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text by Fujishiro Meisa

藤代冥砂 小説「はじまりの痕」 
#27 岸を旅する人




 基本疾患があるから仕方がなかったのよ、と静香はため息混じりでわたしに告げた。そのため息が、芝居っぽく、いかにもな感じだったので、わたしはそっちの方に気をとられた。そのつもりがなくても演技のように見える事例として興味を引いたのだ。
 「学校はオンライン授業に消極的で、あの子の将来のことなんてこれっぽっちも考えてくれてない。」
静香が続けたその言葉の中の、「これっぽっち」という単語。そこにも引っかかってしまった。ドラマの台詞用にしか使われないような陳腐さを感じ、わたしはそれへの拒否反応を手がかりにして、静香の悩みそのものへとようやく気を向ける気になった。
 コロナによる、静香の長女美月の自主休校は、すでに1年以上になる。来年は高校受験を控え、学力は大手進学塾のオンライン講義で保ってはいるものの、人との接触をほとんど絶ってしまっているので、もともと引きこもりがちの性格が、その方向にさらに進んでしまっていると静香は愚痴を続けた。
 「人生は長いんだし、大丈夫よ。」わたしは差し障りのない無難な返答をしてしまったことに対して、ちょっと申し訳なく感じたが、案外その素っ気なさはわたしの本音でもあった。わたしは、転んだ人に対して身を屈めて、その人の腕をとって自分の肩へと回し、立ち上がらせようとするタイプではない。上から手を差し出して、必要なら捕まって自分で立ってちょうだい、とするタイプだ。
「人生は長い」「大丈夫」
 果たして本当にそうなのだろうか。それらは結局個人的な感じ方に過ぎないし、自分の物差しで、他人の出来事や心象を測ることなんてできない。だけど、時々誰にでも、そういう赤の他人の物差しで、測ってもらいたい時があるのも事実じゃないかと思う。だから、わたしは寄り添うよりも距離をとって他人に接する方が、性格的に自分に合っているのだと考えている。
 こう言うと、わたしが善処を考えているかのようだけれど、本当はわたしの他人に対しての興味の薄さの現れという方が近い。


 最近評判のいい海辺のサンドイッチ店でランチを済ませると、わたしは誘われるままに静香のアパートに行くことにした。父親だけを東京に残し、母子二人で沖縄に住むようになって10ヶ月になる静香のアパートは、読谷村の長浜にあったので、北谷からは車で30分ほどかかった。
 コロナを懸念して自主休校しているのだから、東京から離れることに誰も文句を言わないだろう、とリモート仕事が多くなった夫に勧められたのが後押しになって、特に深く考えることもなく決めた母子移住だったと、静香は何度かわたしに説明をしてくれた。
 いつも、ふうんと聞いていたが、わたしとて10年前の東日本大震災がきっかけで沖縄に来たのだった。そんなこともあって、静香の母子移住は他人事ではなかった。否応なしの、のっぴきらない理由で、住み慣れた土地を離れる人の気持ちは、身に染みてわかる。それがどんな正当な理由を持っていても、自らをある土地から剥がすような痛みは、少なからずあるものだ。その痛みを希望という大きな看板の裏に隠すようにして歩き出す一歩は、やはりどこかぎこちない。
 そのうえ、静香は母子だったこともあって、なおさら大変なこともあっただろう。そういうようなことは、最近二人の会話で交わされないのだが、わたしたち二人を繋ぐかけがえのないロープのようにわたしは感じていた。
 




