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ベネディクト・エルリングソン監督インタビュー『たちあがる女』




処女長編作『馬々と人間たち』で鮮烈なデビューを飾り、アキ・カウリスマキやロイ・アンダーソンの後に続く、北欧の才能と目されるベネディクト・エルリングソン監督の最新作『たちあがる女』が、3月9日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次公開。コーラス講師と環境活動家、二つの顔を持つ中年女性ハットラが繰り広げるたたかい、新しい家族を迎え入れて母親になる「ためらい」をなど、巻き起こる大騒動をメッセージを交えながらユーモラスに描き、二度のオスカーに輝く、ジョディ・フォスター監督・主演でハリウッドリメイクされることが決定した話題作だ。雄大なアイスランドの自然と叙情的な音楽に彩られた現代のおとぎ話ともいえる物語は、「自分らしく生きる一人の女性」を通して、人間の強さと優しさを謳い上げ、生きていく中で一番大切なものに気付かせてくれる。

――あなたの作品『馬々と人間たち』と『たちあがる女』は共に、自然を利用し、支配しようとする人間達が敗北する様子について描いています。私たち人間の根本的な失敗や愚かさを物語の源にし、それをコメディードラマに仕立てているのは何故ですか?


ベネディクト「私は最近、『馬々と人間たち』と『たちあがる女』という二つの映画の関連性について考え始めました。新作が完成するまでは、関連を意識すらしていなかったように思います。私にとって“自然の権利”は“人権”と同じレベルで当然考慮されるべきもので、それが両作品に通った筋であることには同意します。私には、自然の権利が全ての憲法において強く保護され、地域ごとの法律や国際法によって守られるべきものであることは明白なのです。私たちは、人間のニーズや経済システムに関わらず、手つかずの自然には本質的に存在する権利と必要性があることを総体的に認識する必要があります。例えば、私は人類にとってより合理的なシステムが想像できます。もし私たちが、自らのニーズのために汚れなき自然を傷めつけて利用したいならば、きちんとしたプロセスを踏むことが必要になるでしょう。これらの問題は、私たち人間社会において、長期的な利益に関する共通のテーマです。はたして、人間の自由を奪い、それをずっと刑務所の中に閉じ込めておくかのような選択をするべきなのか。だから私は、今こそこの種のアプローチをする時だと思うのです。
上記に加えて、この社会には”政府”という奇妙なパラドックスが存在しています。政府は民主主義の国々で民衆によって民衆のために作られた手段のはずですが、特定の利益団体によって公共の福祉に明らかに反するような場合でも、簡単に操作されてしまいます。私たちが直面しているこの巨大な環境問題や今起きている事態を鑑みれば、これは一点の曇りもない真実だと分かるでしょう。そして私の住む小さな国や私の映画がそうであるように、それはコメディーを生み出す良い土壌にもなりうると思いますが、多くの国々ではただの悲劇的な事態だといえるでしょう。
ここで2人のヒーローについて言及したいと思います。実在する2人の戦う女性です。ホンジュラスのベルタ・カセレスとコロンビアのヨランダ・マトゥラーナ。2人とも”人生そのもの”のために戦う環境活動家で、彼女たちが命がけで守ろうとした土地が生み出す利益に関わる闇の力によって殺されてしまいました。さらに悪いことに、国家は彼女らの保護についてさほど気にかけていないようなのです。国によっては、国家権力が反対側の勢力ために積極的に戦っているようにさえ思えます。そうなると、環境主義者が国家の敵になるという状況に私たちは陥ってしまいます」

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――ハットラのキャラクターが女性でなければならなかった理由は?


ベネディクト「私は本作を作るにあたり、ジェンダー問題やポリティカル・コレクトネスについて考えていたわけではありません。実際私は、全ての物事がポリティカル・コレクトネスである今の様子にイラつきさえ覚えます。でも、この事態も徐々に変わっていくでしょう。本作の場合、ハットラのキャラクターは、この物語と物語が伝えなければならないドラマを通して、ごく自然に私のもとへやってきました」


――主演女優のハルドラ・ゲイルハルズドッティルはどのようにキャスティングしたのですか?


