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text by Meisa Fujishiro
photo by Meisa Fujishiro

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#61 所作 

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 姿勢を整える、という基本ができたら、いよいよ所作である。
 まずは、ゆったりと一つ一つの動作を行うことだ。あの青信号で渡ろうと走って向かったら、間に合わなくて、後からゆったり歩いてきた人と結局同じになってしまう例もあるように、急いてもさほど変わるものでもない。むしろゆったりとした間違いのない動きで行う方が、結果的に効率的なこともままあるだろう。動作をゆったりとすれば、当然呼吸もゆったりとして、精神状態もゆったりと安定する。1日というのは1息の連続の繋がりなので、ゆったりと過ごしていれば、ゆったりとした心の広い1日を生み出すことになる。周囲に与えるイメージが断然こちらの方がいい。
 また、効率至上を刷り込まれていることが多い為、常にながらで行うことが習慣化されていがちだが、これも所作としては美しくない。一つ一つに心をこめ、動作を同時に重ねないとする癖づけは、長い目でみたら、その人を大らかに幸せにすると思う。
 とはいえ、それが仕事場の雰囲気から不可能であることもあるだろう。そうした場合は、姿勢だけにでも留意するといい。正しい姿勢は、正しく美しい仕草や言葉を生むので、所作まで意識を向けなくても、まずはいいと思う。
 私は、毎朝家の入り口あたりを掃き掃除するのだが、禅では掃除第一の修行と考えている。掃除をしながら悟ることもあるのだ。掃除は、心の掃除へと繋がり、わずか10分ほどの時間だが、やるとやらないでは、その日が違ってしまう。その時は、なるべく姿勢を整えゆったりと優雅に行うように気をつけているつもりだ。朝の習慣として、外の空気に触れ手を動かし血を巡らす掃除を、是非取り入れてみてほしい。
 

 所作というのは、つまり、整った姿勢で、落ち着いて、一つのことに正対して丁寧に行うことであり、自由にやればいいと思う。日常の全ての動作を所作として整えていくことで、その人は内側から美しく変わっていける。伝統的な所作にも興味があれば、触れてみるととても参考になる。所作には、それに至った背景も一緒に知るとなおさら楽しい。
 外見的な容姿は、いつかは必ず衰えるが、所作の美しさはずっと続く。また、所作に意識を向けるということは、美意識を外見から内面へと転換させるためのツールを持つということだ。
 全ての立ち居振る舞いをもう一度チェックしてみてほしい。歩き方、座り方、喋り方、言葉の選び方。そこに人としての成長と、成熟が現れている方が、楽しいと思う。それは手にした方がいい。なぜなら買えないものだからだ。




※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#62」は2019年1月7日(日)アップ予定。

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