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text by Ryoko Kuwahara

Interview with Matthew Herbert & Momoko Gill about “Clay”



マシュー・ハーバートとモモコ・ギルのコラボレーションによるアルバム『Clay』が6月27日にリリースされる。日常の音と伝統的な楽器を織り交ぜ、やさしさと遊び心に満ちた“変化し続ける音の彫刻”のような作品には、政治や環境、内面へのまなざしが、静かに、しかし力強く語られている。二人が交わした、創作と対話、そして“今”への誠実なまなざしをここに送る。


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アートや音楽を作るプロセスは、自分が理想とする社会のあり方を映す
だからやさしさや調和を守ることが重要だった



ーーサンプリングされた日常の物音や伝統楽器の音がアルバムの中で共存し、それがまるで一つの「粘土の塊」のように形を変え続ける様はとても詩的です。そしてそのうねりがとても人間らしいと感じましたし、個人的には分断されていく世界に対して、地球という一つの惑星に住む人間としてメッセージのように感じました。マシューが音楽を制作するきっかけは「なぜそれをするのか」という問いから始まるそうですが、今回はどのような問いから始まりましたか。


Matthew「たぶん最初は、モモコと一緒なら何かいいものが作れるんじゃないか、という直感から始まったんだと思います。音楽を作るにはいろいろ考えることや交渉ごとも多いですが、結局のところ『この人とスタジオの中でも外でも一緒に時間を過ごしたいと思えるか?』『価値観や政治観は合うか?』『お互いのスキルは補い合えるか?』『意見が違ったとき、やさしく話し合えるか?』という問いに集約されると思います。

最初の問いはとてもシンプルで、『僕が作った音楽に歌をつけてくれない?』というモモコへの質問でした。でもすぐに『対等な立場で何か一緒に作らない?』という、もっとワクワクする問いに変わっていったんです。要するに、アートや音楽を作るプロセスは、自分が理想とする社会のあり方——つまり、お互いの良さを引き出し合う社会——を映すものなんじゃないかと思っています」


Momoko「私は最初から、マシューのことを“見える”し”理解できる”人だと直感的に感じていたと思います。そして、一緒に何か良いものが作れる気がしていました。そして一緒に何か良いものが作れると確信しました。彼の音楽に対する姿勢には優しさと人間味があり、すぐに共感することができたんです。私たちは音楽的には違うジャンル、違う場所、そして違う時間軸で音を育ててきましたが、お互いの音楽に対しての信頼と好奇心があるんです。はっきりしたコミュニケーションを取りながらも、やさしく一緒に形を作り上げているような感じがします」





ーーこれまでのアルバムでも「音の素材感」や「音の物理的な存在感」は大きな軸でしたが、今回は特性を活かしつつも融和していくことに重きをおいているように思います。音の手触りという点において、アプローチを変えた部分や常に思い描いていたことがあれば教えてください。


Matthew「確かに、プロジェクト全体を通して”調和”を追い求めることは、とても大切なテーマでした。私たちの作業には“やさしさ”があって、それを守ることが重要だったんです。今の世界では、共感や優しさは弱さとして見なされたり、最悪の場合には、ガザに関する言論弾圧のように、共感が『テロの扇動』とまでされてしまう。そのような状況の中で、やわらかさを持つことは、ある意味でラディカルだとすら思います。
私自身、去年は私生活でも困難が多くて、音楽はオアシスのような存在でした。もしかすると、あなたが感じ取ってくれたハーモニーは、そうした背景から生まれたものなのかもしれません」


ーーヴォーカリストとして、ドラマーとして、コンポーザーとして、モモコさんは、音の手触りについてどう感じ、活かしているか教えてください。またマシューとその点についてどのような話し合いをしましたか。


Momoko「マシューと一緒に作業するようになって、音の質感やテクスチャーにさらに敏感になりました。私はこれまで生楽器を中心にやってきたので、サンプリングの経験が豊富な彼との作業はとても新鮮でした。私たちはコンセプトに基づいて音を選ぶのも好きですが、今回の『Clay』は特定のコンセプトに縛られていなかったので、『ただやってみたい』『そこにあったから』『どうなるか知りたい』といった理由で音を選ぶことも多かったです。今この瞬間を切り取るということ、それだけで十分な理由になりました。だから、レコードにはどこか遊び心があると思います。おいしいものを探して鼻を利かせながら、いろんな道を一緒に歩いているような感じというか」





歌の周りに“余白”を残すことは
語る物語と、それを受け取ってくれる人への“ケア”


