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Salyu「話したいあなたと」第一回:オカモトレイジ(OKAMOTO’S)

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——レイジくんがSalyuさんの音楽に惹かれたのは自分の音楽的なルーツを重なるところもあったんですか?

レイジ「意外と俺は女性シンガーの曲ってそんなに聴いてこなかったんですよ。ビョークも通ってないし。だから、Salyuさんはちょっと特別ですね。YUKIさんや好きな女性ポップシンガーもいるんですけど、Salyuさんはまた違うベクトルというか」

Salyu「ありがとうございます。赤い公園の津野(米咲)さんも好きだと言ってくれて」

レイジ「そうだ、米咲ちゃんもめっちゃSalyuさんのこと好きですもんね」

Salyu「若いミュージシャンのみなさんが自分の音楽を好きでいてくれるのはうれしいですよね」

——Salyuさんの学生時代は音楽とどういう接し方をしていたんですか?

Salyu「私はレイジくんとは全然違う感じですね。レイジくんたちはいわゆるイケてる学生って感じだったと思うんだけど。和光で、私服で、好きなことのために自由に時間を使うみたいなね。でも、私は地味というか、小さいときに音楽を始めたきっかけはピアノだったんですよ。それから合唱団に入るのね。まず合唱団というところが人種としてロックな感じとは違うから」

レイジ「そうでしょうね」

——合唱団にはご自身の希望で入ったんですか?

Salyu「歌を始めたきっかけが、肺炎になって入院したという背景があって。それで病院の先生が親に『水泳や歌をやるといいですよ』って言ったらしいんですね。私自身、歌をうたうのが大好きだったし、それで合唱団に入って。あと、小さいころからすごくシャイだったんですよ」

——人見知りだったり?

Salyu「今でもそうですね。気さくなお姉さん風を装ってますけど(笑)。合唱団って同い年くらいの小さな子から大人のお姉さんまで世代を超えてたくさんの女性がいるわけですよ。私はそのなかでずっとオロオロしていて。だけど、今でも合唱団に入ってよかったなって思うことは、リアルタイムにあらゆる方向から人の声がサラウンドで聴ける体験ができたこと。それと、合唱が響く音のスペースを体感できたこと。それは大きいですね。大人の女性を見て、私もああいうふうになりたいなって憧れの対象がすぐそばにいたのもよかったし。そのころから私は声や音の響きというものにずっと執着してるんです。“響きオタク”みたいなところがあって」

レイジ「“響きオタク”っていうフレーズいいですね。ピアノもずっと続けていたんですか?」

Salyu「中学までやってたんですけど、歌とピアノを同時にやることができなかったんですよ。だから今でも弾き語りができなくて。私のなかで別ものだったんですよね。歌には歌のおしゃべり、ピアノにはピアノのおしゃべりがあるみたいな。違うものとしてそれぞれの道の先生に習っていて、一緒にやるという発想自体が生まれなかった」

レイジ「へえ!」

Salyu「だから私はピアノでもギターでも弾き語りできる人を尊敬するんです。ドラムを叩きながら歌える人もそうだし」

——それこそレイジくんはSalyuさんの曲を歌いながらドラムの練習をしたことがあるって言ってたよね。

レイジ「そうそう。ひとりで練習するときに」

Salyu「え!? ホントに?(笑)」

レイジ「ホントです。歌のうまい人の曲のドラムってどういう感じなんだろうと思って。カラオケしながらドラムの練習するみたいな感覚で(笑)。楽しいですよ」

——Salyuさんが小林武史さんと出会ってポップミュージックのフィールドにいくまでにはどういう経緯があったんですか?

Salyu「中学で合唱もピアノもやめて、オーディションを受けるようになったんですよ」

——きっかけはなんだったんですか?

Salyu「ピアノはなんでやめたか覚えてないんですけど、歌に関しては合唱団を経てだんだんソロで歌うことの興味が芽生えてきて。雑誌にオーディションの情報が載っていて、こういう窓口があるんだって知ったんです。率直に私もトライしてみたいなって思って。そのころ学習塾に通ってたんですけど、そこの先生がすごくいい人で。その先生には『私は歌手になりたいからあまり勉強したくないんです』って言ったことがあって。そしたら、その先生が『応援してあげるよ』って音楽学校の資料とかを用意してくれたんですよね」

レイジ「すげえいい先生ですね」

Salyu「『でも、私は音楽学校には行きたくない』って言ったら、今度はいろんなオーディションの情報を集めてくれて。そのなかのひとつに当時、秋元康さんがやっていたオーディションがあって。受けてみたら最終選考まで行っちゃったんですよ」

レイジ「すごい」

Salyu「最終審査で秋元さんにお会いしたときは『うわー! ボスキャラが出てきた!』みたいな感じでしたよ(笑)。結局そのオーディションには受からなかったんだけど、そのあとソニーミュージックのSDっていうアーティスト育成部を通じて小林武史さんに出会ったんですよ」

レイジ「そんな経緯があったんですね」

Salyu「OKAMOTO’Sはオーディションって受けたことないでしょ?」

レイジ「OKAMOTO’Sではないですけど、ズットズレテルズという別バンドでは閃光ライオットっていう10代限定のオーディションを受けたことがあって。そこで決勝までいったんですよ」

Salyu「それは遊び半分で受けたという感じ?」

レイジ「そうですね。優勝賞金の100万円がほしくて。ぶっちぎりで優勝できると思ってたんですけど、決勝までいったときに『ああ、俺たちは悪役だから優勝できないな』と思って。ほかの出場バンドのなかでは明らかに浮いてたから。自分たちではいちばんカッコいい音を鳴らしてると思ってるんだけど、お客さんはポカーンとしてるし。今ではあそこで優勝しなくてよかったなって思ってますけどね」

Salyu「もし優勝して100万円もらったら何に使うつもりだったの?」

レイジ「なんの宣伝もないのに広告スペースを買って、みんなのなんてことのない写真を載っけたいと話してましたね(笑)。それはやりたかった」

Salyu「OKAMOTO’Sの前に別バンドで活動していたんですね」

レイジ「ズットズレテルズってOKAMOTO’Sの前身バンドって勘違いされがちなんですけど、OKAMOTO’S自体は中学3年のときからあって。高3のときに当時のベース(オカモトマサル=吉田匡)と今のギター(オカモトコウキ)が受験のために勉強しなきゃいけなくなって。一旦活動を止めたんですね。そのあいだ俺らは暇だし、大学にも行くつもりがなかったから、別のバンドやろうかという話になって。そこにハマくんと沖縄に住んでいた幼なじみのラキタってやつを呼んで。あと地元のラッパー2人(呂布とドカット)を加えて、OKAMOTO’Sのボーカルの(オカモト)ショウがズレテルズでも歌うと区別がつかなくなるからという理由でパーカッションをやってもらって。それと、後輩のヒデちゃんっていう変わり者も入れて7人でヒップホップファンクみたいなバンドを結成したんです。100万円を獲るために。ズレテルズでもレコーディングしたんですけど、アルバム(『第一集』)がリリースされたのは解散した3ヶ月後っていう(笑)」

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