 家に着くと、ちょうどダインングテーブルで美月ちゃんが、なにやら作業をしていた。わたしたちが部屋に入ってくるなり、テーブルの上のものを咄嗟に隠そうとした。しかし、その散らかり方は、すぐに隠せるようなものではなく、美月ちゃんはすぐに諦めて、困惑した表情になった。
 静香は娘のそんな様子を察して、彼女の背中に手を当てて励ますような口調で言った。
「わあ、今日のもすごいね。ママはこれが好きだな。」
そう言って静香が手にした木片には、プラスチックの何かが埋め込まれていて、目と鼻と口を形作っていた。静香はそう言い終えてから、娘の反応を待った。美月ちゃんは、意外と素直にうなずいて、少し照れて笑った。
 静香は、その笑顔に許しをもらえたと察したようで、わたしにもその木片を差し出した。
「これ、いいでしょ?ビーチコーミングって知ってる?ほら、ビーチ清掃みたいなもので、そこに打ち上がったゴミを回収する作業のことなんだけど、ゴミ拾いというよりも宝探しっていうのに近いのよ。」
静香はそこまで言うと、続きを言う許可を得ようとするかのように、美月ちゃんを見た。そして、娘の表情に曇りがないことを確認すると、再び私に向き直って続けた。
「ほら、廃物からアートを作るっていうのあるでしょ。それの一種でね。沖縄に来てから、なんとなく美月がはじめたんだけど、すっかりはまっちゃって。ほら、元手もかからないし、なんとなくコンセプトがいいでしょ?エコっていうか、リサイクル?っていうか。」
そこまで、一気に言い終えると、静香はわたしの反応を待った。わたしは、美月ちゃんにことわってから、その顔つきの木片を受け取ると、手首をぐるりと回してすべての面をしっかりと見た。やはり顔のあるのは一面のみで、そのおどけたピエロみたいな表情に引き込まれ、子供の作ったものを褒める用意をしていたことを忘れて、その存在感に感動すら覚えた。
「美月ちゃん、これとってもいいね。笑顔っていうのが、とっても。このパーツ、よく集めたね。」
わたしは、褒めようにもうまく言葉が続かなかいのが、もどかしかった。実際パーツのことなんて、本当に聞きたいことじゃなかったのだ。なんというか、廃品で笑顔を作ることについて、触れたかったのに、それは今話題にしてはいけないのではないか、という勘みたいなものが働いてストッパーとなったのだ。踏み込んではいけない。もっと上っ面な会話だけにしておいた方が、お互いを傷つけないだろうと。
「こういうパーツをずっと集めてるの?ビーチを歩いて」
そんな、無難な質問をして、本質的な部分を迂回した。
「うん、そう、ママが言ったみたいに、宝探しみたいなものだから」
美月ちゃんの返事には、なんの秘密もないかのように響いた。実際、木片の笑顔には深い意味など込められていないのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。廃品を集め、まるでパズルでもするかのように、単純な遊び心で笑顔を作ったに過ぎないのだと。
 ダイニングテーブルの上には、小さく区分された半透明のプラスチックのケースが何枚かあって、それぞれに色分けされたプラスチックの破片などが入っていた。
「ねえ、美月、今までの作品を貴子さんにも見てもらう?」
それは選択権があることを、押し付けがましくなく伝えるような優しい言い方だった。その距離の取り方に、この母子の関係が透けているかのようだった。14歳といえば思春期の真っ只中だろう。それはこれまでの親から子への一方的な教育権の行使みたいなものから、双方向の力のやり取りへの移行期にある、ぶつかり合いの後に訪れた小康状態のような緊張感も含んでいるかのようだった。
 美月ちゃんは、一瞬何も言わないままわたしをちらりと見た。それはわたしの表情を読み取ろうとしていることが、あからさまに分かるような強目の視線だった。それは子供特有の眼差しといっていい。
「えっ、見たいな。ぜひ、見せてもらいたい。いい?美月ちゃん」
わたしは、美月ちゃんの視線の圧力をかわすかのように、先に一歩前に出た。その言葉には、なるべく嘘を含ませないようにと努めた。子供の眼力というのは決して馬鹿にできない。見抜かれるくらいなら、はじめから嘘を含ませないことが大切だ。そして、美月ちゃんの他の作品を見てみたいというのは、実際にわたしが望んでいたことだった。
「また、今度がいいな」
美月ちゃんは、目を伏せてそう言った。静香はわたしと美月ちゃんの間に生じたぎこちなさの間に入ろうと、鈍感さと明るさを装った。
「あれ、そうなの?別に見せたっていいんじゃない?減るもんじゃないし」
美月ちゃんは、母親がそういう時に見せるそういう言葉や態度に慣れているようで、小さく頷いてみせるだけだった。特に不愉快そうでもなく、ニュートラルな表情をしていた。
「別に、いいよ。最初から、そう思っていたけど、冗談で言っただけだから」
そう言って、にっこりと笑う美月ちゃんに、静香が逆に少し驚いたようだった。
 美月ちゃんの6畳の和室は、のび太の部屋に似ていて簡素だった。勉強机と、その横にある小さな本棚、そして無印良品にあるようなシングルベッドの他には何もなかった。
 美月ちゃんは、どうぞーと言いながら、押し入れの扉を開けた。下段には、スーツケースがひとつとカラーボックスが縦に置いてあり、そこに美容グッズがいくつかあった。押し入れの上段に、彼女の作品たちが平置きされていて、美月ちゃんの、どうぞーと差し出す手のひらに誘われて覗くと、さっきダインングテーブルで見せてもらったのと同じような笑顔の作品がぎっしりと配置されていた。
 うわ、と思わずわたしが口にすると、うわって、と美月ちゃんが私の口調にツッコミを入れた。