ーー今作のライブ・インプロヴィゼーションで印象深かった瞬間や出来事があれば教えてください。


Momoko「初めてのセッションで、2人で1台の琴を40分くらいジャムしたとき、私たちはどちらもある種の超越的なフローを求めているんだと感じたんです。最終的にそのジャムは“Fallen Again”という曲の元になりました。私は普段ドラムやキーボード、歌で表現していますが、それまでマシューはパソコンや機材に囲まれているイメージでした。でもお互いにあまり触ったことのない楽器で長時間演奏したことで、私たちの“得意分野”はあくまで何かを超えていこうとするための“手段”にすぎないと実感できました。実際は、マシューが馬の骨盤で作ったリラを弾いているのを初めて見たときから、彼が超越したものや自由を探し求めているとすでに分かっていたような気がします」


Matthew「『The Horse』というアルバムを作った後に、アコースティックな音への愛情を再確認しました。だから今回、ラップトップを閉じて、新しい楽器(琴)を純粋に演奏できたのは楽しかったですね。琴はパーカッシブでもありメロディックでもある、素晴らしい楽器です。モモコが言ったように、本当に何時間も弾いていたような感覚でした」


ーー複雑なリズム構成を際立たせる、音の強弱や奥行きに引き込まれます。日本の詫び寂びや禅の思想にも通じる感覚を覚えました。お2人の音楽における引きや抑制の意味について聞かせてください。


Momoko「私たちはどちらも常に明確さを追い求め、意図的であることを大事にしている面があると思います。たくさんのアイデアをふるいにかけて、一番根源的な形を見つけ出すのが好きなんです。だから、細部にこだわるプロデューサーであり、音楽のアイデアを重ねたり展開したりすることもたくさん思いつくけれど、このアルバムを作る過程で、メガプロダクションを作る二人のプロデューサーというよりは、二人が一緒に演奏しているようなサウンドに自然と近づいていった気がします。それに、私の歌や作詞は自然と“親密さ”を感じさせるテーマやトーンを選ぶ気がしていて、だからこそ声の周りに余白があるときに物語がいちばんよく伝わるんだと思います」


Matthew「仏教への関心も、私たちをつないでくれた要素のひとつです。モモコは私よりもずっと先にその道を進んでいて、長年抱いていたけれどなかなか探求したり言葉にできなかったことを彼女がはっきりと形にしてくれました。立ち止まること、瞑想すること、やりすぎないこと、考えすぎないことを大事にするようになりました。以前の私の音楽は時にマキシマリズムに向かうことがあったけれど、むしろ抑制に身を委ねることが、興味深く詩的な方向性に感じられました。音楽とはそもそも時間を測ったり、曲げたりする手段に過ぎないから、それをより広い内省のプロセスの一部として捉えるのは理にかなっていると思います」




ーーモモコさんのヴォーカルパフォーマンスには聴く者を招き入れつつも、あえて解釈の余地を残すような余韻があります。これは意図的なものですか?表現において「見せる/足す」と「引く」はどう決めていますか?


Momoko「ヴォーカリストとしてはまだ経験が浅いので、自分の声を誰かが聴きたいと思ってくれるとは限らないといつも思っています。だからこそ、聴いてもらえるとしたら、最も正直なものを届けたい。ドラムは言葉にできない感情を表現できますし、空間を揺らしたり脈打たせたりするグルーヴを作る手助けになるけれど、歌はもっと微細で具体的な感情を伝えることができます。私は、歌うときに自分自身がその感情を感じられるようにメロディや言葉を選びます。それが、聴く人にも伝わる方法だと思うから。歌の周りに“余白”を残すことは本当に大切で、語る物語と、それを受け取ってくれる人への“ケア”なんです。『私の物語にも余白を与えていい』と信じるには、自信が必要です。その自信に必要なのは、ただ“正直であり続ける”ことだけなんです」


ーー今作は、リスナーにゆっくりと音や声の質感とともに意図的な不完全さ、それらが溶け出していく美しいうねりを味あわせる作品だと感じます。「Clay」という素材は無限に形を変えることができますが、その考え方は2人の芸術性、または今作にどのような挑戦をもたらしましたか。


