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text by Junnosuke Amai

「感情の幅すべてを網羅し、良い時と同じようにダークな時も認めたいという気持ちで書いた」Interview with Puma Blue about “In Praise of Shadows”




2014年、シンガー兼/マルチ・インストゥルメンタル奏者のジェイコブ・アレンによるソロ・プロジェクトとしてロンドンを拠点に活動を開始。2017年にセルフ・リリースしたデビューEP『Swum Baby』をきっかけに、ベッドルーム発のウォーミーで洗練されたサウンドと、憂いを帯びたセンシュアルな表現力で大きな注目を浴びた。活況に沸く同時代のUKジャズ、2010年代以降のポスト・パンク再興、あるいはネオ・ソウル、アンビエント、インディーR&B……様々なシーンやジャンルと共振しクロスオーヴァーする交点から浮上した異才、プーマ・ブルー。「癒しや受け入れる必要がある痛みこそが、あなたをより良いところへと連れて行ってくれる。これは闇の中で光を見つけることだ。それこそが今日、僕をここに導いてくれた」。そう語るアレンが音楽を始めた経緯やそのバックグラウンド、そして谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』からタイトルが取られた待望の1stアルバム『In Praise of Shadows』について話を聞いた。(→ in English)


――3年前に東京の表参道で観たライヴ・パフォーマンスが強烈な印象として残っています。あのとき、東京で過ごした時間や目にした風景はどんな記憶として残っていますか。


Puma Blue「もうそんな前になるのか、信じられないね。そのときは本当に疲れていて、すごいジェットラグに悩まされていたのを覚えている。それと同時に、東京がすばらしく美しかったことも記憶に残っているよ。今まで行ったどんな場所とも違っていて、みんながとても親切で、愛らしくて、あたたかく迎え入れてくれる場所。お気に入りの場所になったし、素敵な時間を過ごせた。日本に行ったのはそのときが初めてで、それから行けてないけど、またすぐに行きたいな。東京のラーメンが恋しい(笑)」


――(笑)。世界中のどこでも、その都市、あるいはコミュニティならではのカルチャーなり音楽というものがあると思います。その意味において、あなたの音楽もロンドンという街、あるいはサウス・ロンドンのシーンだからこそ生まれ得たものだと思いますか。


Puma Blue「確かに、ある時点ではそうかもしれない。だけど、最近の自分の音楽はロンドンのサウンドっぽくはなく、よりパーソナルで、より俗っぽいんじゃないかと思う。たくさんの場所に影響も受けてるしね」


――それはツアーで世界中を巡ったから?


Puma Blue「そう。あと、アメリカ出身のパートナーと一緒にアトランタで過ごしたこともアルバムに影響を与えてるんじゃないかな」





――あなたが7インチの『Want Me』でデビューしたのは2016年。振り返ってみて、当時のロンドンのジャズ・シーンやバンド・シーンというのは、音楽活動を始めるにあたって刺激やインスピレーションを与えてくれる存在でしたか。


Puma Blue「刺激は間違いなく受けたと思う。コミュニティはとても、なんていうかすごく密接だった。私たちはみんな他のバンドを気遣いあっていたし、ほぼ毎月お互いのライヴに行ってた。最初のEPはルーシー・ル(Lucy Lu)という名義で音楽を作ってるルークのような友人から影響を受けたもので、彼は私と一緒に日本にも来たんだよ。あとは友人のプロデューサーのマックスウェル・オーウィンかな。当時は彼の作品にすごくインスパイアされてた。彼は素晴らしいミュージシャンで、異なる音を多層に重ねるのが好きなんだ。一緒にセッションをして、彼はそのレイヤーのプロセスを教えてくれた。以前は“Less is more(少ないほど豊か)”というアプローチに夢中でシンプルにしてたんだけど、彼からたくさんの微細なレイヤーを加えることで美しいテクスチャーの音楽を作れることを学んだ」