 翌週の火曜日、わたしは仕事が休みだったので、約束通り、美月ちゃんと二人で彼女の秘密にしているビーチへと行った。そこは潮の流れの偶然で、漂流物が溜まりやすい入江になっていて、彼女がいうには、「専用の狩場」なのだった。
 あの日、押し入れに並んだ美月ちゃんの作品に胸を打たれたわたしの様子に心を許してくれたのか、美月ちゃんの方から、一緒に狩りに出ようと誘ってくれたのだった。二人して大きめのコンビニ袋を手に下げて、これはと思う獲物を見つけると、躊躇なく入れていくのだ。中には中国語が書かれてボトルや容器などもあり、色褪せたカラフルなキャップなどは、それだけでも可愛い。
「ねえ、拾った時には、どう使うかまでひらめいているの?」
私が少し離れたところでしゃがんでいる美月ちゃんに声をかけると、首を振って返事をした。どうやら、拾い物に集中しているらしかった。
 ふと、美月ちゃんの基礎疾患て何なのだろう、と思った。日に焼けているせいもあって、いたって健康的に見える外見だけに、その病の種類を聞くのが憚られた。もしかしたら、そもそも基礎疾患なんてないんじゃないだろうか、そんな不謹慎な憶測が頭をよぎって、わたしはすぐに打ち消した。だけど、なおもその思いの尾ヒレが残り、静香と美月は何か別のものからの逃避者ではないかと思わせるのだった。
 だが、ひとまずそんなことは脇に置いておこう。美月ちゃんの作る作品には、すべて笑顔が刻まれている。そのことをわたしは祝福したいのだ。美月ちゃんの心の潜む闇が、笑顔を求めさせているのか、屈託のない明るさがそれを導いているのか、それもひとまず置いておこう。
 拾い上げた、歯ブラシの柄の色は、レモンイエローだった。それが何のパーツになるかは、今はわからない。だけど、きっと何かになるだろう。コンビニ袋にそれを入れると、先に入れてあった何かに当たって、コツンと音がした。
 コンビニ袋の重さに、どうせなら人が見て喜ぶものを作りたいなと思った。そのことを美月ちゃんに話したくて、顔を上げると、さっきよりも遠くに見えた。4月の日差しは、意外と強く、喉が乾いた。

#1 裏の森
#2 漱石の怒り
#3 娘との約束
#4 裸を撮られる時に、百合は
#5 モルディブの泡
#6 WALKER
#7 あの日のジャブ
#8 夏休みよ永遠に
#9 ノーリプライ
#10 19, 17
#11 S池の恋人
#12 歩け歩けおじさん
#13 セルフビルド
#14 瀬戸の時間
#15 コロナウイルスと祈り
#16 コロナウイルスと祈り2
#17 ブロメリア
#18 サガリバナ
#19 武蔵関から上石神井へ
#20 岩波文庫と彼女
#21 大輔のホットドッグ
#22 北で手を振る人たち
#23 マスク越しの恋
#24 南極の石 日本の空
#25 縄文の初恋
#26 志織のキャップ


藤代冥砂
1967年千葉県生まれ。被写体は、女、聖地、旅、自然をメインとし、エンターテイメントとアートの間を行き来する作風で知られる。写真集『RIDE RIDE RIDE』、『もう、家に帰ろう』、『58HIPS』など作品集多数。「新潮ムック月刊シリーズ」で第34回講談社出版文化賞写真部門受賞。昨年BOOKMARC(原宿)で開催された、東京クラブシーン、そして藤代の写真家としてのキャリア黎明期をとらえた写真集『90Nights』は多方面で注目を浴びた。小説家として「誰も死なない恋愛小説」(幻冬舎文庫)、「ドライブ」(宝島文庫)などがある
 
 

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