Momoko「『Clay』というタイトルは、最初から決まっていたわけではなく、かなり揉めた末に決待ったんです。でも、その“形を変え続けられる”という性質は、今回の制作の自由さや可能性をとてもよく表していると思います。可能性の広がりを発見する過程には2つの段階がありました。まず、マシューが最初に思っていたよりも、そしてこれまでやってきたものよりも、もっと対等なコラボレーションになると理解したとき。彼は普段、主にハウスミュージックスタイルのビートを作り、歌詞の大部分を書き、コラボレーターは主に歌う役割という形で制作してきたけど、今回は違います。そして2つ目は、リモートでの作業が続いた後に、1週間集中して一緒にスタジオで制作できたこと。より完全なコラボレーションを決意し、集中して直接顔を合わせて作業する時間を持ったことで、私たちが互いに補完し合うスキルセットを持ち、サウンドやアイデアを絡め合わせる“ジューシー”な方法を探求する好奇心を共有していることが、はっきりと浮かび上がったんです。お互いの個性がはっきりと聴こえるけれど、どちらか一方だけでは絶対に作れなかった音楽を共に楽しめる。そこに大きな喜びと興奮がありました」


Matthew「モモコが言っていたように、もともとはハウスミュージックのアルバムとして始まりました。私は自分がHERBERT名義で作った作品のいくつかを、いわば“ドメスティックなハウスミュージック”と考えてきたんです。だから今回は、“壁”や“窓”よりもさらにさかのぼって、レンガでもなく、“粘土”——多くの家の土台になる素材まで戻ってみたかった。粘土って、抽象的でつかみどころがないけど、時間をかけて固まって、何かの土台になる。その上に何かが積み重なる、その重みを支えられるものだというところもいいですよね」





この音楽が世界に存在する“愛のコーラス”に加わってほしい
暴力や貪欲さによって、しばしばかき消されるけれど、それでも確かに存在しているコーラスに


ーー最後の質問です。遠い出来事のように思えることも全ては地続きで起こっている。私にとっては、そんな実感が湧きにくい現代において、考えるきっかけをいただいた作品です。そしてそれらが賛歌となっていることにも希望を感じます。お2人は、この音楽がどのように社会に呼応、影響していくことを願いますか。


Matthew「そう感じてくれたことがとても嬉しいです。録音された音楽の“形式”そのものが、政治的な力を持つことがあると思います(ここで言っているのは音楽そのものの形式の話であって、周囲の文脈のことではありません)。ひとつは、世界やその問題と直接関わる方法。例えば、ガザでの虐殺の音をサンプリングするようなやり方です。そして、暴力のない想像上の空間を作ることも、別の意味で大きな力があります。このアルバムは、どちらかと言えば、愛と優しさ、思慮深さを大切にする方向に向かっていると思います。
私たちの願いは、この音楽が世界に存在する“愛のコーラス”に加わること。そのコーラスは、恥もなく繰り返される家父長的、人種的な暴力や貪欲さによって、しばしばかき消されてしまっているけれど、それでも確かに存在しているのです」


Momoko「初めて自分がプロデュースと作詞作曲を手がけたプロジェクトは、『An Alien Called Harmony』というデュオでの作品でした。そして私がこれまで書いてきた多くの曲は、『私たちが体現する小さな世界(ミクロコスモス)が、私たちが作り出す大きな世界(マクロコスモス)になる』という世界観に基づいています。私は世界の中で見かける問題や苦しみに対して、まず自分自身と身近な人間関係を見つめ直すことで応じることが多いんです。もちろん、より良い世界をつくるためには、外向きの行動も必要です。でもこの世界の病を癒すには、自分自身や身近な関係性、環境、そして人間以外の存在も含めた近しい関係性を癒すことに本気で取り組むことが不可欠だと感じています。

『Clay』は、互いへの好奇心とオープンな姿勢、そして正直でユニークな表現とそのプロセス自体の楽しさを大切にした作品です。曲に深く気を配りながらも、必要以上に固執せず、自由に形を変えさせてあげた。そのおかげで、喜びに満ちたレコードになったと思います。もし聴いてくれた人に、まるで、靴の中に残った砂や、髪に絡まった海藻みたいに。靴に入り込んだ砂や、髪に絡まった海藻のように、その喜びのかけらが少しでも残ってくれたら嬉しいです」


text Ryoko Kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/



Herbert & Momoko
(Matthew Herbert & Momoko Gill)
『Clay』
2025.06.27 Release
Format: Vinyl LP / CD / Digital
Label: Strut / Accidental
Link: https://strut.lnk.to/Clay

HERBERT & MOMOKO – LIVE
31st July – Dekmantel, Amsterdam
8th August – Zurich



https://www.matthewherbert.com
www.momokogill.com
www.accidental.co
www.strut-records.co.uk

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