――そもそもどういった形でプーマ・ブルーは始まったのでしょうか。ターニング・ポイントになった出来事などあれば教えてください。


Puma Blue「一種のソロ・アーティストとしてロンドンを中心にたくさんの音楽を演奏していたんだけど、シンガー・ソングライターやフォークのミュージシャンのように演奏してほしいと頼まれることが多くて、自分としてはそのカテゴリーに違和感があった。だから、自分の名前でやるより自分に適していると思うギグができるようにこの名前を思いついたのかも。なにしろ本名ではジャック・ジョンソンのようなアコースティックのミュージシャンだと思われていたからね。で、プーマ・ブルーという名前を思いついて、アプローチを少し変えた。私の音楽はとにかくそうやって進化してきたんだけど、友人のハーヴェイ(・ピアソン)とサックスで演奏し始めて、ソウル・ミュージックのインフルエンスを持ったオルタナティヴなロックバンドを作ってみることにしたんだ。レディオヘッドの、エレクトロニックミュージックに影響を受けたロックバンドというやり方にとてもインスパイアされていたこともあってね」

――なるほど。


Puma Blue「うん。で、ジャズやソウルミュージック、ヒップホップをたくさん聴いていたから、そのインフルエンスを持ったロック・ミュージックを作りたかった。そして友達がロンドンのサウスウエストの大きなナイトショーでやっていたように、自分もナイトショーでプレイし始めた。そこで友人たちが実際にプレイしているのを観て、自分もラインナップに入ろうと決めて、着々とやっていたら、約1年後にそれが叶った。スタートは2014年だから、すごくゆっくりとしたプロセスだったけど、焦らず着実にやっていったよ」





――そんな風に音楽に熱中しだしたのはどうしてですか。いつから音楽をつくりだしたんでしょう。


Puma Blue「両親が音楽をかけるたびに私がはしゃぐから、7歳の時からドラムのレッスンを受けさせてくれて、それがあまりに楽しくてドラマーになったんだ。20歳くらいまでドラムをやってたんだけど、13歳から同時にギターも自己流でやりだして、そこからソングライティングにも熱を上げていった。ドラムはずっと面白くてたまらなかったんだけど、ソングライティングの方が自分を表現できると思って力を入れていって、そんな風にして始まったのかな。ギターを始めて、ラップトップでプロデュースのやり方を勉強して、そこから何も変わってない」



――リスナーとしては具体的にどんな音楽を聴いて育ってこられましたか。


Puma Blue「ワオ、めちゃくちゃたくさんあるよ。両親が聴いていた、スティーヴィー・ワンダー、アレサ・フランクリン、ピンク・フロイド、ポリス。ビートルズもそう。9歳か10歳の頃にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズの大ファンになって、長いことお気に入りのバンドだった。ソウルフルなプレイとエネルギーが好きだったんだ。そこからヒップホップに出会った。レッチリとは違うサウンドだけど、同じようなエネルギーを持っていたレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも好きだったな。聴いていたラップとロックは膨大な数だったと思う」



――そのなかでも特に、どんなレコードやミュージシャンが現在のプーマ・ブルーの音楽の血と骨を形作ってきたのでしょうか。


Puma Blue「初期の頃はジャミロクワイのようなバンドかな。彼の高音で歌うやり方にはインスパイアされた。特に最初の3枚、90年代初頭のもの。すごく興味深かったし、ただ歌うだけじゃなくて楽器の音にも集中して聴いてた。で、15歳の時にジェフ・バックリーに出会って、以降はそれが最大のインフルエンスになった」



――音楽以外ではどんなアートやカルチャーに興味がありましたか。


Puma Blue「映画もずっと好きだったけど、当時どんなものを観ていたかは思い出せない。いろんなタイプの映画を観るのが好きで、派手なメインストリームの作品だけじゃなく、低予算のアート系の映画も観ていたよ」