ベネディクト「ハットラのキャスティングは長く険しい道のりでした。そしてよくあることですが、正しい答えはすぐそこにあったのです。ハルドラは子どもの頃からの友人であり、仕事仲間です。職業的には、私たちは兄弟のように育ち、彼女は私の姉のような存在です。私たちが10歳か11歳の頃にナショナル・シアターの大きな舞台で一緒に活動し始めました。『たちあがる女』の創作過程のだいぶ早い段階で、私はハルドラがハットラを演じるというヴィジョンをかすかに持っていました。しかしその時はそのヴィジョンを断念し、私は他の親愛なる俳優たちについて考え始めました。そしてまた、脚本にある双子のコンセプトのことも考慮せねばならなかった。そこは、確実に自然に感じられるよう描きたかった部分でした。
しかし、運命がハルドラを私のもとへ引き戻しました。私は彼女が一目瞭然にそうあるだけでなく、それが正しい選択だと認識したのです。俳優として彼女は自然体であり、アイスランドの劇場で本物の女優でした。ハルドラをただ女優として呼び寄せることは、彼女を矮小化し、彼女ができることの全領域を表現し損じてしまうように感じるくらいに幅広い才能を彼女は持っています。スクリーンでの演技に加え、レイキャビク・シアターでは最も有名なピエロ、そしてコメディエンヌであり、アイスランド最大のレパートリー・シアター(専属の劇団が演目を日替わりで上演する劇場)では大黒柱の舞台女優として、毎シーズンで主役を張っています。彼女は『ゴドーを待ちながら』のウラジミール役や、『ドン・キホーテ』のナイト役といった男性役でも素晴らしい演技を見せてきており、それは本作での彼女の役どころとつながりを持つかもしれません。それはまだ序の口で、彼女はまた、“ハンネスとスマリ”というデュエットで、パフォーマンスをする狂信的な男の“スマリ”と呼ばれる性器の奇妙なキャラクターを作り出し有名になりました。今や彼女と、アイスランドの劇場で彼女が演じる男性キャラクターには熱狂的なファンがいます。ハルドラはアイスランドのサラ・ベルナールと言えると思います。もしサラ・ベルナールが比較するに値するならば!」


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――彼女と映画のヒーローが同じ名前というのは偶然ですか?


ベネディクト「ハットラというのはアイスランドではよくある名前であり、歴史的にも文化的にも多く登場します。ハットラとエイヴィンドゥルというのは、17世紀に高地を20年以上逃げ回って生き延びたことで今なお有名な、アイスランドの歴史における最後のアウトローです。彼らは本物の山の住人であり、羊の盗人、反逆者です。そして彼らの搾取や奮闘については、多くのストーリーが語り継がれています。約一世紀前、アイルランドの詩人・脚本家のヨハン・シグルヨンソンが彼らについての戯曲“山々のエイヴィンドゥル”を書き、同作は国際的な舞台作品となり、数か国で成功を収めました。そしてちょうど100年前の1918年、スウェーデンの映画監督、ヴィクトル・シェストレムがその伝説から『THE OUTLAW AND HIS WIFE』という映画を作り、彼自身が主役を演じました。ですから、“ハットラ”は少なくともアイスランドの観客にとっては、いくつかのすてきな物語を伴った名前なのです」


――この映画は、ドラマ、エコ・スリラー、コメディー、またはその全てとも言えますね。


ベネディクト「私は執筆やその他の創作過程において、映画のジャンルについて考えることは全くありません。ジャンルというのは、言うなれば、何が起ころうと、子どもが産み落とされたあとにいろいろと思索するものです。人は子どもを作るときにどういった種類の人間になるかを考えたりはしません。少なくとも私はそうです。
共同脚本のオーラヴル・エギル・エギルソンと私は、映画のジャンルについて真剣に話し合ったことは一度もありませんでした。それに近いことといえば、例えば“おとぎ話”という言葉で遊んだりはしました。それはセクシーな言葉で、私たちが物語を丹念に作る際にとても役立ちました。どんなプロジェクトや物語が私を夢中にさせたにせよ、私にとって、これはもっと、物語、使命、苦痛、抽象概念についてのものなのです。二人とも、全ての良い物語のエッセンス、ドラマツルギーにとても興味を惹かれます。そして私は本作をコメディーとは考えていません……私は決して“コメディーをやる”ことはありません。少なくとも、コメディーを意図することはないです。もし私の物語において何か笑えることがあれば、それは余分なもの、あるいは副作用的なものです。
プロセスについて言えば、私は常に痛みに向かって突き進みます。作者または登場人物の痛みや、その意味を探し求めるのです。それと同時に、“痛みを感じる”というただ一つのことだけを描く映画を私は好みません。私にとって、そこから始まることは純粋に物語を理解する以上のものであり、それにより私は異なる方向性を探求することができます。例えば、撮影監督のベルクステイン・ビョルグルフソンと大まかな内容を描き始めてしまうと、物語はすぐに“アクション映画”のコンセプトへと導かれるのです」


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――どの段階で、あのようなユニークな形態で音楽が劇中に織り込まれていったのですか?


ベネディクト「音楽は、私をこの映画に導いた最初のヴィジョンからありました。次回作の中で自分が見たいものを夢想して幻想に耽っていたときから、誰もいない道を走っている一人の女性の姿が見えていました。彼女は雨の中を走っていて、ずぶ濡れで私のすぐ隣で止まりました。彼女をもっとよく見ると、3ピース・バンドが彼女の真後ろで演奏しているのも見えました。ただ彼女だけのために演奏し、決して私のためではありませんでした。バンドが演奏していた曲をもっとよく聴いてみると、それはその女性の人生のサウンドトラックでした」


――ミュージシャンたちとのコラボレーションはいかがでしたか?


