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藤代冥砂 小説「はじまりの痕」 
#11 S池の恋人




 駅のホームに並行して伸びたガラス張りの細長い低層建築物。ほぼ全面を覆うガラスに白い骨組みが透けている。
 一見すると、一部上場したIT企業のオフィスビルのように見えるが、白い書棚にぎっしりと並ぶ本と、窓際に並んだ椅子と2人用デスクで自習する学生たちの姿で、そこが図書館だと納得する。
 長野のC駅のホームに立ち、特急あずさを待ちながら、東京から戻ったら少し寄ってみてもいいなと思うが、きっとすぐに忘れてしまうのだろう、そんな風にして気まぐれに区切りをつけて、やって来たあずさの指定席へと座った。


 東京での打ち合わせを何本か終えて、日暮れ前に再びC駅に降り立つと、ホームからガラスの図書館が再び見えた。そうだ、あそこに寄ろうとしていたのだ、と思い出し、改札を抜けると、いそいそと向かった。
 天井まで届きそうな大きなガラスでできた自動ドアが開くと、視界が細長く奥へ奥へと伸びていた。その見慣れない奥行きに、体が少し緊張するのを感じた。

 
 数歩踏み入れる。図書館なのに、本の匂いがしないな、というのが第一印象だった。


 本の匂いというのは、インクと紙の香りだけではない。ページの湿度とカビの匂いが含まれて、ようやく本の匂いとなる。
 ホームと駅前の風景は、図書館とはガラスによって仕切られているだけで、館内には、望めば日光が燦々と降り注ぐ造りになっている。そのせいだろうか。そこには図書館特有の湿りと影のようなものがなかった。どちらかと言えば、乾いていて、砂漠の中の実験室を思わせる場所だった。


 目の錯覚かと思い、しばらく目を閉じたうえに、擦ってみたあとで、再び図書館を見渡すと、やはりそうであった。書棚に並んだ本の全ての背表紙は色褪せていた。黄色が抜けて、青白いばかりの背が、ある新興宗教の信者のように並んでいるのだった。


 一般的には、図書館は本の保管場所でもあるはずだ。なのに日光に晒してしまうのは、いかがなものだろう、そんな小市民的な発想が浮かんだ。その拍子に思ったのは、自分はどのみち小市民ではないか、今更何を考えているんだ、ということだった。
 図書館は、広くはなかった。図書館というよりも、せいぜい図書室である。そう思いながらぶらぶら本の林の間を縫っていると、そこの名が、C市市民会館図書室、であることを知り、納得した。


 その建築の躯体そのものは、美しいと思った。
 飲食禁止のイラストによるサインもヨーロッパ的で、椅子やデスク、ローチェア、ローテーブル、書棚など、それらのすっきりとしたデザインは好感が持てた。だが、残念なことに、スタッフによる注意事項などが印刷された紙や、ジャンルを示す貼り紙などは、一般的な中学校の図書室にあるものと同類で、ぶち壊しなのだった。これは暴力だなと内心思いつつ、またもや小市民的な眼差しだと、自身へ落胆した。


 図書館、図書室の見所は、なんといっても郷土資料ではないか。


 先週にこの土地に引っ越して来た身としては、なおさら興味を抱いて、その書棚の前に馬鹿のように毅然と立った。眼下に敵の布陣を見渡す関ヶ原の将のようで滑稽だったが、取り返しはつかない。その毅然と胸を張った態度で、書棚に目を凝らすと、中々の蔵書であることが、すぐに分かった。その中から「信州の活断層」という一冊を手に取った。それによると、新住所のあたりは、活断層の真上に当たり、それはそれで納得した。なぜ長野のC市に住むことにしたかと尋ねられるたびに、なんだか地面のエネルギーが強い気がして、と答えていたからだ。
 だが真上とは、それはそれで驚きであった。


 驚きは、それに留まらなかった。

 
 その本の中にS池が出てくるのだが、その山荘の前に佇む女主人に見覚えがあった。
 小学校の同級生であったNYさんではないだろうか。奥付を見ると、20年前に出版された本である。ということは、この時彼女は30歳。知っているNYさんが、すくすくと育っていたら、というか、あのイメージのまま大人になっていたら、きっとこんな感じなのだ。そう思い込み、さっそく行動に移すことにした。週末にS池に行って、確かめようと考えたのだ。