――ブリットスクール(※アデルやトム・ミッシュを輩出したロンドンの芸術学校)で学んだことで、今の活動に活かされていることがあれば教えてください。


Puma Blue「そこでできた友達はみんな突出したミュージシャンばかり。他と比較しても意味がないということを学んだ。自分がどれだけ高みを目指せるかの方が重要なんだ。プロデュースのやり方も教わったけど、本当に実践的な授業だったと思う。音楽理論と歴史についても十分な勉強をできて、それも実用的だったし、どれもがうまく機能するものだった。いいプロデューサーになる方法を学べたし、基礎を会得できたと思う」





――ありがとうございます。では、今回リリースされる1stアルバム『In Praise of Shadows』について話を聞かせてください。作品を聴かせていただいて、あなたの音楽が最初から大切にされてきた親密な空気感やセンシュアルなムード、フラジャイルな美しさは失われることなく、それらが緊張感のある演奏とモダンなプロダクションによって、ずっと洗練された形で表現されていると感じました。今作を制作する上でもっとも大事にされていたのはどんなことでしたか。


Puma Blue「そう言ってくれてありがとう。ただピュアで誠実な、私の気持ちそのもののようなアルバムを作りたかったんだ。自分自身を反映しているようなね。それは私にとってとても大切なことだった。これまでの作品の多くは悲しくムーディなものだったけど、私はそんな人間じゃない(笑)。確かにかつてはそうだったかもしれなし、初期の音楽は陰鬱だったけど、今回は自分が本当はどんな人間であるかを示すために優しく穏やかな音楽を作りたかった」



――リリシストとして、愛の儚さや孤独、喪失感といった部分にあなたが惹かれてしまう――それこそアルバムのタイトルのように“影の部分を賛美してしまう”のは、どうしてだと自分では思いますか。


Puma Blue「2つの理由があると思う。まず第一に、それが正直な気持ちであるから。私は何か特に感じることがあった事柄について書くというよりは、常に正直に感じたことを書こうとしている。その当時は残念ながらちょっとよくない時期だったし、その経験を書いた。もう一つは、かつては悲しい事柄について書くことの方が幸せについて書くより容易かったから。変な話なんだけど、みんな悲しみは経験したことがあるから、メランコリックな時の方が曲を書きやすい。幸せな音楽を作るのは実はとても大変で、チャレンジだと思ってるよ。今までだったらできなかっただろう挑戦だね」



――今回のアルバムで描きたかったテーマやストーリーはどのようなものでしたか。


Puma Blue「全ての感情を網羅すること。たくさんの幸せな曲もあれば、憩いのような曲もある。一方で、家族間のいざこざやメンタルヘルスの問題、過去の別れについてのとても悲しい曲もある。私は基本的に感情の幅すべてを網羅し、良い時と同じようにダークな時も認めたいという気持ちで書いたんだ」





――書くのが困難だった曲は?


Puma Blue「“Velvet Leaves”は妹のことについてで、家族のことを書くのはやはり難しいよね。愛について書くよりももっとパーソナルに感じる。それに妹のことを尊重して、あまり多くのことを言わないようにしたかったというのもある。そういう制限がたくさんあって、チャレンジングだった。何を言うかすごく注意深く考えていて、明確にするためにもしばらく時間がかったよ」


――その“Velvet Leaves”は、妹さんの身に起きたシリアスな出来事が元になって書かれた曲だと聞きました。あの曲を書き上げることはあなたにとってどんな意味があったのでしょうか。


Puma Blue「たたかって生き延びた妹への感謝かな。“Velvet Leaves”のアイデアは、ある日見た夢から得たんだ。妹がベルベットのような葉から後ろ向きに落ちていって、私は際限なく落ちていく彼女をつかまえようとしていた。それがタイトルの由来。当初、私はファンやリスナーのために曲を書こうとしていて、自分というものの印象について考えずにはいられなかった。それでしばらく立ち往生していたんだけど、この曲を描いたことで自分が前に進む必要があると気づいたし、自分自身を奮い立たせるような曲を作ろうと思えた。うまくいったらファンは自然とそうした曲を好きになってくれるだろうしね。この曲のおかげで、歩を進めることができたんだよ」