ベネディクト「私たちは初期の頃から音楽に取り掛かっていて、映画の中で音楽が何を表すのかを明確に見出さなければなりませんでした。私たちがその旅をしているうち、他の音楽もまた登場し続け、物語の中に入っていきました。これは、ハットラの合唱団を構成する3人のウクライナ女性の声になりました。編集段階に達した時に自分が柔軟でいること、身動きが取れなくなっていないことを確実にするため、私はあの音楽で、アイスランド風に言うならば“ベルトとサスペンダーの両方をしている”状態にしたかったのです。そのために私たちは、全楽曲のデモ音源を作り終えてから、全ての音楽シーンをテスト撮影しました。
私たちの最終目標は、可能な限りの音楽をセットでライヴ録音することでした。これはミュージシャンたちだけでなく、助監督、撮影監督、そしてサウンド部門全体など、全員にとっての挑戦となりました。だから私たちがやったやり方では、スタジオ録音、ライブ録音、“オフ・セット”野外録音の楽曲が多くあり、その結果、最終的に全てが可能になったのです。映画の音楽を担当するダヴィド・ソール・ヨンソンとはほとんどの劇場で仕事を共にしてきており、また、『馬々と人間たち』の音楽も手掛けています。バンドメンバーのオマールとマグヌスもまたダヴィドの古い友達で、彼らは(オマールの兄弟と共に)一緒にバンドもやっていました。ADHDというバンド名で、映画の中とはまるで違う音楽をやっていました」


――あなたの俳優やショーマンとしてのバックグラウンドは、監督としての映画作りにどう影響しましたか?


ベネディクト「私はこの監督という新しい役割に適応していますが、そうですね、ある意味では私のバックグラウンドは助けになりました。また同時に、ハンディキャップでもあったと考えます。しかし、私はこの質問が好きですよ。映画制作の創世記からどれだけ長い道のりなのかを明らかにしてくれますから。チャーリー・チャップリンならどう答えたでしょう? オーソン・ウェルズなら? 誰も彼らに尋ねなかったでしょうか? 私は自分自身を、詩人でもありたがるストーリーテラーと見ます。その2つのアプローチの間で身動きが取れず、まるで同時に2頭の馬に乗りたがっているかのよう。でもそれは可能なことです。ただ正しい訓練と才能が必要なのです、素晴らしいサーカス団員のようにね」


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『たちあがる女』
www.transformer.co.jp/m/tachiagaru
3月9日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA 他、全国順次公開
風光明媚なアイスランドの田舎町に住むハットラは、セミプロ合唱団の講師。彼女は周囲に知られざる、もう一つの顔を持っていた。謎の環境活動家〝山女〟として、密かに地元のアルミニウム工場に対して、孤独な闘いを繰り広げていたのだ。そんなある日、彼女の元に 予期せぬ知らせが届く。長年の願いだった養子を迎える申請がついに受け入れられたのだ。母親になるという夢の実現のため、ハットラはアルミニウム工場との決着をつけるべく、最終決戦の準備に取り掛かる――。

監督・脚本:ベネディクト・エルリングソン出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルズアルソン
2018年/アイスランド・フランス・ウクライナ合作/ア イスランド語 / 101 分 / カラー / 5.1ch /英題:Woman at War / G / 日本語字幕:岩辺いずみ
後援:駐日アイスランド大使館 配給:トランスフォーマー

©2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Köggull Filmworks-Vintage Pictures


映画『たちあがる女』公開記念「久住高原菓房いずみや」オリジナル「クジューズスキール」を販売。
アイスランド国内では国民食とも言われている自然派スイーツ「スキール」を、日本で唯一、製造している「久住高原菓房いずみや」と本作とのタイアップが決定。

<スキールとは?>
「スキール(Skyr)」は、濃厚な乳製品。1000 年以上前より愛されているアイスランドのヨーグルト。高カルシウム、低脂肪、高タンパク質のアイスランド生まれの自然派スイーツ。同量のヨーグルトの3倍の牛乳を使用するため濃厚な味わいが特徴。アイスランドでは国民食と言われており、はちみつやナッツや果実ソースなとど一緒に食すことが多い。プロテインも多く含んでおり、健康食品、ダイエット食として注目されるスーパーフード。


プレーン(加糖)、ブルーベリー、オレンジ、かぼす、いちご、ラズベリーなど、久住高原の特産品を使用した6種類のお味をご用意
価格:350円(税別)
販売:店頭または「久住高原菓房いずみや」HP(www.kujukogenkabo.com)にて通販販売。
3 月 9 日(土)(午前 10 時より)スタート!
久住高原菓房いずみや 〒878-0201大分県竹田市久住町大字久住4048-15 TEL:0974-76-0023

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