 NYさんが写っているカットをこっそり写真に撮った。というのも、その本を借りても良かったのだが、住民票を移していないので、きっと無理だと思ったからだ。一応確かめると、見るからに人の良さそうなスタッフが、やたらと謝りながら伝えてくるので、そこまで卑屈にならなくても、と内心の小市民が呟くが、結局やはり借りることはできなかったので、隠し撮りしておいて良かったのだった。


 図書室をいそいそと出ると、駅前に停めておいた軽自動車に乗って、北山というエリアにある我が家へと急いだ。途中でスーパーに寄り、惣菜をいくつか買った。白飯はタイマーをセットしておいたので、炊き上がっている頃だろう。
 惣菜は買うが、白飯は、家で炊いたものを食べる。というどうでもいいこだわりに縛られているが、それは引っ越しても変わらない。





 S池を訪れた日は、清々しい日だった。
 再会が叶うとしたら、きっとこんな日に違いないと確信した。北八ヶ岳にあるS池は、苔が有名で、もののけ姫のモデルとなった土地の一つだと、聞いていた。誰に聞いたかは分からないのだが。
 M峠に車を停めて、30分ほど森の中、苔の生した道を歩いていくと、やがて目の前に神秘的な池が現れた。ということは、NYさんまであと僅かということになる。はやる気持ちを抑えられなかったが、なんとかこうにか冷静さを保ち、最初の挨拶を口をもごもごさせて練習しながら、山荘へと近づいていった。


 訪れたが不在だった、などということを避けるために電話で彼女がいることを確認済みであった。困ったのは、結婚していたら姓が変わっているNYさんを、電話口でどう呼び出したらいいものかということだった。
 仕方なく、下の名前だけを伝えて呼び出した。帰国子女風に、いつも親しい人はファーストネームで呼んでいるような振りを装うとしたのか、外国人ぽい日本語で話してしまったことが咄嗟に悔やまれたが、もう遅い。
 電話口の二十そこそこ風な男子にそう伝えると、あっけなくNYさんでしょうか?と逆に尋ねられ、一瞬無口になってしまった。彼が、怪訝に復唱するので、思わず口角を横に広げてイエス、です、などと言ってしまったのが、情けない。


 電話口に出たNYさんの声は、聞き覚えのない声だった。
 あの森に響くような清らかで高い声は失われたのだろうか。それとも別人か。一瞬様々な小市民的な思惑が入り乱れたが、それを無理矢理かき消すように、自分の名前を名乗った。N小学校で一緒だった、とも付け加えて。


 そして、今、S 池にたどり着いた。
 思えば、あの図書館ならぬ、図書室に行こうと、ホームで決心しなかったら、ここには来なかっただろう。そう思うとそれなりに長い道のりであったように感じた。


 受付で、呼び出すと、あの時電話に出たであろう青年が奥へとNさーん、と声をかけた。ハーイ、という返事のあとで、トントントン、と階段を降りてくる足音。


 NYさんは、NYさんであった。


 40年ぶりぐらいでもわかる。NYさんも覚えていてくれた。ちょうどランチタイムが終わり、まばらになったカフェスペースで、アップルパイを一緒に食べた。
 実は、初恋の人だったと打ち明けると、NYさんも、わたしもそう、と答えてくれた。お互いバツイチだと知り、なんだか焦った。






#1 裏の森
#2 漱石の怒り
#3 娘との約束
#4 裸を撮られる時に、百合は
#5 モルディブの泡
#6 WALKER
#7 あの日のジャブ
#8 夏休みよ永遠に
#9 ノーリプライ
#10 19, 17



藤代冥砂
1967年千葉県生まれ。被写体は、女、聖地、旅、自然をメインとし、エンターテイメントとアートの間を行き来する作風で知られる。写真集『RIDE RIDE RIDE』、『もう、家に帰ろう』、『58HIPS』など作品集多数。「新潮ムック月刊シリーズ」で第34回講談社出版文化賞写真部門受賞。昨年BOOKMARC(原宿)で開催された、東京クラブシーン、そして藤代の写真家としてのキャリア黎明期をとらえた写真集『90Nights』は多方面で注目を浴びた。小説家として「誰も死なない恋愛小説」(幻冬舎文庫)、「ドライブ」(宝島文庫)などがある。

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