権利運動が本格的に始まるようになった象徴的な事件)』の50周年イベントに出て、ジョン・キャメロン・ミッチェルのアパートで一緒に会ったんです」


haru.「すごいー!」


イ・ラン「いつもヘドウィグの歌を歌ってたから、それで友達になったのはドラマティックだった」


haru.「ランさんがメイクしたまま地上に出てなかったら、変わってなかったかも」


イ・ラン「私はあんまり考えずパッとやってしまう性格だけど、その人はずっと子供の時から批判されて、男の子なのになんで女の子みたいにするのって暴力を受けたり、バレエをしてたんだけど先輩とかに劇中でも暴力を受けたりして。いろんな経験から、あーこれは外にいちゃだめなんだって思うようになってた。私も化粧して外に出て、1日だけでも経験して、それで結構怖かったりした。そういう風に、誰かと会ってその人の人生を聞いたらいろんなことが見えるようになる。同じ立場でなくても、想像して話はできるから。当事者だけで話すと声が聞こえなくなるし、当事者じゃなくても当事者のことを想像してみんなが一緒に話すといいなと思う。クィアとかもそうだけど、安心したら話せるから。安心できない状態がものすごい多くて、それを想像すると辛いから、やっぱりいろんな人の話を聞いてほしい。そういうことを伝えたり、休みの仕事しながら生きていきたいです」





haru.「私が仕事をしていて、それを続けられるのも、今日のランさんの話を聞いてるように、誰かの視点から世界を見ることでが少しずついつもの景色が拡張する感じがするから。これが楽しくてやめられないんだなって」


イ・ラン「でも、休んでください。辛い夜勤とかはちょっと自慢するのに、休むことは自慢しないから。『あー3日間寝れなかった』とか『仕事でオールナイトだった』なんて自慢する人は多いのに」


haru.「休んだことを自慢したいよね。こんなに休んだんだぜって」


イ・ラン「リゾートとかで休むのは自慢するでしょ? ハワイとかサーフィンとか、結構休みに行っても忙しく色々するから、どこかあったかいところに行って、そこでここやあそこに行って、サーフィンして。リゾートってめっちゃ忙しいでしょ? でも、ただ自分の部屋で休んでいるのは日常の一部だから自慢しない。自慢できることをみんなが分けているのも不思議です」


haru.「美味しいものを食べて休みましょう。このお店の方はランさんのお友達ですか?」


イ・ラン「8年前くらいに初めて日本に来て、誰も私のことを知らない状態で、音楽ライターの人がソウルで知ったわたしの音楽を友達に紹介したいからって、とても狭いバーで演奏したことがあったんですが、その時のお客さんに、どこかで情報をみて来たこのお蕎麦屋さんのあやちゃんとあやちゃんのお姉ちゃんがいたんです。そのバーにはサウンドシステムがなかったから、カラオケマイクでライヴして。エコーがファーってなるようなマイク。その時に初めて会って、そこから今まで全部のライヴに来てくれるんです。ソウルにも来てくれた」


haru.「そんなお店のお蕎麦を食べたんだ」


イ・ラン「ここで打ち上げしたり、泣いたり色々している。その間に子供が生まれる人もいれば手術をする人もいて。でもみんながライヴに来てて。色々みんな変化があるから、走ることもできなくなるし、それを想像しながらみんなで生きていくのが一番いいんじゃないかな」


haru.「ランさん、素敵な時間をありがとう。すごく美味しいご飯も食べて、最高です」


イ・ラン「休み自慢が流行ってほしい」


haru.「流行らせましょう」




感想文


ランさんは「生きている人」だ。


冷蔵庫に貼ってある友人たちの写真。
コップについた茶渋。
名前のない料理をつまむ夜。
一人のときもあれば、二人のときもある。
毎朝部屋に降り注ぐ朝日で目覚めること。
泣きながら寝落ちること。


ありふれた生活の一場面が、ランさんの紡ぐ言葉たちによって愛しく引き寄せられる。


まぎれもない、私だけの自分史に
今日も乾杯。




phohography Kotetsu Nakazato
text&edit Ryoko Kuwahara


撮影協力:お蕎麦のしらかめ
〒156-0052 東京都世田谷区経堂1丁目27−13 ディアコート経堂 1F
03-3420-1988
https://www.instagram.com/shirakame/


イ・ラン(이랑 Lang Lee)
韓国ソウル生まれのマルチ・アーティスト。シンガー・ソングライター、映像作家、コミック作家、イラストレーター、エッセイストと活動は多岐にわたる。1986 年ソウル生まれ。シンガーソングライター、映像作家、コミック作家、エッセイスト。16 歳で高校中退、家出、独立 後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、国立の芸術大学に入り、映画の演出を専攻。日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、歌手デビュー。短編映画『変わらなくてはいけない』、『ゆとり』、コミック『イ・ラン 4 コマ漫画』、『私が30 代になった』、アルバム『ヨンヨンスン』、『神様ごっこ』を発表(2016 年、スウィート・ドリームス・ プレスより日本盤リリース)。『神様ごっこ』で、2017 年の第 14 回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞。著書に『悲しくてかっこいい人』(訳:呉永雅/リトルモアブックス)『私が30代になった』(訳:中村友紀、廣川毅)がある。かねてより交流の深い柴田聡子とのミニアルバム『ランナウェイ』を2月7日にリリース。
Twitter: https://twitter.com/2lang2
Instagram: https://www.instagram.com/langleeschool/
Youtube: https://www.youtube.com/user/langleeschool



haru.
1995年生まれ HIGH(er)magazine 編集長 株式会社HUGチーフプロデューサー
https://www.h-u-g.co.jp

Twitter: https://twitter.com/hahaharu777

Instagram: https://www.instagram.com/hahaharu777/

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