――そうした変化はサウンドにも影響が現れていると思います。今作の音楽的なコンセプトやアイデアのもとになったものがあれば教えてください。


Puma Blue「以前のマテリアルよりももっと滑らかなものを作りたかった。自分のローファイなサウンドが好きなんだけど、ちょっとそれに頼りすぎている気もして。ちょっと埃っぽくてざらざらとした古い響きだからね。アルバムを作るならヴィンテージのふりをしたようなものじゃなくて、もっと現代的なものにしたかった。スタート時点ではそれが重要なことだったかな。でもほとんどコンセプトというようなものはなかったよ。自由に書いてみて、それで何が起こるのか見てみたかったんだ」



――新たに試みたアプローチ、レコーディングの機材やセットアップの環境の変化など、これまでの作品との違いをもっとも意識しているところは?


Puma Blue「レコーディング時にはたくさん旅をした。多くの曲はアトランタで、飛行機と空港で書いた曲も1曲あるよ。活動初期の頃にやったように、バックコーラスの実験もした。2014年に本名でリリースした“Only Try”でもやってるんだけど、前作のEPではほとんどバックコーラスを入れていないことに気付いて、アルバムではもっとやろうと思ったんだ。あとピアノももっと試してみた」



――確かに、端々を彩るピアノの音色は、今回のアルバムを印象付けている特徴のひとつだと思います。作品を振り返ってみて、自分のアイデアや狙いがいちばんよくハマった曲を挙げるとするなら、どの曲になりますか。


Puma Blue「いい質問だね。ちょっと考えさせて。“Already Falling”か“Velvet Leaves”だね。これらの曲は自分のベストなやり方をブレンドさせたようなもので、何をやろうとしているかということのトレードマークになるようなサウンド。でも、ある意味一番好きなのは“Bath House”。3つの異なるセクションを書いて、それを組み合わせて、最古のアレンジを見つけるために友人のハーヴェイと自由に色々試してみたり、本当に思うがままにやった曲なんだ。この曲の感触にすごく満足しているし、フィーリングという言葉そのもののような曲だよ」

――個人的には、アルバムのなかで屈指のドリーミーでロマンチックな美しさを誇る“Sheets”がどんなアイデアから生まれたのか、気になります。


Puma Blue「私も“Sheets”は大好きな曲だよ。恋人についての詩を書いたんだ、彼女がどんなに安心で楽しい気持ちにさせてくれるかということについてね。そして彼女と会うまで自分がどれだけ眠れない日々を過ごしてきたかについて。私はひどい不眠症で、12年間くらいまともに寝れなかった。でも彼女に出会ってから眠れるようになった。まるで彼女がスーパーパワーでも持ってるみたいにね(笑)。で、ある日このポエムを持って、『エターナル・サンシャイン』のサントラを聴いていたら、これでこのポエムを歌えるんじゃないかと思いついたからやってみた。サウンドをループさせて、思い切って歌った。それだけだよ。すごくシンプルなんだ」



――このアルバムを聴くのにふさわしい最高のシチュエーションを教えてください。


Puma Blue「うーん、そうだなあ……ドライブをしていて、陽がのぼる時にカーステレオから流れてきたり、もしくは夜遅くにヘッドフォンをつけて、かな」





text Junnosuke Amai(T)
edit Ryoko Kuwahara( T / IG)



PUMA BLUE(プーマ・ブルー)
『IN PRAISE OF SHADOWS(イン・プレイズ・オブ・シャドウズ)』
(BIG NOTHING / ULTRA VIBE)
世界同時発売、初回盤のみボーナス・トラック2曲(MP3)のダウンロード・カード封入
■収録曲目:
1. Sweet Dreams
2. Cherish (furs)
3. Velvet Leaves
4. Snowflower
5. Already Falling
6. Sheets
7. Olive / Letter To ATL
8. Oil Slick
9. Silk Print
10. Is It Because
11. Opiate
12. Sleeping
13. Bath House
14. Super Soft
※初回盤のみボーナス・トラック2曲(MP3)のダウンロード・カード封入
1. All I Need (Radiohead Cover)
2. Postcard from Tokyo

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